昇華
1.夢の島の戦い
ゴミが突っ込んでガムシャラに武器を振り回す。当たれば勝てる。今のモモ氏は種族人間バージョン。分類上はハイフレームだが種族人間の基礎ステータスが低すぎて素で戦ったほうが強いためコンフレーム扱いという舐めくさった事情がある。
いの一番に突っ込んできたサトゥ氏をモモ氏がいなしている。%は剣技にかけても達人クラスだ。ネフィリアの言葉を借りれば、剣術という技能の複雑さを肉体的なスペックが上回っている。身体をどう動かせばいいのか計算で分かるのだろう。極限の域に達した知性は気迫や努力といったものを一瞬で否定する。俺たちは自分の肉体の仕組みについてろくに知らないが、モモ氏はそうではないのだ。一対一でサトゥ氏に勝ち目はない。レベル差も大きい。モモ氏が大剣でサトゥ氏の剣を巻き上げた。早い。反応速度が違う。返す刃でサトゥ氏の片腕が断ち切られ、ゴトリと地面に落ちた。
サトゥ氏が止血しながらにひっと笑った。
「イイね〜。勝てる気がしねぇー。あんたと戦えば俺はもっと強くなれる」
「減らず口を」
モモ氏は少し楽しそうだった。エンフレの力を借りてとはいえ、かつて自分を打ち破った男の成長が嬉しいのだろう。雑魚のままでいられては自尊心が傷付く。押し寄せるゴミどもをチラリと見て、パチンと指を鳴らす。黒い金属片が地を這い、厚みを帯びた影法師がぐうっと立ち上がる。モモ氏の輪郭をコピーした影武者だった。1000体は下るまい。それらが一斉に散開してゴミどもを迎え撃つ。
人海戦術が通用しない。数の利すら俺たちの味方ではない。
律理の羽とかいうファンネルもどきは……ファンネルがそうであるように選ばれたものしか使えない。仮に俺が使っても機関銃の代わりくらいにしかならないだろう。
ゴミと影法師がワルツを踊り渦を巻くかのようだ。
各チャンネルに散ったゴミどもがモモ氏の影武者に次々と斬り伏せられていく。
モモ氏は【敗残兵】メンバーの相手をしてやりながら上機嫌に笑った。全体チャットに切り替えて言う。
【便利な力だが、戒律は適用されない。数を増やせば力が分散される。工夫し給え。倒せない敵ではない筈だ】
しかしゴミどもはどんどん倒れていく。女神像とはそう離れていないから戦線復帰は難しくない。難しくはないが、実力差が大きいと見るやゴミどもは諦めて戻って来なくなる。ここが正念場だ。
ポチョがはらはらして見守っている。
「強い。ダメ。このままじゃ勝てない……」
違う。ゴミどもにいつものキレがない。
血の匂いが濃く俺の鼻孔をくすぐる。俺はうわ言のように呟いた。
モモ氏の影武者は女の動き方をしてる。でも真っ黒だから……あいつらはいつもみたいにパンツを意識した動きができてないんだ。上体が半端に泳いでる。
けど、そうじゃないだろ。俺は胸中でゴミどもに語り掛けた。お前らは相手が女と見ればあわよくばパンツを覗こうとしてきた筈だ。女だからといって手加減はしないだのと硬派を気取っておきながらベタ足で戦ってきた筈だ。それなのに急にいつもと違うことをやって上手く行く訳がない。筋肉の学習速度は早いんだ。頭と身体がちぐはぐになったら簡単に崩れる。
俺はポチョにマイクを預けた。頼む。ちょっと遊んでくるわ。
……キレを失ったゴミどもを見ていて何か閃くものがあった。もう少しで手が届くのにというもどかしさに耐え切れずに俺は戦場へと駆け出した。
生憎と手ぶらだったが、魔石に困ることはなかった。地べたに転がっているゴミの頭を掴んでゴミのような魔石に変換。今はこれで十分。斧をクラフトして影武者に殴り掛かる。もちろん敵う訳がなかった。鎧袖一触にされる。ダッシュで死に戻りして懲りずに影武者に挑む。何度も何度も。
俺はありとあらゆる手段を尽くして影武者に挑み続けた。ウッディのレーザー光線、セクハラの魔眼、戒律武器……。それらどれもが通用しなかった。
いよいよ切る手札がなくなり、嵩んだデスペナが幻覚を伴うようになってきた頃、バラバラだったピースが一気に繋がるような感覚があった。
マイクを両手でぎゅっと握りしめたポチョの声援が俺たちの背を押す。
「みんな! がんばれー!」
大剣を手にした影武者が迫る。
俺は。
腰だめに構えた右手の人差し指と親指で輪っかを作って、そこに左手の人差し指を通した。
俺だけのゲストルーム。
宙に浮かんだ黒い金属片がドカドカと俺の全身に刺さる。肉に食い込んだ金属片を構成する粒子がさらさらと溶け出す。血は全身を巡る。
ようやく分かった。俺はギルド憑きを特別視しすぎていたんだ。プレイヤーの母体が【ギルド】のレプリカだというなら、この力は最初から俺たちの中にあったもの。
俺がロストするたびにウッディは力を取り戻していく。それは、俺の貯め込んだ経験値がウッディに流れ込んだからだ。
【ギルド】は滅びない。無限に成長し続ける。俺という不純物がロストによって消えた時だけ、ウッディは完全な【ギルド】になれたんじゃないか。
だとしたら、俺は何も失っちゃいなかった。
身体が動かないなら動かせばいい。一番慣れた遣り方で。モモ氏のように。
俺は身を沈めて影武者の大剣を躱した。斧を跳ね上げて影武者のスカートを狙う。これは防がれたが、次手の組み立てがどんどん頭に浮かんでくる。地べたを転がって追撃を避ける。無駄な動きかもしれない。でも、それでいい。
俺は弱い。チャンバラなんてからっきしだ。真面目に練習したこともない。
でも、スカートめくりなら自信がある。
パンチラへの反応は誰にも負けない自信がある。
俺たちは、戦うために生まれたんじゃない。
エロいことをしたくて生まれたんだ。
俺の頬を裂いてギョロリと目ん玉が生える。
エンフレは【ギルド】のレプリカなのだから行き着くところは一緒だ。
寄生獣のシンイチよろしく俺の血に溶け込んだ【ギルド】のパーツが俺の身体を作り変えていく。俺は雄叫びを上げた。
おおっらぁぁあー!
影武者はモモ氏本体ほど強くない。俺の執拗なまでのスカート狙いにゴミどもが戸惑いの声を上げる。
「崖っぷち……。お前、いつの間にそこまでの力を……」
「す、スカートをめくってどうしようってんだ!? そこにパンツはねぇーぞ!?」
いいや、ある。
あるんだ。
目には見えないだけでッ、パンツはいつもそこにあるんだよォー!
俺はッッッ、お前らはッッッ、パンツを見たくて戦ってきたんだ……!
いい加減、目を覚ませ!
俺の魂の絶叫に、ゴミどもがハッとした。
「……まさか崖っぷちに教えられる日がやって来るとはな」
ドン引きしている女キャラどもを尻目に、俺たちはモモ氏の影武者に宣戦布告した。各々の武器を突き付けて言う。
「待たせたな。こっからの俺らは一味違うぜ?」
これは、とあるVRMMOの物語。
これまで培ってきたもの全てを、ここに。
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