羽化
VRMMOとは! 「心」の戦いである!
プレイヤーの身体機能に差はなく!
プレイヤースキルが割り込む余地などない!
では何が! 使えるヤツとヘタクソを隔てるのか!?
その答えが「心」なのだ!
……などと、サトゥ氏がチワワどもに毒にも薬にもならないようなことを教えている。
チワワどもに興味がないのだろう。
先生が定期的に開催している講習会に参加する新規プレイヤーは、広大なマップにポンと放り出されて何をしたらいいのか分からないという連中だ。【敗残兵】の求人広告にはかすりもしないようなズブの素人である。
だからサトゥ氏がこの場で標的にしているのは先生とAI娘一号と二号のみ。己が情熱的な男であると必死にアピールしている。
しかし常日頃より感情を捨ててマシーンになれと言うような男が往来で精神論など語っていればゴミどもが横槍を入れてくるのは必定であった。
「おい。サトゥ」
直上に飛び上がったサトゥ氏が瞬転してゴミの首を刎ねた。抜く手も見せぬ早業であった。一回転して着地したサトゥ氏が何事もなかったかのように続ける。
「俺たちは過去に三体のレイド級を倒している。つらく険しい戦いだったが、仲間が居たから乗り越えることができた」
正確には四体なのだが、サトゥ氏はマールマールを勘定に入れなかった。ゴミの血がべっとりと付着した剣をひょいと放り投げて曲芸のように納刀する。死に戻りしたゴミの血肉は一定時間が経過すると消えるので、武器の手入れは必要ないのだ。
鞘からあふれた血がどぷりと地面に垂れて赤い染みを作る。
チワワどもは困惑している。サトゥ氏の技量に感嘆の念を抱く一方で突然の殺人事件にどう反応して良いのか分からない、もしくはチュートリアル空間で適応化されているので思ったより動揺していない自分に驚いているといったところか。
マグちゃんはドン引きしていた。
「うえっ?」
変なうめき声を上げて俺の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。
「……ペタタマ。なんなの、あいつ? 同族をあっさりと殺したよ? ひどくない?」
ひどいよね。俺は同意した。
ゴミの返り血を浴びてヤドクガエルみたいになったカエルくんが耳聡く聞きつけて素早く反論してくる。
「今のはPvPだ。PKじゃない。こんなナリしちゃいるが俺はそれなりに名が通っててな。俺を倒して名を上げようってヤツは多い」
そう言ってサトゥ氏はチラッと先生を見た。
先生は悩むような素振りを見せてから、ゆっくりと両腕を上げていく。丸いお腹を突き出し、両腕をクロスさせる……と見せかけて急転、バッとカニがハサミを掲げるようなポーズを取った。腕が短くて繋がらなかったが、マル。正解だ! 先生の正解認可が出た! ピンポンピンポーン!
これにはサトゥ氏もにっこり。
が、チワワが10人も20人も集まれば一人くらいは生意気なチワワが混ざる。可愛くないチワワが堪らず異議を申し立てた。
「ひ、人殺しですよ!? いいんですか!?」
先生はつぶらな目を悲しげに細めた。
「残念だけどね……。もはやそうした段階は通り越してしまったんだよ。このゲームにおいて、人は守るべきもののために戦わねばならない。迷惑行為の禁止などと言っていては全てを失う。多くのプレイヤーが抗ったものの、レ氏の作った流れを止めることはできなかった。我々は敗北したんだ……。しかし君たちならば、あるいは。私はそう思っている。勝手に期待してしまって申し訳ないが……」
先生。俺はまだ諦めちゃいませんよ。俺たちは人間だ。俺たちは弱い。でも、だからこそ手を取り合えるんだ。肩を支えて歩いて行けるん、
「崖っぷち〜」
オンドレぁ! 俺はゴミの首を刎ねるやギュンッと黒魔石を組み上げてゴミの食道に直でブチ込んだ。ギルド化したゴミの胴体がぐうっと起き上がって地べたに転がった自分の頭を拾い上げて脇に抱える。
「そう。人と人は支え合って生きていけるんだ」
だろ? 俺もそう思うぜ。
可愛くないチワワが震える声で言ってくる。
「い、今のは……?」
知らないのか? 俺は言った。
「友情パワーだ」
そしてチラッと先生を見る。
先生は、上体をぐぐっとひねって斜め後ろを向いた。ひねりを戻すと同時に一歩踏み込みシュバッと両腕をクロス。X。バッテンマークだ。アウトぉー!
「んふっ」
……カエルくん、今笑った?
「笑ってないよ?」
サトゥ氏は真面目ぶった顔をして否定した。今度は自分の番だとばかりにチワワどもに向き直る。
「まぁ牛さんの言うことも正しい。俺たち人間はどうも宇宙全体じゃ弱い種族に分類されるらしい。最弱じゃないってのがミソだな。要するに特徴らしい特徴がない」
「あの〜」
チワワが挙手した。何だ。言ってみろ。
「あの、このゲームやってると宇宙人に会えるって聞いて。ホントかなって」
会えるっていうか運営がタコじゃん。
「あ、いえ、タコは別として」
タコは別か。そうだな。もう鮮度落ちてる感あるし。まぁホントだよ。デカい戦争が起きると他の星から応援が来る。けど実際に会うと結構がっかりするぞ。翻訳機能とチャンネルが悪さしてて地球人と変わらん。技術的な話をしても同じだろうな。俺らだって異世界転生してスマホ作れるかって言ったら作れないだろ。ピンポイントで質問しても無駄かもな〜。
俺に説明をブン投げたサトゥ氏がきれいにまとめる。
「宇宙人だからって質問責めにするのはナシな。仲良くやろうぜ。ゲーム仲間なんだから」
言うが早いか、サトゥ氏の頭の横にふわっとブサイクな人形が浮かび上がった。
サトゥ氏のアビリティが発動した。
スッと感情を消したサトゥ氏が振り返って道行くゴミの二人連れに声を掛ける。
「おい。そこのヘタクソ」
「あ?」
サトゥ氏のスキルチェインは使いこなすのが非常に難しいアビリティだ。
スキルに説明書はないからである。
例えば本人はステータス向上のアビリティだと思っていたが実は体感時間の変化だったというオチもあり得る。
さらにスキル同士の相性などと言い出したら本当にキリがない。
つまり……サトゥ氏は貴重なアビリティタイムを無駄にしたくなかったのである。
ニヤつきながら無造作に距離を詰め、つい先ほどゲーム仲間がどうたらと言っていた口でゴミどもを挑発する。
「どうした。来いよ。ほら。俺が戦い方を教えてやるって言ってンだよ。お前らヘタクソにな……!」
時間がない。焦りから雑な挑発を繰り返す哀しきクソ廃人に、二人組みのゴミが武器を引き抜いて構える。ゴミどもが視線を交わしてどちらからともなく苦笑した。
「止めないのかよ? あいつ、どう見てもスキルをキメてるぜ。勝ち目は薄いかもな……。いいのか?」
「ああ。ヘッタクソな挑発だ。泣けてくるよ。でもな、あんなでも一応は俺らの頭だろ。六人衆のことは嫌いじゃねえしよ……。やろうぜ、相棒」
照れ笑いなど浮かべて拳をコツンしたゴミどもが俺に声を掛けてくる。
「崖っぷち。サトゥの面倒を見てやれな。そいつ、【敗残兵】の連中ですら付いていけねえ時があるからよ」
「セブンはすぐ死ぬしな。最短距離ってのは何なんだ。マジで……」
俺はコクリと頷いた。
サトゥ氏は楽しくて仕方ないとばかりに笑っている。
「イケる。今の俺なら……。リチェットが居なくても」
そう独りごちて、ゆっくりと剣を引き抜きながら人差し指を立てる。己を鼓舞するように言った。
「簡易・限界突破」
……限界突破は自分の固有スキルにだけ適用されるというルールがある。それはおそらくプレイヤーに備わったスキルドレインやスキルコピーの限界なのだろう。
だがサトゥ氏のアビリティは他者のアビリティをストックして使うことができる。その場合、どこまでが「固有スキル」の範疇に収まるのか。
自動発動という最悪の部類に入る発動条件。スキルのストックに対象となる人物の死を要するという縛り。それらの発想の元になったのはリチェットとセブンであることは想像に難くない。
偶然の産物である筈のそれが仕様と合致し、サトゥ氏をさらなるステージへと連れ去るかのようだった。
サトゥ氏の白目が青白く発光し、パリリと細い稲妻を発した。
三人の男たちが嬌声を上げて衝突した。
一対二だ。
いかにサトゥ氏が強いといえど、正面からやり合ったら分が悪い。それでも完全な連携などというものはないから、戦力比が単純に倍になることはない。一対一の構図を瞬間的、限定的に作ることが鉄則になる。事実、サトゥ氏はいつもそうやってゴミどもを退けてきた。
だが、この時……。
サトゥ氏の剣技は、ハッキリと羽化の瞬間を迎えた。
頚動脈を絶たれた二人の男が一瞬だけ満足そうに笑って、どうと地べたに倒れ伏した。
俺は驚愕に目を見張った。
……オートカウンター。
一切の無駄を省いた、精密性の極致とも言える一撃だった。
ブサイクな人形が背中から生やしたペットボトルを手に抱えてサトゥ氏に斃された二人の周りを飛び回る。甲高い声で「ぷれはぶ。おーみ」と鳴いて亡骸の頭をノックすると、耳から赤い光の粒子が蛍火のように舞い上がる。それらをペットボトルに回収したブサイクな人形が満足そうに赤い液体をちゃぷちゃぷと揺らし、ふっと大気に紛れて姿を消した。
アビリティタイムを終えたサトゥ氏が振り返ると、チワワどもは「ひぇっ」と怯えた。
サトゥ氏の主張はバグっているようで一貫している。自壊していくゴミどもの身体を見つめて、
「こいつらは俺の中で生きてる。それが人間の強さなんだよ」
さあ、気になる先生の判定は?
先生はぐぐっと身をたわめ、バッと跳躍した。空中でぴんと身体を伸ばし、シュバッと両腕を交差する。
アウトぉー!
これは、とあるVRMMOの物語。
こいつら、いつもどうでもいい場面で成長するなぁ……。
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