路傍の聖剣 17.00
14.ちびナイ劇場
ソファに寝っ転がってえびせんをかじっているちび姉妹に、プフちんは絶句した。
ステージの端っこに突っ立っているバイトリーダーの化身に、ちびナイが気付いて声を掛ける。
【あ、プフちん。おかえり〜。今度はドコの星行ってきたの?】
ついにクリスマス用の衣装を配ることさえしなくなったダメ姉妹に、プフちんは驚異的な忍耐力を発揮して優しく微笑んだ。
【今日はクリスマスですよね? イベントの準備でもしましょうか】
ちびナイは【え〜】と不満の声を上げた。
【クリスマスとか関係なくない? 私たち、別にキリスト教徒じゃないし】
運営の宗派など関係ないのだという言葉をプフちんは呑み込んだ。ダメ姉に見切りをつけて、まだ見込みがありそうな妹キャラに声を掛ける。
【ね、マレ? クリスマス、とっても楽しそうですよね】
【私の背後に立つな】
ちびマレさんはピリピリしていた。
プフちんが事情を知ってそうなちびナイをバッと見る。
ちびナイは仕事に倦み疲れたOLのようにフンと鼻を鳴らした。気怠げに長い髪を掻き上げて、
【ああ、その子。運営ディレクターのョ%レ氏に過去の女が近付いてきて焦ってんの】
【誰が過去の女だ】
スポットライトに照らされて、ちびモモ氏が舞台袖から出てきた。何故か種族人間バージョンだった。
ギョロッと目玉を動かしたちびマレの顔に、ちびキャラにあってはならない陰が差した。
ちびモモ氏がちび姉妹にてくてくと歩み寄りながら続ける。
【一流の%は不毛な恋をしない。社内恋愛など以ての他だ。何より気が休まらない。我々が人生のパートナーに求めるのは安らぎなのだよ。可愛げと言うかな……】
自分は恋敵ではないとアピールするちびモモ氏を、ちびマレは真意を推し量るようにじっと観察している。その目を過る猜疑心が度を越したもので、今にも犯罪に走りそうだったから、ちびモモ氏は腹を割って話すことにしたようだ。溜息を吐いてちびマレに話し掛ける。
【まぁョレに可愛げがないとは言わない。特に強がっている時の彼はとてもいい。彼のスキルはあまり戦闘に向いたものではないからね。この私と正面からやり合って勝てるなどと……。そんな顔をするな。可愛い顔が台無しだ】
そう言ってちびモモ氏はちびマレの頬に手を添えて薄緑色の瞳をじっと覗き込んだ。
【美しい瞳だ。虹彩のパターンはョレ譲りか。君は、自分で考えるよりもずっと奇跡的な存在だぞ】
【…………】
ちびモモ氏、渾身のヨイショに……。
怪人カイワレ大根娘は、まるで土砂滑りのように相好を崩した。表情筋に笑顔を作るために必要な工程を命じ、その要求に顔面の筋肉は完璧な仕事をした。
【やだー。モモちゃんったら〜】
急に植物の蔓のようになった腕で、照れ隠しをするようにちびモモ氏の腕をぺんっと叩く。
打ち込まれた改造コードらしきものを、ちびモモ氏は即座に電子制圧した。マレの戒律操作がNAiの【奇跡】に対するカウンタースキルであるように、モョ%モ氏の電撃魔法はマレのスキルに対して有効だった。
一触即発の空気に、喧嘩を仲裁しようというのか、プフちんの足元にジジジと光の波が浮き立つ。
それが放たれるよりも早く、ちびモモ氏が言った。
【プフ。君のスキルは非常に完成度が高いな。久方ぶりに生まれた公主の称号を継ぐもの。自分の代で決着をつけようとは思わないのかね?】
【……決着?】
【君の祖先が後世に残した負の遺産のことだよ。異常個体、ポポロン。……プフ。君は正統後継者だ。変身するとポポロンの記憶が浮かび上がるのだろう? つらくはないか? 苦しくはないか? そのつらさ、苦しみを未だ見ぬ後継者……いや、哀れな巫女に押し付けるのか? そんなことをいつまで続けるのかね? もう終わりにしなければならないとは思わないか?】
【ッ……!】
ちびナイ劇場の登場人物はアニメ調だ。
銀河を股にかけるADプフは、手足が短くてろくに前屈できないちびナイ劇場で、今後の人生に大きく関わってきそうな深刻なネタバレを食らった。
【……!】
最強の勇者の血を引く戦姫モョ%モ氏もまた……人ひとりの人生を左右しかねない深刻なネタバレを言い放ったのは、頭がデカすぎて転んだら自力で起きられそうにないちびナイ劇場であった。
【っ……!】
暖炉の前で寝そべるプッチョムッチョは空気を読んで最後まで一言も喋らなかった。
【……!】
そして……謎多きチュートリアルナビゲーターNAiはえびせんを食べていた。やめられず、止まらなかった。
シャッと幕が降りた。
15.山岳都市ニャンダム
俺のトナカイスーツは年々ボロボロになっていくな。腹は破れてるし角は片っぽ折れてる。散々だ。いや、別にクラフト技能で修理してもいいのだが、それも勿体ないと言うかね。まぁジーンズのダメージ加工みたいなもんだな。
てな訳で、手負いのトナカイみたいになった俺はアットムと一緒にプレゼント袋を担いで山岳都市の坂道をえっちらおっちらと登っている。
アットムのトナカイスーツも俺に負けず劣らずボロボロだ。プレゼント袋については俺とアットムで三つずつ運んでいるものだから、持ち方が完全にゴミ袋を運ぶ時のそれだった。
まぁ簡単に言うと、今年のクリスマスはティナンにプレゼントをバラ撒いてやろうぜ、という企画だ。提案は俺。
俺にも思うところがあって、種族人間が生きた証みたいなのを残したくなった。では何がいいかと考えたら、おもちゃが一番なんじゃないかと思った。仮に地球が明日爆発したとしても、俺がバラ撒いたおもちゃはティナンの手元に残る。いつか宇宙人がこの星に辿り着いたなら、そいつらはティナンが遊んでるおもちゃを見て、かつてこの星にはブサイクでノロマな生き物が居たのだと気付くかもしれない。それは、何だか、とてもワクワクする。
そう、俺が時間を気にしていたのはアットムくんとの約束があったからだ。
色々と駆け足で細けぇことはガン無視して突っ走ったものだから劇場版っぽくなったが、ここから先はのんびり行こうや。
そうさな、言うなればエンディングテーマが流れて登場人物たちが無事に日常に戻りました〜みたいな感じで紹介されていく、あの演出だな。
「崖っぷち〜……」
あん?
見れば、ボロ雑巾みたいなゴミが全身血塗れで地べたを這っていた。
なんだ。どうした。ばっちぃな。寄るなよ。
「サトゥが、やられた……! 指揮、官が、足りねえ……! お前が、指揮を……!」
……?
何の話だ?
ゴミがカッと目を見開いた。歯列を剥いて狂ったように笑う。
「戦争だよ! 最高の戦争をしようぜ! 崖っぷちィ〜!」
……戦争?
「……ん?」
あっ。あ〜……戦争ね。えっ。お前ら、まだ続けてんの?
「まだって……。続けてるよ。始まったの二時間前だぞ」
二時間って。俺は苦笑した。ほとんど三ヶ月前じゃん。
「何を言ってる?」
お前らはのんびりしてていいねって話よ。俺なんか、いつ人間辞めてもおかしくないんだぞ。
「それは元からだし、お前が残された時間が〜とか言い出したの大分前だぞ」
いや、今回のはガチだから。ガチ。
「それも毎回言ってるだろ。お前のカウントダウン詐欺はもういい。もう飽きた」
その瞬間がいつ来るのかと怯えて暮らしている俺によくもまぁそんな冷たいことが言えるな。
「それはお前が……。あ〜! もういいわ! 話が先に進まねえ! いいから来いや!」
俺の腕をぐいっと引っ張るゴミを、アットムくんが適切に処理した。
アットムくんは生き物を壊すことに特化したプレイヤーだ。そんじょそこらの廃人では今のアットムくんには勝てない。コケの一念岩をも通すというやつだ。
素手で解体されたゴミを置き去りに、俺とアットムくんは先を急ぐ。良い子のティナンは定時になると眠りに就いてしまう。日が暮れる前にプレゼントを配らねばならない。
道すがら、俺に絡んでくるゴミどもをアットムくんは容赦なく屠っていく。
ティナンには話を通してある。
これしきのプレゼントじゃとても足りないから、ウチの子たちも総動員して残りはピストン輸送だ。
おもちゃは生産職の相互組合に掛け合って会員にタダで作って貰ったぞ。
見えた。親子ティナンが家の前で待機している。子ティナンがパッと駆け寄ってきて俺の身体をよじ登り俺の鼓膜目がけて叫ぶ。
「コタタマー! コタタマー!」
その小さな身体に流れるモンスターの血がそうさせるのか、子ティナンどもは俺の鼓膜に執着している。だが生憎とティナンに破らせてやるほど俺の鼓膜は安くない。
俺とアットムのプレゼント大作戦が始まる。
ティナンには混乱を防ぐために家の前に居ろと伝えてあるが、そう都合良く行かないだろうと覚悟はしていた。ティナン王族が持つ勅命の力で縛ることもできるけど、プレゼントをくれてやろうってのに強制するのも変な話だ。
結局は興奮した子ティナンにしがみ付かれ、タックルされ、地べたを転がって這って進むことになる。
だが、そのためのプレゼントよ……。
俺とアットムはプレゼント袋に手を突っ込んで綺麗にラッピングされたおもちゃをバラ撒いた。おらぁ! おらぁ!
シャッと後方に跳んだ子ティナンどもが機敏なネコ科動物のようにおもちゃをキャッチし、親ティナンに見せびらかしに行く。
よし。予想通りだ。プレゼントを使えば子ティナンの包囲を抜けられる。
!? アットム!?
アットムの鼻から、つ、と鮮血が漏れていた。つまり興奮のあまり頭に血がのぼって鼻血が出た。くそっ、だからテンションはできるだけ下げろと言っておいたのに。
堰を切ったようにアットムの鼻血がボタボタと漏れる。止まらない。コイツ、このままじゃ……死ぬ。回復魔法を当ててやらねえと……。
ヒーラーの姿を探す俺に、アットムはべっとりと血が付着した手のひらを向けて押しとどめた。
「いいんだ。コタタマ。奇跡なんて要らない。このままがいい。僕が倒れても君が居る。他のみんなも。こんなに嬉しいことはない」
俺はお手上げとばかりに手を上げた。
分ぁーったよ。まぁ血ぃ出しゃ血圧も下がるだろうしな。……死ぬなよ、アットム。
アットムはニコッと笑った。
俺とアットムはプレゼントをバラ撒き続ける。アットムの鼻血は止まらない。フラつくアットムの肩に腕を回して俺は山岳都市を縦断した。見かねた知らない人が手伝おうかと申し出てくれたが、俺は丁重に断った。
俺たち二人で行けるところまで行ってみたいんだ。アットムの野郎を支えるのは俺でありたいし、俺じゃなきゃダメなんだよ。コイツ、変態だからな。
行こうぜ、相棒。もう少しだ。
プレゼント大作戦も大詰めだ。一口に子ティナンと言っても性格はバラバラで、プレゼントをくれてやると言ってるのに何故か逃げるヤツも居る。子供だろうとティナンにガチで逃げられるとマジで捕まえるのは不可能なので、そこは大人のティナンに頼るしかなかった。
大司教様がとっ捕まえた子ティナンに勇気を出すよう、そっと肩を押し出す。
俺も血の気の失せた蒼白な顔をしているアットムを送り出してやる。
アットムの足からフッと力が抜けた。ガクリと地べたに両膝をつく。だらりと腕が両脇に垂れる。アイツ、もう意識が……。
……それでも、なおアットムはプレゼントを落とさなかった。
子ティナンがおそるおそるアットムに近寄り、プレゼントを受け取った。感動の瞬間だ。俺たちは成し遂げたんだ。俺たちはワッと歓声を上げようとして、
Naaaaaaaaaa……
不機嫌ですと言わんばかりの低い鳴き声に、ぴたりと動きを止めた。
山の中腹を見上げると、やたらと目付きの悪い猫が城の屋根からこちらを見ている。
獣王、ニャンダム……。
……つーか、あれ本当に猫なの? 目付き悪すぎだろ。白面の御方って言われたほうがまだしっくり来るんだけど。
ニャンダムはお座りしたまま動かない。ただひたすら俺たちをガン見し、長い尻尾を不機嫌そうにゆらゆらと揺らしていた。
チッ。俺は舌打ちした。自分にも何か寄越せってか。
16.ニャンダムの居城
まぁ経験値だろうな。
猫に小判ではないが、日がな一日中寝っ転がって惰眠を貪っているニャンダム様に今以上の快適な暮らしを提供してやることは俺たちにはできない。ハッキリ言って飼い猫ってのは最上級国民だからな。
という訳で、俺はゴミを搔き集めるだけ掻き集めてニャンダム御殿に参上した。殺しやすいようゾンビの群れのようにニャンダム様にふらふらと近寄っていく。
ニャンダム様〜。ニャンダム様〜。
【…………】
ニャンダム様は群れを成して迫る俺らを無言で見つめていた。俺らが近寄るとすっくと身を起こしてお座りの姿勢を取る。まるで少しでも俺らと距離を置きたがっているかのようだった。
ニャンダム様〜。
さらに接近すると、ニャンダム様は先頭のゴミを前足でぺんっと叩いた。プンッてなったゴミが吹っ飛んで壁にブチ当たって死んだ。それだ。ニャンダム様〜。俺も殺してくれ〜。俺も〜。俺たちはわらわらとニャンダム様に群がっていく。
【…………】
ニャンダム様は特に抵抗らしい抵抗をしなかった。きっと俺たちを受け入れてくれたに違いない。俺たちはニャンダム様の毛皮にしがみ付いてわらわらとよじ登っていく。
すわニャンダム様との感動巨編の始まりかと思ったが、それはさすがに虫が良すぎる話だったらしい。
ニャンダム様がプンッてなって高速移動した。プンップンッと連続して小刻みに前後左右へ移動する。動きが速すぎて傍目から見るとワープしているようにしか見えなかっただろう。しかしワープでないことはニャンダム様の毛皮にしがみ付いていた俺たちが一番よく知っている。
急発進と急停止に付いて行けなかった俺たちゴミは水平に吹っ飛んで壁に当たって潰れて死んだ。一人残らずシューッと吹っ飛んで壁に当たって押し花のように潰れて死んだ。種族人間の筋力や握力でどうにかなるような横Gではなかった。こりゃマズいと思って反射的に【スライドリード(遅い)】で慣性制御したやつも居たが、ニャンダム様はスラリーのオリジナル。スラリーの制御を掌握されて、よく見えるよう残像の尾を引いてスーッと水平に吹っ飛んで壁に触れるや保存された慣性の揺り戻しでパチュンと弾けて死んだ。
俺たちは特に驚かなかった。最小の手数で殺されるだろうとは思っていた。何ならギルド憑きはエンフレに化けて殺されてあげようという案も出たのだが、ニャンダム様はプレイヤーの母体を引きずり出すことができる。それが固有スキルをプレイヤーに与えることで得た特権なのか、それとも獣王という称号によるものなのかは分からない。分からないが、お望みなら勝手に俺らをエンフレにしてくれるだろう。基本、エンフレってのは見た目がグロいからな。家でゴキブリが巨大化したら嫌だろう。俺らなりの精一杯の気遣いよ。じゃあそもそもゴキブリが群れで訪問するのもどうよ?という話だが、レベルアップなんつー現象があるなら俺らだってリアルでゴキブリを叩いて回るだろう。何なら繁殖するかもしれない。
ニャンダム様の虫けらを見るような目にゾクッとした。気高く美しい獣の王。ティナンの気持ちが少し分かるような気がした。圧倒的な威を湛える強者は、ただそこに居るだけで弱者を魅了する。隔絶した暴力の化身。ニャンダム様、お美しゅうございます。
レイド戦の条件は満たした。
加護が降る。
命の火が燃える。
アナウンスが走る。
女神の声が戦いの刻を告げる。
【条件を満たしました】
【パッシブスキルを発動します】
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(死に抗え)】
【Stand-by-Me!(戦え!)】
レイド戦の勃発時に発動するパッシブスキル、女神の加護の効果はデスペナルティの免除と死に戻りの簡易化。
俺たちは何度でも死ねる。
最高の夜にしよう。
俺たちは再生した肉体の具合を確かめてから、ザッと振り返ってニャンダムを見た。
【…………】
獣王ニャンダムは無言で俺たちを見つめている。
日は沈み、這い寄る冷気が夜を従えてやって来る。
俺たちの戦いは始まったばかりだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
ハッピーメリークリスマス!
GunS Guilds Online




