君のアイドル
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー-怪しい倉庫
今週はパーティーが続くな。
友人の結婚式が連鎖するのと同じ現象だろうか。
ロリコンたちの秘密会合に出席している。
タキシードに身を包んだ俺とアットムは、ワイングラスなんぞ手に持って大人の火遊びスタイルで全国から集まった選りすぐりのロリコンどもを見るともなしに眺めていた。
……俺はロリコンではないのだが、ロリコン先輩の招待とあって無碍にはできなかったのである。相棒のアットムにもロリコン付き合いというものがあるし、そのアットムの件でいつぞやは世話になった。ロリコン界隈においてアットムくんは期待の新人という扱いのようで、ロリコン先輩たちは何かとアットムに目を掛けてくれている。
ロリコンとは数ある性癖の中でほとんど最底辺のヒエラルキーに位置する異常性癖であり、それゆえに一流のロリコンのカモフラージュは分厚く堅固なものとなる。決して悟られまいとするから表向きは物腰の柔らかい紳士で、品のある佇まいは余裕と自信に満ちている。性癖を暴かれまいとする不断の努力が変態の外面を強固に磨き上げるのだ。
しかし志を同じくする同士の集会とあって、息苦しいノーマルの仮面を脱いだ変態紳士たちの会話の内容はどうしようもなく低俗であった。
「【目抜き梟】のさぁ。ジュニアのツヅラちゃん、いいよね……」
「いい……」
「女王様タイプだよね……全然アリだと思います」
良かったな、ツヅラ。俺は心の中で呪骸っ子に語り掛けた。お前、大きなお友達に好評だぜ……。
ツヅラ本人は嫌がるだろうが、幼女趣味(物理)のツヅラはロリキャラに対して優しく、自分のエサ場を荒らそうとする外敵に一切の容赦をしない。そうした態度が、推しメンが他の男のモノになるなど想像もしたくないと叫ぶロリコンたちの共感を呼ぶのだろう。
ワイングラスを軽く揺すったアットムが儚げに微笑む。
「ちょっと複雑な心境だよ。ツヅラちゃんの古参ファンの一人としてはね。もちろん応援はしてるけど、推しメンがメジャーになっていく姿を見るのは、嬉しくもあり、寂しくもあり……」
そう言ってアットムは、言葉にならない思いを探るように目線をワイングラスに落とした。しかし結局は言葉が見つからなかったようで……あるいは言葉にするのは野暮だとでも思ったのか、ふっと微笑んでワイングラスを軽く掲げた。
「ツヅラちゃんに」
俺とアットムのワイングラスが微かに触れ合い、ちん、と澄んだ音を立てた。
なお、俺が飲んでいるのはぶどうジュースだ。アットムくんがアルコールの摂取を許可してくれなかった。物欲しそうにワインを見つめる俺に、アットムくんが苦笑する。
「そんな目をしてもダメ。あげないよ。酔ってる時の君は無防備だからね。僕と二人きりの時以外は飲んじゃダメだよ。いい?」
無茶を言いなさんなよ。それ、俺の酒癖の悪さを知ってる連中は大抵似たようなこと言うんだぜ。
アットムはにっこりと笑った。
「例えば、誰?」
ウチの子たちもそうだが、JKとかよ……。
「そう。ニジゲンさんが、ね。他には?」
誰だっていいだろ。いちいち覚えてらんねーよ。そんなことより、アットムよ。お前の先輩たちの実力はどうなんだ? 攻略組って訳じゃねえよな? あんまり見ない顔が多い。いや、別にこれを機会にお近付きになって寄生しようって訳じゃねーぞ。黙って立ってるのもつまんねーからよ、大まかにどんな層が多いのか知っときたいんだよ。さすがにその筋の専門家にロリコントーク振っても勝てる気がしねえかんな。
「僕じゃダメなの?」
お前とはいつも話してるだろ。俺は色んなやつと話したいんだよ。MMORPGだかんな。ダチと遊びたいだけならMOBを叩いてレベル上げするだけのゲームなんてやらねーっての。
カウンターに肘を置いてダラける俺を、アットムくんは疑わしそうに見つめている。
「……ふぅん。まぁいいけど。先輩たちはね、課金プレイヤーが多いよ。廃課金とまでは行かないかな。レベル上げはコンテンツの一つで、楽しければやるという考えの人が多いと思う。例えば、新しいジョブが見つかって……」
言い掛けたアットムが言葉を切って壁のほうをじっと見る。なんだ? ロリコン先輩たちも一様にお喋りをやめた。
誰かがぽつりと言った。
「幼女だ。多いぞ」
床に落ちたワイングラスがパリンと割れた。
「ガサ入れだ!」
俺は椅子を窓に投げつけるや、バッとカウンターを飛び越えた。ロリコン先輩たちが一斉に散って備え付けの簡易ギロチンセットへと駆ける。訓練された動きに、踏み込んできた警察ティナンが目を丸くした。
「この人間さんたち、素早いです!」
「追うです! 秘密会議は禁止ですよ〜!」
「捕まえてお給料を貰うのです!」
くそっ、逃げ切れるか!?
俺は後ろ手に左手を伸ばした。手のひらを広げてぐっぱぐっぱする。当然アットムくんが俺の手を握ってくれるものと思っていたが、俺の手は空を切るばかりだ。なにっ?
思わず振り返った俺に、現場に残ったアットムがにこりと微笑む。バカなっ、アットム……! アットムが自分の唇を指差して、口をパクパクと動かした。行って、と。
照明が落ちた。アットムーッ! 暗闇の中、足止めに残ったアットムの姿が目に焼き付いて忘れられない。いっそ俺も一緒に、とすら思った。いや、俺はそうしようとしたのかもしれない。一秒。警察ティナンを前にして致命的とすら言える時間を、俺は棒立ちになって浪費した。それなのに俺は捕まらなかった。我に返って床を這う。こう暗くちゃ俺の目も役に立たない。アットムは強い男だ。俺は足手まといにしかならない。見捨てて逃げ出すのが正解の筈なのに、俺の胸が軋むように痛んだ。
記憶を頼りに簡易ギロチンセットの刃を手を掛けた俺の耳に、警察ティナンの甲高い声が響く。
「捕まらないです!」
「この人、本当に人間さんですかー!?」
「に、匂いを嗅がれました!」
アットム……! すまねえ!
俺は心で詫びて、断罪の刃を受け入れた。
2.冒険者ギルド斡旋所
……でも匂いを嗅ぐ必要ある?
アットムくんは逮捕されてしまったが、警察ティナンによる尋問はロリコンにとってご褒美なのでしばらく放っておくことにした。
まぁ秘密会議への参加そのものは大した罪ではないので、すぐに出てくるだろう。前科が多すぎるので執行猶予が付くことはないだろうが、ムショ暮らしが長いアットムにとってはホーム戦みたいなものだ。
ウチのアットムくんがブタ箱で出張ロリコンしている間に、俺も負けじとレベル上げに励むとしよう。
という訳でやって参りました、冒険者ギルド。野良パに潜り込むのもいいが、同じことばっかりやってると飽きるからな。俺は自分の忍耐力を信用してない。継続は力なりという言葉もある。飽きっぽい俺は色んなことをやってみるのさ。俺は元ギルドマスターだから優遇を期待している面もある。
ミドリ居るかなー。パーティー組もうぜミドリー。俺を接待するんだよォ〜。
俺は上機嫌でパーティーメンバー斡旋所のドアを開けた。
夢の島かな?
血の海だった。
辺り一面にゴミどもが横たわっている。
背中を剣で串刺しにされたゴミが苦しげな呻き声を上げて眼前の床に突き立っている剣へと手を伸ばす。そのゴミの頭をスマイルの旦那が蹴飛ばした。
ひっくり返ったテーブルやら何やらが散乱している中、一人だけ椅子に座っているサトウシリーズ御大が爛々とした目を俺に向けてくる。いつもの人を食ったような笑顔は剥がれ落ちていた。頬はこけ、無精ひげを疎らに生やしている。
「やあ、コタタマくん」
すっかり人が変わって!?
俺は驚愕した。
物陰に隠れていた受付ティナンがてててと俺に駆け寄ってくる。
「し、社長〜」
おぉ、よしよし。怖かったな。俺は受付ティナンを抱き上げてヨシヨシと頭を撫でてやった。
スマイルの旦那が面白くなさそうに言う。
「今の社長は私だ。コタタマくんではない」
どうでもいいだろ。そんなこと。
「良くない。どいつもこいつも私を見下している……。だから思い知らせてやったのさ。こんなふうに、な!」
床に突き立っている剣を手にした旦那が、足元に寝そべっているゴミの首を串刺しにした。
……どうしちゃったの、この人?
俺はスマイルの後ろで血濡れの武器を持って待機している側近二人に目を向けた。
アオとミドリだ。
二人の目には凶行に走るスマイルへの不信の色がハッキリと宿っていた。
それを知ってか知らずか、スマイルの旦那がアオに命じる。
「アオ。コタタマくんを捕らえろ。彼をこちらへ引き込む」
アオは動かない。
スマイルの旦那が苛立ちを露わにした。
「どうした、早くやれ」
アオが大きく目を見開いて、こちらへ歩み寄ってくる。そして俺の脇を抜けて斡旋所のドアに手を掛けた。
スマイルが吠えた。
「どこへ行く!」
肩越しに振り返ったアオがスマイルを見つめる目は冷たい。
「サトウさん。あんたがこうまで脆いとは思わなかったよ。俺は抜ける。……前にあんた自身が言ってたことだ。俺は諦めねぇ。一度負けたからって放り出さねえ。最後に勝てばいい。あんた自身が言ってたことだ……!」
アオの気迫にスマイルは気圧されていた。
ギリッと歯を噛み締めたアオが、未練を振り切るように斡旋所を出て行こうとして、最後に一度だけ立ち止まった。俺にだけ聞こえるようにぼそりと呟く。
「……隊長を、頼む」
それだけ言ってアオは去って行った。
……スマイルは呆然としていた。以前は余裕と自信に満ちあふれていた男が、今や見る影もなく落ちぶれてしまった。……たった一度の敗北が、男の人生を大きく狂わせることもある。
斡旋所の惨状を改めて目にしたスマイルが頭を掻きむしって低い唸り声を発した。惨殺されたゴミどもの目が、目が、目が、スマイルを見つめている。己が手に掛けた働きアリの死骸が誰のものであったかを思い出して、スマイルは整合性を見失った。部下殺し。サトゥ氏に敗れる前のスマイルだったら絶対にやらなかったことだった。
うーっ、うーっ、と唸り声を上げるスマイルがどんどん前屈みになっていき、椅子の脚がへし折れた。無様に転がり落ちたスマイルが、己の醜態を取り繕うようにミドリに縋り付く。
「み、ミドリ! お前は私を見捨てないよな? アオは、何を言ってるのか。あいつは何も分かってない。さ、サトゥは強すぎる。あれは怪物だ。勝てる訳がない。何度やっても同じことだ。そうだろ……! 勝てないやつに挑んで何になる? そんなのは時間の無駄じゃないか……! な? な?」
落ちぶれた男が最後に行き着くのは女だ。
ミドリの細い腰を意識したスマイルが、目の前にあるミドリの胸の膨らみを見てゴクリと生唾を飲み込んだ。
ミドリが焦ったように目を逸らして、やんわりとスマイルを押しのける。
「いや〜、ちょっと、どうかな〜……」
愛想笑いを浮かべたミドリが、辺りに散らばるゴミの亡骸をぴょんと飛び越えて斡旋所を出て行った。
つまるところスマイルは側近二人に見限られた。
膝立ちになっているスマイルの両腕が脱力してだらりと垂れる。茫洋とした眼差しでミドリが出て行ったドアをぼんやりと見つめている。全てを失った男の哀れな姿だった。
俺は意外な展開にきょとんとした。
……え? いいの? この人、俺が貰って。
俺は驚愕した。
降って湧いたようなボーナスチャンスに、ドッキリなのではないかという疑念がチラつく。
スマイルの旦那はβ組だ。今は心が弱っているようだが、人間ならそういうこともある。人間は弱く脆い。そんなことは分かりきったことで、今更強調するほどのことじゃない。
俺は打ちひしがれた様子のスマイルくんにパッと駆け寄った。ぽんと肩に手を置いて猫撫で声で話し掛ける。
「ぷれはぶ。おーみ」
「……?」
スマイルくんが俺を見る。
俺は繰り返し言った。
「ぷれはぶ。おーみ」
しかしスマイルくんは不思議な生き物を見つめるように首を傾げるばかりだ。
俺は焦った。目の前に居る極上の獲物の無防備な表情に気ばかりが焦る。
「ぷれはぶ! おーみ!」
頭の中でウッディの声がした。
(シンイチ。落ち着け。思考を暗号化するな……)
ハッ。俺はハッとした。いかんいかん。降って湧いたような幸運とそんな幸運があっていいのかという猜疑心でメイドインアビスの成れ果てみたいになってた。
俺はこほんと咳払いして気を取り直した。
スマイルくんは不安そうに俺を見つめている。
受付ティナンは安心したのか、俺の腕の中でうとうとしている。俺は受付ティナンを抱え直して、懐からそっと木彫りの先生像を取り出した。
人間の精神力なんてものは高が知れてる。
生きるのはつらいだろう。
死ぬのは怖いだろう。
金持ってて人生安泰のやつはいいさ。でも、そうじゃないやつも居る。
だから人間は、お手軽に精神力を一定の値まで引き上げる方法を模索し、ついに見つけ出した。
すなわち……宗教を。
人間には縋るものが必要だ。
俺は、木彫りの先生像をそっとスマイルくんに手渡した。
サトゥ氏にひどいことをされてすっかり心が弱ってしまったスマイルくんは、先生像をぎゅっと抱きしめた。
他に縋るものなど何もないのだ。
それでいい……。
俺はにこりと笑った。
血の海に沈んだゴミどもの亡骸が自壊し、火の粉が舞っている。
スマイルくんが大切に抱える先生像が、舞い上がった命の灯火に照らされて、きらきらと輝いた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ついに布教を始めましたね……。
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