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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
48/977

決戦!マールマール鉱山

 1.マールマール鉱山-坑道-深部


 大晦日である。

 12月31日、未明。

 苦難の末、俺たちゴミの集団はついにお散歩中の神獣マールマールを発見した。

 岩陰に身を潜め、息を殺してマールマールの挙動を観察している俺にサトゥ氏が近寄って来る。


「コタタマ氏、もう少し粘れるか?」


 何故か俺は斥候の真似事をさせられている。くそがっ、俺は鍛冶屋だぞ。しかし武力行使を背景とした同調圧力には抗い難いものがある。だからといって納得した訳ではないのだ。俺は憮然として言った。

 やっこさん、虫の居所が良くないらしいな。瞬きの回数が多いのと、貧乏揺すりが止まらない。極力視線は切るようにしてるが、俺が見てる所為かもしれねえ。


「いや、おそらく眷属が倒されたのを知ってるんだ。レイド級は遠く離れた眷属をも支配する力を持つ。おそらくは何らかのレーダーを搭載していて、網の目のようにアンテナを張り巡らせているんだろう」


 おそらくばっかりじゃねえか。あてにならねえなぁ。だがレイド級の生態を解明してる場合じゃないのは確かだ。

 サトゥ氏。今は落ち着いてるが、そう長続きはしねえぞ。仕掛けるなら早いトコおっぱじめたほうがいい。また移動し始めたら面倒だ。地形は悪くない。ベストじゃないがベターだ。これ以上は望めねえよ。ここで仕掛けよう。


「いや、ギリギリまで粘りたい。このまま死に戻りした連中を待つ。途中参戦はどうしてもモチベーションが落ちる。それが勝負の分かれ目になるかもしれない。移動の兆しが見えたら、その時は……コタタマ氏。まだ聖騎士のままか?」


 ああ、今のところ書類審査は通ってねえ。

 俺はマールマールの様子を窺いながら頷いた。

 生産職に転職するためには迎神教の神像に頭を擦り付けてお願いしなくちゃならない。迎神教が祀ってる像ってのはつまりョ%レ氏の偶像であり、クラフト技能【ョレ】を司る偉そうなタコもどきだ。

 ラスボスに頭を下げて誓文を述べる。ョ%レ氏の自尊心をくすぐることができれば審査を通って晴れて職にありつけるっつー寸法よ。採点もつくぞ。今のところ満点を取れたプレイヤーは居ないらしいが、最高得点を叩き出したのは聖歌隊を結成してョ%レ氏を讃える賛美歌を披露した連中だ。92点だったかな? プロ気取りのカラオケに輪を掛けて採点が厳しい。あれ、総評が的外れでイラつくんだよな。客の心理状態を探るんじゃねえよ。

 まぁそうした事情で俺は衆人環視の中、心にもない殺し文句をタコもどきの像に叩き付けて万歳三唱で締め括って来た訳さ。審査を通るまでは今しばしの時間を要するだろう。

 サトゥ氏の言う通り今の俺はまだ聖騎士だ。こんな呪いみたいな職業さっさと辞めたいんだがな。それがどうした? まさかとは思うが、この俺を生贄に捧げるつもりじゃねえだろうな? 嫌々ながらも斥候をやらされて、後続のゴミどもがピクニック気分でキャッキャしてる声がここまで聞こえててさっきからストレスがマッハなこの俺に?


「そのまさかだ。お前の言う通り、ここでヤツを逃がす訳には行かない。いざという時はお前が先陣を切れ。それが開戦の合図になる」


 本気で言ってるのか? だとすればお前との縁はここまでだ。盗っ人に追い銭とはまさにこのことよ。やってられるか。俺は抜けさせて貰うぜ。


「いいや、俺に従って貰う。頭は俺だ。お前にしか頼めない。だからお前がやれ。お前の手柄だ。加護がある。死に戻りはない筈だ」


 譲るつもりはないようだな。だがお前は知っている筈だぞ。ネトゲーマーってのはFA権に敏感だ。このゲームに優先ドロップ権なんざあるのかどうか分かっていないらしいが、分からないからこそ一番槍ってのは無用な妬みを買う。俺は嫌だぞ。ただでさえロリコン疑惑にホモ疑惑、大量虐殺の嫌疑にA級戦犯、女の敵とまで言われて、おまけにノートの切れ端を持ってないか持ち物チェックまでされる始末だ。ここから巻き返しを図るにはもう一個たりとてミスは許されねえ。分かってる筈だぞっ、サトゥ氏っ。俺は絶対にやらねえ。絶対にだ。


「どうしてもか?」


 どうしてもだ!

 マールマールさんの貧乏揺すりがぴたりと止まった。

 俺は岩陰を飛び出して奇声を上げて突進した。

 死に晒せよやァー!


 最悪の年越しカウントダウンの幕開けであった。



 2.開戦-年越しイベント

 

 俺はぺしゃんこにされて死んだ。

 年越しイベントである。

 リア充どもが助手席に彼女を乗せて海岸線を突っ走り車中から初日の出を拝み、わぁ素敵とか言ってる彼女とそのままラブホに直行しようとしている中、俺たちはレイド級ボスモンスターの討伐に挑んでいた。

 このゲームにおいて魔法はレイド級を討伐することで解放される。討伐を成し遂げる上で決して欠かせないもの。それは時間だ。

 そしてユーザーをいびることに心血を注いでいる運営は、一年の締め括りに最悪のお年玉を用意してくれた。

 元旦、1月1日の午前0時まで、現在解放されたマップの全てのレイド級ボスモンスターの制限時間を撤廃。

 これを受けてプレイヤーたちは、ありとあらゆる手段を用いて意思の統一を図った。

 人手が要る。バラバラに動いてる場合じゃねえ。殺るならどいつだ? 言うまでもねえ。有用な魔法を持ってるヤツだ。

 だが、俺たちはどのレイド級がどんな魔法を持ってるのかすら把握しきれちゃいなかった。

 例えばスピンドックは電撃を操る。おそらくは麻痺効果を望めるんだろうが、一発で消し炭にされたから定かじゃねえ。

 ニャンダムを殺るのはさすがにマズイ。所有している魔法は不明。ナウシカ事件でポポロンと怪獣大決戦をやらかしてくれたが、魔法を使っている様子はなかった。あるいは使っていたが理解の外ってトコだろう。

 使徒の二体はチュートリアルで殺った。制限時間が実質的に無限だったらしいからな。逆に言うと、そうでもなくちゃアレらを倒すのは無理だった。だから使徒をチュートリアルに持って来たんじゃないかと言われてる。

【全身強打】の魔法【ポポロン】と【心身燃焼】の魔法【ワッフル】。使徒というだけあって、とんでもなく強力な魔法だ。【心身燃焼】については比較対象がないので何とも言えないが、【全身強打】はスピンドックの雷撃と比べて格上という印象がある。どうもレイド級に対してはダメージが散って有効とは言えないようだが……クソ虫やプレイヤーといったゴミに対しては圧倒的な掃討力を発揮する。具体的に言うと指先に掠っただけで全身を強打されて木っ端微塵に砕け散って死ぬ。その他にも変わった特性がある。つまり、おそらくはトップクラスの魔法なのだ。

 魔法の位階は称号のそれに準じるのか? だとすれば、今回の標的は神獣が望ましいということになる。使徒はポポロンとワッフルしか確認されていないからな。もっともワッフルはどこに住んでいるのか判明していないのだが。

 現在、所在が明らかとなっている神獣は二体。マールマールとエッダだ。二体とも所有している魔法については不明。魔法を使ってくれないのだから仕方ない。

 エッダに関しては無理だ。おそらくは水に属する魔法を使うのだろう。喉から手が出るほど欲しいが、まず根本的に人間はエラ呼吸できるほど高尚には出来てねえ。水中に引きずり込まれたら加護もクソもねえ。延々とDoTダメージが入って溺れ死ぬだけだ。よってエッダは却下。

 となれば、もはや選択肢はマールマールのみ。先にスピンドックを殺るという案も出るには出たが、最近やたらと攻撃的になった【目抜き梟】のアイドル気取りどもが強硬に反対した。ハイハイ。俺の所為ですね。さっせーん。反省してまーす。

 まぁそういう訳で、プレイヤーは一丸となってマールマールさんの打倒を目指している。

 俺の後に続いたゴミどもが雪崩れを打ってマールマールさんに接敵し、ちまちまと武器で殴る。ゴミどもを冷めた目で見下ろしているマールマールさんが虫ケラを払うように大きな前足を振る。先遣隊は全滅した。俺は幽体のまま肉片と化したゴミどもを眺める。切ない。

 まだか? もう条件は満たした筈だ。プレイヤーに備わるパッシブスキルの管理は【NAi】が一手に行なっている。発動のタイミングは、あの鬼畜ナビゲーターのさじ加減一つで決まる。

 もるるっ……。俺が内心で悲しげに鳴いた、その時だ。

 来た……! 加護が降る。

 レイド級ボスモンスターと対峙した時、力は無限に湧いてくる。

 俺たちは、レイド級の討伐を期待されている。もっと強く、もっと強くと女神が背を押し、困難であればあるほどゲーマーの魂は激しく熱く燃え盛る。


【条件を満たしました】

【パッシブスキルが発動します】


 身体が熱い。俺たちは熱狂の只中にいる。

 だが、まだだ。まだ足りない。もっとだ。もっと力を寄越せ……! もっとだ! システム!


【女神の加護】

【Death-Penalty-Cancel(何度でも死ねる)】

【Stand-by-Me!(立ち上がれ、戦士たちよ)】


 最高で最悪な年越しイベントが幕を開ける。

 燃え上がる命の炎に包まれた俺たちが武器を手にとって立ち上がる。

 先頭に立った国内サーバー最強の男、サトゥ氏が剣先をマールマールの巨体へと突き付けた。


「ポポロンとワッフルは俺たちに討たれたぞ。次はお前の番だ。マールマール!」


 アナウンスが走る。

 だが、戦いの狼煙は既に上げられた。


【冒険者たちがマールマール鉱山を強襲しました】


【勝利条件が追加されました】

【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】

【制限時間:11.74.85…84…83…】

【目標……】


【神獣】【Mare-Mare】【Level-3015】


 遅い。遅すぎる。正月ボケには早すぎるぜ、【NAi】。

 俺たちはアナウンスを置き去りにして駆け出した。そしてどうやら日本語すら置き去りにしてしまったようだ。

 サトゥ氏が吠える。血気盛んすぎる司祭のリチェットが応える。


「もるぁっ!」

「もるぁーっ!」


 分かり合ってるんじゃねえよ。これだから廃人は……。何言ってんのかさっぱり分からねえ。もうマジでもる語は禁止したほうがいいんじゃねえか? やむを得ない事情があるのは分かるんだけどさぁ。

 もる語はコミュニケーションを捨てるために生み出されたツールである。まぁそれはいい。

 じゃ、まぁおっぱじめますかね。



 2.二時間後


「もるっ!」


 カウントワン。前衛が一斉に引き、後方に控えた近接職が人間爆弾を投げつける。

 嬌声と光が炸裂した。すかさず近接職が突進し、人間爆弾を回収する。半数が反撃に遭いひき肉と化した。生還した人間爆弾たちに笑顔はない。一歩間違えば自分たちもああなっていたのだ。そしてそれは技量の問題ではない。彼らの命運を握っているのはマールマールの気分だ。つまり運。

 それでも行くしかない。何度でも。マナが尽き果てるまで。

 魔法使いを最大活用した基礎戦術。

 しかしこれで何度目だ? マールマールにダメージが通ってる様子は見られない。ポポロンとは明らかに様子が違う。使徒よりも強い? そんなことがあるのか? だが一部のステータス、例えば耐久力がポポロンを上回っているというのはありそうだ。いや、そもそも神獣が使徒よりも格下であるというのはプレイヤーの推測に過ぎない。分からないことだらけだ。

 先の見えない戦いは不安を招き、不安は容易く疑心へと形を変える。多くのプレイヤーが俺と同じことを考えている筈だ。

 退くべきなんじゃないか? 今ならまだ立て直せる。標的をスピンドックに変えるべきなんじゃないか? だが、それで倒せなかったらどうする? 二兎追うものは一兎も得ず……十分にあり得る事態だ。戦場では退き際を見極めるのが一番難しい。俺たちの中で最もその手の経験が豊富なのは【敗残兵】の連中だろう。信じて戦うしかない。しかし、このままでは……。

 小休止に入った俺は、ゴミどもを軽くあしらっているマールマールの挙動に目を配りながらポチョに水を飲ませてやっている。今日はギスギスしなかったな。偉いぞ。よしよしと頭を撫でてやる。

 近くを通り掛かったゴミが俺に噛み付いてきた。


「おいっ、崖っぷち! こんなところでイチャイチャしてんじゃねえ! 目障りなんだよ! 殺すぞ!」

「黙れカスバエがッ! 今モノローグに入ってんだよ! 見れば分かんだろド低脳がッ! 黙って死ねッ!」

「もう殺した」


 くそっ、開始二時間で早くも人心が荒廃しつつあるな。

 俺に絡んできたアホの首をもぎ取ったポチョが戦利品の生首をひょーいと前線に投げた。……これだ! 俺は何か閃いたような気がしたが、気の所為だった。ポチョへの給水を続行する。

 隣で休憩しているスズキがぽつりと呟いた。


「これ、負けイベントなんじゃ……」


 通らないダメージ。一撃で死ぬプレイヤー。

 誰しもが心に思って口には出さなかったことを、ついにスズキが言及した。


 負けイベントだと?

 俺の中に沸々と湧き上がるものがある。それは怒りだ。

 負けイベントだ? じゃあ今さっきポチョに殺されたアホは何のために死んだんだ? 犬死にじゃねえか。

 俺は無様な人間が好きだ。アホみてえに涙と鼻水を垂れ流して、それでも死にたくないと懇願するアホ。散々悪事をやらかしておいて、いざ自分がその立場になったらこんな筈じゃなかったと罵るアホ。様々なアホを見てきたが、どいつもこいつも輝いてたぜ。人間ってのは最後の最後まで無様に足掻くから綺麗なんだ。それが生きるってことだろうよ。

 死にたくないよな。誰だって。俺もさ。

 人生にハッピーエンドなんてねえ。人間はどうしたって死ぬ。そりゃあ中には幸せな人生だったって笑って逝くヤツも居るだろう。だがな、死ぬんだ。人間は死ぬ。

 不老不死に執着したフリーザ様の気持ちがよく分かるぜ。世の中には不老不死なんて下らねえと訳知り顔で語るアホも居るがな。俺はいつも思ってたよ。じゃあお前は死んだことあるのかよってな。ねえだろ? 生きてるんだから。それだけが真実だぜ。不老不死だけが俺たちに残されたトゥルーエンドなんだ。けど死ぬんだ。人間は。

 じゃあどうする? クソッタレなこの世界を足掻いて足掻いて最期にはざまあみやがれと笑うしかねえじゃねえか。


 最前線でゴミどもが身体を張ってる。死にたくねえって喚いてる。

 両腕を武器ごと持って行かれたリチェットがマールマールに噛み付いた。叫ぶ。


「ガラフは! 諦めなかった! 負けイベントなんか! あるもんかーっ!」


 俺は笑った。 可笑しくて仕方なかった。腹を抱えてゲラゲラと笑う。

 そうだよな、リチェット。結局はそこよ。

 ガラフは負けてねえ。

 休憩は終わりだ。アホが吠えてる。俺はトマホークを掴んで駆け出した。



 3.死闘-マールマール戦


 あれから一体どれだけ経ったのか。数えるのがバカらしくなるほど死んだ。が、女神の麾下に入った俺たちは何度でも食らい付く。

 何しろ二十四時間イベントだ。途中で脱落するやつ。逆に途中参加してくるやつ。様々だ。彼女とデートの約束が〜だのというやつも居たな。そいつは殺したが。かくいう俺も一度メシ落ちした。血圧計に食い付かれたままメシを食うことはできても、リアルとゲーム両方の身体を同時に動かすのは難しい。やってやれないことはないらしいが、かなり動きが雑になるようだ。一昔前のアイドルじゃあるまいし用足しに離席することだってあらぁな。

  だがボトラーは落ちない。親の脛に噛り付いて生きているようなやつらだ。ろくな連中じゃねえ。世間じゃあゴミ扱いよ。しかしここでは、そいつらが英雄だ。

 暗たまが言っていたことを思い出す。本場じゃゲームがスポーツ扱いだって言ってたな。だが、そりゃあ間違った文化だぜ。ゲーマーは日陰者であるべきなんだ。そうでなくちゃよ。夜があるから太陽は輝くんだ。長く冷たい冬があるから春の陽気は待ち遠しいんだ。


「もるぁぁぁぁっ!」


 超人的な勘でマールマールの前足を搔い潜ったサトゥ氏が巨体に肉薄した。全身血塗れじゃねえか。ひでえ有様だ。この戦いでまた一つ壁を打ち破ったのか。流れるようなシフトチェンジ。ポチョのそれとは違う、最適解の一つ。直進したサトゥ氏がマールマールの厚い毛皮に剣先を突き立てた。血を吐くような絶叫を上げて剣を押し込んでいく。

 そして、その時がついにやって来た。

 イマイチやる気がなさそうだったマールマールの双眸に凶暴な意志が灯る。敵意だ。

 坑道の代わり映えしない風景が一瞬歪み、空間が波打つかのようにさざめき立つ。ガラスが砕け散るような音がした。


【Armor Break!】


 アーマーブレイク? 何だそれは?

 いや、分かっていた。俺たちは理解していた。きっとこの予感は外れていない。


 今この瞬間を以って前哨戦は終わったのだ。


【Mare-Mareは自身が戦いを挑まれていることに気が付いた……】


【この小さいものたちは、この自分を食べるつもりなのかと……】


 マールマールが咆哮を上げた。


 Zooooooooooooooooooooooooooo


 俺たちの鼓膜が破れた。

 ちっ、これじゃあ何も聞こえねえ。元から何を言ってるのか分からねえが、何か言ってるのが分からなくなるのはマズイ。

 だが俺たちはゲーマーだ。生憎とゲーマーってのは攻略ってのが得意でな。

 俺たちは一斉に自害した。即座に復活して武器を打ち鳴らす。よし、聞こえる。

 さあ、状態異常は克服したぜ? 次はどうする? 何を見せてくれるんだ?

 小生意気なゴミどもを見下ろすマールマールの瞳にますます剣呑なものが混ざる。

 巨腕を振り上げ、地面に叩き付けた。逃げ遅れたプレイヤーが肉塊と化す。マールマールが巨体を引きずるように迫る。ついに攻勢に出た巨獣にプレイヤーが次々と倒れていく。俺たちは何度でも立ち上がれる。しかし時間は無限ではない。マズイか? いや、行ける! アーマーブレイク。今のマールマールには攻撃が通る! 隙を見て切り付けたプレイヤーをマールマールが睨み付けた。そいつは瞬殺されたが。明らかに嫌がっている!

 ゴミどもの目に希望の火が灯った。

 そして鎮火された。


 とっさに俺は横っ飛びした。視界の端に引っ掛かりを覚えての直感的な判断だった。

 振り返ると、あれだけ居たゴミどもが誰一人として居なかった。


「え……?」


 俺は呆然とした。命の火が燃えている。それらは火事の焼け跡のようにちろちろと地を舐めるばかりだ。

 何が起こった? 押し潰されたのか? 誰も蘇って来ないぞ。嘘だろ? これは……。


「超重力による、DoTダメージ……?」


 ぜ、Zガンかよ。

 ……なあ、サトゥ氏。どうやら俺たちは喧嘩を売る相手を間違えたらしいぞ。

 神獣マールマールに女神の加護は通用しない。何度でも死ねるクソ強力なパッシブスキルを、何度でも殺せるクソ強力な魔法で正面から相殺しやがった……。

 一人取り残された俺は、他にどうしようもなくなってマールマールさんを見上げる。目が合った。

 ど、どうする? どうしたらいい? 全滅はマズイ。プレイヤーが全滅したらマールマールはこの場にとどまる理由がなくなる。そうしたらどうなる? おそらく巣穴に戻ったマールマールさんは全快する。今だって自己治癒がまったく働いてない訳じゃないだろう。だって血が流れてるじゃないか。産出された魔石が辺りに散らばっている。そう、マールマールさんも生きてるんだ。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。俺たちは分かり合える筈だ。なんなら他のゴミどもを見せしめに殺してやってもいい。だが、俺は果てしなく一人であった。

 ついでにマールマールさんの咆哮が聞こえたらしく、眷属のモグラさんがぞろぞろと現れて俺を取り囲んだ。これはMPKのチャンスか? いいえ、そんなことはありません。レイド級から眷属の親権を奪うのは無理です。不可能。アン・インポッシブル。お師匠様のネフィリアたんも無理って言ってた。

 詰んだ? 詰んだね。

 にじり寄ってくるモグラさんに、俺は肩を竦めて口笛を吹いた。ラブ&ピースだぜ。

 モグラさんが片手を差し出してきた。おっ、話が分かるじゃねえか。握手ね。シェイクハンド。ひゅう。

 おぅ、俺の右手が握り潰されたぜ。ひょっとして力比べしたかったのかな? ゴメンね、ゴミで。脆すぎてびっくりしたかな?

 モグラさんは手首から千切れた俺の右手をじっと見つめてから、ハッとして後ろを振り返った。振り返りざまに繰り出された裏拳をアットムがいなしてモグラさんの前足を抱える。よいしょっと掛け声を上げてモグラさんを投げ飛ばした。

 アットムくん。俺はめそめそと涙を零してアットムにしがみついた。


「ゴメンね。ちょっと遅れた」


 苦笑するアットム。

 タイミング良すぎだろ。惚れてまうやないか。


「ん? ああ、違うよ。僕はずっと」


 話の途中で襲い掛かってきたモグラさんをアットムは殴り倒した。お腹を殴られたモグラさんがぶるぶると震えて血を吐いて死んだ。アットムくんは拳一つで内臓を潰せる。


「僕はずっと近くで待機してたんだ。正直、プレイヤーの魔法が増えるのは僕にとって百害あって一利なしなんだけど。コタタマは目がいいからねぇ。一人だけ生き残るとかありそうだなって思って」


 アットムくん。きゅんとした。でもアットムくん。さすがにレイド級には勝てないよね?

 モグラさんたちはアットムを警戒して近寄って来ない。マールマールさんはどうだろうか? あ、ガン見されている。

 アットムはにこりと笑って首肯した。


「うん、無理だね。大きいってのは凄いことだ」


 そっかぁ。仕方ないね。

 俺は死を覚悟した。

 だが、俺のときめき泥棒は一人ではなかったのだ。


「義を見てせざるは勇なきなり、か……」


 先生!

 先生が助けに来てくれた!

 ちょこちょこと歩み寄って来た美味しそうな羊さんにモグラさんが一斉に襲い掛かる。


「メェッ!」


 モグラさんたちを先生は魔法で一掃した。そして不甲斐ないゴミどもを見下ろして叫んだ。


「指揮を再編する! 加護には頼れない! まだ残っている者は通常の死に戻りで戦線に復帰しなさい! ここは私が食い止める。アットム、コタタマ。下がりなさい」


 ここで避けなければならないのは全滅だ。敵前逃亡も同じことだろう。誰かがマールマールの相手をしてやらなければならない。最低でも死に戻りしたプレイヤーが復帰するまでの間。誰ができる? 先生だ。先生ならできる。何故なら先生は……。

 希望が繋がった。俺とアットムは先生の邪魔にならないよう退避する。

 マールマールは先生に何かを感じているのか? どこか危機感を覚えているように見える。


 Zooooooooooooooooooooooo


 先生の鼓膜が破れた。

 だが先生は一切ひるまない。マールマールへと杖を突き付けて、つぶらな瞳をゆっくりと細めていく。


「メェーッ!」


 光の輪が放たれた。それも一つではない。数え切れないほどの光の輪が波のように断続的に放射されている。いや、連鎖していると言うべきなのか。光と光が衝突し、そこからまた輪が放たれている。無限連鎖。これが……。

 未知の光景にアットムが驚きの声を漏らす。


「あれは……まさか【全身強打】の二段階目なのか?」


 先生は普通の魔法使いじゃない。ウィザードだ。おそらくは国内サーバーで唯一の、魔法使いの上位職。

 光の波に押されてマールマールの巨体が仰け反った。凄まじい威力だ。それでも有効な打撃になっているようには見えない。やはり【全身強打】はレイド級に対して有効な魔法ではないのだろう。ダメージが全身に及ぶという特性は、膨大な体積を持つ相手に対しては威力を減じてしまう。

 先生とマールマールの拮抗は長続きはしなかった。魔法の行使は人間にとって大きな負担になる。

 マナを使い切った先生が、電池が切れた玩具のようにぱたりと倒れた。先生! 駆け寄った俺が先生を抱き起こす。マールマールが迫る。俺は先生をアットムに託した。

 何か言いたそうにしているアットムの機先を制して俺は言った。

 アットム。つい先日、愛について語り合ったな。答えが出たよ。俺の愛がこの人だ。先生を頼む。

 俺はトマホークを振り上げて【スライドリード】を発動した。マールマールの前足を避け、後ろ足から腹、腹から胸へと飛び移る。理想を言えば目を潰したかったが、とっさの判断で諦める。モグラってのは目が退化した生き物で元々ろくに目が見えてないって聞いたことがある。そうでなくとも生き物が脳に直結する目を守ろうとする反応反射は最速に近い。狙うならここだ。

 俺はマールマールの鼻にトマホークを叩きつけようとして超重力に囚われて死んだ。慣れないことはするもんじゃないね。

 だが、どうやら俺の出番は終わったようだ。前線に復帰したサトゥ氏が片腕を振って麾下へと命じる。


「立て直すぞ! 目標の魔法は強力にして回避は困難と見る! 地獄のチュートリアルを思い出せ! 生産職は後退し斧と鎧を打て! 殺るか殺られるか。乱打戦だ!」


 へっ、様になってやがる。ボトラーめ。

 俺は幽体のまま安堵したように微笑んでその場を去ると、女神像に土下座して遺体を呼び寄せてくれるよう頼んだ。そして内心で毒吐いた。

 くそがっ、元はと言えばお前が寄越したパッシブスキルがポンコツだからこんな目に遭ってるんじゃねーか!



 3.決戦


 正式オープン当日の話だ。

 かつて初日組は【NAi】が差し向けた使徒ポポロンを魔法なしで下した。

 どうやってもクソもない。ドロッドロの乱打戦だ。女神の加護がある限りプレイヤーは何度でも立ち上がれる。

 それでもあえて勝因を挙げるとすれば、ポポロンが使う【全身強打】の特性とレイド級に共通する、ある特徴ということになるだろう。

 レイド級は無尽蔵に魔石を生み出す金のなる木だ。それが内に抱える膨大な魔力に起因するものなのかどうかは分からない。

 いずれにせよ、レイド級に与えたダメージは魔石となってプレイヤーの懐を温めてくれる。そいつをネコババするのも手だが、今はそんなことやってる場合じゃなさそうだ。


 俺たち鍛冶屋が延々と斧と鎧をクラフトし、そいつを身に付けた近接職が突進する。マールマールにプレッシャーを与え続けることが狙いだ。

 サトゥ氏の発案は見事に当たりを引いた。マールマールの超重力は厄介かつ強力な魔法だが、全身を鎧で固めれば数秒なら持つ。現実にそんなことはあり得ないというか、むしろ逆に軽装のほうが良さそうなのだが、これはゲームだ。おそらくサトゥ氏はマールマールの超重力がDoTダメージであるがゆえにダメージの上限は低めに設定されていると読んだのだろう。ゲームなのだから必ず対策が用意されているという廃人ならではの発想だ。


 俺はついに鍛冶師に復帰した。審査が通ったよ。やったぁ。ギリギリ及第点だったけどね。ョ%レ氏、俺の採点渋くない?

 戦闘職に守られ、ひたすら粘土をこねる俺たち。

 生産職の更に後方では、教壇に立つ先生が新兵どもに注意点をレクチャーしている。

 どこからともなく集まった着ぐるみ部隊が最前線で指揮を振るうサトゥ氏の補佐に回っている。

 まるで地獄のチュートリアルの再現だ。


 ちなみに一部の全身ダメージを受けて鎧の耐久が限界に達した場合、近接職の視界には【Armor Break】とアナウンスが走る仕様になっているらしいよ。俺はお隣の鍛冶屋さんに優しく教えてあげた。


「そ、そうなんですか……」


 なんでこの子さっきから俺を見てびくびくしてるんだ? ひょっとしておどおど系を目指してる? 和風美人って感じなのにな。凛としてたほうが人気出るんじゃね? まぁロールに口出しする気はないが。

 ともあれ年越しイベントもいよいよ佳境だ。残された時間は僅かだ。

 しかしマールマールも大分消耗している。勝利が見えてきたな。プレイヤーは死に戻りで何度でも体力をリセットできるが、モンスターはそうも行かない。終盤戦はゴミどもの独壇場だ。

 ここまでやったんだ。これで倒せなきゃ嘘だろ。もうこれは完全に勝つ流れだよな。

 ふい〜。しんどかったわ。

 ポチョとスズキが小休止に入った。時間的にこれが最後の休憩になるだろう。お疲れー。俺はポチョに水を飲ませてやりながら二人の労をねぎらう。

 もう勝ったも同然なので、ちょいと早いがお疲れ会だ。いやぁ、俺大変だったよ。一人だけ生き残っちゃってさぁ。俺が居なければ全滅だったからね。マジで。この目でね、こう風景の歪みが見えた訳よ。パねえわ、俺。なんていうか、土壇場で勝ちを引いたっつーの? もう一度同じことやれって言われても難しいと思うね。

 俺の武勇伝にスズキがにこにこと笑っている。


「そうやってすぐに調子に乗る。もう五回くらい同じこと聞いてるし。負けフラグだよ、負けフラグ」


 いやいや、それはないでしょ。見ろよ。マールマールさん、もうふらふらじゃん。いやはや死兵ってのは怖いね。それにさ、制限時間にしたって本当にヤバくなったら誰か知らせてくるだろ。それがないってことは余裕なんだよ。


「誰が?」


 ん? ポチョ、どうした?


「誰が知らせてくれるんだ?」


 誰って、そりゃあ誰かだよ。ゲーム内の表示時間はティナン式だから計算するのが面倒臭いけどよ、ちょちょっと抜けてリアルに意識を移せばいいんだから時計くらい気にするやついるだろ。


「意味がない。残り時間が少ないからといって今の戦法は変えられない。しかしサトゥには伝わっているようだ。焦りかな。動きに精彩を欠く」


 えっ。


【年越しカウントダウン】


 えっ。


【3】


 ちょっ。あかん。俺はトマホークを掴んで前線へと駆け出した。


【2】


 どっせい! コタタマ選手、トマホークを全力で振りかぶって投げたぁ!


【1】


 おおっとサトゥ氏がこの土壇場で覚醒したぁ! 何たる勘! 何たるセンス! マールマール選手の超重力を既のところで回避っ。ここに来てまさかの完全攻略か!?

 あっ、危なぁーい! サトゥ氏をイイ感じにカーブが掛かったトマホークが強襲するぅーっ!


「うおおおおおおおおおっ!」


 弾いたぁ!


【明けましておめでとうございます!】


 おめでとうございまーす。


 俺はその場に膝から崩れ落ちて吠えた。


「あー! ああああああっ!」


 俺と同じように崩れ落ちたゴミどもの慟哭が坑道を埋め尽くした。

 サトゥ氏の怒号が鳴り響く。


「諦めるなぁ! 追えぇ!」


 転身したマールマールさんが遠ざかっていく。そ、そうだ。時間になったからって即座に敗北って訳じゃない。要は倒せばいいんだ。

 俺たちはマールマールを追って駆け出す。

 しかしマールマールさんはレンジャー部隊もかくやという身軽さで飛び上がると、大きな縦穴に身を滑り込ませた。底の見えないほど深い穴だ。滑り台の要領でマールマールが穴の底に向かって滑落していく。

 俺たちはどうすることもできずに縦穴に消えていくマールマールさんを見送った。


 ……なるほどな。

 何事もなく新年を迎えた俺たちは、この無駄な戦いを通して大切なことに気が付いた。

 それは、スピンドックなら倒せたんじゃないかということだ。

 俺たちは、一斉にサトゥ氏を見た。


「ま、待て。俺も多分同じことを考えたが、その件に関してはお前たちも納得していた筈だぞ。お前ら言ってたじゃん。神獣の魔法が欲しいって。モグラさんどんな魔法使うのかなって。たとえダメでも無駄にはならないよねって。ほのぼのとした感じでさぁ!」


 なるほどな。お前の言い分は分からないでもない。

 だがな、サトゥ氏。

 俺はサトゥ氏の肩をぽんと叩いた。


「それはそれ、これはこれだろ?」


 呆然とするサトゥ氏に、俺はにっこりと笑った。俺の目配せを受けて素早くサトゥ氏の両腕を拘束したゴミどもに命じる。


「連行しろ! 自害はさせるなよ。見せしめだ! 外に連れ出せ!」

「はっ!」



 サトゥ氏は処刑された。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 明けましておめでとうございます。


 

 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
サトゥ氏 初処刑おめでとう!!!
[良い点] コタ氏はこういう時の発言めっちゃ支離滅裂なのになんでこんなかっこいいんだろう [一言] アットムと先生の強さが尋常じゃない!
[良い点] 一体どんな人生送ったら生首を投げて閃くようになるんだよ [一言] こんなところに伏線があるとはおもわんだ
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