バレンタイン・リバイバル
1.ちびナイ劇場
会議室っぽいセットが置かれたステージで運営ガールズが意見をぶつけ合っている。
ちびナイがダンとテーブルを叩いて吠えた。
【モテない男をモテる男にするにはどうするか!?】
余計なお世話である。
書記のちびマレがホワイトボードにきゅきゅっと会議の流れを記載している。
なんでもこのゲームのバレンタインが毎年恒例で血生臭いイベントになるのはモテない男が原因であるらしい。
カノジョが居ないからチョコを貰えない。チョコを貰えないからバレンタインが楽しくない。バレンタインが楽しくないからイベントの邪魔をする。つまりモテない男がモテる男に劇的な変身を遂げればバレンタインイベントは大成功するという結論に至ったらしい。
やたらと丸っこい字で表記を終えたちびマレが万歳するモグラさんの落書きを始める。
ちびモモ氏が名探偵よろしく考える人のポーズを取って言う。
【ソシャゲーでバレンタインイベントと言えば、人気のある女性キャラクターからチョコを貰うストーリーを配信することが多いようだ】
運営の一員でありながらギルド憑きなのはちょっとアレだが、モモ氏は研究熱心で意外とユーザーに優しい一面がある。
【アルバイトを雇ってチョコを配らせるというのはどうだ? つまり擬似的なモテ期を我々で用意するということになるか】
なんで言っちゃうかな。黙ってやってくれたら素直に喜べたのに。
プフちんが反論する。
【良い案ですが、それでは根本的な解決にはならないのでは? 私は人間たちの可能性を信じてみたい。私たちはきっかけを与えるだけという立場が望ましいと考えます】
ちびモモ氏が話にならないと手をひらひらと振る。
【素直にチョコが欲しいと言えば、よほど険悪な仲でもない限りチョコは貰える。ホワイトデーにお返しを贈るという風習もあるのだからな】
【……では、何故?】
【プライドだよ。ヒューマンの男性諸君は、特に心当たりはないが勝手に自分に惚れた女性からチョコを貰いたいという願望があるのだ。まるで雲を掴むような話だが……世の女性にも責任はある。彼女たちは好みの男性のタイプに優しい男性を挙げるからな】
プフちんはハッとした。
【ゲーマーは……自分が心優しい人間だと思っているのですね】
【そういうことだ】
ちびモモ氏は腕組みなどして深く頷いた。
……それの一体何が悪いと言うのか。
休日ともなれば部屋でゲームをやっている俺らはピュアな心を持っている。そりゃあプレイヤー同士で怒鳴り合ったり殺し合ったりはするが、それは身の安全が保障されているゲームだからだ。キャラクターが受けたダメージがユーザーにフィードバックする仕様ならもうちょっと躊躇うだろうし、まぁ恐喝などの犯罪は起きるだろうが、そうなれば警察も動くだろうし今よりもよほど優しい世界になるだろう。
プフちんが考える人のポーズを取って呟く。
【余計なプライド……それを取り除くことができれば……】
ちびナイが雑とも言える唐突さで話題を振る。
【そういえば、プフちんの母星ってどんなトコなの?】
そういえば、ではない。話題を誘導するにしても無理やりすぎる。
しかしプフちんは律儀に答えた。きょとんとして、
【私の母星、ですか? そうですね……。私たちの星系は、地球で言うところの月にも人間が住んでいた世界です。実際には地球が二つあるようなものですが……。月の住民を角の民、地球の住民を緒の民と言います】
プフちんは多くは語らなかったが、宇宙船で行き来できる距離に居る隣人の存在は血塗られた歴史を歩む要因にしかならない。
いかにして先制攻撃を行うか。それが全てだからだ。そこに資源を独り占めしたいだの、他種族を人足に使いたいといった戦後の展望が絡んでくる。
プフちんは血生臭い歴史に蓋をして続けた。
【まぁ喧嘩することもありましたけど、ここしばらくは融和政策が進んでいますよ。今では母星で角の民を見掛けることもあります】
ちびモモ氏が補足する。
【緒の民と角の民は七土種族の一種族だ。遺伝的に別種の生物であることは証明されているが、同じ星系で二席を占めることに対する懸念があった。それと、仲が悪すぎてな……。どっちが先に会長とコンタクトを取っただの、人口がどうしただの、知性が上だの下だの、力が上だの下だの……下らないことで言い争いを続けてまったく妥協しないので、お前らで勝手に代表を決めろという話になったのだ】
プフちんは縮こまって赤面した。
【お、お恥ずかしい限りです……。なんと申しますか、ちょうどいい距離感をうまく掴めなくて……。ハイ】
ちびモモ氏が【それだ】と指をピンと立てる。
【スケールの違いはあれど、モテる男とモテない男を隔てるのは過去の諍いによるものかもしれない】
ちびナイが総括した。
【怨念を捨てれば仲良くできるってことね! さっすがモモちゃん!】
それができれば苦労はしねえ。
ところが運営ガールズは乗り気だった。まるで最初から結論が決まっていたかのようにステージのセットを入れ替えて怪しい儀式をおっぱじめる。
大きな壺をステージの中央に設置すると、どこからともなく種族人間の怨霊が湧いて出る。チョコくれよお化けだ。
チョコくれよ〜と迫る彼らを運営ガールズが千切っては投げ千切っては投げ、大きな壺に放り込んでいく。
【点火!】
ちびナイが点火した。
俺たちの怨念がグツグツと煮込まれていく。
プフちんが大きなおたまで壺の中をかき混ぜていると、やがて壺の中からデフォルメされたエンフレがぬっと浮上してきた。
クソ宇宙人であった。
プフちんが「あっちゃ〜」と額を手でぴしゃりと打つ。
【私の思念が作用してしまったようですね……】
と言うと?
【彼は人呼んでモテない大納言。気になる女の子に意地悪をしてしまうタイプなのもさることながら、モテる立場に居る筈なのにまったくモテない……。異星人の癖して私の友人を付け狙うストーカー野郎なんですよ……。困りましたね、これは】
壺のふちをガッと掴んだモテない大納言が頭を左右に振ってキョドッた。
【どこだ、ココ……?】
パッと散開した運営ガールズが警戒心も露わにモテない大納言を包囲して各々の武器を構える。
【七土の大怨霊……!】
シャッと幕が降りた。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
公式ページが更新され、大怨霊パフワ討伐イベントの開催が告知された。
……なんていうか、ご本人様なんじゃねえかな。
まぁ運営の思惑はともあれ、うまく行けばR-TYPEの反射レーザーみたいなスキルが解放できるとあって攻略組は乗り気だ。
ロストすればエンフレ使い放題プランのギルド憑きの頭に乗っかったサトゥ氏が指揮を執っている。サトゥ氏本人にロストする気はさらさらないようだ。レベルが惜しいのだろう。
七土種族にしたってレイド級と比べたら弱そうだしな。問題は相性ということになる。
機体の各部からバイルパンカー……角ということになるのか……エンフレを一発でオシャカにする強力な武器を打ち出す大怨霊パフワは、スキルを温存してなお種族人間を圧倒している。こちらはタルに詰め込んだ人間爆弾を投げつけて応戦しているが、まったく当たらない。宇宙最強クラスの種族と言うだけあって、五感の鋭敏さや反射速度といった基礎的なスペックが高いようだ。
ペペロンの兄貴なんか乱戦の中を飛び回りながら【全身強打】で敵だけ狙い撃ってたからな。そうした芸当が不可能じゃないくらいの潜在能力を秘めてる種族ということだ。あれはどう考えても人間には真似できないワザだった。
粗大ゴミが山岳都市の上空を行き来し、突風に煽られたスカートをシルシルりんがとっさに押さえた。
「……み、見た?」
見た。俺は目に込めた力を抜いて残念そうなふりをした。くそっ、角度が悪かった。もう少しだったのに……。
シルシルりんが頬を赤くして照れ隠しに抗議してくる。
「そ、そういうのは言わないの! コタタマりんは、まったくもう!」
どことなく嬉しそうなのは、まったく下着に興味がないのもそれはそれで問題だからだろう。
七土種族の一員が攻めてきたようだが俺にはまったく関係がないので、ロスト前に引き続きシルシルりんの細工師講座を受けている。
シルシルりんは手櫛で髪を整えながら俺の手を引いて露店バザーを歩いていく。
「細工師で大事なのは仕入れです! 体調を整えるのも大事ですから、ちゃんと食事は取らないとダメですよ〜」
ふむふむ。そうか。売り物にする訳だから、とりあえず死んで空腹ゲージを戻す手は使えないのか。デスペナ付くもんな。今まで考えたことはなかったが、そりゃデスペナ付いたらクラフトの精度も落ちるわな。
そして仕入れ。原材料になる魔石をいかに安く仕入れるかで価格は決まる。当然、高いものは売れにくい。
シルシルりんはツテとかあるのかな?
「うふふ。もちろんありますよ〜。でもね、紹介はしません。そういうのは自分で作らなくちゃ意味ありませんから」
そりゃそうだ。まず紹介すると言われても俺は断ったろう。ヘタしたらシルシルりんがツテを失ってしまうかもしれないからだ。俺と関わり合いになりたくないっていうプレイヤーは普通にたくさん居る。
露店バザーを歩くシルシルりんの足取りは軽やかだ。まるで妖精のよう。手を繋いでいるのに、チラチラと振り返って俺がちゃんと生きてるか確認してくる。
「最初はツテなんてないのが当たり前ですから、普通に売ってる魔石を買うんです。コタタマりんは元鍛冶屋さんで、狩りに出ることもあったでしょ? 何から何まで私と一緒じゃなくても大丈夫ですよ〜。自分に合ったやり方を見つけてくださいね」
俺は武器の精錬で荒稼ぎするつもりだが、金稼ぎの手段を一つに絞る必要はない。
例えば、過去を捨ててイチからやり直すという手もある。ゴミどもが知っている俺は死んで、これからは新規プレイヤーのコタタマくんとして生きるのだ。そのためにはゴミどもをロストに追い込んで記憶を飛ばすのが一番だと考えていたが、どうやらそれは難しい。ギルドの介入とクソのようなアビリティ解放によりゴミどもは過去ログから記憶を取り戻すことができるようになった。
ならばどうするか。
俺は生産職の人たちと共に生きていく。
俺の言うことを信じてくれる人たちや、どんな人間だってやり直せると考える人たちに、今の俺は以前の俺とは違うと分かって貰うのだ。
もちろん、そう簡単には行かないだろう。
しかし不可能ではない筈だ。
どうしても俺を受け入れてくれないやつを片端から順に始末していけば、いつの日か、きっと……。
俺は、希望の風が胸に吹き、ドス黒く凝り固まった血生臭い過去が散って行くのを感じた。
剥がれ落ちたカサブタの下に再生した皮膚が根付くように、新生コタタマくんの土壌がつやつやと色付いているのを感じた。
期待と不安は等しく我にあり……。
平坦ではあるが、純白なエネルギーに満ちあふれた声が自然と口を衝いて出る。
シルシルりん。俺……君みたいな細工師になりたい。
俺の声に振り返ったシルシルりんが、少し驚いた顔をしてから、にっこりと笑った。
「なれますよ。コタタマりんは、本当は優しい人だから」
俺も笑った。陽光を照り返してギラついた歯列が、一筋の閃光を放って道行くゴミの網膜を灼いた。
「ぐあっ、目が……! 目が〜!」
シルシルりんはもじもじしている。
「それと、ですね。今日はバレンタインですから……これ」
そう言って、綺麗にラッピングされたチョコレートをそっと俺に差し出した。
俺は「ありがとう」と微笑んで受け取った。
俺とシルシルりんの仲だ。貰えるだろうな〜とは思っていたが、不意打ちはこのあとに来た。
俺にチョコを手渡したシルシルりんが、薄く頬を染めて、幸せそうにはにかんだ。
シルシルりんのチョコはとろけるように甘くて、
「本当はそうじゃないよな……?」
俺の影からぬっと現れた怨霊が俺の肩にガッと腕を回して耳元で囁いた。
「お前はチョコを貰いたいんじゃない。あげたいんだろ?」
お、お前は……。
挑むようにシルシルりんを見つめている怨霊が俺のケツを揉んでくる。
このイヤラシイ手つき……!
お前、テレサか!?
テレサは三日月状の口をニッと吊り上げた。
「お前のチョコが欲しい」
これは、とあるVRMMOの物語。
手頃な男で手を打つ怨霊、再誕……!
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