スパルタン×
1.クランハウス-居間
ティナン時は一日が三十六時間。地球よりもちょうど半日分長いから、例えば二日続けて同じ時間帯にログインすると朝と夜の違いが出ることになる。好意的に解釈すれば仕事の都合で同じ時間帯にしかログインできない社会人に配慮した仕様と見ることもできるだろう。だがまぁ実際はどうせ地球とは別の星なので自転速度など合わせようもなかったというオチなのだろうが。
ともあれ、そうした訳で夜にログインしてもゲーム内では二日に一回は普通に朝だったりする。キャラクターの体内時計はティナン時が基準になっており……。
早い話がポチョに朝メシを食べさせている。そりゃあ慣れない内はリズムが合わなくてもたついたが、今や俺はポチョ本人が箸を持つよりも遥かに快適な食事を提供している自信がある。ふっ、自画自賛ってのは俺の流儀じゃねえんだが、こればっかりは持って生まれたセンスの違いとしか言いようがねえ。
だろ? ポチョよ!
上機嫌で自慢の箸テクを披露する俺に、ポチョはすっかり参っちまったらしくコクコクと頷くばかりだ。
勝利の余韻にひたる俺は、親鳥みたいにせっせとポチョにエサをやる。いい気分だぜ。だが、こういう時に限って水を差すやつが現れるんだよな。
玄関のほうからからんからんと来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
俺は驚愕した。一瞬何が起こったのか理解できなかった。
呼び鈴だと? 少なくとも俺の知る限りにおいてウチの丸太小屋の呼び鈴が鳴ったことは一度としてなかった。
何だ? 何が狙いだ? 何故呼び鈴を鳴らした? 何の意味がある? 刺客か。それも相当な自信家だな。正面から来るとはな。
ポチョがむすっとして席を立つ。無理もねえ。俺たちは舐められたんだ。不意打ちの必要はねえってな。だが。
逸るポチョを俺は片手で制した。
待て。俺が行く。俺が合図を出したら……殺れ。いいな。
「承知」
心強すぎるぜ。そうと決まれば武器が要るな。そっちは頼むぞ。
素早く倉庫に引っ込んだポチョが俺のトマホークを投げて寄越した。ありがとよ。俺は奇襲に備えてトマホークを肩に担ぎ、玄関のドアを開けた。くたばれや!ってシルシルりん危なーい!
俺は【スライドリード(遅い)】を発動して事なきを得た。
九死に一生を得たシルシルりんは可愛らしい悲鳴を上げて尻もちをついた。
「な、何でいきなり襲い掛かって来るんですか……」
いやいや、シルシルりん。ウチの呼び鈴を鳴らしちゃダメだよ。どいつもこいつも勝手に入って来るもんだから逆に怪しいんだよ。本当、次から気を付けてね。
「意味ないじゃないですかぁ!」
まぁ立ち話もなんだから上がって上がって。シルシルりん初上陸だよ。メシ途中だったから居間でいい?
「あ、あの。それは構わないんですけど、斧をどっかやってくれませんか? 前から気になってたんですけど、いつも手に持って歩いてますよね……。それやめません?」
それは仕方ないんだよ。俺の日常生活と刺客は密接に結びついてるからね。反撃なんて悠長なことはやってられないんだよ。こっちから攻めないと。負の連鎖は断ち切らないと。割と物理的に。
「悪いことばっかりするから恨みを買うんですよ! コタタマりんは! まったくもう!」
そうこう言っている内に居間についたのでポチョのエサ遣りを再開する。
あ、シルシルりんはこちらへどうぞ。朝メシまだだったら言ってね。簡単なものでよければ作っちゃうよ。今日のメシ当番は俺だからさ。シルシルりん? 聞いてる? コタタマシェフだよ。
シルシルりんは唖然としている。
「えっとぉ。あの、お二人はお付き合いしてるんですか?」
え? いや、違うよ。こいつが勝手に密着しておいて肘が当たって食べづらいだの舐めたこと言うもんだからさ。まぁ売り言葉に買い言葉ってやつだね。
「ポチョりん!? そんなっ。私にはそんなふうに甘えてくれたこと一度もないじゃないですか!」
ポチョりんはもぐもぐと口を動かしながら緩慢な動作でシルシルりんを見遣り、コクリと頷いた。ただ、頷いた。
二人の間で一体どのような意思の疎通が為されたのかは分からない。シルシルりんは天井を仰いで世の理不尽を嘆くように絶叫した。
「段々おかしくなってる……! ここはドコなんですか!? どんな空間でっ、一体この先どうなっていくんですか!?」
それは俺が一番知りたいよ……。俺はこの騎士キャラを一体どうすればいいんだ……。
ただ、今は。ピーマンが苦手なポチョの肩を俺は抱き寄せ、そっと味噌汁を飲ませた。
2.食後
「お話は伺いました」
食器洗いを終えるなり、椅子に腰掛けてキチンと膝を揃えたシルシルりんはそう切り出した。
また唐突だね。お話とは?
「ポチョりんの槍を打つそうですね」
その情報網は一体なんなの? あ、もしかしてウチのスズりんから聞いたの?
「はい。スズりんとは懇意にさせて貰っています」
あの子、たまにおかしなことするから。そういう時はちゃんと叱ってあげてね。
「いえ。残念ながらスズりんは既に手遅れです。魔界に沈んでしまいました」
マジかよ。ウチの子たち、いよいよ全滅じゃねえか。
「原因はコタタマりん。あなたです」
俺ぇ? 俺が一体何したよ。
「まぁ……それは置いておきましょう。今日はですねー。私、有志の代表として来ました。ポチョりんの槍に関して私たちは全面的にバックアップさせて頂く所存」
くそっ、またか。また俺の知らないところで謎のポチョ人気が新たな展開を迎えようとしている。一体なんなんだ。なんでウチの核弾頭は生産職の連中からこんなに慕われているんだ。気になる。しかし俺のなけなしのプライドが深入りを許さない。
だが、真相はシルシルさんの口からあまりにもあっさりと零れ落ちた。
「荒みきっていた頃のコタタマりんを成敗して先生の元へ連れて行ってくれた恩を少しでも返せたらと」
俺!? いやいや、ちょっと待ってくださいよ!
俺は反論した。
俺、別に迷惑は掛けてないよね? 確かに一時期はちょっと人間不信に陥って無茶したけどさぁ。
するとシルシルりんは澄んだ瞳で俺を見つめて、
「コタタマりんはですねー。悪い人たちとすぐに仲良くなるじゃないですか。口論から殴り合いに発展しておいて、後でどうなったか聞くと友達になったとか平気で言いますよねー」
良いことじゃん。殴り合いの後に芽生える友情。王道だよ。
「裏道ですよ。だって誰も改心してないじゃないですか。それでいてコタタマりんは自分も生産職の一員だからみたいな顔して近付いて来ますからー。私たち、とっても不安だったんです」
事実、生産職なのですが。それは……。
「今はいいんです。そういう人なんだなーって分かりましたから。でも、なんていうか、コタタマりんって気分屋さんですから。機嫌が良くなると逆に好感度下がるみたいなトコありますよね?」
ないよ。あり得ないでしょ。
「絶対ありますよ。あと、たまに好感度が一切上がらない日があるんですけど、あれ何なんですか?」
ダルい日。今日はこれダルいなってなる。
「そういうトコですよ! もはや運じゃないですか!」
そうかなぁ。
「そうですよ! 仲良くなるとどんどん口調が乱暴になるのも紛らわしいからやめて欲しいってみんな言ってますよっ」
つーか俺の好感度を上げてどうするんだよ。結婚イベントか何かそれらしきものが実装されんことには攻略しても仕方ねえだろ。
ぶつくさと文句を垂れる俺に、シルシルりんは処置なしとばかりに呆れた様子で溜息を吐いた。
「ポチョりんはですねー。本当はとても優しい人なんですよ。今よりもずっと生産職の待遇が良くなかった頃、私たちの味方をしてくれた数少ない近接職さんなんです!」
なに? ポチョが?
ポチョりんは左右の手を細かく前後して優しさをアピールしている。いやアピールできてるか? それ。
だが生産職の味方をしたのは下心あってのことのようだ。ポチョはシルシルりんの淡い水色の髪のキューティクルをチェックしている。
「生産職は締め付けないとすぐに趣味に走る。しかし……」
そう言ってポチョりんは言葉を探すように宙を眺めた。
「生産職の上位職は未だ見つかっていない。それは、おそらく普通にやっていてはダメだからだ。このゲームは、レイド戦で生産職にも活躍の場を与える造りになっている」
ボスモンスターの魔石ドロップか。
その場で装備を作って使い捨てにする。年越しイベントでマールマールを追い詰めた人力アンリミテッドブレイドワークスだ。剣じゃないが。斧だが。射出できないことは言うまでもねえ。どうしてもアーチャーごっこしたけりゃ自力でブン投げろってことだな。
ポチョは頷いた。
「うん。だから私はこう考えている。戦闘職の力押しが通用するようになってからでは遅いんだ」
しかしスキルに二段階目があることは発覚してしまった、か。
「そうだな。もう手遅れかもしれない。私たちは意図的に遠回りをさせられている」
ちっ、クソ運営のやりそうなことだぜ。
おや? シルシルりんの視線が俺とポチョりんの間を行ったり来てるしている。どうしたんだい?
「あの、ゴメンなさい。実はよく分かってなくて……。今って、そういう上位職とかどこまで分かってるんですか? 掲示板を見ればいいんでしょうけど、なんかいつも喧嘩ばっかりしてるし、書き込むの怖くて……」
いや全然OKよ。俺、シルシルりんには何されても許せちゃうからね。いきなり刃物で刺されても笑って受け止める自信あるわ。
「いえ、そこはちゃんと叱ってくれないと」
そう? まぁいいや。上位職ね。
俺も最新の情報を持ってる訳じゃないが、条件まで確定してる上位職は三つ。準隊士と聖騎士、司祭だな。狩人の上位職についてはそれらしきイベントは見つかったがクリアには至っていないようだ。よって名称、性能共に不明。
「じゅんたいし?」
シルシルりんは準隊士についてまったく知識がないようだ。まぁ地味だからね。戦士で通るし。準隊士ってのは、ぶっちゃけ単に少し魔力が多い戦士だ。しかし魔力が多いということはささやきの限度回数が増えるということ。【スライドリード】の使用時間が伸びるということだ。これは大きいようで実はそうでもないと言われている。準隊士だったお陰で生き残れたとか準隊士だったお陰で嫁さんが見つかっただのといった与太話はたまに耳にするが……。どちらかといえば社会的な信用かな。
準隊士の【戒律】は装備の重量制限とキルペナ制限。それから警察のご厄介になると即刻解雇されるという世知辛さだ。つまりサツに捕まるようなヘマはしませんよというアピールを見込めるのだろう。
しかし準隊士を知らないってことは、準隊士の転職イベントを受けたこともないってことだよな? そりゃあマズイぜ。転職するしないは別として、あれは受けておいたほうがいい。じゃないと、いざって時に困るぞ。山岳都市の避難経路やら重要な施設やら情報は共有しておかないとな。なに? ポチョ、お前もか?
仕方ねえな。ついてこい。このコタタマ先輩が経験者としてレクチャーしてやるよぉ!
3.山岳都市-志士宿舎
だが俺にできたのは宿舎までの道案内だけだった。
シルシルりんとポチョりんが優しそうなティナン志士に教わっている横で、一人分断された俺は鬼教官殿にしごかれている。
「名前は」
コタタマっす。
「良い名前だ。貴様には勿体無いくらいだな。よし、今から貴様はゴミタマだ。返事はどうしたぁ!」
あれ? おかしいな。シルシルりんポチョりんコンビと俺とで、大分扱いが違うぞ。一流芸能人だと思いきや実はそっくりさんでしたってくらい違う。
もしや前科か? 前科の有無が明暗を分けたってのか?
ええ? マジで? こういうところで地味に足を引っ張ってくるのぉ? 前科ぁ……。
だが俺は諦めなかった。前科持ちには前科持ちなりの戦い方があるってことを教えてやるよぉ。
おっと。うっかりしてたな。ティナンが大好きなお菓子を落っことしちまった。そそくさとお菓子を拾う俺。
「むっ。そ、それは」
おやおや? 教官殿、いい反応でゲスねぇ。俺は内心でせせら笑った。ゲスゲスゲス……。
俺はお菓子を見せつけるように手に持ち、教官殿の華奢な肩に腕を回した。
物は相談なんですがね、教官殿。取り引きと行きましょうや。これが欲しければ……分かりますね? なぁに、免除しろとは言いませんよ。ただ少し手心を加えてくれれば、ね。
「そ、それは。わ、賄賂というやつではないか?」
賄賂? 嫌だなぁ、全然違いますよ。俺は歯列を覗かせて力強く請け負った。
賄賂ってのは悪いこと。悪いことってのは誰かが困ることでしょ? 俺たちの場合は違う。教官殿はお菓子を食べれて幸せ。俺も楽をできて幸せ。ほら、誰も困らない。俺は左右の手で山を作ってお互いに高め合う関係になれるのだと強調した。
「……賄賂を持ち掛けてくるような人間はそういうことを言ってくるから気を付けろって」
ちっ、誰だよ。ティナンに余計なことを吹き込んだアホは。
仕方ねえな。俺は路線を切り替えた。
う〜ん。ダメですか? 残念だなぁ。じゃ、これあげます。持ってても仕方ないんで。俺は教官殿にお菓子を手渡した。
「えっ!?」
おっと。マニュアルにはありませんでしたか? へへへ……。
ねえ、教官殿。俺はお菓子をあげたんです。だって捨てるのは勿体無いでしょう? 貰ってやってくださいよ。俺は甘い菓子が苦手でね。
「だだだだダメだぁ! せ、センセイがっ。コタタマの言うことには絶対に耳を貸してはならないって言ってたもん!」
先生!?
くっ、これもまた神が俺に与えもうた試練という訳か。俺はめげなかった。
でも教官殿。俺は教官殿にお菓子をあげたんです。あげたんですよ。持っていても仕方ないですから。仮に。仮にね。そのことが原因で教官殿が少し俺に優しくなったからといって、それは仕方のないことなんじゃないですか? だって俺は既に一度は講習を終えていて、二度目の講習で具体的に何をさせろという規律はないんでしょう? あるんですか? ない。でしょう? じゃあ仕方ないですよ。元々が理不尽な話なんですから。
教官殿はぎゅっとお菓子を握って葛藤している。ふん、あと一押しというところか。口を開き掛けて、俺はハッとした。
先生。俺は先生の教えを反故にしようとしてるんじゃないか? こんなことだから俺は……! 誓ったじゃないか。俺は先生の下で生まれ変わるんだ!
まぁ明日からがんばればいいか。
今日のところは……。俺は詰めに入ろうとして、とっさに後ろを振り向いた。これまで俺が失敗してきたのは、こういう詰めの段階でしくじってきたケースが多い。だが今回ばかりは……。
「…………」
いや、もう初期段階で詰んでいたようだ。
シルシルりんとポチョりんが物陰に身を潜めてじっと俺を見つめている。二人の視線が向かう先では、教官殿の手に握られたお菓子が異彩な存在感を放っていた。
俺は、二人に歩み寄るとシルシルりんの肩に両手を乗せた。
「な……」
「な?」
シルシルりんとポチョりんは揃って首を傾げた。
今にも泣き出しそうなくらい切迫した表情の俺がシルシルりんの瞳に映っている。
俺は言った。
「なかったことにして貰えないか……?」
「なかっ、た……?」
絶句するシルシルりんに、俺は言い募った。
……見苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、さっき俺は己の過ちに気が付いて自ら行いを正そうとしたんだ。
ただ……。正直に言うよ。最後の一瞬っ、ここぞという場面でっ、悪の心に屈してしまった……! 俺は拳をきつく握り締め、己自身の弱い心に強い憤りを覚えていることを強調した。
ほんの少し……。ほんの少し何かが違っていれば……。俺は指でコの字を作って、とても少しであることを強調した。
だから。だからさ……。虫のいい話だってことは分かってる……! それでも!
……俺にもう一度チャンスをくれないか?
シルシルりんが無言でゆっくりと宿舎のほうを振り返る。
宿舎の二階の窓から、先生がこちらをじっと見つめていた。
俺と先生はx座標とz座標の隔たりを越えてボディランゲージによる対話を試みる。
丸いお腹を突き出した先生が、ハッとして姿勢を正した。なるほど。今日は少し忙しい。トリマー? いや美容室に予約を? とっていて。なるほど。
たけのこ? え? たけのこが?? あっ、ハサミ! ハサミね! 床屋で毛を刈る予約をね? してるんだと。なるほど。予約時間が迫ってるなら仕方ないね。ダッシュで向かわないと。
窓から消えたと見せ掛けた先生が、しかしくるっとターン。窓の端から端へと鋭く跳躍し、しゅばっと両腕をクロスした。
エックス。ばってんマークだ。アウトぉー!
かくして×判定が下った俺は七日間で一流のゴミになれるというウルトラスペシャルベリーハードコースに叩き込まれ、なんだかんだ気合いと根性で食らいついていくのだがしかし第一の試練と称してニャンダムのエサ遣り係に任命されるも獣王様は種族人間がよほど不細工に見えたらしく目の前に転がってきたボールを前足で小突くように軽くぺんっとやられた俺は漫画に出てくる格闘技の達人が敵の攻撃を避ける時みたいにプンッてなって死んだ。
「ご、ゴミタマー!」
これは、とあるVRMMOの物語。
どこを見てる? ここだ。とか言うからてっきり避けたのかと思ったら全然そんなことはなくて既に虫の息だった。
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