GunS Guilds Online
生物学上、男と女を分け隔てるのは生殖能力の違いだ。
子供を産む能力を持つ女に対して、男が下らない見栄やプライドを重んじるのは、生まれながらに備わった役割と無関係ではあるまい。
しかし圧倒的なフィジカルと知性を兼ね備えるレイさんの前では、いかなる男もメスに等しい。
俺が女を見て可愛いと思うように、レイさんは他の男を見て可愛いと感じるのだ。彼の目に映る世界は想像を絶している……。
つまるところレイさんのカリスマ性はそういった種類のもので、自分を追い込んで生きてきた男たちが甘えても許される存在なのだ。
可愛いは正義と声高に主張してきた俺らが、一転して正義の側に立たされる。
本気で迫られたら跳ね除けることができるか? 俺は自信がない。彼は全てを持っている。受け入れたなら、まず確実にイージーモードの人生に突入できる。それは自分の価値を肯定されるということ。根拠もなく信じていたものが認められるということ。
自分という存在の価値。
……もしもイケメンに生まれたならば、手に入れられたと思うものだ。
完璧な男が選ぶのは、女ではなく俺たち男であるというキケンな優越感が警鐘を鳴らす……。
1.パウンド競技場
誰が来るのかは大体読める。
リチェットは空気が読めるから出しゃばらずに陰から見守ってくれる。セブンは今こっちに向かっているだろう。辿り着けるかどうかはかなり怪しい。この手の突発イベントは最初から現地入りしていないと蚊帳の外になる。
俺が何かと厄介ごとに巻き込まれるのは、サトゥ氏の所為だ。国内サーバーのイベントはヤツを中心に回っている。理由は簡単。国内サーバー最強のプレイヤーはヤツだからだ。
だが、ジョンとマジュンくんについては読めない。アイツらは俺の知る情報では組み立てができない。β組はダメだ。俺の想像を越えてくる。
つまり先生もそうなのだ。
会場に駆け込んできた先生がゼェゼェと息を切らしながら息も絶え絶えに問うてくる。
「テレサは……?」
俺はチラリとパフワくんを見た。
その、テレサはもう……。
先生はしゅんとした。
「そう、か……」
……内輪でテレサのお別れ会はもう済ませてある。どうしてもスケジュールが合わなかったからだ。それでも先生はどうしてもテレサを見送りたかったらしい。神ィ。
気落ちする先生に、俺は元気を出して欲しくてモーションを掛けた。先生のもこもこの毛皮を指でぐりぐりして言う。
俺、どうです? ちょっとしたモンでしょう?
俺はバンシーモードの容姿に自信があった。絶世の美女という訳じゃないが、リアルに居そうな絶妙な塩梅をしている。美女要素をコンプリートしてキャラクリすることは簡単だが、そうでもないってところが奇跡的な配分になって愛着が湧いているのだ。
サトゥ氏がムッとして先生にしなだれ掛かる。
「先生は大人っぽい女性のほうが好みですよね?」
自分がそうなのだと言いたげだ。
先生は明言を避けた。
「……華やかでいいね」
しかしサトゥ氏は逃げを許さない。
「先生は優しいからなー。コタタマ氏が特別どうこうってことはないんじゃないか? 見た目だけなら俺のほうが可愛いしナ」
知らないゴミが参戦してきた。
「先生よぅ。先生はこン中で付き合うとしたら誰と付き合うんだよ? おっと見た目だけなら、な? 先生のことだ。そう言っとかないと付き合いが長いからって崖っぷちかサトゥを選ぶだろ〜」
くっ、このゴミ……!
……その条件だと俺はかなり厳しい。しょせんはちんちくりんベースなのだ。いや、もちろん俺はスズキのことを可愛いヤツだと思っているが、それは俺にとってあいつが都合のいい女で、相当な脳内ブーストが掛かっていると見ていい。恋は盲目、惚れた女は輝いて見えるモンだ。たとえモノローグだろうと俺はスズキの顔面偏差値が他の女に劣っていることを認めたくないのだから、俺は完全にあのちんちくりんにイカれちまってる。冷静じゃない。
「…………」
先生はスッとまぶたを閉ざした。
瞑想だ。先生が瞑想に入った。
マズいぞ。俺たちは何をやってるんだ。一番頼りになる人を無力化してしまった。
いや、パフワくんもパフワくんだし、プフさんもプフさんだ。この場で戦うことにどんな意味があるのか。意味なんかないだろう。
……しかし戦いとはそういうものなのだ。
メビウスのバームクーヘンを掲げたプフさんがチラリと俺たちを見て言う。
「何が正解なのか。私にも、もう分からないのです。願わくば……」
言葉は途切れる。周囲の風景が溶けて、落ちていく。崩落……。
2.S級ダンジョン【七転八倒】
気付けば俺たちはダンジョンに立っていた。
いつだったか目にしたプフさんのダンジョンだ。
俺たちをダンジョンに招いて、どうしようってんだ……。
パフワくんが巨体を屈めて言う。
【……俺も分かんねえ。ただ、光の使徒になりたかった。そうすればアイツを解放できると思った。クァレュュは信用できねえと思った。姫さんは強ぇ。俺一人じゃ勝てねえんだよ……。どうしたらいい? 姫さんを倒したってどうなるもんでもねえだろ……。正解なんてないのか? 俺は、どうしたらいい?】
先生がパチッと目を開けた。おっ。
「君たちは巫女の意向を無視している」
神の掲示が下った。
「三人で話し合いなさい」
パフワくんの頭を抱えた。
【あいつは巫女になるべく育てられた人間だ。不満を言うことはない】
先生はスッとまぶたを閉ざして言った。
「それもまた彼女の意思だ。私たちは部外者だ。面識もない。答えは君の中にしかないんだよ。私たちがどうこう言ったところで君は決して納得しないだろう……」
俺とサトゥ氏はゆさゆさと先生の肩を揺すった。瞑想に入られては困る。俺たちは先生の言うことに従う。それ以上の答えなどないのだ。俺たちは先生に依存したかった。
先生はカッと俺たちを威嚇した。俺は欲情しそうになった。ころりと地べたを転がった先生が反動で立ち上がってぴょんと飛び跳ねた。ひづめを突き出して叫ぶ。
「行くぞーッ!」
「はーい!」
サトゥ氏が元気に返事をして率先して駆け出した。
「日本語禁止な! 突撃ー! もるぁっ!」
もるぁっ!
俺たちは突撃した。
この場でうだうだやっていても何も解決などしないのだ。湿ったダンジョンを駆けていく。コケたゴミを踏み付けて前へ。ゴブリンみたいなのが出てきた。全滅かな?
しかし、おっと弱いぞ? ゴミと大して変わらない。初見の敵を撃破するという快挙を成し遂げたゴミどもがもるもると嬉しげに鳴く。
ゴブリンらしき生き物の首を刎ねたサトゥ氏が突出していく。止まらない。指揮官にあるまじき行動ではあるが、このゲームの指揮官は最前線に立っていることが望ましい。自然と視界に入るからだ。後方でああだこうだと言われても誰も言うことを聞かないだろう。
パフワくんが戸惑いながらあとを付いてくる。
【お前ら……俺に協力してくれるのか?】
そうじゃねえよ。ズレてんなぁ。
俺たちは、ただ考えるのが面倒臭ぇんだよ。予想通りに事が運んだ試しがねーんだ。だったらさっさと先に進んだほうがいくらかマシだろ。
知らないゴミが俺を肩車してくる。俺は目に力を込めた。敵影を視認して叫ぶ。もるぁーっ!
サトゥ氏が落とし穴に落ちた。ロックマンばりにピチュる。先頭集団のゴミどもが急には止まれず落とし穴に雪崩れ落ちていく。すかさず知らないヒーラーが【心身燃焼】を打った。積み上がったゴミの山を這い上がったサトゥ氏が落とし穴から復帰する。邪魔なゴミの首を刎ねて前へ。
少し広めの空間に出た。中ボスらしきモンスターをボコって突き進む。何か特殊な能力を持っていたのかもしれないが、関係なかった。数は力である。サトゥ氏がブン殴って、よろけた中ボスをゴミどもが引きずり倒して武器でガンガン串刺しにしてクリア。
わっしょいわっしょいと先生を胴上げしながらドンドン突き進んでいく。足を止めれば後続のゴミに轢き潰されるだろう。
従って、分岐路など吟味している暇はなかった。虫けらですらもうちょっと上手くやるだろうという勢いでバラけていく。俺は迷わず先生ルートに進んだ。二番目の分岐路でサトゥ氏と別れる。あばよ。
行き止まりにブチ当たった。くそがぁ! 掘れ掘れ! 鍛冶屋の連中がクラフトしたツルハシを手にガンガン岩壁を掘削していく。後続のゴミどもが迫ってくる。引き返すという選択肢はなかった。モンスター? 知らねえよ。そこら辺で踏み潰されて死んでンだろ。
てかゴミ多すぎィ! コイツらドコに隠れてた? いやチャンネルか。最近なんか俺が声を掛けると必要以上にゴミが集まる。なんなんだ。ろくなことにならないと分かってるだろうに。よほど命が惜しくないと見える。ではお望み通り殺してやるとしよう。
俺はツルハシをブン投げて叫んだ。
「先生を下げろ! ボンバーマンで行く! 火柱ボンバーだ!」
【心身燃焼】と【重撃連打】のコンボだ。
落雷が連続して飛び散って厚い岩盤をブチ抜いていく。デスペナはガンガン嵩んでいくが、今の俺は無職。デサントのクソのような【戒律】はない。別のルートを行ったゴミどもと合流。
それとはまた別のルートに行ったゴミどもが火柱ボンバーで合流してきた。俺は死んだ。なんて傍迷惑な。バカなの? リジェネで復活。【八ツ墓】はどうした? 珍しく邪魔が入らない。アビリティか? これだけゴミが密集していると精神に干渉するタイプのアビリティが重複しまくって脳がパーになる。かく言う俺もテンションがおかしい。パンパンに膨れた風船のような心持ちだ。充足感とは違う。満足感とも違う。調子はいい。心は浮き立ち、身体が軽い。引きずり出されたアビリティが黒い波となって火花を散らした。俺は正面を指差して叫んだ。
もるぁーっ!
ゴゴゴとダンジョンが鳴動して壁が狭まってくる。火柱ボンバーは間に合わない。俺たちは壁に手を当てて踏ん張る。ぐわんと空間が歪む。んいいっ! 俺は頭からグシャッと潰れた。【四ツ落下】だ。目障りなゴミを生贄に捧げた魔法アタッカーが嬌声を上げて腕を大きく横に振った。リングの形成。迫り来る壁を超重力が押し返す。
俺は俺を生贄に捧げた知らない魔法使いの腰を抱えて先を急ぐ。居ても立っても居られない。前へ。前へ。前へ。
種々様々なモンスターとトラップが俺たちの行く手を阻むが、数にモノを言わせて突破していく。デスペナが嵩んで使い物にならなくなったゴミが次々と脱落していくが、知ったこっちゃない。楽しい。無職最高。もっと前へ。
おや、ひと足先にダンジョンの最奥部に辿り着いたゴミどもが居るようだ。
プフさんの声が聞こえた。
【手加減は無用です。もしも……もしも正解などというものがないならば、私はあなた方の行く先を見てみたい。……そういうことです、パフワ】
エンドフレームは宇宙戦仕様。言葉は求めるものに届く。俺たちが普段使っているフレンドリストはNAiが用意したニセモノだ。エンドフレームはプレイヤーの結果。結果は未来。俺たちの未来は、俺たちが決める。
ゴミのようなアビリティが黒い波となって俺たちを洗う。肉体という器からあふれた想いが醜悪な怪物の輪郭を描いていく。
フレンドリストが解放された。会ったことも話したこともないプレイヤーのキャラネが追加されていく。物凄い数だ。プロフィールを総ざらいするだけで人生が終わりそうだぜ。
さあ行こうぜ!
だが、俺たちの道はここで途絶えた。
轟音。壁を突き破って怪物が姿を現した。
衝撃が洞窟を揺さぶり、岩盤がひび割れる。降り落ちる岩石に紛れ、艶かしく横切った太い触手の張り出した吸盤が収縮し、息づくようだ。半身を蝕む黒い金属片がいびつに肥大し、怪しくも魔性の美しさを湛えている。その威容。
ョ%レ氏。
迷って出たか。
俺の呟きに、ョ%レ氏は緩慢な反応を示した。攻撃色に染まった隻眼がこちらを向く。爛々と赤い。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
これは、とあるVRMMOの物語。
私、知ってるんです。ョ%レ氏のえびせんをモョ%モ氏が食べてました。
GunS Guilds Online




