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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
457/965

パールマグナ

 1.クランハウス-居間


 ウチのAI娘とウッディの仲が悪い。

 いつものように居間で藁人形を編んでいると、居間に飛び込んできた赤カブトが俺を指差して吠えた。


「ウッディ! 勝負!」


 ええ? その問題まだ引きずるの?


「引きずるっていうか何も解決してないよ!? 何も解決してないから!」


 ……言われてみればそんな気もするな。

 劇的な最期を遂げたので完全にイベントが終わったつもりで居たが、よくよく考えてみればセクハラを試みて俺が死んだだけだった。

 けど勝負ったって何をどうするんだよ。この前みたいなのはナシだぞ。ハッキリ言って俺とお前の残機が削れるだけじゃねーか。そもそも喧嘩して勝ったほうに俺が従うなんて決まりはねんだよ。

 すると赤カブトは急に落ち着き払ってこう言った。


「そう言うと思って今日は良いものを用意しました。じゃん。ミニ土俵」


 ……ん?

 首を傾げる俺に、赤カブトはいそいそと俺の隣に座ってきた。改まって言う。


「ペタタマくん」


 つられて俺も改まる。なんでしょう、ジャムジェムさん。


「あのですね。私、召喚術師にクラスチェンジしました」


 ……この俺を差し置いて三次職になったと?


「そういうことになりますね」


 なんでそういうことするの? 言ってくれればクラスチェンジ手伝ったのに。クランメンバーのクラスチェンジの瞬間に立ち会うとか超面白そうじゃんね。


「それはですね。ペタタマくんが私を変なところに連れ込んで、それっきり音沙汰なく。よそで女の人と会ったりウサギさんに夢中だったからです」


 あ、はい。ごめんなさい。許してくれますか。

 一気に形成逆転されて俺は素直に謝罪した。

 赤カブトさんはガラス玉のような目ん玉でじっと俺を見つめている。


「先生がですね。みんなと一緒に私のクラスチェンジを手伝ってくれまして。その時に仰っていたのですが」


 先生が。みんなと一緒に。


「趣味に走っている時のペタタマくんはロストしないので安心して見ていられると」


 そう、ですかね。


「そうですよ。それとですね。ペタタマくんはあまり気にしていないようですが、私、は……」


 は?


「は、はは裸を、見られちゃったじゃないですか。ペタタマくんはあまり気にしてないですけど!」


 おぅ。や、正直言うと肝心なところが見えなかったから悔しくて。悔しくて悔しくて……。悔しくてさぁ。嬉しがってる余裕がなかったんだよ。今になって思えば俺の人生のハイライトだったな。惜しいことをした。もう少しで……。もう少しでさぁ! あ、くそっ、また悔しくなってきた……!


「と、とにかくですね! そういう訳でっ」


 強引に話をまとめた赤カブトさんが俺にぴったりと身体を寄せて、指先をミニ土俵にそっと押し当てた。手で滑り台を作るや、手の甲からにゅっと謎の発光物体さんが生えた。俺のピンクバージョンだ。

 ……ん!? 俺は一拍置いてからギョッとした。赤カブトさんの手を伝ってミニ土俵に降り立ったピンクバージョンをまじまじと見つめる。

 ……俺がログイン時に握りしめたピンクバージョンが召喚されて、ここに居る。じゃあ今ここに居る俺は一体何なんだ……?

 ふと思い付いてメニューを開いてみる。おぅ、ログアウト不可。こ、これは……。

 ……いや、やめよう。これ以上深く考えるのは。大丈夫だ。何も問題はない。

 俺は思考停止した。赤カブトに倣ってミニ土俵に手で滑り台を作る。

 ふっ、だがジャムよ。お前に勝てるかな? ウッディは歴戦の力士だぜ。

 俺の手の甲からにゅっと生えたウッディがミニ土俵に降り立ち、み〜っと伸びをしてピンクバージョンさんを威嚇する。風格すら漂う土俵入りだった。

 ピンクバージョンさんも負けじとみ〜っと伸びをして、のたのたと土俵を這ってウッディに接近する。

 超至近距離で睨み合った両者が、いったん離れて身構えた。

 ハッキヨイ!

 俺の掛け声に両者がスタートを切り、のたのたと土俵を這う。

 俺と赤カブトは身を乗り出して、ぐっと握り拳を固めた。

 変化はない。真っ向勝負だ。

 ウッディとピンクバージョンさんが土俵の中央で正面から衝突した。

 ぽこっ……。



 2.プクリ遺跡-αテスターの寝所


 召喚術師にクラスチェンジしてしまったなら仕方ない。

 俺は赤カブトの姉妹を目覚めさせることにした。

 何が起きるか分からないので俺が召喚術師になってモーニングコールするつもりだったのだが。何しろ俺は何度でもロストできる。また赤カブトがそうだったように刷り込み効果を期待できると見てのことだ。俺は世界征服に興味はないが、千載一遇のチャンスが巡ってきたなら魔が差すこともあるだろう。人間てぇのはそんなものだ。この機会を逃したら二度と手に入らないと言われたら、ひとまず手出ししてしまう。要はタイムセール品だな。

 あと、ぶっちゃけレベル上げに飽きてきた。レベル5になったし、もういいでしょ感が半端ない。お師匠様のネフィリアたんもレベル上げは程々にしておけと言ってたし。ネフィリアめぇ……!

 悪の魔女への怒りもそこそこに、俺は傍らでそわそわしている赤カブトに声を掛けた。

 どの子にするか決めたか?


「ちょ、ちょっと待って……!」


 壁にずらっと並んで深い眠りに就いているαテスターは揃いも揃って赤武者フォームであり、赤カブトにも見分けが付かないらしい。

 何なら順番に全員試せばいいだけの話なので俺としてはどの子でもいいのだが、赤カブトにとっては重要な問題であるらしい。そもそもウチのAI娘が最初の一人に選ばれた理由は何なんだ? レベルか? 目移りしている赤カブトに付き合っていると日が暮れそうなので、何かのきっかけになればいいと思って尋ねてみる。

 やい、ジャムジェム。お前ってαテスターの中じゃレベル高いほうだったの?


「えっ。わ、分かんない。そういうのはルビィ姉さんが見てたから」


 リンリー嬢のことだ。本名はルインルビィ。

 韓国サーバーのαテスター、カラーテリアによれば、アメリカサーバーと中国サーバーに派遣されたαテスターはテストタイプの二人らしい。ジムに対してのガンダムみたいなものだ。もしくはエヴァ初号機。

 赤カブトさんは俺の言いたいことを察してくれなかった。

 ……質問の仕方が悪かったな。あのな、ジャムよ。お前らのフルアーマーバージョンはどうやらハイフレームじゃなかったらしい。まぁ鎧の形は派遣されたサーバーの様式に則ってるぽいから当然ちゃ当然なのか。最初からお前が日本に来ると決まってたとは思えないしな。そして、考えてみればお前らはレベル上げをイチからやり直してる訳だ。それじゃあ勿体ないってんで、レ氏はお前らがα時代のレベルを取り戻せるよう仕込んだのかもな。でも本当にそれだけなのかなって俺は疑ってる。クソ運営のやることだ。お前は今どれがどの子なのか分からないと言ったよな? 俺は少しずつ嫌な予感がしてる。こいつら本当にお前の姉妹なんか?


「え……?」


 いや、悪かった。もういい。俺が決める。お前は俺が指定した子を発光物体さんに憑依させたらこの部屋からいったん出て扉を閉めろ。

 すると赤カブトはムッとした。


「……ペタさんはいつもそうやって私を庇うけど、私だってがんばってるんだよ。ポチョさんとスズキさんだって。それは、サトゥさんみたいにっていうのは無理だけど……。昔のルビィ姉さんもそうだったけど……。ペタさんは私がロストしたらおしまいって決めつけてるよね? でも、そんなの分かんないじゃん。そういうの、頼りにならないって言われてるみたいで寂しいよ」


 む、そうか。そうだな。お前は正常個体だ。通常マップじゃ意識的にエンフレを出せない。めったなことじゃロストしないよな。ちょいとばかり過保護だったか。

 俺は反省した。

 じゃあこうしよう。俺が指定した子をお前が目覚めさせる。いざという時は俺が指示を出す。俺の言うことをちゃんと聞くこと。俺が逃げろと言ったらちゃんと逃げること。約束できるか?


「……えっ。何も変わってなくない?」


 変わってるよ。俺が戦えと言ったらお前は戦うんだ。俺が殺せと言ったら容赦なく殺すんだ。頼むぞ、相棒。

 そう言って軽く肩を叩いてやると、赤カブトさんは乗り気になったご様子。おっぱいの前で手をぎゅっとグーにして元気に頷く。


「うん!」


 チョロすぎる。このAI娘のOSはいつになったら更新されるのだろうか。そればかりが気掛かりだった。

 さて……。俺は人差し指を立てて、指先にジジジと複雑な紋様を浮かべた。リチェットによれば俺のアビリティ発動の条件は感情の高揚であるらしい。思い当たるふしはなくもない。

 俺は自分の脳を騙くらかして過去の出来事を再現視できる。感情の一つや二つ、赤カブトが近くに居ればどうとでもなる。まぁテンション落ちてる時は無理かな〜くらいだ。

 さすがに赤カブトの手前、鬼武者たちを順に指差して、ど・の・こ・に・し・よ・う・か・な……よし君に決めた!という訳にも行くまい。雰囲気を出すためのアビリティ発動だ。

 俺の指先から円環状に広がった黒い波が鬼武者たちを洗う。

 それらが赤カブトのおっぱいを伝ったのを視界の端っこで確認して、俺は少し満たされた気持ちになった。

 左端から五番目の子を指差して言う。

 よし、あの子だ。俺のアビリティにぴんと来たぜ。

 もちろん嘘である。ぴんと来るものなど何もなかった。ただ、いざという時に備えて退路を確保したかったのと、別の子と俺らで挟み撃ちを取れる形にしたかった。

 俺の緊張が赤カブトにも伝わってしまったかもしれない。赤カブトが俺を安心させるように言ってくる。


「あの子ね! だ、大丈夫! ほら、みんな赤いでしょ? 赤い髪の子はいい子ばっかりだから!」


 赤カブトは自分の赤い髪の毛先で俺をくすぐってアピールした。

 ……リンリー嬢の鎧は緑だったけど髪は黒じゃねーか……。毛色と鎧の色は必ずしも一致しないということだ。やはりウチのAI娘は当てにならない。


「よぉーし!」


 気合を入れ直した赤カブトが手のひらに謎の発光物体を召喚した。

 体表をゾゾゾと揺すったピンクバージョンがビッと怪光線を放つ。

 グンと直角に折れ曲がった怪光線が、ジグザグに動いて俺らのすぐ近くの鬼武者に命中した。

 おい。

 全然、左端から五番目じゃない。

 俺は赤カブトに文句を言おうとして、ギクリと硬直した。

 ……おいおい。

 怪光線を浴びた鬼武者が、リフトオフしたエヴァみたいに脱力した。

 双眸に意思の光が宿り、赤い残光を引く。

 ギシッと一歩踏み出すや、鮮やかな真紅の鎧が白く塗り替えられていく。

 赤カブトがおののく。


「し、白……?」


 白っつーか……。俺もおののく。こ、コイツ、動いたぞ……。ジャムが、αテスターが召喚術師の場合は……別なのか!? 何かッ、ヤバイ!

 俺は「逃げろ!」と叫んで赤カブトを後ろに押しのけた。斧を上段に構えて前に出る。

 白いやつの鎧が自壊する。覗き見えた白皙の容貌に赤カブトが叫ぶ。


「マグちゃん!?」


 と、友達か?

 一瞬だけ俺は気をゆるめた。

 その一瞬の隙を突いて白い髪の女が動いた。瞳の色は血のような赤。純白の籠手に包まれた腕が俺の心臓をブチ抜いた。なんとぉー!?

 俺は即死した。

 俺の返り血をビタビタと浴びたマグちゃんさんがフッと笑った。


「おはよう、ペタタマセンセー。さっそくだけど進路相談があるの。私はョ%レ氏に付くつもりなんだけど、センセーの首を手土産にしようと思うの。センセーはどう思う?」


 俺はふわっと幽体離脱して肩を竦めた。

 置き場所に困るだろうね。何しろ見ての通りキャラクリがヘタクソなもんでね。

 俺は素早く計算した。イキナリ俺を殺すような女をジャムジェムと二人きりにはしたくない。死に戻りしても間に合わない。ひとまず喧嘩売っとくか。よし、そうしよう。


 このゲームのプレイヤーは死ぬと幽体離脱する。

 幽体は慣れるとある程度は自由に動かせるようになる。

 その領域に辿り着いたプレイヤーは幽体で敵情視察をやらかすなど、ちょっとした反則技を使えるようになる。

 ただし女風呂を覗くなどの特別な所有権に抵触する行為は弾かれる。

 俺は詳しいんだ。


 俺はボディランゲージでマグちゃんとの対話を試みる。


 人差し指でトントンと俺の胸を叩き、


『やられたよ』


 親指をグッと立てる。


『なかなかやるじゃないか』


 おや?と何かに気付いた素振りをして、


『でも、ちょっと待てよ?』


 マグちゃんを指差して、ペシペシと軽く頬を叩く素振り。顎をツンと反らしてビッと親指で俺を指差し、


『俺のほうが上だぜ』


 自信たっぷりに笑って、ひょいと遺跡の出入り口を指差した。


『表に出ろや』


 女神像に引かれる力を利用して、プンッと部屋の出入り口に移動。


『こっちだ』


 マグちゃんの反応はあえて見ない。

 カマすだけカマして俺はダッシュで死に戻りした。

 遺跡内部の女神像で肉体を再構成するなり猛吹雪の雪原に飛び出してダメ押しの完全変身。からの咆哮。届けっ、この想い!


 Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa


 ……乗ってくれるかな?

 そわそわしながら待つ。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 ……あっ。チュートリアルの準備しなきゃ。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
いつかカゲプロのエネみたいになりそうですねニッコリ
[良い点] こんな所で伏線回収だったんですネ [気になる点] センセーのことをずっと思い続けてたんですね☆ [一言] センセーのハートをキャッチ♪ (物理
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