孵化
1.クランハウス-居間
「近頃のサトゥがひどい」
本日のコタタマ相談室。ゲストにリチェット隊長をお迎えしてお送りします。
例によって例のごとくモグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしていたら、当たり前のようにウチの丸太小屋に上がり込んできてお悩み相談を始めた次第である。
何なんだ。つーかよぉ、よくもまぁおめおめと顔を出せたな? お前がウチのジャムに余計なこと吹き込んだせいで俺は散々な目に遭ったんだが、そこんところはどう思うよ?
「ハッキリしないオマエが悪いと思ってる。オマエ、ジョゼットと結婚しただろ。形式上のものだの何だの言ってるけど、ジャムが何とも思ってないなんてことはないんだぞ。私はジャムに幸せになって欲しいんだよ。それは今のところオマエ以外には無理だ。むしろそのことについてオマエはどういう考えを持ってるんだ」
おぅ、理路整然と返してきやがった。
だが俺にだって言い分はあるのだ。リチェットさんよ。それじゃあ言わせて貰うがな、大抵の男にゃハーレム願望ってのがある。俺はゲームじゃ全力で生きるって決めてるんだよ。だったら目指すしかねえだろ。自分にまっすぐ。言葉は曲げねえ。それが俺の忍道なんだよ!
「そんな理屈で誰が納得するか! バカバカバカ!」
俺はソファに転がってるクッションでばんばん殴られた。
やめっ、やめろ! お、俺だってなー! 色々と思うところはあるんだよ! それを何だって部外者のオメェーに話さにゃならんのだ!
俺がそう言うと、リチェットさんはクッションをソファに置いて居住まいを正した。
「オマエなりに考えてるならいい。私が口出しすることじゃないのは分かってる。けど、オマエは今部外者と言ったが、私だって私なりにオマエの身内とは仲良くしてる。友達なんだ。友達が苦しんでるなら私は動くぞ」
ふん、そうかい。好きにしな。
リチェットほどの女がそう言ってくれて、俺は内心嬉しかった。しかし礼を言うのもおかしな話なので、照れ隠しに経験値稼ぎを続行する。
リチェットも勢いに任せて口にした友達宣言が気恥ずかしくなってきたらしく、こほんと一つ咳払いをして話を戻す。
「と、とにかくだな。ここ最近のサトゥがひどくて」
ひどいってのは?
「うん。アビリティの並列使用を簡易・限界突破とかいう訳の分からないワザで補うようになった。もうなんか私って要らないのかなって」
はん? 素っ頓狂なことを口走るリチェットに俺は思わず顔を上げた。そしてすぐに目線を戻す。
……こいつ、昔から微妙に構ってちゃんなところがあるよな。内心でそう呟く。
リチェットが要らない子なんてのはあり得ない。何なら要らないのはサトゥ氏のほうだ。そんな簡単な理屈が分からないほどリチェットはバカじゃない。要するにそんなことはないよと俺に言って貰って安心したいのだ。くっだらねえなぁ。まぁリチェットにはウチの子たちも何かと世話になってる。ここは乗ってやるとしよう。
俺は編みかけの藁人形をテーブルに置いてリチェットの目を見た。
あのな、リチェット。負担を減らすワザが無駄ってことはないんだよ。お前のアビリティ……Teachだったか。つまるところ一部の例外を除いて条件発動型のアビリティを任意発動に引き下げることができるんだろ? お前は【敗残兵】のカナメだよ。サトゥ氏にしたって、お前が近くに居るのと居ないのじゃ全然話が違ってくる筈だ。むしろ自動発動型のスキルチェインを条件発動に引き下げれるお前は絶対に必要なピースなんだよ。そりゃクールタイムなしで連発できるとも思えんから結果的には同じかもしれん。無理をすれば似たような成果に落ち着くことはあるだろう。でも楽をできるってのは強力な武器なんだよ。余裕がなくちゃ人間は潰れる。余裕ってのは高いパフォーマンスを保つ必須条件の一つだ。まぁ大抵の人間は余裕があると怠けるがね。そこんところは人それぞれだろう。言っとくが俺個人の意見じゃねーぞ。いわゆる働き方改革ってのがそれだ。社員のプライベートを犠牲にするほどコキ使っといて会社に忠誠を誓えってのは無理があンだよ。そんなの洗脳するしかねーだろ。
だからな、リチェット。自信を持てよ。お前は【敗残兵】のブラック体質を改善できるかもしれない可能性を持つ唯一の女だ。コタタマくんはお前のことを応援してるぞ。
リチェットさんは腕組みなどしてウンウンと頷いた。
「まーまーだな。どこか真剣味に欠け面倒臭そうな態度なのは減点だけど、説得力を持たせようとする姿勢は感じられる」
何様?
「では本題に移るとしよう」
リチェットさんは本題に移った。
「コタタマ。αテスターの覚醒は一人につき一人だけなのか?」
ん? 何の話だ? 俺はすっとぼけた。まずサトゥ氏から話は行ってるだろうが念のためだ。俺はαテスターに関して慎重な態度を崩さないのだから、前もってサトゥ氏から話は聞いてるとか言ってくれれば手間は省けた。リチェットはそういうところが甘い。そして自覚もない。俺は別にリチェットの師匠でも何でもないので特に指摘はしないが。
リチェットは悲しそうな顔をした。
「……私のことを信頼してくれないのか?」
うーん……。そういう方向に頭が行くのか。俺やサトゥ氏とは考え方が異なる。まぁ理詰めじゃ動かない人間も居るからな。リチェットは今のままでいいのかもしれない。もちろんそれはリチェットが使える女であることが前提になっている。無能がリチェットと同じことを言ったとしても俺の心は動かない。
俺は手をひらひらと軽く振って詫びた。
悪かったよ。試した訳じゃないんだ。ただ、俺はいくらお前が相手でもジャムジェムに関わる情報を無条件にくれてやることはない。例外があるとすれば、まぁ先生くらいだろう。俺は先生にだけは逆立ちしても敵わないからな。
リチェットさんは納得してくれたようだ。物騒な金棒をそっとソファに立て掛け直す。俺、危機一髪。俺の撲殺を視野に入れていた頭のおかしい女がフフリと上品に笑った。
「コタタマはジャムのことになると真剣だな。私は嬉しい。マグのことも同じように考えてくれると期待してるぞ」
……お知り合いですか?
「? 当たり前だろ。先生が本人を連れて挨拶廻りしてるぞ」
先生は常に俺の先を行く。
マグちゃんの正体を隠すのは無理だと判断したのだろう。情報というのは漏れるよりも与えたほうが有利になる場合もあるということだ。俺もまだまだ甘いな。神ィ!
リチェットが人差し指を立てて指先に髪をくるくると巻き付ける。
「オマエのことだ。今回、覚醒したαテスターが一人だけというのは何らかの事情あってのことだろう。私の考えでは、二人目以降の覚醒は先送りにしている……というのではなく、単純に試したが無理だったと見ている。どうだ?」
んん……。俺は少し悩んでから、やっぱり内緒にしておくことにした。
お前の想像に任せるよ。先生には事の顛末を伝えてある、とだけ言っておく。
と、まぁ勿体ぶってはみたものの、リチェットの言う通りだ。マグちゃんの覚醒に気を良くした俺は、ダッシュでチュートリアルを終えるなり赤カブトに命じてαテスター全員にピンクバージョンの怪光線を照射した。結果、マグちゃん以外の鬼武者シリーズはぴくりともしなかった。ピンクバージョンに意識を移すこともできなかった。おそらく俺のピンクバージョンは赤カブト専用にされてしまったのだろう。AI娘三号を目覚めさせるには、多分マグちゃんが召喚術師になるか、当初の予定通り誰かがディープロウになるかの二択だ。道のりは長い。そして前者の場合……俺以外の誰かがマグちゃんにカレシを提供せねばならない。それが召喚術師の前提職であるテイマーの転職条件だからだ。
それはつまり遠からず不老不死を手中に収めんとするゴミどもによるマグちゃん争奪戦が始まることを意味する。
俺は赤カブトの派遣先に選ばれた件で首謀者と思しきタコさんウィンナー共々、晒しスレでクソミソに叩かれてるらしいからな。俺のネットリテラシーがほんの少しでも欠けていたなら今頃はリアル凸されて新聞紙の片隅にひっそりと載っていただろう。αテスターと共に歩むというのはそういうことなのだ。ガチで生命の危機を感じるぜ。もっとも俺はドラゴンボールを手放す気などないがね。赤カブトは俺のモンだ。誰が渡すかよ。
不老不死をめぐって水面下で火花を散らすゴミ一同にリチェットは何か思うところがあるらしい。真剣な顔をして俺に忠告をしてくる。
「コタタマ。本当に危ないと思ったらイッちゃんたちを頼れ。イッちゃんたちはお金持ちだ。オマエを匿うこともできる」
おお、そうだな。そン時は頼むぜ。俺も万全の注意は払うが、何事にも絶対ってのはないからな。
俺はいざという時の最終手段を手に入れた。やったぁ。
へへっ。時にリチェットよ。ここ最近の新規プレイヤーはどうだい? ついこの間、サトゥ氏と一緒に先生の講習会に参加してな。先生はあいつらの今後に期待しているらしい。第一秘書の俺としてもちょっとくらいは気に掛けてやってもいいと思ってる。
「ん? そうだな。少しプレイヤーの質が変わったかな」
ほう。具体的には?
「バトルフェーズを目当てに、というと言い方がチョット悪いか。バトルフェーズを気にしてるプレイヤーが多い。いつあるんですかー?とか。エンドフレームってどんな感じですかー?とか。そんな質問をよく耳にする」
ああ、講習会にも居たな。なるほど。宇宙人との出会い目的か。
「うん。でね? 私、正常個体とか言われてるだろ?」
言われてるっていうか正常個体だね。何をもじもじしてんだよ。何だ。正常個体がどうした。
「私、通常マップだと変身できないから肩身の狭い思いをすることもあるんだ」
そんなの気にすんなよ。ゴミが勝手に変身して勝手にロストしてるだけなんだから。
「私もそう思う。オマエ、またロストしただろ……」
してませんけど? 俺は嘘を吐いた。
きょとんとして純真無垢な瞳を向ける俺を、リチェットさんは責めるような眼差しでじっと見つめてくる。それがまるで不誠実な男を見るような目だったから、この女はもはや完全に手遅れなのだと俺は思った。と同時に、俺をヤッたのがマグちゃんだとはバレていないらしいという情報をインプットしておく。
まぁ俺のロスト癖は今に始まったことではない。リチェットさんは気を取り直して続けた。
「ともあれ、異常個体代表のオマエが十回くらいロストしてるというので、正常個体を目指すプレイヤーが増えてきた」
俺はそんなクソみたいな代表に就任した覚えはないけど、良い傾向なんじゃないか。
「だよな。という訳で、正常個体と異常個体を分け隔てるものは何なのかという研究が盛んに行われている」
なるほど。俺は相槌を打ちながら、さり気なく退路を探った。嫌な話の流れだ……。怪しまれないようこちらから話を振る。
結構前の話だが、米国サーバーじゃあ具体的な指標を立てて研究してるみたいだな。アンドレが言うには強制執行に抵抗できるヤツが怪しいらしい。
俺の話を無視してリチェットさんは推し進めた。
「さっそく牛さんと仲良く遊んで帰ってきたカエルくんを捕縛し問い詰めたところ」
……サトゥ氏。すでに捕らえられたか。
俺はソファからケツを浮かせた。
リチェットが続ける。
「異常個体の正体は性的な倒錯者なのではないかという疑いがある」
俺はダッと床を蹴って駆け出した。リチェットは追って来ない。伏兵か。玄関はダメだ。とっさの判断で急カーブして階段を駆け上がる俺を、玄関から踏み込んできた目隠れ女が追ってくる。メガロッパ……! 俺はこんなこともあろうかと用意しておいたウチの子のパンツを魔石に変換して黒魔石と融合した。それは瞬間的な閃きによるものだった。試したことはないが、そうすることでしか生き残れない気がした。生存ルートの選択肢が一気に狭まったことでやるべきことがハッキリと見えた。そんな手応えがあった。まだら模様の魔石がどくんと脈打つ。新しい生命が誕生しようとしている。
プッチョムッチョは、魔石の正体について七土種族が生み出したものだと言っていた。
俺たちの母体は【ギルド】の最高指揮官が作り出したレプリカで、ペペロンの兄貴の種族が持つ戦闘記憶とかいう結晶体が何らかの形で関わっている。
ポポロンの、核は。
寄り道しそうになる思考をねじ伏せて、俺はまだら模様の魔石を突き出した。まだら模様が溶け合い混ざる。俺は何も指示していない。勝手に膨張した魔石が繭に変じて床と壁に張り付いた。失敗したと直感的に悟った。背を向けて逃げ出した俺を、繭を裂いて飛び出したいびつな金属片が後ろから貫いた。それは出来損ないの【律理の羽】のように見えた。
と、特定の……。
ョ%レ氏の言葉が脳裏を過る。
(あれはこの私ですら量産できない)
ぎ、ギルドと通じて……。
都合良く歩兵だけが不時着した、この星。
無限に成長し続けるレイド級。
相反する性質を持つ魔物とギルド。
似たような光を放つ%細胞とガムジェム。
何も分からない。俺には何も分からない。ただ、ひたすら不気味だった。このパズルを完成させてはならないという予感がした。
俺の肩を貫いた金属片が触手のように伸びて無軌道に暴れ回る。不完全。多分俺は【律理の羽】のクラフトに失敗したのだ。
「コタタマ!」
メガロッパが剣を引き抜いて迫る。鋭敏な反応を示した金属片が鞭のようにしなってメガロッパに襲い掛かる。人間が反応できるスピードじゃない。しかし金属片はメガロッパの胸を貫く直前にぴたりと動きを止めた。ぶるぶると震え、黒く染まってボロボロと崩壊していく。
支えを失って階段に叩き付けられた俺にメガロッパが駆け寄ってくる。
「コタタマ……。お前、何をしたの……? 今のは……まるで」
言い掛けたメガロッパがハッとして振り返る。
階段をゆっくりと上がってくるリチェットの姿が見えた。
無様に這いつくばる俺を、リチェットはじっくりと睥睨してから、『正常個体代表』と記された腕章を巻いて言った。
「オマエの性癖を徹底解析する」
ば、バカな……。
俺はかろうじて言った。
お、お前らは……間違っている。性癖、だと? それは。それは……。
それ以上は言えなかった。
……男というのは、誰しもが人には言えない性癖の一つや二つは隠し持っているものだ。
異常個体が変態なのではない。変態という大きなジャンルの中に異常個体という小さなカテゴリーが含まれているのだ。サトゥ氏もその一人であったに過ぎない。
だが、そんなことをこの場で言ったところで何になる? 女には決して分かるまい。
俺は這々の体で強がった。
「す、素直に口を割ると思うか……」
リチェットはニヤッと笑った。
服越しにも形が良いと分かる美乳を誇らしげに反らし、キッパリとこう宣言した。
「ミスコンを開催する!」
「何それ超楽しそう!」
俺は素直にそう言った。
これは、とあるVRMMOの物語。
超ペラペラ喋りそう!
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