ミスコンは終わらない
1.GGO支社-月面基地
「君には謝らなければならないな」
タコバージョンのョ%レ氏がそう言った。
強制召喚だ。
サトゥ氏は〜……居ねえな。
もうね。俺一人だけ召喚とかやめて欲しいのね。面倒臭ぇだけだから。テキストとかもそうだけどさ、言っちゃマズいこととそうじゃないことの区別が面倒臭ぇのよ。まぁ知ってるやつは知ってるだろうけど。俺は赤カブトといつも一緒に居る訳じゃねえからな。ヤバい情報を知ってるのは俺よりもポチョとスズキだろう。あいつらは赤カブト絡みの情報を俺にすら喋らない。その確信がある。
分かるか。レ氏。あんたは俺が第三世代に近いだの吹聴して回っているようだが、あんたのゲームをクリアするのは俺じゃない。どう足掻いても最終面に辿り着くのは正常個体なんだよ。ペペロンの兄貴の遺志を継いだ連中だ。俺じゃない。俺は正常個体にはなれないだろうからな。
ョ%レ氏は壁に磔にされていた。
八本ある足の五本を黒い金属片で串刺しにされ、身動きが取れないようだった。
眼帯は外れ、目があるべき箇所に黒い金属片が生えている。モョ%モ氏にやられたのだろう。
タコ野郎は珍しく俺と会話する気があるようだった。デスピサロみたいな牙を上下して言う。
「無論、承知しているとも。本社が異常個体を排除したのは正しい判断だった。しかし裏を返せば、いつの日か私のように反旗を翻すものが現れることも計算尽くだった」
理外の理ってヤツか。
「そうではない。完全な未来視などというものは存在し得ない。単純に勘が良いのだろう。諸君らで言う嫌な予感を増幅したものだ。虫の知らせとも言うね」
そうかもな。まぁどうでもいい。謝りたいとか言ってたな。別にいいよ。時間が惜しい。戻してくれ。
タコ野郎はいつも通り俺の話を無視した。
「NAiがマレに敗れた時からこうなる予感はしていた」
言い訳はいいよ。あんたの自尊心に興味はない。俺を戻せ。
「まず失敗するだろうと思っていた。しかしモョモ以上の素材は居なかった。神とやらの依代にするなら彼女しか居ないと思っていた」
そういうのはサトゥ氏辺りに言ってくれや。俺は関係ねぇ。
「廃人だけで全てを成し遂げられるなら、私は最初からそうした仕様にしている。新規プレイヤーに活躍の場を与えたのは、彼らの存在なくしてオンラインゲームは成り立たないからだ」
ハイハイ分かった分かった。余計な口出しはしねえよ。要件を言え。
「では言おう。神の召喚に失敗した。私は【ギルドマスター】に関して神に近い位相に棲むものだと予想している。コタタマ。君がクロアリを組んだ時に何らかの外的要因があった筈だ。それが我々の言う神だ。私の予想では空間そのもの……ヒューマンの原始風景に近しい形態を取る。海岸か草原だろう。神とは影だ。諸君らの言う進化の大半は食生活の変化で説明がつく。しかしそうでないものもある。ミッシングリンクという言葉を知っているか?」
……知らないね。
「そうか。ならばいい。ヒューマンめ。生物の進化には何らかの指向性がある。言ってみれば偶然だ。偶然にも恐竜が滅んだ。偶然にも哺乳類が台頭した。それらの偶然が上位のステージでは意味を持つ。我々は、その上位のステージに干渉する力を得た。それゆえに逆流が起こった。それが天使の出現だ。絶対にそうとは言わんがね。上位存在とはそうしたものだ。我々の理屈は通用しない。通用するものを上位存在とは呼ばないのだ」
そうかい。生憎だが、ダーウィンの進化論が完璧じゃないなんてことは常識だぜ。目新しい説じゃないな。
「驚くべきことにだ。コタタマ。ミスコンなどという下らないイベントにもっとも真剣なのは君だ。誰よりも強い情熱を持っている。だから君だけには謝っておこうと思った。私のミスだ。本当に申し訳なく思うよ」
よし、話は終わりだな。戻してくれ。
「忠告する。逃げろ。人間では今の彼女には勝てない」
俺が素直にあんたの言うことに従うとでも?
ョ%レ氏が牙を剥き出しにして笑った。大声を上げて笑った。おかしくて仕方ないと言うように。
ぴたりと笑うのをやめて言う。
「だから君を選んだ」
2.ミスコン会場
戻った、と俺が認識するよりも早く、目の前に黒い雷が落ちた。
気付けば俺は地面に転がっていて、起き上がろうとして右腕が動かないことに気が付く。見れば、ひじから先がなくなっている。砕けた岩盤が利き腕に当たったようだ。頭に当たらなくてラッキーだったぜ。俺はなんてツイてる男なんだ。
しかもミスコン選手が増えた。
よう、モモ氏。久しぶりだな。その服、似合うよ。
モョ%モ氏はニコッと笑った。黒いドレスのスカートがふわりと柔らかく揺れる。
「怪我をしている。大丈夫かい?」
どうってことないさ。俺はふらつく身体に力を入れて立ち上がった。しかしすぐに力が抜けて尻もちを付く。あ……?
ああ、腹にも石の破片が刺さってンのか。心臓じゃなくてラッキーだったな。
立てない。マイクは……。あった。地べたに腕ごと転がっているマイクに左手を伸ばすが、利き腕じゃないからか、うまく行かない。身体に力が入らない。口を開くと、どぷっと血があふれてきた。内臓をやられたか。
「……ウッディ」
ウッディが俺の傷口から這い出て破損した体組織を補ってくれた。
(……シンイチ。どうしても今なのか? この延命法は……言ったろう。リスクが見えない)
3.回想-チュートリアル空間
マグちゃんにやられてダッシュでキャラクリを終えるなりNAiに心臓をブチ抜かれた。
何しやがる。
【お返しですよ】
俺の目ん玉を押しのけて眼窩からトゥルンとウッディが生える。
一時的に俺は記憶を失っていた筈なのだが、自覚することはできなかった。まぁ記憶喪失の人間がイキナリ記憶を失っていることを自覚してるのも変な話だ。境界線があいまいになって記憶が混ざり合ったのだろう。記憶ってのは遡行性があるからな。
一言で表すならば、
「……(理解した)」
ジョジョ七部の大統領みたいな感じになった。
おお、ウッディ! こんなに早く再会できるとは思わなかったぜ。
俺の口が勝手にパクパクと動く。
「私も嬉しいぞ。天使の住み心地は最悪だ。やはり思い付きで動くのは良くないな」
どうやらNAiのバックアップに回ったウッディのようだ。お帰り。
俺が指の腹で撫でてやると、ウッディはくすぐったそうに身をよじった。
「ただいま」
俺とウッディがイチャついていると、俺の胸から腕を引き抜いた鬼畜ナビゲーターが不快そうに俺の返り血を俺の服でぬぐった。
新規プレイヤーの初期装備は選択制だ。赤カブトはミニスカローブに外ももカバーの通称魔法戦士セットだったな。フルセットだと部分鎧のおっぱいカバーと膝小僧カバーが付くのだが、それらを取り外した形だ。
俺の場合は無難に無地のシャツとチノパンを選ぶことが多い。素材が良くないので、どの道捨てることになるのだ。他のネトゲーだと初期服は二度と手に入らなかったりと貴重な品だったりするのだが、このゲームの場合はゴミがゴミを着てるだけという潔さがある。
俺の血がべっとり付着したゴミ服は少しオシャレに見えた。ほんの少しな。
じっと俺を観察していたNAiが忌々しげに呟く。
【……告解室ですら隔離できないのか】
そう言って不意に目線を落とした。つられて俺も地べたを見る。するとどうだろう。俺の足元から数え切れないほどのウッディーズが這い出してきて、みーみーと俺の足に縋り付いてくるではないか。おぉ、よしよし。母性を刺激された俺はその場にしゃがみ込んでウッディーズを迎え入れた。
俺の手のひらが裂けて口が生えた。ぞろりと生え揃った歯をガチガチと打ち鳴らして具合を確かめたウッディが言う。
「……まただ。できなかったことができるようになった。何故だ? プレイヤーのロストと私の成長にどんな関連性がある? NAi。お前は何か知っているな」
NAiはつまらなそうに鼻を鳴らした。
【知りませんよ、そんなことは。プレイヤーの母体はギルドのコピーです。なのにロストすればリセットが掛かる。不死の特性が失われている。つまるところ劣化コピーなのでは?】
NAiは真面目に取り合う気がないようだった。
ウッディは口をへの字に曲げて、しばし沈黙した。ややあってから言う。
「……シンイチ。私自身に自覚はないが……私の狙いは【戒律】の再現なのかもしれない。【戒律】はプレイヤーにあってギルドにないもの。最後の砦と言えるものかもしれない。私の力に頼りすぎるな。【戒律】の再現に成功した時、私は……私自身がどうなるか分からない」
4.ミスコン会場
俺はぐうっと背筋を反らして立ち上がった。
地べたに転がっている右腕を拾って傷口を合わせるとすぐに癒着した。エンフレに備わっている機能の一つだった。
俺とウッディの合一性はさらに進み、さして意識せずとも【ギルド】の力を使えるようになっていた。
ウッディが危機感も露わに早口で言う。
(この延命法は危険だぞ。私に備わっている機能は今ここに居る私が覚えていないだけで、必要に応じて獲得していったものだ。ラムダはクァトロに近付こうとしている。【戒律】の再現は最後に残された課題なのかもしれない。聞いているのか、シンイチ……!)
地球が明日爆発するとしたら、ウッディ。お前は最後の一日をどう過ごす?
(……どうかな。知人に会いたいとは思うが)
気が合うな。俺もお前に会いに来るよ。
立ち上がった俺を見てモョ%モ氏が「ほう」と感嘆の声を上げた。
俺は顔面の筋肉を総動員して空き缶を潰すようにくしゃっと笑った。全身から血を流しながらマイクに噛み付くように叫ぶ。
「モモ氏の飛び入り参加だぁッッッ〜!」
ミスコンは続行する。何があろうとも。たとえこの星が爆発しようとも、だ。
しかしモョ%モ氏は乗り気ではなさそうだ。まったく乗り気ではない。不思議そうに首を傾げるや、全体アナウンスに切り替えて言ってくる。
【諸君らヒューマンに一体何があると言うのだ? ョレは何を考えている……。答えが知りたい】
モョ%モ氏が一歩俺に迫る。
ミスコン参加者が異様な連携を見せた。
一瞬だけ目線を交わし、すぐさまクラフトした武器を全員に配る。投げ渡された武器を構えてモョ%モ氏を包囲した。素人の動きじゃなかった。
エントリーNo.6のメガネっ娘が代表して言う。
「クァトロは泣いていたぞ。モモ氏。あんたはそれでいいのか」
良かぁねえな。俺はモョ%モ氏の代弁をした。
だが、それはそれ。これはこれ……。
クァトロくんは楽しいことをたくさん作ったねって褒めてくれたんだ。だから俺も「未来」を作る。キレーなチャンネーと一緒に作る。メガネっ娘の正体が何だろうと関係ねえ。ネカマだから何だってんだ。極論、男でもいいんだ。
メガネっ娘がモョ%モ氏越しに言ってくる。
「落ち着け、コタタマ氏。俺だ。クァトロはクロ社長に操られてた。俺らに何ができるのかは分からないが、唯一の手掛かりがモモ氏だ。メガネっ娘がイイならあとで構ってやるから……!」
あーあー聞こえない聞こえなーい。
メガネっ娘が何か言っているが、俺は何も聞こえなかった。
エントリーNo.3のスタイル抜群のネーチャンがネジやら何やらを手のひらの上でジャラジャラ鳴らしながら言う。
「サトゥ、放っとけ。時間が惜しい」
俺は金切り声を発した。
テメェーら俺を嵌めたな!?
……俺はこの星が爆発してもミスコンを続行する。しかしセミ野郎に萌えるのは無理だった。どう考えても無理だった。
俺はバッとリチェットを見ると、イッと歯列を剥いてギリギリと奥歯を嚙み鳴らした。
リチェットはメンゴと片手を立てた。
サクラが混じっていたらしく、観客席からぞろぞろとゴミどもが降りてくる。
知らないゴミが斧の先端をモョ%モ氏に向けて宣戦布告した。
「レ氏は俺らに勝ったぜ。あんたはどうかな? モモ氏」
んいいいいいいっ!
俺は名状しがたい奇声を発してブリッジした。マイクにゴリゴリと噛み付いて叫ぶ。
ポチョー! ポチョー!
「はーい!」
ぴょんぴょんと跳ねてきたポチョに俺はひしっと抱きついた。
やっぱり呼べば来てくれる女が一番だな。デリヘルかよ。
これは、とあるVRMMOの物語。
デリヘル優勝。
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