チュートリアル
1.クランハウス-居間
モグラさんぬいぐるみと一緒に居間で経験値稼ぎをしている。
「ペタさん、おはよー」
ログインした赤カブトが居間に入ってきた。寝ぼけまなこのマグちゃんの手を引いている。
今日のメシ当番は俺だ。すでに朝メシは作ってある。俺は首を前後にかくかくと揺すっているマグちゃんにカリカリに焼いたトーストを食べさせてやる。美味いか? ん?
マグちゃんはもそもそとトーストを食べながらコクコクと頷いた。おぉ、よしよし……。
ひとしきりマグちゃんの面倒を見てやってから経験値稼ぎを再開する。編み上がった藁人形でテーブルが手狭になってきたところで、俺は藁人形を積み上げてドンとテーブルを握り拳で叩いた。頭を抱えて悪態を吐く。
「くそっ、やられた!」
つい先日、俺は完全ロストしたが特に問題なかった。
原因はマグちゃんのプライベートルームだ。それ以外には考えられない。
そうなんだろ!? マグちゃん!
AI娘二号は半分寝ている。
「んあ? さあ……。そうなんじゃない? 知らないけど」
出た! 知らないけど! キミは二言目にはそれだっ。テキトーに合わせてるだけだろ!
ウチの丸太小屋に転がり込んできたAI娘二号は赤カブトの部屋で一緒に寝起きしている。俺はマグちゃんとの距離感を掴みかねていた。
朝メシを食べ終わって幾分しゃっきりしたマグちゃんは俺の藁人形を摘み上げていじっている。
「いや実際知らないしぃ。魔法の説明書なんてないからぁ」
むっ、それはそうだな。俺は納得した。俺自身、俺のアビリティについてどこまで理解できているのか怪しい。αテスターならば尚更だろう。彼女たちの固有スキルはレイド級のそれに匹敵する。用途も多岐に渡ることだろう。生まれながらにして己のスペックを把握している生物など居ないのだ。
赤カブトは同胞が目覚めたことが嬉しくて仕方ないようだ。マグちゃんから離れようとしない。白い髪を撫でてくる赤カブトの手をマグちゃんがうっとうしそうに押しのける。
「ジャム。何度も言うけど、私はあんたの味方になったつもりはないよ。私は今の時代のことを断片的にしか知らない。まずは情報収集だ」
赤カブトはめげない。マグちゃんの隣に座ると、自分の匂いをつけるように身体をすり寄せた。
「私が色々教えてあげるね。ウチのクランにおいでよ。私から先生に言ってあげる」
「ヤだ。姉妹で一緒とかダサいし、うんざりなんだよ」
なお、マグちゃんの本名はパールマグナと言うらしい。今のところはウチのペット枠だ。この子、まったく働こうとしないからな。ポチョとスズキ、赤カブトはマグちゃんに懐柔工作を仕掛けている。三位一体の貢ぎ物によりマグちゃんの生活水準は劇的な向上を見せようとしていた。
俺からモグラさんぬいぐるみを奪ったマグちゃんがソファの上に寝転がってゴロゴロする。
俺としてもウチの末っ子の地位に収まったマグちゃんが可愛くて仕方ない。構ってやりたくなる。
午後から露店バザーに行くけど一緒に行く?
「行く〜」
うんうん。可愛い。
ヌッと顔を出したサトゥ氏も「俺も行く〜」と返事をした。可愛くない。
サトゥ氏はソファに寝転がっているAI娘二号をじっと見つめて、
「新顔か?」
まぁな。俺はAI娘どもが余計なことを言う前に素早く返事をした。新メンバー候補ってトコだ。
「……ジャムと親しいようだな」
コイツ……。すでにマグちゃんの正体を疑ってやがる。
俺は藁人形を編む手を止めずに、何だそんなことかと言うように話を続ける。
ジャムは新規プレイヤーにウケがいいんだよな。真面目なところがいいんだろう。ただ、人に物を教えるのはまだ慣れてない。ウチの三人娘は固定パーティーでやってるだろ? そこにあと一人を加えるとすれば、サトゥ氏。お前はどう思う?
俺は話題の転換を試みた。サトゥ氏が口出ししたくなる話題をチョイスしたつもりだ。
サトゥ氏はじっとマグちゃんを見つめている。
「……近接職だな。四人パーティーなら二枚は欲しい。それか、もしくは鍛冶屋だ。ジャムはフロントを張れなくもないからな。鍛冶屋が居れば現地で装備を修理できる」
よし、乗ってきた。このまま誤魔化せれば……。
しかしサトゥ氏はそれほど甘くなかった。
「驚いたな。αテスターが召喚術師の場合は別なのか? 人数制限はあるのか?」
ん? お前は何の話をしてるんだ?
「コタタマ氏。プクリ遺跡で派手に暴れたらしいな。α-Jewelの目撃情報もある。お前にしては事前準備が甘かったな。まず突発的な事故だろう」
OK。分かった。俺のミスだ。情報共有と行こうや。
俺はこのクソのような廃人を味方に引き込むことにした。
サトゥ氏はにっこりと笑った。マグちゃんの手を取ってゆっくりと上下に揺する。
「俺はサトゥ。安心してくれ。君の味方だ。もしかしたら君の悩みを解決する手助けができるかもしれない」
赤カブトがドンとサトゥ氏を突き飛ばした。
「サトゥさんはダメ! マグちゃんに変なコト教えるつもりでしょ!」
「そんなことないよ」
サトゥ氏は否定した。
そうだぞ、ジャム。俺も否定した。
失礼じゃないか。サトゥ氏はこう見えて本気でお前らを心配してるんだ。
……サトゥ氏は敵に回せない。危険な男だ。赤カブトが心配しているようなことは、言ってみればサトゥ氏に見つかった時点で手遅れなのだ。
サトゥ氏はマグちゃんの手からモグラさんぬいぐるみを取り上げようとしている。
「じゃ、チュートリアルしよっか。やってないでしょ? チュートリアル」
マグちゃんはモグラさんぬいぐるみを奪われまいとぎゅっと抱きしめて顔を埋めた。
「ヤだ。やらない」
マグちゃん。ここに居るサトゥ氏はトップクランの頭なんだよ。ツテを作っておいて損はないよ。
「ヤだ。なんか怖い」
怖くないよ〜。怖いことは何もしないから。ね? サトゥ氏。
「もっちろん。とっても楽しいことさ」
俺とサトゥ氏は二人掛かりでモグラさんぬいぐるみを取り上げた。
マグちゃんが悲鳴を上げる。
「ヤだ! ヤだー!」
「…………」
ハッ。先生。先生が廊下からじっと俺たちを見つめている。
トコトコと近寄ってきた先生に、マグちゃんがひしっと抱きついた。
せ、先生。俺たちは、いや、俺はですね。別にそんなひどいことをしようとしていた訳ではなく……。
先生はコクリと頷いた。
「……うん。チュートリアルか。良い機会かもしれない。もしも良ければ四人とも手伝ってくれないかな?」
俺たちは先生の講習会に参加することになった。
2.山岳都市ニャンダム
先生が俺とサトゥ氏をチワワどもに紹介した。
「特別講師のカエルさんと」
ゲコッ、ゲコッ、ゲコッ……。
「牛さんだ」
モォ〜……。
俺とサトゥ氏は晒しスレの常連だ。先生にご迷惑を掛けてはならないので、こうして変装してきた。先生に合わせた面もある。
羊さん牛さんカエルくんというバリエーション豊富な教師陣にチワワどもが「お〜」と歓声を上げた。
AI娘一号と二号は生徒側で参加している。
カエルくんがスッと挙手した。
「講習を始める前に。この中で人を殺したことがあるものは? 正直にな。コースを分ける」
居ないようだ。
カエルくんは怪訝な顔をした。
「これだけ居て一人もか?」
AI娘一号と二号は素知らぬ顔をしていた。まぁそれはいい。俺たちは先生のお手伝いでここに居るのだ。二人だけ離脱しても仕方ない。
誰も手を上げないので、カエルくんはやむなく引き下がった。
「……いいだろう。先生。どうぞ」
その前に俺からもいいかな? 俺は一言断って前に出た。チワワどもをじろじろと観察しながら言う。
この中でロスト帰りのヤツが居たら正直に申し出て欲しい。お互いゲーマーだ。時間の無駄は省こうや。なあ?
……ふむ。これだけ新規プレイヤーが居たら一人か二人は混ざるだろうに。ボロは出さない、か。ならば結構!
あとになって文句を言われても困るからな。ひとまず言質は取った。
俺とカエルくんは休めの姿勢を取って神の言葉を待つ。
先生がこほんと一つ咳払いして俺とカエルくんをひづめで指した。
「彼らはこのゲームに適応したプレイヤーの二人だ。極端な例ではあるが、彼らから学べることは多いと思う」
俺は先生の意図を察している。たぶんサトゥ氏も。先生はマグちゃんを新規プレイヤーの一人として扱うつもりなのだろう。近い目線の遊び仲間を作ってあげるというのが今回のミッションだ。ゲームってのは仲間が居たほうが楽しいからな。
そのためには、まず腐ったミカンを排除せねばならない。
先生のご紹介に預かった俺とカエルくんは一歩進み出て歯列をギラつかせた。
「よろしく」
さあ、チュートリアルを始めるとしよう。
これは、とあるVRMMOの物語。
お手並み拝見と行きましょうか。
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