天使の子守唄
1.???宙域-最深部
そのアナウンスは考えうる限り最悪の知らせだった。
【警告】
【最上位個体が出現しました】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:不明】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【指揮官】【??】【Level-????】
【…………】
【警告】
【強制執行】
【大人の矜持】
【消えゆく定め、命の灯火、守るべきもの】
【誰も忘れない】
【背負い立つもの】
【帰りたい】
【帰れない】
【残してきたもの】
【手に入れたもの】
【千の誓いと千の遺言】
【覚悟はいとも容易く己を裏切る】
【謝らないで】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:不明】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-????】
アナウンスに紛れてレイさんが動いた。
百戦錬磨の勇者は親しいものに刃を向けられても揺るがない。それは、きっとクァトロくんから学んだことだった。
標的は若社長に抱きついている最高指揮官だ。クァトロくんがチラリと息子を見た。球形に展開されたバリアがレイさんのタコ足を阻む。格子状に編まれた電撃の障壁がレイさんのタコ足を絡め取り激しい閃光と共に焼き千切っていく。レイさんは構うことなくタコ足を総動員して障壁をこじ開けていく。
【クロから離れろ。馴れ馴れしいぞ。男の心の傷の深さや大きさは、女には分からん】
それは含蓄のある言葉だったろうに、性癖が暗い影を落として聞くものに感動することさえ許さなかった。
障壁をこじ開けて迫るタコ足に若社長が喝采を上げる。
「お父さんのスキルを力尽くで! 凄いな」
そう言って若社長は、クァトロくんに手のひらを向けた。
「ああ、お父さん。いいよ。僕だってそれなりに成長してるんだ」
救援を断り、革靴をコツと鳴らした。
「【輜重兵】、来い」
若社長の肩にイモ虫のような姿をした【ギルド】が這い出た。蚕と似ている。
レイさんは若社長の配下の兵科をある程度把握しているのだろう。濃紺の感情を瞳に混ぜて叫ぶ。
【クロ! 行くな!】
輜重兵が口から吐き出した黒い糸で歯車と似た外観の門を作っていく。レイさんはタコ足を電撃に絡め取られて身動きが取れない。
門に手を掛けた若社長が振り返って幼馴染みに言う。
「僕がどれだけ連れて行ってとお願いしても君たちは聞いてくれなかったじゃないか。だったら僕も好きにやるさ」
プレイヤーが足を踏み入れることを躊躇うほどの、どうしようもない隔たりが二人にはあった。
クァレュュに発現したスキルは【ギルド】使いと言うべきもので、時間を掛けて配下を増やして戦力を整えていくものだった。しかし子供が憧れるのはいつだって光の剣や俊足に怪力といった分かりやすいものだ。
少年時代のクァレュュは、勇者のパーティーから追放された非戦闘員だった。
クァレュュの固有スキルの価値を正しく知っていたのは唯一の大人だったクァトロくんだけで、しかしそのクァトロくんにしても最高指揮官まで従えるスキルだとは考えていなかったのかもしれない。
無限に成長し続ける【ギルド】との戦いの中で父親は強靭な肉体を捨て、その息子は力を求めて叡智を捨て去った。
限界突破というシステムが人生を狂わせていくかのようだった。二度と取り返しが付かないほどの大きな代償を支払っている。
最高指揮官を伴った若社長が、かつて自分を捨てた幼馴染みを置き去りに、死出の門を模したゲートを潜って転移した。
移動先はレイさんとクァトロくんを直線で結んで、その遥か延長上だ。若社長が両手を突き出し、指を蠢かせる。数え切れないほどの【ギルド】の群れが虚空から這い出してこちらに迫ってくる。幹部クラスも何体か混ざっている。
俺と蛇マンは手を繋いで社交ダンスを踊るように知らない星の人たちの間を縫って後退していく。
美しいフォルムのエンドフレームが指を鳴らしながらモデル歩きで俺たちを追い抜いていく。立ち止まって人差し指を突き上げるなりアナウンスが走った。
【Music Start!(Ability!)】
種族人間の固有スキルは等しくゴミだ。
それでも何ら戦力にならないアビリティなら広域に効果を及ぼすことができる。
宇宙ステージにBGMが流れる。バトルミュージックだ。PV曲のアレンジバージョンのようだった。
知らない星の人たちがステップを踏んで踊るようにクァトロくんと【ギルド】の群れに立ち向かっていく。優等種族はノリまで良くなるのか、曲調に合わせて武器を打ち鳴らして突き進んでいく。
ゲーマーに悲嘆は似合わない。
いかなる悲劇が待ち受けていようとも彼らは突き進むだろう。イベントCGをコンプするまで。
一部の知らない星の人たちが光の粒子を放って限界突破した。ぐんと加速してクァトロくんに襲い掛かる。若社長をどうにかせねば、この戦いに勝機はない。そのためには立ちふさがるクァトロくんの足止めに回る人員がどうしても必要だった。徒党を組めば対抗できるなどという甘い考えはない。レイさんが戦線に復帰するまでの僅かな時間を稼ぐことさえできれば……。
クァトロくんが小さな手をサッと振った。
帯電し、分離巨大化した律理の羽が振るわれる。目で追えないほどの速度という訳ではなかった。それどころか敵味方共に極限の域に達したと思えるこの戦場ではゆっくりに感じた。
それなのに、知らない星の人たちは避けることができなかった。避けようとはしたのだろう。しかし傍目から見たら自分から斬られに行ったようにしか見えなかった。
なるほど。
俺は、宇宙空間に横たわった蛇マンのお腹をぽんぽんと軽く叩いてやりながら添い寝した。
この戦場で俺たちがやれることなど何もない。洗脳されてるのか何なのか知らんが、クァトロくんも顔見知りの俺を斬るのはツラかろう。
よって俺は人道的見地からログアウトする。問題はどうやってログアウトするか。その一点のみよ。心身共にリラックスすることができれば不可能ではない筈だ。
そして蛇マンも俺とまったく同じ考えのようだ。
【崖っぷち〜! ガラガラを鳴らせー! おしゃぶりを用意しろ! 一切のストレス要因を排除しろ! 俺を生まれたての赤ん坊のように愛でるんだよォー!】
是非もなし。
戦闘職にはできない芸当だ。
生産職だけが戦闘の渦中にあってログアウトを促すことができる。
地球産のエンドフレームが輪になって赤ちゃんプレイに徹する。他に遣りようもあったのかもしれないが、大多数のネトゲーマーはリアルの攻略を諦めた人種だ。この先、自分の人生にろくなイベントは用意されていないと知っている。だから安寧を求めるなら過去の思い出に縋るより他ない。
ガラガラを鳴らしている俺たちをよそに、プレイヤーと【ギルド】の集団が正面から衝突した。
宇宙空間に大輪の花火が咲く。
知らない星の人たちが散っていく。
クァトロくんの剣が振るわれるたびに数百、数千というエンフレがまとめて切り裂かれる。
運良く大破を免れたエンフレも、若社長が召喚した【ギルド】に取り付かれて解体されていく。
若社長は手をゆるめなかった。過剰と言えるほどの戦力を投下していく。
合理的で徹底した戦法とは裏腹に愉悦混じりの声が響く。全体チャットだ。
【無駄な抵抗だね。君たちのフレームは、ここに居るサラが用意したものなんだぜ? 異常個体だろうと何だろうと関係ないね】
若社長にしなだれ掛かっている女がニコリと微笑んだ。イヤに赤い唇を微かに開き、発声する。ここからでは何を言ったのか分からなかった。しかし……。
りーん、りーん……と俺たちの頭の中に音が鳴る。耳に染み入るような、ひどく心地の良い音だった。夏の夜に虫が奏でるような音だ。
身体の緊張が解きほぐされ、ささくれ立った心が鎮まっていく。俺のまぶたがゆっくりと降りてくる。おそろしく眠い。強制ログアウト……?
まさしく渡りに船だった。
俺たちは場違いな存在だった。
俺たちだって雑魚キャラに生まれたくて生まれた訳じゃないんだ。
なのに、こんな最終決戦に急に連れて来られて、雑魚キャラらしくさっさとやられて退場するのは嫌だった。
あるいは努力すればサトゥ氏のように上のステージに行っても通用しそうな強さを手に入れることができたのかもしれない。
俺たちは言うほど努力していなくて。面倒臭いことは極力避けて生きてきた。
それでも。
環境が、政治が違えば、こんな俺たちだってもう少しはマシな人生を送れたかもしれない。
俺たちを甘やかしたものへの怒りがあった。
もちろん理解はしている。そんな言い分は通らない。だが、この期に及んで嘘を吐いても仕方ないので俺たちはこう言うのだ。
俺は悪くない、と。
自分が可愛くて仕方なかった。
漫画の主人公みたいにはなれやしない。
どうしてこうなったのだろうと、そればかりを思う。
でも言っちゃ悪いが、漫画の主人公みたいに正しいことばっかり言うやつは空気が読めないやつと見なされる。
何だよ、と俺らは思う。
正しいことを正しいと言っちゃダメなのかよ。それ、どんな縛りゲー? しかもバッドエンディングに向かってるとしか思えない。
だから俺たちはゲームに逃げた。
俺たちはそういう人種だ。
最高指揮官の子守唄は体のいい言い訳だった。逃げてもいいんだと思った。
なのに、俺たちはいつも。
最後の最後に選択肢を間違える。
余計なことに気が付いてしまう。
それは、クリリンを殺された悟空が怒ったから。ナルトがサスケと共に歩むことを諦めなかったから。そういうのがカッコイイんだと、俺たちが思ってしまったからだ。
クァトロくんの目の端から、つ、と一筋の涙が流れた。
零れ落ちた涙がパッと散り、死出の門が咲く。
召喚された光の使徒が咆哮を上げて知らない星の人たちに襲い掛かる。
レイさんが障壁を引き裂きながら咆哮を上げた。
【ウオオオオオオオオオオオオオッッ!】
アナウンスが走る。
【アビリティ:鼓舞】
【英雄は人心を奮い立たせる】
【アビリティ発動!】
【制限時間:66.65…64…63…】
光の使徒たちが打たれたように動きを止める。
知らない星の人を槍で串刺しにする直前でぴたりと動きを止めたペペロンの兄貴が、クァトロくんを見て、レイを見て、若社長を見た。舌打ちして独りごちる。
【チッ、やっぱこうなったか】
俺たち地球産のゴミはのろのろと起き上がる。
ちっ、仕方ねえ。行くぞ、オメェーら……。
ゴミどもはぶつくさと不平不満を零しながらのろのろと立ち上がった。
蛇マンが照れ隠しのように呟く。
【……まぁ勝ちパターン乗った感あるしな】
そうそう。精々勝ち馬に乗るとしようや。
蛇マンはハッと笑った。
【ま、ガキンチョには敵わねえやな】
俺たちは群れなす【ギルド】へと奇声を上げて突進した。
死ねよやぁーッ!
これは、とあるVRMMOの物語。
ジャンプヒーローは大切なことを教えてくれた。
GunS Guilds Online




