【スライドリード(神速)】〜ゴッドスピード〜
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
「君たち、パールマグナと何かあった?」
先生の講習会で顔を合わせたチワワくんたちとお話ししている。
場所は露店バザーのカフェテラス。
今日の俺は人当たりの良いコタタマくん。
思考クロックを落として愛されキャラに変身だ。
俺は店員に声を掛けて人数分のケーキを注文した。
「え?」という顔をしているチワワくんたちに言う。
おごるよ。
この店のチーズケーキは美味しいんだ。
食べておいて損はないよ。
チワワくんたちは少し怯えていた。
「ど、どうして僕たちがここに居るって……」
男女混合の四人組だ。
男が二人と女が二人。
俺は自分のこめかみを指先でコツコツと叩いて言った。
俺は目がいいんだ。
一度でも目にした顔は忘れないし、屋根から通りを見渡せば100人くらいはまとめて照合できるんだよ。
ちょっとした特技だね。
……付け加えて言うなら講習会でマグちゃんとフレンド登録したコイツらの素性を俺は洗っていて、ログイン傾向を完璧に把握していたことも大きいのだが、それについてはこの場では伏せた。返答次第では俺に忠実な駒になって貰うかもしれないからだ。ご丁寧に手札を晒してババ抜きをしてやるほど俺は暇じゃない。
急に働くとか言い出したマグちゃん。フレンド登録したチワワと一緒に狩りに行くのかと思えば、そうではないらしい。しかしコイツらについて言及した時、マグちゃんが不機嫌になったのを俺は見逃さなかった。
俺はチワワくんたちにやんわりと手のひらを見せて続けた。
先生は当人同士の問題にあまり口出ししないけど、抱え込んじゃうからね。
俺としては先生に負担を掛けたくない。
できれば俺のほうで解決したいんだ。
もっとも……。俺は思った。
どうしても気が合わない人間ってのは居る。それなら無理に一緒に遊ぶこたぁねー。俺はそう思ってる。性格の良し悪しの問題でもない。相性だ。ただ、日本にゃ義務教育ってのがあるからな。どんなに気が合わないやつとも同じクラスになったら最低一年は付き合って行かにゃならん訳だ。てーなると、どうしたって変な癖が染み付く。無理にでも仲良しのふりをする悪癖だ。そんなのは時間の無駄だ。気の合うやつを探して一緒に居ればいいものを。つーことで、こうしてチワワどもと話し合いに来た。縁を切るなら早いほうがいい。
俺は口調が乱暴なほうだ。圧を感じるというやつも居る。まぁそれは狙ってやってるんだが、気弱なプレイヤーなどは俺を前にすると萎縮して何も言えなくなることが多い。もっともそうした連中も二、三ヶ月もすれば「崖っぷち〜」だのと言って俺に絡んできたり斧の刃をベロリと舐め上げたりと世紀末を生きるモヒカンのようにガラが悪くなっていくのだが……。
いずれにせよ、そういったモヒカン化の兆候は今のところチワワどもには見られなかった。今のところはね。ホントに凄い勢いでガラが悪くなっていくから。女キャラはそうでもないんだけど、ゆるやかに狂っていくよね。殺しの手口がドンドン残虐になっていく。男女で敵意の表現法が真っ二つに分かれる傾向がある。従って男女混合パーティーはうまく行かなくなることが多い。
女キャラ同士でチラチラと目配せしているチワワもいずれは龍槌閃・惨みたいなことを平気でやるようになるのかと思うと誠に感慨深いものがある。虎子の間、まことに広うなり申した……。
チワワさんの一人が意を決して言った。
「あの、別に喧嘩してる訳じゃないんですよ。……喧嘩なのかな? 正直、私たちにも分からなくて。どうしたらいいんだろうって。それで、こうして集まって……」
そっかぁ。
うんうん、そういうことってあるよね。
もう少し詳しく聞いていいかな?
「えっと、タマさん……でしたよね? リュウリュウさんって知ってます? パンダの」
誰がタマだ。俺はお前んちの猫か。そんな王道を行くキャラネをβ組でも初日組でもない俺が取れる訳ねーだろ。別に重複したからって登録できねーこたぁねえが、逆に言うと重複ネームをわざわざ使う理由もねえ。少し考えりゃあ無駄な手間が増えるだけだと気付く。さてはコイツ俺のキャラネをうろ覚えのまま話を先に進めようとしてんな……? 俺はそう思ったが口に出さなかった。愛想良く頷いて言う。
リュウリュウ?
うん、知ってるよ。
先生のフレンドだね。
「はい。そのリュウリュウさんと、この前お会いして。パールさんが連れて来たんです。自分の部下だって」
……先生か? 俺は口には出さず素早く計算した。
つい先日、マグちゃんに下僕扱いされてもリュウリュウは文句を言わなかった。それは言わなくとも俺なら察するだろうという感じだった。しかしリュウリュウは上下関係に忠実な面がある……。よく知りもしない、まして後発プレイヤーの前で部下扱いされたなら話は違ってくる。
リュウリュウは手下になれと言われて素直に応じるやつじゃない。先生にマグちゃんの面倒を見るようお願いされたのかもしれない。が、先生の口から部下になれという言葉は出て来ないだろう。あるとすれば……マグちゃんとリュウリュウの間で何らかの交換条件があったと見るべきか。
俺は驚いたふりをした。
一緒に狩りに?
本当に仲良くしてくれてるんだね。
ありがとう。
「崖っぷち〜」
オンドレぁ! 俺は振り返る手間すら惜しんで斧を跳ね上げた。硬質の手応えと金属音。だが初撃を防がれるのには慣れた。斧を持つ手の上腕部にウッディを生やしてビビッとレーザー光線を乱射。首と腹を切り裂かれた知らないゴミが仰け反ってどうと地べたに倒れる。ごほっと吐血して太々しく笑った。
「し、新技か。やる、じゃねぇーか。二度目は、ねぇが、な……!」
次はもっとうまくやるさ。俺はオメェーらに出し惜しみした覚えはねえ。一度たりとてな。
「かはっ、ははははははは! だからテメェーは、狙われんだよ……」
それだけ言って知らないゴミは事切れた。
……ハッ。チワワどもがドン引きしている。俺は肩を竦めて言った。
人違いだったみたいだね。
「いやいやいやいや……人違いって!」
俺はぺらぺらと口を回してチワワどもの疑問を押し流した。
崖っ…?とか言ってたよね。俺の名前はそんなのじゃないから。人違いだよ。しかも聞いた? あの声。もう完全に威圧しようとしてた。多分俺が気前良くケーキを注文してたのを見てたんだろう。ああいう輩はドコにでも居るから気を付けないとダメだよ? とはいえ初心者狩りってのも居るからね。そいつらは有り体に言って君たちよりも強いし戦い慣れてる。困ったことがあれば俺に相談してくれていいよ。こう見えて顔は広いほうなんだ。例えば……この前、俺と一緒に居たカエルの人に頼んであげるという手もある。そしたら一発さ。翌日には全部解決してるよ。全部ね。解決しすぎるかもしれない。それはやりすぎでしょーってなったら、また俺の出番だ。彼とは付き合いが長くてね。トッププレイヤーってのはどうも極端から極端に走る人が多い……。ああ、そういえばリュウリュウも……かなり才能があるプレイヤーだ。彼と一緒に狩りをしたというのは貴重な経験だよ。
そう言って俺はにこっと笑った。
話が途中だったね。
リュウリュウがどうしたんだい?
「……えっとぉ。そ、そうなんです。リュウリュウさん、強いじゃないですか。強いって言うか、もう何してるのか分からないんです」
まぁ君たちよりもレベルが高いのは間違いないだろうからね。
偉そうなこと言ったけど、俺だってリュウリュウには勝てないよ。
試してみたことはないけどね。
ほら、あの人、法律で保護されてる面があるでしょ? 手出ししたらコトだよ。各所からクレームが入るかもね。少なくとも外務省は黙っちゃいないだろう。
俺はジョークを交えてチワワどもの気をほぐしてやった。もっとも笑いのツボは個人によって異なる。反応する暇を与えずに話を先を進める。
いずれにせよ、君たちはリュウリュウの実力を目の当たりにした訳だ。
パールマグナは彼を自分の部下だと紹介した……。ああ、もしかして……。分かってきたぞ。
リュウリュウが全部一人でやっちゃったのかな? すまないことをしたね。熟練者が新規プレイヤーに混ざって大人げのない……。俺からリュウリュウに言っておくよ。
俺はわざと間違った推測を述べた。リュウリュウは初心者パーティーに混ざって俺TUEEEするタイプのプレイヤーじゃない。しかしチワワどもの人となりは大体掴めた。俺からリュウリュウに注意しておくと言えば慌てて訂正してくるという読みがあった。この話の流れ……おそらくやらかしたのはマグちゃんだ。狩り当日に何があったのか正確に聞き出す必要がある。マグちゃんを気遣ってソフトな表現をされては困る。だから慌てさせる。そうやって思考能力を幾分か削る。事実をありのまま話すよう誘導する。よくある手口だが、このチワワどもは学生だ。人生経験が浅い。まず引っ掛かる。
案の定、チワワさんは慌てて訂正してきた。
「いえ! 違うんです。リュウリュウさんは悪くなくて。その、私たちも興奮しちゃって、凄い凄いってそればかり。リュウリュウさんに色んな質問して……。それが良くなかったのかなぁって」
良くなかった?
パールマグナが怒って帰っちゃったとか?
「帰りはしませんでしたけど……。途中から不機嫌になってて。私たちもそれは分かってたんですけど、その時はとにかくリュウリュウさんに色々と聞きたくて後回しにしちゃったんです。多分ですけど、パールさんはリュウリュウさんを取られたと思ってたんじゃないかな……」
違うな。俺はチワワとは異なる結論を導き出した。さて、こいつをチワワどもに教えるべきか否か……。ここが分岐点になるな。
俺は腕組みなどして「う〜ん」と悩むふりをしながらチワワどもを観察した。オスのチワワが一匹「それは違うんじゃないか」という顔をしている。チッ、コイツ真相に勘付いている。学生プレイヤーはこういうのが面倒なんだ。人生経験が浅いからこそ個々人の差が大きい。マグちゃんの評価を落とさないよう俺から言うしかねえか。
俺は少し賢めのチワワくんがヘタクソな言い方をしてマグちゃんの評価を貶める前にそいつを指差した。
君は気付いたみたいだね。
「えっ。いえ、僕は……」
いいんだ。分かるよ。多分俺と同じ考えだろう。
パールマグナは……。
いや、いつか彼女自身の口から言うかもしれないな。俺が言うのはフェアじゃない。
……パールマグナは少し特殊な子でね。特殊という言い方も好きじゃないんだが……。
とにかく、訳あってワガママな面があるんだ。
奇妙な話になるんだが、彼女はね。強くて凄いリュウリュウを部下に持つ自分を、君たちに凄いと褒めて欲しかったんだよ。
「……え?」
少し賢めのチワワ以外のチワワどもはぽかんとした。
やはり、やらかしたのはマグちゃんだった。俺には分かる。マグちゃんはそういう子だ。
続けて俺はチワワどもがマグちゃんに好印象を持つよう仕向けた。
少し寂しげに微笑んで言う。
……どうやらマグちゃんは……ああ失礼。家じゃそう呼んでるんだ。ここだけの話にしておいてくれ。もしも俺に妹が居たらあんな感じかなって思っててね。
だから……まぁ嬉しくもあり寂しくもある。
マグちゃんは、本当に君たちと仲良くなりたいと思ってるみたいだ。褒められたいってそういうことだろ?
初めて出来た友達、か……。
少し賢めのチワワがハッとした。
「あっ。そ、そういう……?」
俺は内心でほくそ笑んだ。
違うんだな。お前が最初に考えた通りさ。マグちゃんの人格を疑ってたんだろう……? そりゃそうだ。部下の手柄を横取りするようなヤツにろくなのは居ねえ。マグちゃんは別にお前らと仲良くなりたいとは思っちゃいないさ。少なくとも今はまだ、な。
だが少し賢めのチワワは俺の言葉を聞いて良いほうに解釈した。こういうタイプのチワワは他人を悪く考えていたことを恥じ入って自分の中で勝手に借りを作る。端的に言って甘い。その甘さはこのゲームでは命取りになる。今後もマグちゃんと遊ぶメンバーになるなら修正しなければならない。……暗たまと会わせるか。
俺は今後の対策を練りながら便利な言葉でマグちゃんの性格を総括した。
不器用な子なんだ。なかなか素直になれない。
賢くないほうのオスのチワワがしきりに首を傾げている。
「よく分かんないけど、パールちゃんとまた会うよな? その時に聞けば良くないか?」
……問題はコイツだ。何を考えてるのかよく分からない。一口に学生プレイヤーと言っても、そういうタイプも居る。いわゆる変わり者だ。念能力者で言うところの強化系。特質系ではない。強化系が一番読みにくい。ヒソカ式の性格診断に照らし合わせるなら単純で一途。そして、おそらくヒソカも同じ考えだろう……。単純で一途な人間ほど何をしでかすか分からない。ゴンさんがそうだったように。
話した感じ、コイツらは四人の中で役割分担が出来てる。話す女、その相談役の女、少し賢めの男、強化系の男。おそらくはリアルフレンドの四人……。ログイン時間が多少バラけているのは帰宅時間の違いか。所属している部活が違うのかもしれない。しかし喋り方が体育会系じゃない。内向的なのは男一人と女一人。そこら辺は校風にもよる、か? ならば……。
俺は話を〆に掛かる。聞きたいことは聞けたとばかりに席を立ち、やや多めに釣りが出るくらいの金をテーブルに置いて言う。
今後もウチのパールと仲良くしてくれると嬉しいね。
今日、話したことは……問題のない範囲でパールにも伝えておくよ。俺が君たちと偶然会ったこと。喧嘩と言うほどのことじゃないけど、君たちがパールのことを気遣っていたこと。その件で問題があれば俺の名前を出していい。むしろそうしてくれ。
あと……俺の名前はペタタマだ。パールは俺のことをそう呼ぶ。
それだけ告げて立ち去ろうとする俺に、ずっと黙っていたメスのチワワが首を傾げてこう言った。
「名前。コタタマさんだよね? さっき崖っぷちって……」
人違いだよ。
「牛さん?」
特質系だ……。何を言ってるのか分からない。
俺は両手で顔面を覆った。
居ない居ないばぁの要領で両手を開いて鳴く。
モォ〜……。
崖っぷちとかいうゴミのようなあだ名と俺のキャラネが紐付けされている。それが何を意味するか。つまり俺の演技は全てが無駄に終わった。少し調べれば俺がどういうプレイヤーか分かる。いや、すでにバレていると見ていい。
ならば身体を張った体当たりの芸を披露するしかない。強烈な印象を与えて俺という人間が本当は愉快なお兄さんで、噂ほどひどいやつじゃないと分かって貰うのだ。そしてコイツらはゲームを始めて間もない。ほぼ確実に刺さるのは、このゲームの変態性だろう。
【限界突破……】
俺はゴミのようなアビリティを重ねて格下探知ソナーを放った。
ゴミのようなアビリティが道行くゴミどもと干渉し黒い火花を散らす。
強制変身を警戒したゴミどもが素早く飛び退いて武器を引き抜いた。
俺とゴミどもによる黒い波の応酬。拮抗し、傍迷惑な静電気のように黒い稲妻が大気を焦がしていく。
俺はニヤッと笑って前に出た。舌を突き出してピロロロロロと怪音波を放つ。
ゴミどもが応じた。俺と同様、舌を突き出してピロロロロロと怪音波を放つ。
このゲームのプレイヤーのスペックは微妙に人間を越えている。オリンピック選手並みの運動能力を、地球よりも僅かながら高重力環境で発揮しうる。重力については先生が言っていたことなので間違いない。
つまり、慣れればこういうこともできるようになる。
俺は【スライドリード(遅い)】を発動し、歩きながら高速でババッとババッと目にも止まらない速度で攻防を繰り広げているようなふりをした。
ニヤッと笑ったゴミどもがノッてくる。俺と同様、ガンツのぬらりひょん戦のようにババッババッとやる。
俺の片腕が弾け飛んだ。自爆だ。部位別使用を利用すればこういうこともできる。しかし傍目から見るとゴミの攻撃を避け損なったように見えるだろう。
ババッ、ババッ……!
俺とゴミどもの筋肉が隆起する。やっていることは単なる自爆だ。内向きの筋肉と外向きの筋肉のバランスを意図的に崩している。ひじを限界まで反らせば痛みを発するように。
俺とゴミがひたいを当てて至近距離で睨み合う。
チッ……。
俺は舌打ちした。
直後、俺の首がゴキンとへし折れた。
膝から崩れ落ちた俺を、ゴミが傲然と見下してからザッときびすを返した。決着は着いたとばかりに無言で去っていく……。
もはや種族人間の死に戻りを誰であろうと防ぐことはできない。
そう、行動不能に陥った【ギルド】が自壊するように。
俺たちは指一本動かさずに死ねる。
これは、とあるVRMMOの物語。
ニャンダムもびっくりの応用法。
GunS Guilds Online




