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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
49/983

もるぁっ

 1.ポポロンの森-クランハウス前


 今日元旦じゃん?

 俺さぁ、以前からクリスマスと元旦はもうちょっと離すべきだと思ってるんだよね。忙しいったらありゃしないぜ。最低でも大晦日と元旦は隔日にするべきだね。

 だからといって臼と杵だけ寄越されて餅つけって言われてもそれはそれで物足りない訳よ。この微妙なさじ加減っつーかユーザー心理を汲んで欲しいわ。とりあえず餅つくけど。

 

「結局どう転んでも文句は言うんじゃないか。コタタマは天邪鬼だなぁ」


 ぺったんぺったん。アットムと一緒に餅をついてる。ぺったんぺったん。

 結構キツイわ。アットム、代われ。二人で交代しながら回そうぜ。


「十回?」


 いや八回で。末広がりな。

 ぺったんぺったん。ぺったんぺったん。ほい交代。

 ぺったんぺったん。おぅ危ねえ。相の手は意外と難しいな。勇気が要る。これはあれだ、大縄跳びに限りなく近い。


「心理戦に近いよね。僕はペース崩さないようにするからコタタマのほうで合わせてね」


 分かった。ぺったんぺったん。おい、今のは早かったぞ。言ったそばからペース崩すなよ。ピンク色した餅なんか食いたくねえ。一見すると縁起物のようでいて桜の木の下に死体が埋まってるっていう怪談に近い恐怖を感じる。


「そのままじゃないか。ゴメンゴメン。でも意識すると逆に難しいっていうか。まぁ慣れかな。行くよ〜」


 よし来い。ぺったんぺったん。いや早いって! お前わざとやってるだろ! ぺったんぺっ……たん。ほらぁ! 何今の! チェンジアップ!? あり得ないから! ダメだお前は! 代われ!


「ふふ。コタタマは分かりやすいなぁ」


 抜かせ。見てろよ……。

 ぺったんぺったんぺったんぺったん。ちょっ、怖い! アットムくん完璧に合わせてくる! 俺のチェンジオブペースが一切通用しないっ……!


「コタタマの動きは綺麗だなぁ。努力の賜物だね。だから読みやすいんだけど」


 くそっ、予備動作か? 予備動作で俺の杵を見切ってるのか? 脱力……。脱力だ。かの剣豪、宮本武蔵は脱力することで爆発的なパワーを発揮したって刃牙で言ってた。

 見てろよ、アットム……。これが俺だけのマッハだ……。

 ゆるりと脱力した俺は手から滑り落ちた杵で足の甲を直撃した。俺の足がっ。俺がのたうち回っていると、けらけらと笑っていたアットムが不意に真剣な表情になって背後を振り返った。

 ん? 客か? 俺はアットムに尋ねた。もはやこの男は理屈を超えた存在になりつつある。気配の一つや二つは察知できてもおかしくない。

 アットムは刺すような目つきで森を見つめ、


「幼女の気配だ」


 勘弁しろし。ロリコンカッコいいみたいな演出はやめなさい。ロリコンの社会的地位が向上するとかあり得ないから。

 アットムがハッとした。


「上だ!」


 上だじゃないよ。見えてるっての。

 樹上から飛び上がったティナンがドン引きするくらいの飛距離を経て、空中でくるくると回って俺たちの眼前に降り立った。パンチラしないよう修道服の裾をキッチリと押さえての、優雅さと超人ぶりを余すことなく見せつけた登場シーンであった。


「腕を上げましたね、アットム」


「大司教様……」


 お前らの関係は一体なんなの? 素朴な疑問を抱いた俺だが、ひとまず大司教様に歓迎の意を伝えてクランハウスに誘った。

 大司教様は餅をガン見していた。……食べます?


「コタタマ。私は遊びに来た訳ではありません。ですが、あなたがそうまで言うならご馳走になりましょう。固辞も度を越せば失礼に当たりますからね」


 素直に食べたいと言いなさい。


「……どうしてそのような意地悪をするのですか?」


 …………。


「べ、別に食べたくはありません! 少し興味があっただけですっ」


 プライドが勝ったようだ。

 とりあえず、きな粉でいいですか?

 俺が尋ねると、大司教様は澄まし顔で小さく頷いた。


「ええ。それが何なのかは分かりませんが、あなたの見立てを信用するとしましょう」


 参考までに聞いただけです。別に食べさせるとは言ってません。

 大司教様は傷付いたような表情をした。

 アットムが癒されている。一切の毒が浄化されたかのような微苦笑を浮かべつつ大司教様に取り成した。


「大司教様。コタタマはツンデレだから大丈夫ですよ。攻略難易度が信じられないくらい高いだけなんです」


 誰がツンデレだ。餅だってタダじゃねえんだぞ。大司教様は要らないと仰る。なら別にお出しする必要はねえだろ。



 2.クランハウス-客間


 きな粉を振った餅をテーブルに置いて、俺は大司教様に用向きを尋ねた。

 それで、いきなりどうしたんですか?

 だが大司教様は聞いちゃいねえ。本日の糧がどうこうとお祈りを始めた。

 あのですねぇ、大司教様。これは俺のメシですよ。


「なっ……!」


 俺はキレた。

 あのですねぇ! 俺ぁきな粉が苦手なんですよ! 甘ったるくてねぇ! 申し訳ありませんが俺を助けると思って召し上がっちゃくれませんかねッ!? 喉に詰まらせないようくれぐれも気を付けてさぁッ!

 ソファに踏ん反り返って残飯処理を命じる俺をアットムが呆れたように見ている。


「君は一体どこへ向かおうとしてるんだ……」


 知るかよっ。おら! ぼーっとしてねえで召し上がれ。ちっ、箸の使い方がなってねえ。おい、アットム。ぼさっとしてんじゃねえよ。手本を見せてやれ。

 アットムの箸さばきは見事の一言に尽きる。この俺をして満足させるテクニシャンだ。だが相手はきな粉餅。こいつは厄介だぜ? さあ、どう出る?

 俺が興味深く観察していると、アットムは自分の手で皿を作ってそこにきな粉が落ちるのも構わず大司教様にあーんをした。食べ終わった後、さり気なくナプキンで手を拭うのも忘れない。ふっ、どうやら俺の負けのようだな。

 大司教様が何をしに来たのかは知らないが、アットムに免じて俺は頼みを聞くことに決めた。


「分かりました。協力しましょう」


「えっ!?」


 お腹が膨れて至福の一時を味わっていた大司教様がびっくりして俺を見る。


「は、話が早すぎます。いえ、こちらとしてはありがたい申し出なのですが。とにかく事情だけでもお話を……」


 大司教様。俺は大司教様の話を遮った。

 時間の無駄です。悪いがこいつは俺の流儀の問題でしてね。次の段階へ進みましょう。話は移動しながらでもできる。あなたは俺に何が必要かだけ言えばいい。アットムは同行しても?

 大司教様は俺のハイペースに目を白黒させながら頷いた。


「そう、ですね。同行してくれると助かります。アットム? 構いませんか?」

「何なりと」


 俺とアットムは頷き合って席を立った。何が何だかまるで分からねえが、さあ始めようか。



 3.エッダ水道-深部


 大司教様の話はこうだ。

 ここ最近、ティナンの間ではプレイヤーを再評価する声が上がっている。その立役者たる俺に、大司教様はティナン姫からのとある依頼を携えてやって来た。

 その依頼ってのは、要は大司教様にトップクランの戦いぶりをご覧に入れることで達成できるらしい。

 怖いねぇ。相互理解のためと謳っちゃいるが、こいつは早い話がプレイヤーの戦力調査だぜ。勝って兜の緒を締めよってトコか。

 まぁ構わねえさ。頼みを聞くと決めたのは俺だからな。

 という訳だ、サトゥ氏。協力してくれるな?


「ちょっ、待て。今っ……」


 サトゥ氏はクランメンバーを率いてエッダ水道に潜入中であった。

 何だよ、客が来てるってのに素っ気ねえな。そんなだからお前はダメなんだよ。


「ええ? 俺ぇ? TPO壊滅じゃん……」


 いいから結論を寄越せよ。お前らにも都合ってもんはあるだろうさ。今日はエッダの調査か? じゃあダメだな。いつなら都合が付く? 明日だな。アットム、お前はどうだ?


「明日か。受けた依頼があるから明日はちょっと……」


 そうか。明後日は?


「念のために明後日も空けておきたい。コタタマ。僕のことはいいから、ここは【敗残兵】の都合に合わせて」


 お前が居ないと不安なんだよ。俺、サトゥ氏に何回か無茶言ってるから【敗残兵】の連中にあんまり良い目で見られてないんじゃねえかな。陰湿なイジメに遭いそうだわ。よく分かんねえけど大型クランって派閥争いで内部ドロドロ利権巡ってギスギスしてるんだろ?

 息を殺してタコさんの群れを遣り過ごそうとしているサトゥ氏が小声で反論してくる。


「勝手な憶測で物を語るなっ。俺たちはイナゴだから付き合いが長いんだよっ」


 イナゴってのは安住の地を求めてゲームからゲームへと渡り歩いて来たネトゲーマーのことだ。そういえば前に物欲センサーがどうのと言ってたな。このゲームにガチャはない。まぁキャラクリだけで一財産築けるとまで言われてるからな。

 付き合いが長い。ほう。大変結構。仲がよろしくて羨ましいですなぁ。

 しかし明日。明日か〜。

 俺は悩む素振りをしながら徐々に首をひねり、肩越しに目に入った光景におやっと感嘆の声を上げた。

 あれあれ? あそこで大司教様を抱きかかえて聖母のごとし微笑みを浮かべているのは、まさか【敗残兵】のクランハウスで暇そうにしていたリチェットさん? エッダ水道潜入ミッションをハブられたリチェットさんじゃあないですか!

 サトゥ氏が膝から崩れ落ちた。


「クソッ、タレぇ〜」


 あれあれ? サトゥ氏どうしたのかな? 付き合いが長いって言ってたサトゥ氏? リチェットさんは仲間だよね? しかも幹部だ。当然、隠し事なんてないよね? まさかね。リチェットさんに黙って可愛い新規メンバーを連れて無理ゲーのエッダ調査に出向いて俺TUEEEEEEEして尊敬の眼差しを独り占めしようなんて当然考えてませんよねぇ〜?


 という訳である。

 サトゥ氏が率いる【敗残兵】は数多くのゲームを渡り歩いて来た大御所クランだ。当然、一枚岩ということはない。

 特に幹部より下の、下の下、新規メンバーに関しては水面下で優しい先輩の座を巡る苛烈な椅子取りゲームが巻き起こっている。

 一口にプレイヤーといっても様々だ。十人、二十人という単位ではそうでもないが、これが百人、二百人となってくると奇妙な才能を発揮する人間が現れる。

 それがカリスマ性だ。

 やたらと下に慕われたり、なんとなく集団の中心的な存在になったりする。クランマスターとしてはちょっと気になる存在だろう。ふとした瞬間に自分の人望について疑問を覚えたりな。

 てくてくと歩み寄って来たリチェットが、大司教様を地面に降ろして、ごろんと地面に寝そべった。

 サトゥ氏の麾下にあったメンバーが一斉にリチェット先輩に駆け寄った。


「リチェットさんっ、こんなところで寝ちゃダメですよっ」

「何してるんですかリチェットさんっ」

「脚丸出しですよリチェットさんっ。隠してっ」


 リチェットは寝転がった拍子に絡まった髪を気だるげに解いている。


「あ〜あ。私、がんばってきたんだけどなぁ。サトゥに信頼されてないのかなぁ」


 イベントで頭を任せられるくらいだ。信頼されていないということはないだろう。

 だが、新規メンバーから非難の眼差しを向けられたサトゥ氏は慌ててリチェットを心配する会に加わった。


「い、いや。ちち違うんだよ。その、リチェットは、ほら、あんまり潜入とかさ、細々としたことは好きくないだろ? 俺は、なんていうか、そういうのが苦にならない性分っつーか……」


 サトゥ氏の言い分はこうだ。

 大晦日の年越しイベントでマールマールさんをやっつけることができなかったのは、ひとえに調査不足が原因であった。

 特に序盤戦におけるマールマールさんを保護していた重力の衣については前以て分かっていれば参加者の脱落を防げた可能性が高い。当然調査はしていたものの判明には至っていなかった。いや、魔石のドロップがないので何かあるとは睨んではいたが具体的なことは言えなかったのである。

 そこで今回、まだ討伐できていないレイド級について再調査を行うことになった。

 リチェットに内緒で事を進めたのは誠に心苦しく思っているが、リチェットはどちらかといえば攻勢に長けた指揮を執る将であり、またサトゥ氏の忠実な右腕であるため無理を言ってついてくる可能性が非常に高かった。つまりゴメンなさい。新規メンバーとキャッキャしたかったです。


 洗いざらい吐いたサトゥ氏を、リチェットは寝転がったままじっと見つめている。


「でもな〜」

「ウゼえ……! あぁもう、立てよ、りっちゃん。俺が悪かったですよ。ゴメンなさいねホント。勘弁してマジで」


 サトゥ氏がおざなりに謝罪して手を差し出すと、不意を突かれたような顔をしたリチェットがだらしなく相好を崩してサトゥ氏の手に掴まった。

 仲直りできたようだな。良かった良かった。人間ってのは不思議なもんでよ。どれだけ凄い最新のゲームをやっていてもよ、昔やってたゲームが輝いて見えたりするもんなんだよな。きったねえボロボロのグラフィックで、ろくにシステムも整ってねえ頃だぜ。

 けどモニターの前にはやっぱり人間が座ってて、今でも下らねえことを悩んでいたりするんだよな。

 例えば、しみったれたクランを少人数で切り盛りしてワイワイやってた頃を懐かしんだりな。


 さてお二人さん。盛り上がってるトコ申し訳ないんだが、そろそろ話を本題に戻しても構いませんかね?

 俺が下手に出ると、すっかり元気になったリチェット隊長が活力に溢れた返事をくれた。


「任せろっ。私たちはトップクラン【敗残兵】だ。どんなクエストもぱぱっと解決、安心と確実がモットーだっ。な、さのすけ」


 サトゥ氏が項垂れた。


「声抑えて、声。そんなモットーないから」


 まぁサトゥ氏の危惧も分からんでもないんだけどな。

 俺はサトゥ氏を高く買ってるつもりだ。年越しイベントで改めて思ったんだが、コイツのゲームに関する嗅覚、直感的に正解を導き出すセンスは抜きん出てる。敗戦の責任を押し付けて処刑はしたが、他の誰かがコイツの代わりに頭を張ったところで結果は変わらなかっただろう。マールマールの重力の衣についても調査不足とは言っているが、あんなもんは調べようがねえ。

 俺はちょいちょいと大司教様を手招きして作戦会議の輪に加えた。トップクランの戦いぶりを見たいっつー話だったからな。戦いはもう始まってる。

 俺はサトゥ氏に尋ねた。


「エッダについてはどこまで分かってる?」


「脚だ。脚に何か秘密がある。名称……Eight-Order。暗示は八つの、試練か?」


 暗示か。言い得て妙だな。しかしマールマールについてはどう見る?


「Mare-Mare。暗示は海。だが海はどう考えてもおかしいよな。もう一つ。Mareってのは天文学上、黒く見える部分を指す言葉だ。ヤツは重力を操った」


 ……魔法やスキルには職種に応じて解放される段階がある。レイド級のそれは最大限に近いだろう。ただ、人間は脆すぎる。レイド級が全力で魔法を撃つことはない。無駄に消耗するだけだからだ。

 マールマールの超重力が光すら捻じ曲げるポテンシャルを持つというのであれば、下手をすれば星一つを潰しかねない災厄になり得る。だから称号で縛ってる……? いや、それは考えすぎか?

 妙な具合になって来たな。俺はョ%レ氏に何らかの事情でいちゃもんを付けられたらしく、余計な情報を持っている。しかし前回の件で確定した。先生も俺と同じか、それ以上の情報を持っていて、あえて黙っている。おそらくは黙っている必要があることなんだ。その理由は……サトゥ氏。コイツなのか?

 メインストーリー。【NAi】はそう言っていたな。だが、このゲームにそんなものはねえ。少なくとも表向きは。俺に期待しているとも言っていたな。……最終パーティーか? 冗談じゃねえぞ。俺は鍛冶屋だ。まったり派なんだよ。何が悲しくて廃人どもに混ざって世界の果てだか何だか知らねえところで絶望的な戦いに挑まにゃならんのだ。そんなもんはやりたいやつだけでやってればいい。俺は地味に経験値稼いだり武具の出来栄えに一喜一憂したりリアルじゃお目に掛かれないような別嬪さんを眺めてキャッキャしたりしてえんだよ。

 俺は余計なことを言わない覚悟を更に堅固なものとした。鍛冶屋らしくサトゥ氏にアドバイスする。


「武器や防具は装備しないと意味がないぞ」

「突然どうした!?」


 うるさいよ。うるさい。モンスターってのは生き物の気配に敏感なんだ。あーあ。ほら、タコさんに気取られたぞ。ガン見してるじゃねえか。

 おら行け。トップクラン様の出番だぞ。


「俺の所為? 違うよね? 今俺ら真面目な話をしてたじゃん。そこでいきなりさぁ、NPCみたいになられたらさぁ、誰だってどうしたってなるじゃんかぁ……」

 

 ここはエッダ水道だ。

 サトゥ氏はぶつくさと零しながら剣を抜いた。いい剣だな。材質、形状、重心、刃渡りの長さ……。剣をガン見している俺にサトゥ氏が不平不満を漏らす。


「やめてやめて。その目がびきびきってなるの怖いんよ。生きた心地がしない。大丈夫? 俺のリアネとか見えてない?」


 見える訳ねえだろ。ただ、言ったよな?

 俺の目はチャクラが色分けされて見える……。


「写輪眼かよ!」

 

 冗談だ。おら、うだうだ言ってねえでさっさと行け。


「やだぁ。もう怖いわコタタマ氏。これ人使い荒いネフィリアだよ……」


 クランメンバーを率いたサトゥ氏がタコさんの群れに駆け寄っていく。交戦。

 さてお手並み拝見と行こうか。大司教様、見え難ければアットムの肩に乗っていいですよ。


「ではお言葉に甘えましょう。アットム、肩を借りますよ」

「どうぞどうぞ」


 大司教様はアットムの肩にベガ立ちした。それ標準なの?

 さて、サトゥ氏はどうか? いかなトップクランといえどタコさんはそう容易い相手じゃないぞ。というか種族人間がゴミすぎる。魔法で掃討しようにもメンバーに魔法使いが居ない。エッダの調査が目的だったらしいからな。【スライドリード(速い)】を使える近接職で固めて来たのだろう。

 戦闘員はサトゥ氏を含めて五人。急遽パーティーに加わったリチェットを抜かせば四人か。やっぱりその辺が妥当なんだろうな。はっきり言って五人以上は目障りだからな。

 俺も野良パーティーに混ざったことがあるからよく分かる。とにかく目障りなんだ。余剰人員は手持ち無沙汰になるから居るんだか居ないんだか分からなくなる時があって、コイツと俺の報酬一緒なの?っていう気分になる。だからこのゲームでは四人パーティーが一般的で、そこにサボっていてもあまり気にならない魔法使いを加えた伍が基本になる。

 無論、頭数が多いほうが有利であることは言うまでもない。イレギュラーにも対応しやすいだろう。だが何事もなければ目障りなんだ。殺したくなる。というか殺した。それが全てだ。


 采配を執るのはリチェットか? 攻勢に転じるタイミングを管理できる近接職が前線の指揮を執るのが一般的だが、リチェットはアタッカー兼ヒーラーだからな。普段から役割分担をキッチリとロジック化しているのだろう。指揮権の移譲にバラつく様子もない。

 リチェットが叫んだ。


「もるぁーっ!」


 サトゥ氏が応える。


「もるぁっ!」


 新規メンバーたちが各自報告する。


「もるっ!」

「もるるっ!」

「もるあっ」


 やめろやめろやめろやめろ!

 俺は割って入った。目を使いタコさんの同士討ちを誘って拮抗状態を作り出す。

 俺はきょとんとしているアホどもを叱りつけた。並べ! クズどもが! 大司教様の前で俺の顔に泥を塗りやがって!

 サトゥ氏が悲しげに鳴いた。


「もるるっ……」


 やめろ! もる語は禁止だ!


「もっ。もももっ……うっ、げほっ」


 日本語の使い方を忘れてるんじゃねえよ! 既に日常生活に支障が出てるじゃねえか! やめちまえ! そんなもん!


「し、しかし彼女は普段の狩りの様子を見たいんだろう? 俺たちは普段からこんな感じなんだ。他のパーティーも大体は似たような感じの筈……」


 黙れ! 廃人が!

 しかしリチェットが食い下がってきた。


「もる語は便利なんだよっ。いっそ日本語を忘れても暮らしていけるんだぞっ。私たちはクランハウスでも大体はもるもる言ってる……」


 くそっ、ここまで侵食が進んでいるとは……。

 俺が忸怩たる思いでアホどもを睨みつけていると、アットムの肩から飛び降りた大司教様がちょこちょこと歩み寄ってきた。邪魔なタコさんを片手でどかし、きらきらとした瞳でサトゥ氏を見上げてらっしゃる。


「今のは何ですか? とても興味深いです」


 ほらぁっ! 興味を持っちゃったじゃんかよ! もー!

 しかし事ここに至っては手遅れ。

 俺は、ひとまずサトゥ氏にタコさんの殲滅を命じた。大司教様を連れて戦域を離れる。

 そうして、もる語にまつわるプレイヤーの悲しい歴史をぽつりぽつりと語り出した。

 それは、許されざる裏切りと哀しき廃人たちの物語である……。



 4.もる語誕生の歴史


 事の起こりは正式オープン開始の当日に遡る。

 地獄のチュートリアルと並ぶであろう、陰惨な事件はネット上で起こった。

 きっかけは何のことはないプレイヤーのスレである。

 やっぱり二次元はクソだわ。その一言。たったの一言が、大論争の幕開けだった。


 いや、大司教様にはネットって言っても分からないよな。井戸端会議みたいなものだと思ってくれ。

 俺たちの今ここにある肉体が仮初めのものに過ぎないことは聞いてるんだろ?

 俺たちはこの身体を自分でデザインしてこの世界にお邪魔してる。中には本当の性別は男だけど女の身体を作って暮らしてるやつも居るんだ。

 そいつらはな、井戸端会議で常々こう言ってた。生身の女はクソだと。理想は二次元、要は絵だな。絵の中にしか理想の女は存在しねえとまで言い切ってたんだ。

 偏った物の見方だとは思ったが俺は感心すらしてたんだよ。そいつらの言葉には信念があった。三次元には屈さないという強い意志があった。そりゃあ強がりってのはあるだろう。僻みもあったろうさ。けどな、大司教様。俺らはあんたらと違って顔の造りがちょいと個性的なんだ。千差万別と言えば通りはいいが、要は上下幅が大きいんだ。しかもそいつが社会的なステイタスを左右しかねない要素だった。となれば、当然ながら差別ってもんが生まれる。

 二次元を崇拝する連中は、言ってみればこの差別される側の人間が多かった。実際のところは分からねえがな。しかしな、大司教様よ。顔面の造作なんざ、自分で選んで生まれるもんじゃねえだろ? それが普通さ。本人には何の咎もないことでよ、差別されるのはおかしなことじゃねえか。だから俺は、生身の女に興味はねえって言い切るそいつらの主張にある種の気高さすら感じたんだ。いや、覚悟かな。曲げられねえもんに立ち向かう意志っつーかな。

 ところがだ。そいつらはこの世界に舞い降りるなり、ころっと手のひらを返しやがった。あれだけ三次元はクソだとこき下ろしてた連中がよ、やっぱり女は三次元に限るだのと言い出しやがったんだ。

 俺は目を疑ったぜ。そんなことがあるのかと思った。言っとくが俺は別に二次元の崇拝者じゃねえ。その俺が、やつらの意見にも一理あると思ってよ、井戸端会議で散々に弁護していた俺の思いをっ、願いをっ、あいつらは踏みにじりやがったんだ……!


 ……俺と同じことを思った連中は多かったよ。あの手のひら返しは空前絶後だったからな。ありとあらゆる手段で発言者の過去を追跡する二次元信者狩りが始まった。

 絵ってのは理想だろ? 突き詰めていけば三次元には勝るのは当然なんだ。人間ってのは即物的な物よりも観念を重んじるからな。

 復讐だよ。過去に論破された三次元派のな。

 不毛な争いが幕を開けて……どれだけ経ったか。下らない争いさ。個人の趣向の問題だからな。答えなんざねえ。大司教様もそう思うだろ?

 そうだな。だが争いってのは犠牲者を生む。大司教様と同じように、下らねえって思うやつらが居た。

 廃人だ。連中は、この世界に全てを賭けてる。それこそ二次元だろうが三次元だろうが知ったこっちゃねえってやつらさ。

 連中は肚の底では下らねえ下らねえと思いながら、じっと耐えてた。仕方のねえことだってな。

 それが、ある日を境に爆発した。

 きっかけなんかねえさ。我慢が限界に達したんだ。

 この世界ではな、とにかく女が綺麗な面をしてるんだ。三次元派に鞍替えした連中はデレデレになって女どもを褒め称えた。まぁ無理もねえ。女神もかくやという女がそこら中を歩いてるんだ。野郎からしてみれば天国だろう。

 いつしか、この世界では女の容姿を褒めるのが最低限の礼儀っつー妙なローカルルールが幅を利かせ出した。褒められたほうも悪い気はしねえわな。そりゃあそうなる。世に溢れる似非紳士どもがな、これまた腕は確かなんだよ。廃人の連中は、そいつらとどうあっても縁を切れなかった。これが悲劇の始まりだ。


 もる語ってのはな、廃人どもの溜まりに溜まった怨念が生み出したものなんだ。


 廃人どもは、とにかく先に進みたかった。だがモンスターは強え。人手が要る。

 一方で似非紳士どもは女を優遇する。一回戦っては疲れた?だの、ちょっと休憩しようか?だのと下にも置かないもてなしぶりだ。

 廃人どもは先へ進みたかった。ゲージ残ってるだろ。マナ使い切れよ。内心でそんなことを思ってた。

 そして、ついにある日。会話禁止のパーティー募集が井戸端会議に持ち込まれた。

 会話禁止だ。どうなると思う? 崩壊だ。そいつらは無言のままダンジョンに消えて戻って来なかった。殺し合いになったというのが大方の予想だが、定かじゃねえ。ただ、やたらとギスギスした雰囲気のパーティーが黙々と魔物を狩って深部を越えたっつー噂はあるな。

 まぁ無理なんだ。無言ってのは。気ばかりが急かされて突き進んでいる内はいいんだが、アクシデントに対応できねえ。

 じゃあどうする? そう、もる語さ。

 掛け声があれば大分違う。当時は掛け声の種類も色々とあったらしいが、淘汰を繰り返した結果もる語が残った。

 だが、こいつが更なる悲劇の始まりだった。

 分かるかい? 大司教様。分からねえだろうな……。

 つまりこうだ。もる語ってのはな、予想以上に便利だったんだ。

 まず挨拶の必要がねえ。何言ってるのか分からねえから挨拶と出発の合図が融合した。

 礼儀が要らねえ。もるもる鳴いてりゃいいんだからな。感謝の言葉と出発の合図が融合した。

 言ってみれば原始時代の狩りだ。完全に工程管理された暮らしに、言葉ってのは実は不要なんだ。

 その挙句が……コイツらだ!


 俺が弾劾するように指差すと、整列したサトゥ氏一行が悲しげに鳴いた。


「もるるっ……」


 俺は叫んだ。

 アホか! オンゲーでコミュニケーションを捨て去ってどうすんだ!?

 先生は深く嘆いておられたぞ……。


 しかもマジで便利だからどうしようもねえ。俺も悲しいよ。悲しくて鳴いちゃう。


「もるるっ……」


 大司教様は手を叩いて喜んだ。


「素晴らしい! 戦い果てることを喜びとする戦士たち。そのために人であることを辞めた者たち。あなたたちこそ真の勇者です!」


 嫌だよ、こんな勇者。だってもるもる鳴くんだぜ?

 俺はがっくりと項垂れた。

 だから嫌だったんだよ。もる語、マジで便利なんだもん……。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 もる語。それは人の闇なのか。それとも……。



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もるるるぁぁぁぁあああ!! ……もるもるっ!
[良い点] もるァ!
[一言] もるっもるる!
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