ノーマナーの地平線まで……!
レベルアップの恩恵は素晴らしいものがあった。
それは家でチマチマと藁人形を編んでいては味わえない種類の快感であり、武器を握る手の力強さだったりモンスターをブン殴った時のしびれるような手応えだったりと様々だ。
思えばネフィリアは俺にこんな楽しさがあることを教えてくれなかった。俺の特技はMPK。魔物の群れをプレイヤーになすり付けるトレイン行為をしても俺自身に経験値が入ることはない。おそらくネフィリアは五感強化を低レベルの内に済ませれば、レベルアップで更なる強化を図れることを知っていたのだろう。だから純真だった頃の俺を、決して成果を得ることができない骨ダンに放り込んで俺のレベルアップを阻害していたのだ。アットムくんという例外を除けば、骨ダンに出没するアンデッドを焼き払えるのはヒーラーだけだからな。
レベルアップの快感に取り憑かれた俺は、効率的なレベリングを追求した結果、高レベルのパーティーに潜り込んでオイシイところを掻っ攫うという戦略に出ることにした。ゴミどもに絡まれると面倒なので女キャラに化けて事を進める。
俺は視力を二段階グレードアップしているため、他のプレイヤーよりもレベルが上がりにくい体質になっている。しかし生まれながらにしてレベル100越えのモンスターをブッ叩いて得られる経験値は凄まじいものがあった。種族ゴミの首を刎ねてやってもこうは行かない。このゲームの経験値テーブルはクソだが、それでもレベル一桁のか弱い俺にとっては十分な戦果と言えるものだった……。
順調にレベルアップを重ね、たくましく育っていく俺にウチの子たちはとても喜んでくれた。今までなら腹を刺されてコロリと死んでいた俺が少し長持ちするようになったとあって大変好評である。
1.山岳都市ニャンダム-パーティー募集広場
そんなある日のことだ。
山岳都市の広場で経験値を恵んでくれそうな良さげな野良パを物色していると、いきなり俺の片足がブッタ切られた。ぬうっ……! バランスを崩して片手を地べたに付くが、その片手も手首から削ぎ落とされる。この早業と技の冴え……! そして通り魔にしては鮮やかすぎるダイナミックな犯行……!
俺は獣のような唸り声を発してゴロゴロと地べたを転がった。ネコピックを引き抜いてブンブンと振り回すが、次の瞬間には腕ごと切断されて宙を舞う。残った片足もやられた。四肢を落とされてダルマになった俺の視界を、空中で高速旋回したメガロッパがパンチラしながら横切っていく。思わず目を凝らした俺に、メガロッパの手に持つ剣が閃き、俺の首が派手に刎ね飛ばされた。
ダッシュで死に戻りした俺に、メガロッパさんの口元が一瞬だけ嬉しそうに綻び、すぐにいつもの仏頂面に戻った。奇声を上げながら振り下ろした俺の一撃をあっさりと躱して、俺の手首を掴んで引っ張ってくる。
「遅いです。ほら、ぐずぐずしてないで。さっさと行きますよ」
俺を殺しておいてなんて言い草だ……。俺は内心そう思ったが、口には出さず大人しく付いていくことにした。この女が今履いているパンツの柄を俺は知っているのだと思うと、怒りの感情を持続するのは困難だった。いっそ誇らしくさえあった。
俺を引きずって歩くメガロッパは落ち着かない様子でキョロキョロと山岳都市の街並みを眺めている。お上りさんじゃあるまいし、何を緊張してるんだコイツは。
俺はつい先ほど刎ね飛ばされた首をさすりながら、会えば殺されるだけの関係の女に声を掛けた。
おい、メガロッパ。【敗残兵】が再建したんだってな。おめでとさん。今度何か祝いの品を持って行くよ。リチェットとサトゥ氏にもよろしく言っておいてくれや。
「で、でもまだ……色々と手続きとかありますから。いえ、ありがとうございます。その気持ちは。うん」
なんで日本語がヘタになってるんだよ。手続きってのは? ああ、お前は【目抜き梟】を抜けることになるからな。まぁ色々とあるか。さよならーってパッと抜ける訳にゃ行かんのかね。そういう面倒臭ぇのはリアルだけにしておいて欲しいよな。ゲームなんだからよ。普段は史上最強のクソゲーだのとリアルを散々こき下ろしておいて、自分に不都合なことがあると急に人として最低限の礼儀だのマナーだの眠たいこと言ってくるからネトゲーマーってのは信用ならねえんだ。その辺、自然回帰派は徹底してる。あいつら自分の意見を曲げないで山に追いやられたからな。俺はあいつらのこと嫌いじゃないぜ。要は一貫性さ。自分にとって都合が悪いからって立場をコロコロ変えるのはダセぇ。お前もそう思うだろ、メガロッパよ。
「……あの。これから、攻略組の会議があって。寄生プレイヤーを取り締まるって。お前を連れて来るよう言われて来たんですけど……」
あん? 俺、攻略組の会議は出禁だろ。なんだって俺をご指名だよ? 先生の代理か? いや、先生はログインしてるぞ。どういうことだ?
「その、悪徳プレイヤーの代表みたいな……? ネフィリアさんは呼んでも来ないし、連れて行こうにもギルドと戦争になりますから」
おいおいおいおい。……驚いたよ。まるで俺がゴミの代表みたいに言うんだナ? そりゃ俺だって心当たりがないとは言わねえよ。だがな、俺なんて氷山の一角みたいなもんだぞ。俺を倒しても悪の四天王が出てきて、そいつらを倒したら今度は悪の六魔天が出てくるんだ。俺なんかしょせんは小悪党の域を出ないし、なんなら善良な市民でも通るよ。この前、蛇マンもそんなこと言ってたモン。蛇マン知ってる?
するとメガロッパさんは急に冷淡な口調になった。
「ええ、知ってますよ。【蛇】ですね。やはり頭を潰さないことにはヤツらを追い込むことはできないようですね……」
なんだよ。お前ら敵対してるのか?
「当たり前です。あいつらは悪質なPKer集団ですよ。初心者狩りをやってる。そんな必要がどこに? あいつらは攻略組のNo.3です。いえ、おそらくはRMT業者ほどの規模ではありませんから……実質的にはNo.4ということになりますか。とにかく、十分な実力を持ってる。それなのに、面白半分に新規プレイヤーを狩るのは許せない……!」
そう言ってメガロッパはパッと振り返るや俺の手をぎゅっと握った。
「コタタマ。ヤツらに近付いちゃダメ。私は、お前が本当は優しいって知ってる。ジャムのために本気で怒れるって知ってる。だから……」
初心者狩りとか俺も普通にやるんだが……。
「バカーっ!」
グー!?
つい口を滑らせた俺はメガロッパさんにブン殴られて地べたに転がった。
俺に馬乗りになったメガロッパさんが俺の頭をガクガクと揺さぶってくる。
「この魔族! お前のせいで私の一貫性はメチャクチャなんですよ! 蛇の連中にも言われたし! お前を野放しにしてるじゃねえか〜みたいなこと言われてっ! 私、反論できなかったしっ! 改心しなさい! たまに優しいふりするでしょ! 私に優しくして!」
ばっかオメー。俺は先生の下で研鑽してるじゃねーか。そうよ、俺のバックには先生が付いてる。言ってみれば神のお膝元に仕えるのが俺だ。その俺がよ、どんだけゴミどもの撤去に貢献してると思ってんだ? 俺は行動で示す男……! 改心なんて段階はとうに通り過ぎてるんだよォー!
しかしメガロッパさんは聞く耳を持ってくれなかった。嫌がる俺を引きずって、露店バザーに点在する怪しい倉庫に俺を連れ込む。
ぷんぷんとお怒りのメガロッパさんはキッと俺を睨んでこう言った。
「今日という今日は徹底的にお前の悪行を正してやりますからねっ!」
違うなァ。俺は内心でそう呟いた。初心者狩りは許せねえだ? そうじゃねえだろ、メガロッパ……。【目抜き梟】に毒されたか。あいつらはトップクランの一角にしちゃ甘っちょろいからな。あいつらとずっと一緒に過ごして一緒に遊んでる内に人間らしい感情を取り戻しちまったらしい。なに、今に分かるさ。【敗残兵】は国内最強の戦闘集団だ。最強という称号は安くない。愛だの友情だの甘っちょろいことを言っていてはダメだ。たちまち引きずり下ろされて骨までしゃぶり尽くされるだろう。
そして、もちろんサトゥ氏はそんなことを許しはない。長いバカンスを終えたメンバーを、かつての冷徹な戦闘マシーンに仕立て上げるだろう。
きっとメガロッパは【目抜き梟】に残留したほうが幸せになれた。しかし、この女もまた廃人だ。心の奥底に、決して満たされることのない渇望が潜んでいる。人に棲む乾いた獣……。メガロッパ本人ですら自覚していないそいつを、空のペットボトルを抱えたサトゥ氏は視ることができる。同種、同類の生き物として。
メガロッパ本人がどんなに強く否定しようとも、人の本質は変わらない。楽しみだよ。お前が堕ちていくサマを見るのがな。
くくくっ……。
俺はメガロッパにずるずると通路を引きずられながら哄笑を上げた。
ふはははははははははははははは!
「うるさいです!」
きゃんっ。俺はメガロッパさんに頭を引っ叩かれてお口チャックした。
2.怪しい倉庫-攻略組会議
おぅおぅ、廃人どもが雁首揃えてああでもねぇこうでもねぇとギャーギャー喚いてんよ。
会議は紛糾していた。乱闘寸前の有様だ。
ヒートアップした廃人が席を蹴って立ち上がり唾を飛ばして怒鳴る。
「もるるっ! もるぁっ、もるあーっ!」
長時間の狩りから直で会議に臨んだらしく、第二言語に言語野を侵食されていた。
人間の言葉を忘れちまったやつは連れて来るなよ……。俺はそう思ったが、同じ領域に足を踏み入れた連中はニュアンスで言いたいことが伝わっているらしい。カッとなって負けじと席を立って言い返す。
「もるっ!? もるるるるっ! もるぁっ!」
何が何だかさっぱり分からねえ遣り取りを、書記官の雇われティナンが律儀に議事録に記入している。
「もる、もる、もる……」
このようにして攻略組の会議では書記ティナンを雇うことがある。
理由は三つ。
一つは公平性を保つため。言葉というのは順序を入れ替えるだけで聞くものの印象を変えることができる。攻略組は別に仲良しクラブではないので、議事録をまとめる書記官を特定のクランから出してしまうと主観的な偏りが生じてしまう。
二つ目は合法ロリ姉妹の命によるものだ。マーマとメープルは山岳都市における種族人間の秘密会議を禁じている。ティナンを性的な目で見る変態がいっぱい居たからだ。変態対策なら仕方ないね。
そして三つ目がティナンを会場に置くことで動画撮影を防止するためである。
動画を撮影できない……記録を残さずに済むというのは攻略組にとって非常に重要なことだった。とても一枚岩とは言えない連中ではあるが、攻略組という共通点を持っている以上は何かしらの情報を共有している。
たまに野良パに潜り込んで俺TUEEEEEEしているコイツらにとってミドル層やライト層のプレイヤーは承認欲求を満たしてくれる便利なモブキャラであり、それはオフゲーで世界を救って王様に「よくやったぞ」と誉められても得られなかった快感なのである。
従って少し頭が回る攻略組はそこら辺を歩いてるモブキャラを決して疎かにはしない。疎かにしないということは、必要以上の情報を与えないということである。
そして、有益な情報の秘匿が公然として行われるこの場に何故か俺がお呼ばれしている。
なんだろう。何か悪いことしたっけな? とんと心当たりがない。バレるようなヘマをした覚えはないので首をひねるばかりだ。人の口に戸は立てられないとは言うが、口封じは割と得意なほうだと自負している。はて?
メガロッパが言っていたように本日の議題は寄生プレイヤーの処置についてのようだ。
ひとしきり殺し合って死に戻りした廃人どもが居住まいを正して会議を粛々と進行していく。
場を取り仕切っているのは蛇マンのようだ。PKクランを率いるクソのような廃人が寄生という非マナー行為を声高に弾劾する。
「知っての通り、ここ最近のプレイヤーの質の低下は目に余るものがある。そう、寄生だ。俺たちはいいさ。殺せば済む話だ。何ならわざわざ殺してくれと寄ってくるんだからラッキーなくらいだ」
「何だその言い草は! お前らは人の命を何だと思ってる!」
「そうだそうだ! 良心が痛まないのか!」
……サクラだな。反論を封じようという意思を感じない。
喚き立てるゴミどもを蛇マンはサッと手を振って制した。
「そういうのはもういい。話が先に進まない。実利的な話をしたい」
蛇マンは続けた。
「今俺たちが直面している問題は、寄生されても文句を言わないプレイヤーが居ることだ。気弱なヤツ。なあなあで済ませようとするヤツ。そいつらが寄生の食い物にされる。……なあ、もうそろそろいいだろ? 俺は動くぞ。縄張りを荒らされて黙ってられるほどお人好しじゃないんだ」
程よく肥えた寄生プレイヤーを甘いエサで釣って刈り取るつもりか。
何故か議長ポジションに収まっているリチェットがハンマーで分厚いコースターみたいなのをガンガンとブッ叩いた。裁判長が「静粛に! 静粛にー!」とか言ってガンガン叩くアレだ。正式名称は知らん。静粛ハンマー静粛コースターとでも名付けよう。
リチェット隊長は何か言いたいことがあるらしい。静粛ハンマーで静粛コースターをガンガンとブッ叩き、やけに間延びした調子で腹から声を出した。
「悪徳プレイヤー代表〜! コタタマくん!」
!?
なぜ俺?
何か言えってか?
まぁ喋っていいなら喋るが。
そうだな……。俺はペラペラと口を回した。
個人的に寄生プレイヤーの吠え面を拝むのは悪い気分じゃねえな。どうせやるなら大々的に仕掛けて欲しいね。独り占めは良くねえよ。あと俺を悪徳プレイヤー代表と呼ぶのはヤメロ。俺を誰だと思ってる。俺は先生の第一秘書にして光の戦士コタタマくんだぞ。いや今はバンシーか。まぁどっちでもいい。俺の属性が光であることは変わりない。
「闇だろ」
黙れモブが。とにかく俺が言いたいのは寄生は悪ということだ。悪は許さん。この光のネコピックで成敗してくれるわ。
俺がバッと引き抜いたネコピックを、ゴミどもはチラッと見てすぐに視線を逸らした。ツッコんだら負けみたいな雰囲気になってる。正直俺も軽くツッコミ待ちみたいなトコあるからスルーされると切ない。
満場一致でボケ殺しを習得していたゴミどもがぽつりぽつりと言う。
「寄生は悪って……認めたってことか?」
「魔界の風習はよく分からん……」
「おい、崖っぷち。お前、寄生したろ」
え?
「え?」
……?
してないけど?
「……いや、しただろ」
……?
お前ら何を言ってるんだ?
俺がやってたのはパワーレベリングだ。寄生じゃない。
俺が穢れのない眼差しでそう言うと、ゴミどもはゾッとしたように一斉に身を引いた。
「魔族……」
「お、おい。崖っぷち。正気か? 冗談だろ?」
いや……。イヤ分からないな。お前らはクランメンバーに狩りに連れて行って貰うのを寄生と言うのか? 言わないだろ。パワーレベリングだ。そうだよな? 要は同意を得られるかどうか。もっと言えば寄生されるほうが不快に感じるかどうかだ。
「今寄生って言った!」
黙れモブが!
……いいか、お前ら。誤解があるようなので言っておく。俺は寄生してない。何故なら俺は、キャラクリがどうのメイン武器がどうのと定型文でしか会話できない哀れなゲーマーに楽しいひと時を提供してやったからだ。まして……。俺はゆっくりと立ち上がり、荒ぶる鷹のようにバッと両手を広げた。ウチのちんちくりんをベースに組んだバンシーモードの手は小さく、男キャラ特有のウザいゴツさがない。俺は吠えた。この姿でだ!
両手をおろした俺は落ち着き払った声で続ける。
彼らは俺を歓迎してくれたよ。特別、媚びたつもりはないがね。もうネカマだろうと何だろうと女なら誰でもいいんだろう。そう……あるいは姫プレイ。姫プレイと言われたなら俺は納得したかもしれない。反省もしたさ。姫プレイはぬるすぎて俺の流儀じゃないからな。
ゴミどもは混乱しているようだった。
「パワーレベリング……寄生……姫プレイ……」
「き、詭弁だ。しかし……」
「寄生される側次第という理屈は……正しい、のか?」
俺は間違ったことは言わない。何故なら俺は正しいからだ。
メガロッパが我慢ならないとばかりに立ち上がって叫んだ。
「みんな! 騙されちゃダメですよ! こ、コイツが言ったことは女性キャラなら許されるってことです! 放置したら、きっとそうなる! 私たちが危惧してるのはゲームバランスです! ここで例外を認めたら押し負ける……!」
俺は標的を変えた。この場でメガロッパを言い負かすのは簡単だが、それじゃあ俺はつまらないなァ。
そうさ。お前はどう考えてるんだ? お前自身の口から聞きたいね。サトゥ氏……。
ペロリと舌舐めずりしてサトゥ氏を凝視する俺に、リチェットが静粛ハンマーで静粛コースターをガンガンとブッ叩いた。
「クラン【敗残兵】代表〜! サトゥくん!」
かざした手に残像を出したり引っ込めたりしていたサトゥ氏は、自分を指差して「え、俺?」とトボけた声で言った。一同の注目を浴びていることに今更のように気付いて、だらしなく両腕を垂らして気だるそうに宙空を眺める。
それから、何でもないことのようにこう言った。
「別にいいんでね? レベル上がるなら。お前ら放っとくとロストすっし」
…………。
っ……!
寄生解禁ッ!
これは、とあるVRMMOの物語。
寄生……全面開通……!
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