Friends
1.ゲストルーム
【ギルド】に【戒律】はない。
より単純に、レベルが高ければ多くのパーツを一度に扱うことができる。
複雑なことをやろうとすれば、相応に高い技術力か大規模な仕組みを要する。
種族人間はクソだ。
たとえどんな達人だろうと囲まれれば終わりで、面の制圧に対して身体が通る隙間がなければ避けようがない。
そして、わざわざ逃げ場を用意してくれる敵など居ない。
全身に舐めるような視線を注がれた蛇マンが小さく悪態を吐いた。
「クソッ……」
工兵には更に上のステージがあると俺に教えてくれたのはコイツだ。
今はただお前に感謝を。
全面から這い出した舌が蛇マンを取り囲む。
蛇マンはへらっと笑った。
「ホモ野郎」
その強がりがどこまで持つか興味はあるが……悪いナ。このワザは負担が大きい。さっさとケリをつけるぜ。
だが、国内サーバーで五指に入るとされる大型クランのマスターが未知数の敵に無策で挑むなどあり得るか。
蛇マンがウチの丸太小屋に訪れたのが今日だったのは何故なのか。それはどうしても今日でなければならなかったのか。
答えはすぐに出た。
「コタタマりん?」
俺のゲストルームは女性に対していつでもウェルカム状態だ。
何故なら俺は別にホモではないから。
女性を拒む理由がない。
むしろ外から指先ひとつ触れただけで積極的に取り込もうとするだろう。
俺の領域にあっさりと入ってきたシルシルりんに、壁の目と壁の舌が一斉に向く。
俺はシルシルりんにセクハラしたかったが、それはこんな形ではなかった。もっとじっくりと段階を踏んで少しずつ俺のセクハラに慣れて欲しかった。シルシルりんの太ももをチラ見して「もー!」とか軽く怒られて「ごめんごめん」と笑って誤魔化すような、そんな感じの……。
気付けば術式を解いていた。
崩壊したゲストルームがザアッと黒い砂塵となって大気に溶け込んでいく。
俺は鼻血を垂らして丸太小屋の床にガクリと両膝をつく。短時間の展開であったにも拘らずコレだ。脳への負荷が大きすぎる。
まさに切り札。最終奥義。それを蛇マンめ……。シルシルりんを保険に使ったのか。
無論、俺を追い掛けてきてくれたシルシルりんに罪はない。
だが、シルシルりんをそそのかした悪い男は居たようだな……。
「よぉ、工兵崩れ」
蛇マンが吠える。
「サトゥ〜!」
クソのような廃人ことサトゥ氏であった。
サトゥ氏はにっこりと笑った。
「ジャムを狙ったアホとは話を付けておいた。まぁ多少ゴネたが最後には分かってくれたよ」
ロストかな?
……ゲストルームは隔離空間を作り出すワザだ。隔離空間を形成する金属片は自分の身体の一部のようなものなので有利な環境にすることもできる。しかし欠点もある。隔離空間の外で何が起こってるのか分からないという点だ。【ギルド】が光の使徒に負け続けた理由が分かった気がした。
軽い調子で声を掛けてきたサトゥ氏に蛇マンが「うおおお」と雄叫びを上げてナイフを放り捨てた。剣を鞘ごと引き上げて吠える。
「サトゥ! 俺と戦え! 一対一だ!」
サトゥ氏は不敵に笑った。じっと蛇マンを見つめてから言う。
「蛇。お前の得意分野はそうじゃないだろ。この場でお前を食っちまうのは勿体ないな」
「ンだとぉ?」
蛇マンがいきり立つ。
「テメェ、正面からやったら俺が負けるって言ってんのか!?」
サトゥ氏は断言した。
「ああ、そうだ。俺が勝つ」
カッとなった蛇マンにサトゥ氏が言葉を被せた。
「蛇。ジョン・スミスは強ぇぞ。あの化け物に俺はどうやって勝つか考えてる。お前もそうしろよ。どうせやるなら世界一を目指そうぜ」
遠回しに志が低いと言われた蛇マンはわなわなと怒りに打ち震えている。
「お、俺は……自信がねえ……! 仲間を犠牲にしてっ、あんなふうにやれるもんなのか……? あそこまでやる必要があンのか? 俺は、ヤツにだけはどうやっても勝てる気がしねえんだよ!」
蛇マンは急に落ち込んだ。床に這いつくばって頭を抱える。
「……俺はレベル40になれねえ。なれる気がしねえんだ……!」
だからレベル上げなんてやめっちまえと言ってるじゃねえか。
俺は蛇マンを慰めてやった。
俺と一緒にキレーなチャンネーのケツを追っ掛けようぜ。何なら生産職に転向してみちゃどうだい? 高レベルの生産職は貴重だからな。きっとモテるぞぉ。
貴重な攻略組を切り崩しに掛かる俺に、そうはさせじとサトゥ氏が割り込んでくる。蛇マンの肩にぽんと手を置き、
「お前の気持ち、分かるよ。俺も一時期はレベル上げが苦痛で仕方なかった。でも今はツラくとも辛抱の時期。そこを乗り越えればやれることがどんどん増えてくから。な?」
だが俺はサトゥ氏が伸び悩んでいる姿など見たことがなかった。
俺は他人が堕ちるサマをじっくりと鑑賞したかったし、サトゥ氏は余計な感情を捨てられない不完全な人間を自分好みの戦闘マシーンに改造してやりたかった。それらがお互いに透けて見えるほどあからさまで、けれどこんな安い三文芝居に騙されるほど蛇マンが無能とも思えなかった。しかし他に言いようもないという配役がひどく滑稽に思えて、俺とサトゥ氏はどちらからともなく吹き出してけらけらと笑った。
けらけらけらけら!
俺たちが楽しく生きていることをほんの少しでも正確に伝えるために顔面を寄せるが、蛇マンはお気に召さなかったご様子。ぐいっと俺たちを押しのけて立ち上がる。俺とサトゥ氏は尻もちをつきながらヒーヒー言って笑っている。
「もういい! 魔族に相談した俺がバカだった!」
それだけ言って蛇マンはウチの丸太小屋を飛び出して行ってしまった。
追い掛けてやりたかったが、生憎と変なツボに入った俺とサトゥ氏は腹を抱えて笑い転げている。
事の成り行きを見守っていたシルシルりんがぷんすかと怒った。
「もー! 二人とも失礼ですよ! 何がそんなにおかしいんですかぁ!?」
い、いや、だってさぁ! サトゥ氏がテキトーなこと言うからぁ!
「お、お前だって大概ひどいぞ! なんだよモテるって! 戦闘型の生産職なんて半端なだけじゃねーか……!」
シルシルりんがむむむっと眉をしかめて玄関のほうを指差した。
「しゃんとして! 今すぐ追って! 蛇さんにゴメンなさいしなさぁーい!」
はぁい!
俺とサトゥ氏はしゃんとして蛇マンを追って駆け出した。
おい、サトゥ氏。お前、ラナルータとか使えねーの? 軽く昼夜逆転させてウチの丸太小屋に戻ろうぜ。
「つーか、あれってどんな呪文なの? 時間操ってるようにしか見えないんだけど」
アストロンの亜種じゃねえか?
「一気に安っぽくなったな。じゃあ俺はここで。狩りに行ってくる」
おう。俺はその辺テキトーにぶらぶらしてから戻るわ。
ハッ。蛇マン。蛇マンが木陰から恨めしげにこちらをじっと見ている。
俺とサトゥ氏はキリッとして異口同音に告げた。
「心配したぜ?」
これは、とあるVRMMOの物語。
蛇マンは様子を見ている……。
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