プレミアム会員たちの戦い
1.韓国-ポポロンの森-女神像
早朝。
ログインするなり秒殺されたらしい。気付けば死んでいた。
ポポロンの眷属にでもやられたか?
一瞬だけマゴットの犯行を疑ったが、説得は成功した。その線はない。その筈だ。俺に殺されて喜ぶ趣味はない。最近少し迷走気味だが、俺を喜ばすために殺すくらいなら普通にもっとスケべなことさせろよ。そう思う。
ああ、心が洗われるかのようだ。女の乳尻太ももが俺を狂った世界から引き戻してくれるかのようだった。俺のセクハラ神への信仰は揺るぎないものだと確信することができた。
自然と俺の視線は上向き、足取りはしっかりしたものになる。
俺は自由だ。
2.スピンドック平原
だが、韓国の人たちはもっと自由だった。
韓国娘二人がパタパタと旗を振って俺たちを先導している。
「チョッパリのみんな! 今日はユーザーイベントを見学するよー!」
お金が大好きなペヨンは先生とネフィリアの人脈に期待しているらしく、韓国アピールに余念がない。
とはいえ、ここ韓国サーバーには人間の里がなく、中国みたいに街で買い物を楽しむということができない。
よって韓国ならではの観光スポット、ゴミの集積場を案内してくれることになった。
ユーザーイベントである。
以前にペヨンが言っていた通り韓国プレイヤーはまとまりがなく、バラバラに動く。少人数で何か派手なことをやって耳目を集めるというのが最近の流行りらしい。
トコトコと原っぱを歩きながらミーチャさんがこれから見学に行くクランの説明をしてくれる。
「韓国では結構有名なトコですよ。モンスターにガチで喧嘩を売るっていう企画で……」
ペ公がミーチャさんに絡んでいる。
「ミーチャ。ミーチャ」
「なんだよ。うるせーな」
ミーチャさんの口振りは辛らつだが、言葉に裏がない。思ったことをそのまま口にしている。
思うに、幾度となくペヨンに煮え湯を飲まされてきたのだろう。報復に走ったことは一度や二度ではあるまい。
心の底から怒り、憎しみ合って、殺し殺され……。
けれど、これはゲームだから。フレンド同士で殺し合うのは珍しくないし、何なら真っ先に標的にするだろう。
それはリアルではないから。死ねば終わりではないから。
キャラクターデリートはもちろん、キャラクターロストですら役不足だった。
プレイヤーの死とは、すなわち引退だ。
退屈だけがプレイヤーを殺しうる。
そうした事態を避けようとしたならば、人間の友情や愛情はどこまでも歪み、ねじ曲がっていくだろう。
どんなに立派な教育を受けようとも完璧な人間などというものは居ないのだ。
人間が持つ感情は複雑すぎて、憎悪ですら愛情を糧にしている部分がある。
韓国サーバーのユーザーイベントは、リアルでは発散できない雑多な感情の吹き溜まりなのかもしれない。
特設ステージは高台を設けただけの簡素なものだが、観客は多い。これからバカをやるというメンバーの哀れな末路を期待しているようだった。
壇上に立っているのは七人の男女だ。
きらびやかな衣装を身にまとった韓国スターたちがマイクを片手に演説をしている。
「これより我々はー! ここスピンドック平原に巣食う薄汚いウサギどもを蹴散らしー! ヤツらの手に落ちた女神像を解放する!」
力強く握り拳を固めた男が誇らしげに胸を張って宣言した。
「同士たちよ! 我らの愛、我らの祖国、我らの大韓民国には強い指導者が必要だ! 中国の希望、李信馬准は討たれた! 我々は独立する!」
観客も黙っちゃいない。野次を飛ばす。
「やれるのか! オメェーらに! 上位個体はどうするんだー!?」
壇上の男がニッと笑う。
「我々には秘策がある! 薄汚いウサギどもを駆逐する秘策だッ! それは……」
閃光が走り、壇上の七人が消し炭になって死んだ。
轟音と共にステージが吹っ飛んで地面が大きく抉れた。火花が散り、足元の草がめらめらと燃え広がっていく。
頭上を見上げれば、青空に白い雲が一つだけ孤島のようにぽつんと浮かんでいた。いや、あれは雲などではなく……。
ずしんと地響きを立てて降り立った白い巨獣が、全身に激しい稲妻を帯びる。後ろ足で器用に立ち上がると、ぐうっと上体を反らして咆哮を上げた。
Nuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu
俺たちの鼓膜が破れた。
大音量のサイレンと赤色灯が脳髄を灼き、聴覚を潰された脳が強い危機感と激しい混乱を訴えてくる。意思とは無関係に目がギョロギョロと動き、原因を探ろうとしている。だが、それすら許さないとばかりに揺れる視界をアナウンスが埋めていく。
【レイド級ボスモンスター出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:39.89…88…87…】
【目標……】
【公爵】【Spit-Duke】【Level-2620】
こ、コイツ……。
俺は小娘どもを手振りで制して後ずさった。
スピンドック……。コイツ、こんなにレベル高かったか?
いや、レベルアップしている! それも急激に! エンドフレームをエサにしたのか……!
種族人間はバトルフェーズを境にエンドフレームという戦闘形態があることを知った。
異常個体は意識的にエンフレを引きずり出すことができる。
それはつまりレイド級の成長を加速させることを意味していたのだ。
クソ運営のあざ笑う声が聞こえた気がした。
ガムジェムを与えられ、死を克服し、無限に成長し続けるレイド級こそがョ%レ氏の手駒だ。
そして俺たちはレイド級の成長を阻害しうるスキルドレインを持たない。
こ、こんなのどうにもならねえ! 逃げるしか……!
我先に逃げ出したゴミどもが、地を伝った赤い輝きに押し出されるようにころころと地べたを転がる。
壇上の七人は囮だった。整形チケットを使ったのだろう。
スピンドックは見た目通り耳がいい。縄張りで決起集会などやっていれば襲撃を受けるのは当たり前のことだった。
七体の巨人が出現し、各々の武器を手にスピンドックを包囲する。
【言ったろ? 秘策があると】
【終わりだ、貫き公……。キサマの命運はここで尽きる】
か、勝てるのか?
俺は固唾を飲んで見守る。
上位個体ならともかく、いかなエンフレといえど……レイド級はケタが違うぞ。
韓国サーバーに女神の加護はない。
俺たちは加護持ちだが、この場でレイド戦の条件を満たすのは難しい。
しかし元より女神の加護はナイが勝手に作ってプレイヤーに与えたものだ。
デスペナルティを調整しつつ、ここぞという場面で蘇生魔法を駆使するのが、このゲームの本来あるべき形なのだろう。
プレイヤーの成長はレイド級のレベル上げに直結する要素だから、女神の加護がなくとも工夫すれば戦える筈だ。
スピンドックが長い耳をぴんと張って、電撃を四方に撒き散らした。
逃げ遅れたゴミどもが一瞬で消し炭になってふわっと幽体離脱する。
種族人間の魂が天に昇っていく。
取り残された者たちの怒号と怨嗟の声が渦を巻くかのようだ。
一人でさっさと逃げ出したペヨンが原っぱを駆けている。ハッとして振り返った。
「ミーチャ……!」
ミーチャさんは消し炭と化した俺の身体を呆然と見つめていた。
「そんな。私を庇って……」
イヤそれはない。たしかに突き飛ばしはしたが、電撃を目で見て反応するのは無理だ。俺はリスクを分散しただけ。何も一緒に死ぬこたぁねー。そう思っただけさ。
ゴミの処理場と化した戦場で、七体の巨人がじりじりと包囲の輪を狭める。
種族人間とモンスター。
生き残るのはどちらなのか。
決戦が始まる。
これは、とあるVRMMOの物語。
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