ハードウェアに祝福を
1.クランハウス-ジャムジェムの部屋
殺後。ベッドの中で身体を擦り寄せてくる赤カブトの腰を抱き寄せながら俺は天井を見つめて考え事をしている。
……就職するの面倒臭いな。
そのことである。
このゲームは一次職から二次職にステップアップするのは割と簡単なのだが、無職を抜け出すのは困難を伴う。それはひとえに職バランスの悪さによるもので、戦闘中に簡単に転職できると近接職の存在価値がなくなってしまう。自爆する直前にクラスチェンジできるなら人間爆弾を持ち運びする肉壁は不要というワケだ。よって魔法アタッカーの転職条件は自覚的にコントロールするのが難しいものになっている。それもまた【戒律】の一種だ。強力な戦法は簡単には実現できないようになっている。
一次職ではないが、転職条件がゆるいのは聖騎士とデサントだ。ただしデサントは鍛冶師か細工師であることが前提条件になっている。お手軽に職にありつくなら聖騎士一択ということになる。この執拗なまでの聖騎士推しの背景にあるのは、レイド戦で強制執行に駆られて殺戮に走るアホを一人でも多く増やしたいというクソ運営の意向によるものだろう。行動制限【異教徒の粛清】の標的になるのは種族人間だ。ョ%レ氏はティナンが広く信仰する迎神教で偶像化されているし、モンスターはそもそも宗教という概念を持たない。面倒臭いのが嫌だと考えている俺が律儀に聖騎士のノルマ達成に心血を注ぐとは思えない。……やっぱり聖騎士はダメだな。いざという時にあの鼻持ちならないタコ野郎の手先と化すなんてぞっとしないね。何しろ俺には守るべきものがあるのだ。
俺の腕の中でもぞもぞと身じろぎした赤カブトの熱っぽい吐息が俺の頬をくすぐる。
「……マグちゃんの藁人形でこんなことしてるなんて知られたら怒られちゃうね」
枕元に置いてある藁人形には五寸釘が刺さっている。俺と赤カブトの秘密のサインだ。俺たちの間で今夜どう?的な用途で使われるようになって久しい。
俺は赤カブトの頭を抱き寄せて彼女の口を塞いだ。
……マグちゃんは俺に対しては割と心を開いてくれている。鬼武者時代に対話を試みたのが良かったのだろう。そのマグちゃんが作ってくれた藁人形を秘密のサインに用いることが悪いことなのか何なのかまったく分からなかった。本来の用途に適っているような気もするし、そうではない気もする。
マグちゃんのことを考えていると、赤カブトが俺にのし掛かってくる。頭に布団を引っ掛けたまま俺に馬乗りになって、逃さないとばかりに俺の頭の両脇に両手を突いた。咎めるような目で俺を見つめて、
「私、マグちゃんにペタさんをあげるつもりはないから」
そう言って赤カブトがゆっくりと俺に覆い被さってくる。
カーテンが閉め切られ、薄暗い室内で、俺と赤カブトの影が一つに重なり、ベッドの脇に立てかけられた剣の鞘がカラン…と床に倒れた……。
2.クランハウス-居間
居間でモグラさんぬいぐるみと一緒に床の木目の数をかぞえている。
特に意味のない行動だ。それが苦痛かと言えばそうでもない。スマホをいじりながらキャラクターを動かす訓練だと思えば、あながち無駄とも言い切れない面がある。
……もう無職のままでいいんじゃねぇかな?
そんなことを思っている。
ウチの子たちとイチャつくのは楽しいし、細工師としてやっていくなら他の彫り師を雇うという手もある。俺は何かとロストしてしまうので、他人を使えばレベルリセット対策にもなる。考えれば考えるほど俺自身が汗水垂らして働く必然性が失われていくかのようだった。
それどころか……無職の可能性を追及してみるというのはどうだ?
要するにROのスーパーノービスだな。苦境に自ら身を置くことで何らかの特典を得られたケースというのがオンゲーにはあるのだ。
まぁネトゲーマーにとってはそう突飛な発想でもないから、今更になって新発見は望み薄だが……。
オンゲーは暇人の集まりなので、無職のままレベル上げする程度のことは放っておいても誰かしらが勝手にやる。スーパーノービスよろしく魔法戦士じみた動きをする無職なんて見たことも聞いたこともないので、高レベルの無職は死に筋なのだろう。そんなことは分かっているが、俺はとにかくョ%レ氏の像に頭を下げるのが嫌だった。
……宇宙人はログイン方式が異なるのではないかという疑惑がある。
パフワくんが廃人どもの接待に連れ回されているので確定ではないが、俺のピンクさんを見た時のあの反応は……。
(なんだ、それは?)
それだけじゃない。テーブルを挟んだ向かい側のソファでピンクさんが寛いでいるという圧倒的な事実に俺はどう立ち向かえばいいのか分からなかった。
ログアウトはできる。できるが、俺がログインするとピンクさんも付いてくるのだ。……いや、それはいい。元より得体の知れないゲームだ。そういうこともあるだろう。問題は、ピンクさんが俺の部屋から無断で持ち出したチェーンをジャラジャラと巻いてサングラスなんぞ引っ掛けていることだ。俺の斧を倉庫から引っ張り出してまじまじと眺めている姿も見掛けたぞ……。
今もモグラさんぬいぐるみを物欲しげにじっと見つめている……ような気がする。
こ、コイツ……。俺は戦慄した。俺に取って代わるつもりじゃ……?
……い、いや、まさかな。俺は考え直した。さすがにそれはない。俺とピンクさんはあまたの苦難を共に乗り越えてきた戦友だ。ログアウトしたくてもできない時、手首に噛み付いて離れない血圧計を苛立ち紛れにガンと殴ったことはあるが、そんなのは珍しくも何ともないエピソードだ。ネットにはチャレンジ精神あふれる猛者が数多く潜んでおり、生放送で謎の発光物体さんを熱したフライパンに投下しようとした剛の者さえ居る。もっともそいつは動画の配信が不自然に途切れ、一瞬のブラックアウトののちに何事もなかったかのようにまったく別の企画を始めていたが……。
…………。
俺は熟考の末にピンクさんに声を掛けることにした。
ピンクさん……?
ピンクさんは俺を無視した。
……いや、思考能力をお持ちではないのかもしれない。見た目、ピンク色したスライムだし。
俺は救いを求めて俺の肩に腕を回して寛いでいるテレサに目を向けた。
て、テレサ。お前はどう思う? その、ピンクさんについて……。いや、変な意味じゃなくて、これからも顔を合わせることがあるだろうし。な、仲良くなれそう?
シーズンを新たに蘇ったテレサには非モテ組を卒業したと言わんばかりの余裕と傲慢さが見え隠れする。なんていうか俺サマ系のキャラだ。俺の耳にフッと息を吹き掛けて、
「見たいヤツには見せてやればいい」
相も変わらず俺をメス扱いしてくる。
どうにもホモ臭い絡み方だが、女キャラに化けると恥ずかしがって近寄って来なくなるので、理に適った行動なのだ。
まぁそうでなくとも、中学、高校の男子生徒はこんな感じである。女子との接触は避けるし、野郎連中とばかりつるむし、エロ本を持ち寄って鑑賞したり、ションベンしてたら覗き込んでくる。頭が悪いと言えばそれまでなのだが、主観を取り除いてみるとクールキャラを気取っておいて実際にやってることは完全にホモという現実しか残らない。怨霊たちのモデルになってるのは平均的な男子高校生なのかもしれない。バレンタインなんて気にするのは無条件に異性が近くに居る学生時代くらいだからな。
ん? テレサが急に席を立った。俺をまたいでソファの背もたれに腰掛ける。女の接近を感知したようだ。鼻歌まじりにトントンと階段を降りてきたポチョがひょっこりと居間に顔を出す。
「あ、ピンクちゃん!」
ポチョの声にピンクさんは素早く反応した。ぐるんと振り向いてソファを降りる。
……んん?
チェーンをジャラジャラ巻いているピンクさんに、ポチョはころころと笑った。
「ふふふ。またコタタマと同じカッコしてる。可愛い〜」
ピンクさんはのそのそと床を這ってポチョの足にひしっとしがみ付いた。
……んんん?
ポチョはくすぐったそうに身をよじってピンクさんの身体を撫でている。
チラッと俺を見たピンクがビッと怪光線を放った。標的は俺だ。が、甘い。ピンクさんの接触によりポチョのスカートが押し上げられており、俺は臨戦態勢にある。怪光線を首を傾げて回避。しかしピンクは俺の上を行く。怪光線がジグザグの軌跡を描いて俺へと着弾した。チッ、掌握される……? だが、まだだ! 俺はアビリティを発動した。俺の肌を黒い紋様がゾゾゾと這い上がる。
プッチョムッチョの言葉を信じるならば、俺のアビリティは種族人間が持つ可能性を押し広げるもの。サトゥ氏は引退したフレンドとの再会を願うネトゲーマーの総意が具現化したものだと評した。またゴミどもをエンフレ戦に駆り立てることができる。
それらに共通して言えるのは、内面的な変化を促すものであること。思い出の想起だ。
俺は、この目にプレイヤーの営みを焼き付けてきた。いつかは失われゆくバカ騒ぎを、ゴミどもと一緒になってバカをやっていたヤツが一人くらいは懐かしんでやってもいい。
俺は目のいいクズだ。それくらいしか取り柄がない。だから……これだけは。
俺の肌を蠢く紋様が得体の知れない文字の羅列となって円環状に結ばれていく。
そのアビリティは、現実的に考えれば微弱な電流を操るものだ。
そのアビリティは、仮想現実を押し付けるものだ。
そのアビリティは……。
【Hard-Luck(クソッタレの日々よ!)】
俺たちが思い描くVRMMOへのログイン方式そのものだ。
俺はゴミどもと過ごしたこの日々を決して忘れない。この胸に宿る思いを誰にも自由にはさせない。
ピンクの怪光線と俺のアビリティが干渉してバチバチと黒い火花を上げる。
互いの思惑が一瞬だけ交錯して色付いた。
それを言語化するのは難しい。それでも、あえて言うならば……。
慈愛。
俺がアビリティをゆるめたのは直感的なものだった。
ぴ、ピンクさん……。
泣きたくなるほど暖かくて、縋り付きたくなるほど柔らかい何かが心にふれてくる。
それは、違えようもなくポチョの足の感触で……。
そうか。そうだったんだな。
俺とピンクさんは二人で一人。
ゲームショップで血圧計を買った、あの日から。
俺たちは。
繋がっていたんだ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
セクハラファンネル二号機。
GunS Guilds Online




