ニセモノと本物
1.ポポロンの森
才能は非情だ。
このゲームはキャラ育てゲーなので、右手ばかり使ってると右利きになるし脳死プレイをやってると思考力が制限される。
何事も最初が肝心だ。初期に染み付いた癖はそう簡単には直せない。そのようにして雑魚キャラは量産されていく。
それが悪いこととは言わない。ゲームは楽しんだもの勝ちだ。一日36時間ペースで狩りなどやっていて一体何が楽しいのか。俺はそう思うね。つらい思いをしてまで上位層にしがみ付かんでも、他に楽しいことはたくさんある。
人間は楽をするために工夫するのだ。
だから……まぁ別に【四ツ落下】の非生贄式発動ができなくてもいいじゃねーか。
「できねーよチクショー!」
リリララじゃない人が吠えた。
膝から崩れ落ちてダンと地面を叩く。
空振りに終わった【四ツ落下】が遠くの空でぐわんと空間を歪めた。
うむ……。劣化リリララにはちと荷が重かったか。俺は嘆息した。
軽い気持ちでお前はできんの?みたいなささやきを送ったらこの始末である。
リリララじゃない人がオリジナルへと向ける対抗心は凄まじいものがある。
「わ、私は知ってる……。あいつらは情報を独占してるんだ。何か……何かあるんだ。コツみたいなのが。攻略組は汚い。今頃、私たちをあざ笑ってるに決まってる……」
まぁコツはあるんだろう。ただし非生贄式発動をできる人たちの言うことはまちまちで要領を得ない。騙し絵を見る感覚だと言うやつも居れば、間違い探しをする時の感覚だと言うやつも居る。そいつらが決まって口にするのは、生贄式は生贄式で便利だよーという煽っているとしか思えない決まり文句だ。そして大抵はこう付け加える。非生贄式を使える場面は限られてるからあんまり変わらないよーと。
リリララじゃない人が俺の心を読んだように吠えた。
「いや選択肢が増えてンじゃん! 増えてンじゃん選択肢! そんなの絶対に有利じゃん! 勝てるトコ一個もないじゃん!」
いいわ〜この子。俺とのシンクロ率が極めて高い。世界を呪って生きてる感が半端ない。もうね、異常個体の条件を完全に満たしてる。は?正常個体ですけど?みたいな顔して乗り切ってきたんだろうな。
俺はリリララじゃない人と一緒にガチ勢の陰口を叩いた。
分かるよ。分かる分かる。あいつらはそういうトコある。しれっと超絶技巧を披露して、「え?知らないの?」みたいな顔するんだよ。イヤ知らねーよっつう。特にムカつくのは情報って漏れるでしょみたいな……漏れて当たり前だよね、だから俺から漏らす必要なくない?みたいなさ〜……。
リリララじゃない人はびしっと俺を指差した。
「それな。イヤ分かってて言ってるよね?っていう。お漏らししても実際に試したらできねーんだからそりゃ信じねーわっていう。あいつら急に察しが悪くなるの何なの? で、完全に言い逃れできなくなったら集合意識が〜とか言い出すの。イヤお前ら絶対に知ってただろっていう!」
それな!
俺とリリララじゃない人はキャッキャと手を打ち合った。
種族人間は魔法の扱いがヘタクソなので、「やれるかもしれない」と「知り合いが使ってるの見た」の間に大きな隔たりがある。手っ取り早く言うと、掲示板に流れる情報は心霊体験のようなものだ。マジかよとは思うしトイレに行くのが怖くなったりはするが、寝ればコロリと忘れる。いちいち真に受けていられない。【四ツ落下】に関して言うならマールマールとの交戦回数が影響してるだのもっともらしい情報が流れたりもするのだ。まったく関係なかった。何ならマールマールを見たこともないプレイヤーが制御に成功した例もある。いわゆる釣りだ。期待させるだけ期待させておいて嘘だよーんとハシゴを外す悪辣な手法である。
リリララじゃない人の愚痴は止まらない。
「私は清純なイメージで売ッてんだよ! 生贄とかクソすぎンでしょ! 今は【四ツ落下】が有効な場面じゃないとか言って誤魔化してっけど半ばバレてんですよ! そんなの見てれば分かっから! まったり派だから頭悪いとかないから! ですね(察し)みたいな! 優しい世界かよ! 逆に気まずいわ! いっそ罵れよ!」
分かりみ。俺もバンシーモードに関しては同じような感想を抱くことがある。あーはいはいコタタマさんとは別人なんですよねーみたいな。そういう時、俺は認めたくない気持ちと演技するのが面倒臭いという気持ちの板挟みになる。
しかし本気でお困りのようだな。そう思って今日はビッグゲストを用意したぞ。紹介しよう。リリララだ。
木陰からひょっこりと顔を出したリリララが「よっ」と気さくに片手を上げた。
そっくりさんはビビッた。
「き、キサマはオリジナル!」
これこれ、やめなされ。自分がニセモノだと認めるような発言はやめなされ。
まぁ容姿に関しては別に似ていないが。
リリララは人形めいた美貌の持ち主だ。そういうふうに言うと凄い美少女のように聞こえるだろうが、物には限度というものがある。リリララの場合は人間よりも人形寄りなのだ。街角に黙って立っていたらスゲーリアルな人形だな〜と思うだろう。くるぶしまで伸びる長い髪は頭の上で括って巻いてようやく腰の高さだ。
珍しく一人か。モッニカはどうした?
俺がそう尋ねると、リリララはぴょんと木陰から出てきてじっと俺を見た。
「モニカはコタタマくんのこと好きなのかな。コタタマくんと会う時はいつも一緒だったもんね」
逆だ、逆。そりゃあ俺を信用してねーってことだろ。しかしそうか。クリスマスん時に俺を殴ったの気にしてたからな。難儀な女だ。今度フォローしとくか……。
リリララは独特な感性をしていて、話してると疲れる。モッニカはどうしたと尋ねて返ってくる答えがいつも二人一緒に居る理由だ。いつも一緒に居る訳じゃないが、モッニカは俺を警戒してリリララを一人にしなかったという過程の部分がすっぽ抜けている。
そうした独特な思考は行動にも表れる。
リリララは両手を伸ばしてバランスを取りながらケンケンでこちらに寄ってきた。ぴょんぴよんと飛び跳ねてそっくりさんの前でぴたりと止まる。「んー」と唇に人差し指を当てて身体を屈めると下からじっくりとそっくりさんを観察し始めた。
そっくりさんはご本人様の登場にビビッている。
「うう……!」
そっくりさんとご本人様のカットインが交錯した。
そっくりさんが膝から崩れ落ちて四つん這いになる。
「ま、負けた……」
リリララがダブルピースして俺を見てくる。
「勝った〜」
こらこら、何を勝手に決着をつけてる。
リリララよぉ、お前んトコのメンバーはどうしてる? 【四ツ落下】の制御法が開発されて一番荒れるのはお前んトコだろ。
するとリリララは肩を落としてしゅんとした。
「うん……。モニカががんばってる。私は居ても邪魔……」
デキるやつとデキないやつで格差が生じたか。モッニカが仲裁に入ってると……。
だとよ。俺は巫女さんに水を向けた。
巫女さんは地べたに這いつくばって嘆いている。
「わ、私の何がダメなんだよぉ〜」
だから、そういうところなんじゃねーか。
俺は巫女さんの横にしゃがみ込んだ。
リリララを指差して「見ろ」と促す。
要するに何を捨てるかだと思うぜ。上に行く人間はどっかマトモじゃない。お前は自分の手下に無理をするなと言ったよな。格差は軋轢を生む。その理屈で行くと、上が下に合わせてレベルを下げるしかないぜ。凡人に天才様の真似はできねえからな。上には行きたい、けどみんなと仲良くしたいなんてのは欲張りスギなんだよ。
ま、そういうことだ。リリララよ。呼び出して悪かったな。借りは返すさ。お前んトコにゃツヅラが世話になってるしな。お前んトコのゴタゴタは俺が収めてやるよ。そんなのは簡単なんだ。生贄を使おうと使うまいと【四ツ落下】を撃てば人間は死ぬんだからな。
俺が教えてやるよ。天才様にゃ敵わねえと腐ってる連中に、生贄の本当の使い方ってヤツをナ……。
リリララはぼーっと俺を見ている。しばし間を置いてからコクリと一つ頷いて言った。
「コタタマくん。ワンちゃんはどうするの?」
ん? お犬様のことか? お犬様が……どうした?
「コタタマくんのこと信じるって」
そう言ってリリララはおっきなおっぱいの前で手をグーにした。ニコッと笑う。
「犬狼隊だね!」
2.マールマール鉱山-山中
犬狼隊だね。
ガチ勢とまったり派がマールマール鉱山の山中で激突しようとしていた。
スピンに騎乗した犬狼隊のメンバーは切り立った崖の上から両軍の布陣を見下ろしている。今すぐにでも本格的な戦闘が始まってもおかしくない。
俺はスピンを乗りこなせないのでヴォルフさんの背中にしがみ付いている。
スピンの手綱を引いて軽く旋回させたお犬様がサッと片手を上げた。突撃の合図だ。
……どうやら俺はアイドル気取りどもの面倒を見ている場合ではなかったらしい。
お犬様は俺を止めなかったことに責任を感じてガチ勢とまったり派の戦争を止めようとしている。
お犬様を筆頭に俺たちを乗せたスピンがぴょんぴょんと崖を下っていく。急な斜面もスピンにとっては運動不足解消に丁度いいアスレチック程度の感覚だ。ただ、背中に乗ってる俺ら人間にとってはヒモなしバンジー100連発というだけで。
お犬様を乗せたスピンがぐんぐんと加速して後続の俺らを引き離していく。
は、速い……! ヴォルフさんっ、お犬様はなんであんな……!?
「ヤマダさんもβ組の一員だからね。私たちとは棲んでいる限界速度領域が異なる。だからといって置いて行かれる気はないがね……!」
そう言ってヴォルフさんが重心を前に傾ける。それをGOサインだと受け取ったスピンが加速した。怖い。種族人間にだって生存本能というものがある。これは絶対に曲がりきれないだろという焦燥感が頭の中でひっきりなしにアラートを鳴らしている。
見えた。ガチ勢とまったり派だ。両軍、武器を抜いている。もうダメだ! お、お犬様!
俺の声はガチ勢とまったり派の雄叫びに掻き消された。進軍を開始した両軍にお犬様が割って入る。あ、危ない!
この時、幾つもの奇跡が重なった。その内の二つか三つはお犬様が引き寄せたものだった。
お犬様は一瞬たりとて迷わなかった。お犬様は武器を持っていなかった。気性が荒いスピンを完全に従えていた。
頭に血がのぼった人間に説得など無駄だろう。まず耳を貸さない。しかしスピンに騎乗したお犬様は美しかった。
両軍は既のところで停止し、雄叫びが鎮まっていく……。
お犬様の目は湖畔の水面のように澄みきっている。そこに恐れや憎しみはなく、ゴミのような理由で戦い続けるゴミのような生き物が愛しげですらあった。
お犬様が言う。
「喧嘩……止めに来たわ」
これは、とあるVRMMOの物語。
何故止まる。何故殺し合わない。ヤマダシリーズの長……。私の敵は……Goatではない。この男だ。この男さえ居なければ……。
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