その背に夢を乗せて……!
1.クランハウス-居間
不思議だ。
俺は色々な事業に手出しをしていて、ゴミどもの金を巻き上げて荒稼ぎをしている筈なのに支出がどんどんデカくなって気付けば無一文になったりする。いや、無一文ということはない。事業を回す会社の金にはまだ手を付けてない。無一文ということはないが……俺の遊ぶ金が手元にない。厚みを増していく外れ馬券がその理由を知っていそうだが、そいつらは俺に次で巻き返せると強烈なメッセージを送ってくるのでノーカンなのだ。俺は目がいいからな。勝率自体は決して悪くないのだ。スピンにまたがってる邪魔な騎手が余計なことをしなければ今頃は億万長者になっていただろう。
という訳でスズキさんから生活費を貰う日々を過ごしている。
俺がモグラさんぬいぐるみと一緒にチマチマと藁人形を編んでいると、ログインしてきたちんちくりん一号が居間に入ってきた。後ろ手に何か持っているらしく、腰の後ろに両手を回している。居間とキッチンに誰も居ないことを確認してから、廊下から見て死角になる居間の隅に移動。ちょいちょいと俺を手招きしてしてくる。
「コタタマ。おいで〜」
もるるっ。俺は喜びの鳴き声を上げてスズキさんにパッと駆け寄る。
スズキさんはニコッと微笑んで俺に両手を差し出した。
「はい。今週の生活費」
俺は頭を下げて恭しく受け取った。
さっそく封筒を開けてみると、いつもより多い。これは……? チラリとスズキさんを見ると、麗しの劣化ティナンさんはニコニコしている。
「コタタマ、最近レベル上げがんばってるから。野良パ行ったら帰りに打ち上げ行ったりもするでしょ?」
感謝しかない。俺はぺこぺことスズキさんに頭を下げて大切に使う旨を述べた。そして俺が夢を追う生き物であり、将来は絶対に楽をさせてやるつもりでいること、今はその準備期間中であり、まだ焦る時間帯ではないことを正確に報告した。俺はお前らを金で苦労させることはしないぜ……!
スズキはうんうんと相槌を打っている。
「嬉しい。ありがと。待ってるね」
お前はなんてイイ女なんだ。俺はガバッととスズキに抱きついてスリスリと頬ずりした。
「あ、こらっ。もう、こういう時ばっかり調子いいんだからぁ……」
ぎゅっと抱きしめると、小ぶりなおっぱい越しにスズキの胸の鼓動が伝わってくる。俺は半端ロリとひとしきりイチャついてから、誰かに見られたら恥ずかしいからとスズキの寝室に招かれた。
今日辺り生活費の支給がありそうだと予想していた俺はあらかじめセーブポイントを切り替えておいた。その甲斐あって一度のワープで目的地のエッダ海岸に到着。女神像の祭壇から這い出した俺は、その足でネフィリアと愉快な仲間たちの隠れ家に向かう。
金づる行脚は病み付きになる。労せずして財布が膨らんでいく感覚がお年玉を彷彿とさせた。ネフィリアは素直ではないのでゴネるが、なんだかんだで俺に金をくれる。金の切れ目が縁の切れ目であることをよく理解しているのだろう。
俺は足取りも軽やかに砂浜を横断して海岸線にある洞窟へと足を踏み入れた。
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
クソ虫さんたちの巣を越えると、そこはもうネフィリアの隠れ家だ。
エロカワお師匠様の部屋に向かって廊下を歩いていると、家に上がり込んだクソ虫さんの足の裏をタオルで拭いているクリケットと遭遇した。
「あ、タマっち。珍しいっスね。今日はどうしたんスか?」
俺がレアキャラみたいなこと言うな。用事がなくちゃ来ちゃいけないのかよ?
妹弟子の手前、俺は見栄を張った。
六脚の足を窮屈そうにわきわきと動かしているクソ虫さんをコオロギ女は解放してやった。
「はい、もういいっスよ」
タオルを折り畳んだクリケットが、じっとタオルを見つめている俺に小首を傾げる。
つーかココ土足厳禁なの?
畳文化の日本では土足厳禁が基本だが、このゲームでそんなことは言ってられない。家の中だろうが何だろうが死ぬ時は死ぬし、死に戻りしてスリッパで森の中を歩くなど間抜けにも程がある。急な刺客に窓を突き破って脱出するとか普通にあるしな。
しかし考え方は人それぞれだ。クランハウスに愛着を持っているプレイヤーは多い。ネフィリアも室内を靴履きだったから今まで気にしなかったが、実は靴底をタオルか何かで拭いていたのかもしれない。ならば俺も今後はそうしよう。
しかしクリケットは首を横に振った。
「歩兵ちゃんは特別っスよ。足の裏が濡れてると滑って危なっかしいから拭いてあげてるんス」
おぅ、そうだったのか。お前はイイ子だな……。俺はしんみりとそう言った。
エッダ水道は海と直結した洞窟だ。洞窟内は湿っていて、足を拭いてやっても家の中と外を行き来すればすぐにまた濡れるだろう。キリのない作業を文句も言わず続けるのはイイ女の条件の一つだと俺は思っている。
クリケットは謙遜した。
「そうスか? 普通っスよ。マゴっちも家の中に入る時はペスの足を拭いてあげてるし」
それは当たり前のことだな。しつけの一環だろう。ワン公に畳だからフローリングだからと言って聞かせても理解できまい。ならば屋内に入る前は足を拭くものなのだとしつけるしかない。そしてペスはマゴットの飼い犬なのだから面倒を見るのは当然だ。好きで飼ってるんだから文句を言う筋合いなどない。
だのにコオロギ女はやたらとマゴっちをオススメしてくる。
「マゴっちは可愛いっスよ。一緒に居ると楽しいし、意外とちゃんとしてるんス。いいお嫁さんになれると思うっスよ」
ほー。そりゃ大したもんだ。で、お前はどうなの?
「えっ。わ、私っスか? 私は……あんまり。う、運動部なんで」
運動部だからという理屈はよく分からんが……。
「と、とにかく私はダメっスよ。マゴっちのほうが美人さんだし。キレー系ならフリエアっスね。私なんかガサツだし、部活でレギュラーって訳でもないし……」
コオロギ女は自信が持てないでいるようだ。そりゃ単純なビジュアルじゃマゴットやフリエアのほうが上かもしれんが……。
俺はクソ虫さんの面倒を見てやっているコオロギ女が気に入ったので元気付けてやることにした。ま、ネフィリアに金をせびりに行く前のちょっとした余興だな。
俺はぺらぺらと口を回した。
いや、そんなことはねーよ。
ニュース見ろよ。世の男どもがロリコン規制で連日捕まってるだろ。そりゃあつまり需要に供給がまったく追いついてないから起きることなんだぜ? 彼氏が出来たら自慢したくて仕方ねーガキンチョに口止めなんて無理だろ。それを分かった上で我慢できずに手出ししてる訳だからな。これは断言してもいいが、将来有望のよー。ゆくゆくは日本を支えようっつー高学歴の彼女持ちリア充だって現役JCJKに告られたら今の彼女とどっちの物件を選ぶか悩むぜ。昔から言われてることだが、畳と女房は新しいほうがいいってのは真理だと思うね。男ってのはそういう生き物だ。
つまり種族人間のグレードでトップ層はJSJCJKJDなんだよ。例外がないとは言わんが、個人の趣味趣向で順位が入れ替わる。まぁ現実的なトコでJCJKのツートップだろう。お前らはほとんど敵なしのJC同士で激突してっから決着がつかねーんだ。誰も頼んでないのに勝手に天下一武闘会やってるようなもんだぜ。
お前らの情報源っつーと雑誌か? 雑誌は大衆の味方をしなきゃならんからそんなことは言わねーだろう。全体の比率だとJCJKは少数派だからな。世間体ってモンもある。でも俺は言う。俺は関係ねーからだ。正しい情報ってのは関係ねーところからしか出ねーんだよ。
ハッキリ言うが、クリケットよ。お前のそれは贅沢な悩みなんだよ。オリンピックの選手が銅メダル取って悔し涙を流すようなもんだ。それでいてお前らは別にオリンピックの選手ほど過酷なトレーニングを積んでる訳でもねえ。そう考えると傲慢ですらあるな。
どうだ。少しは物の見方ってモンが分かったろう。コタタマセンセーの言うことに間違いはねーんだ。問題があるとすれば、お前らは人生経験が浅すぎて人を見る目がろくにねえってことだな。まぁその辺はフリエア辺りに相談しろ。あいつはかなり頭がいい。俺をろくな人間じゃねえと見抜いてる。その場のノリで生きてる凡百とはひと味違うな。以上です。ご静聴に感謝。
言いたいことを全部言って気が済んだ俺はぺこりと頭を下げてネフィリアの部屋に向かう。
俺のマシンガントークをぼんやりとして聞いていたコオロギ女が、何故かふらふらと俺に着いてくる。
……なんだ? 俺がネフィリアから金をせしめる場面を見たいのか? ふっ、仕方ねえな。
俺は気分が良かった。俺の妹弟子はなかなかどうして粒揃いだ。もしかしたら本当にネフィリアの後継者が小娘どもの中から出てくるかもしれない。
とくと見せてやるよ。俺の生き様をな。語り継げ……!
クソ虫さんたちから俺の訪問を知らせる合図が飛んだのだろう。ネフィリアは居間で俺を待ち受けていた。
「金か?」
第一声からコレである。なんて失礼な女だ。俺はネフィリアを指差して告げた。
忘れるな。俺は何度もお前にプロポーズした。ボールはお前の側にある。
しかしネフィリアは取り合ってくれなかった。
「それで幾ら欲しいんだ?」
ふざけるな。お小遣いの額はお前が決めるんだ。それが俺たちの暗黙の了解だろうが……!
「そんな暗黙の了解はない。が、いいだろう。選択権は私にある。それは確かだ。気に入った」
そう言ってネフィリアは俺をちょいちょいと手招きした。
もるるっ。俺は喜びの鳴き声を上げて、お師匠様にパッと駆け寄った。
ネフィリアは俺を焦らした。懐から取り出した財布を振りながら、
「時に、コタタマ。お前は将来成功したらGoatのクランメンバーに楽をさせると吹聴して回っているらしいな」
そうっスね。
「私には何かないのか?」
ええ、それはもう。お師匠様には何かとお世話になってますから。俺なんかで良ければお嫁に行きたいくらいでして……。ハイ。
俺は揉み手を作ってゴマをすった。
ネフィリアは貫禄たっぷりに笑った。
「ふふ。可愛いヤツめ。お前には今後も働いて貰うぞ」
ははーっ。
ひざまずいた俺に、ネフィリアが金をくれた。スズキから貰った今週の生活費が霞むほどの大金だった。
ウチの子にマウントを取ってネフィリアは満足げだ。
「指示は追って出す。レベル上げは程々にしておけ。私が以前に言ったことは覚えているな? お前の価値はレベルが低いことにある。光の使徒の一人、エト・メト・ララトを見たろう。強さは絶対的な価値基準ではない。最高指揮官にコピーされたら終わりのスキルもあるということだ」
……エト様は死の間際まで固有スキルを使わなかった。終盤か、ヘタしたら最終局面まで使わないという約束事があるのかもしれない。そうでなくとも、クッソ脆いエト様が光の使徒に選ばれたのは強力無比なスキルを持っているからだろう。それは俺たちが知るルールからは逸脱しているように思える。頑健な肉体を持つ種族ほど強力なスキルを得るというルールだ。しかし……。
このゲームの最終コンテンツ。限界突破は固有スキルにも適用される。
俺はネフィリアたんから貰った金を懐に仕舞ってザッと立ち上がった。もうここに用はない。きびすを返して去っていく。
クリケットは、ネフィリアから金をせしめた俺の勇姿をぼんやりと見ていた。
俺はコオロギ女の肩を軽く叩いて居間を出て行った。
さあ、行こう。競馬場が俺を呼んでいる。
これは、とあるVRMMOの物語。
今年の天皇賞(秋)は出走馬16頭の10頭がG1馬というゴージャスな顔ぶれ。歴史に名を刻む名勝負になるかもしれませんね。勝負師の血が騒ぐのもやむなし、か。
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