月が綺麗ですね
1.要塞都市ニャンダム
「それとですね」
ペ公はへけけっと笑った。
アンパンくんがよくやる笑い方だ。笑って誤魔化そうとしている。
「宿がないです。基本、私らの中でクランハウスって寝れるトコって認識なので。まぁ野外っスね」
ネフィリアが絶句した。
「おまっ……」
しかし俺の感想は逆だった。
やるじゃん。理に適ってる。スゲー楽しそうなサーバーだなぁ。
俺は以前から思っていたのだが、このゲームのクランの仕様はひどくあいまいだ。
クランメンバーでなくともクランハウスに勝手に入ってこれるし、課金アイテムの家電製品を勝手に持ち出せる。
プレイヤーの母体の別名を【クラン】と言い、そうした関連の仕様なのだろうが、ハッキリ言って俺はシステム上は無所属でも特に困ったことはない。クランチャットとか別にないしな。
正直、見直した。コイツらスゲーわ。無駄なことをドンドン切り捨ててる。侮れない。
なんだか楽しい気分になってきた。ネフィリアには先生の前で無様は晒せないとか韓国旅行の幹事として気負ってる部分もあるだろう。だが俺には関係ない。俺はネフィリアに意見できる立場だし、先生に勝とうなどと大それた野望を抱いていないからだ。
ペヨンの肩にガッと腕を回して言う。
「元より期待してねーよ。要はキャンプだろ。まぁそうなるわな。家建てても速攻で潰されるだろーし、前に言ってたよな。頭が居ねーならそうなる」
先生がうんうんと頷いた。
「女神像は登録しましたからね。集合時間を決めるなりすれば大差ないでしょう」
先生は丁寧語キャラで行こうとしているようだ。イヤむしろ普段はそうなのかもしれない。ただ、先生はβ組でチワワを指導する立場に居る。無条件で言うことに従う相手に丁寧語で指示を出すのは時間の無駄でしかないのだ。
ネフィリアが少し悔しそうな顔をした。俺と先生にフォローされたのが悔しいのだろう。無駄なプライドだ。俺はそう思う。フィールドワークは学問の基礎であり、事前に仕入れることができる情報には限りがある。先生という神が同行しているのだから、多少の手抜きは問題なく対処できる。まぁネフィリアの立場ではそんなことも言ってられないというのも分かるが。そのための俺である。
俺はあえて先生に物申した。
「先生。何でもかんでもネフィリアに任せるのは怠慢ですよ。俺と先生でペヨンの窓口になりましょう。小娘どものことはネフィリアは任せたほうが効率がいい」
しかし先生は首を横に振った。
「必要と判断したなら私が出しゃばる。コタタマ。君は私とネフィリアよりも下だ。先のパーティー申請……。情報収集を怠ったね? 調べれば分かったことだ。キツイことを言うようだが、私とネフィリアは君に同格であることを期待している。ハッキリ言うぞ。コタタマ。君は子供に期待しすぎている。彼女たちは学ぶ時間が十年ちょっとしかなかった。評価を下すにはあまりにも不足な時間だ。子供は親を選べない。『成人』とは、自立に要する時間だ。スタート地点が違う。なのに万人に同じことを求めるのは無理があるとは思わないか?」
先生はネフィリアをアゲようとしている。俺は真摯に頷いた。
「仰る通りです。おい、小娘ども。聞いたな? 俺は今めっちゃ怒られたぞ。でもお前らの所為じゃない。何かあればネフィリアに言え。指揮系統を一本化する。つまりは普段通りだ。お前らはガッコで何かあったら担任教師に相談するだろ。それは正しいんだ。ガッコってのは侮れねーぞ。正しいことしか教えない。けど間違ったことがまかり通るのが社会なんだ。それはもうどうしようもない。ファジーな判断を求められる。そいつを擬似的に学べるのが友達付き合いってやつだ」
フリエアが感心したように言う。
「やっぱタマっちって社会人なの?」
俺のリアルを探るな。しかし、どうかな? 分からんぜ。俺が今言ったことは本を読めば普通に書いてることなんだ。俺は何も特別なことは言ってない。お前らが遊び呆けてる間に、ぼっちの俺は図書館で本を読んでたのかもな?
……まぁ言ってて大して説得力がないのは分かってるが。
俺とネフィリアと先生の見解は一致している。小娘どもを野放しにはできない。コイツらには人生経験が圧倒的に足りていない。年長者には監督責任があり、それをガキンチョに求めるのは無理がある上にあまりに不条理なのだ。
お前らは俺が守ってやるよ。じゃないと先生に怒られるんでな。
だが守りようがなかった。
物陰に潜んでいた俺たちはティナンに包囲されてコテンパンにやられた。
「目! この人間さんは目がいいですよー! みんな気をつけて!」
「こっちの女の人も目がいいです! 死角から攻めましょう!」
種族人間の弱点がスタンであることもバレていた。俺たちは瞬く間に意識を落とされて要塞都市の外に放り捨てられた。
俺とネフィリアの目は大して役に立たなかった。ティナンは小さすぎる。目で追おうにも、いちいち人間には無理な動きで迫ってくる。経験則がまったく通用しない。おまけに要塞都市は都市全体が種族人間を追い込んで一網打尽にできる造りになっているらしかった。具体的には頭上にティナン用の足場があったりする。
さしもの俺もキレた。
無理ィ! ねえミーチャさん! 無理でしょ! どうして俺たちを連れてきたの!?
ミーチャさんは遠い目をしていた。
「いや……。中国の人たちは割と善戦してくれたりするので……」
一緒にしないで! あの人たちはクォリティ高いから! 文化が違うんだなァー!
ウサギさんに殺されたのか何なのか、俺たちはふりだしに戻った。
ひとまずポポロンの森を目指そう。人間の里なんてものはないらしいが、いちいち歩いて戻るのが面倒臭すぎる。
2.マールマール鉱山-山中
道中。コオロギ女がポツリと言った。
「あの。マールマール鉱山の女神像は登録しないんスか?」
無理だ。俺はキッパリと言った。
認めるのも癪だが、ペ公はアホじゃない。登録できるなら最初に案内しているだろう。
つまりマールマール鉱山とスピンドック平原は期待できない。眷属が好戦的で、一、二を争うほど凶暴かつ純然たるパワーファイターなので逃げ切れないのだ。
マジ何なの、この魔境。
しかも道行くゴミどもがペヨンを見るや絡んでくる。
「おっと? 誰かと思えばペヨンじゃねえか〜。綺麗どころを揃えてドコ行くんだよ〜」
ミーチャさんがキレた。つい先ほどまで楽しくお喋りしていたのに瞬間湯沸かし器の如くボルテージが一気にカンストした。
「うるっさいんじゃボケぁ! いちいち絡むなや! そういうのは私の居ないトコでやれや! ダサいんじゃテメーら!」
ひぇっ……。
俺は怯えた。見た目とのギャップが凄い。と同時に、ペヨンが妙にミーチャさんに懐いている理由が分かった気がした。
感激したペ公がミーチャさんに抱きついて頬ずりする。
「ミーチャ! 私は気にしてないから! 私のために争わないで!」
イイ性格をしている。
ミーチャさんが全方位にキレた。
「元はと言えばテメーの所為だろ卵女ァ! テメーが大人しくしとけば何の問題もなかったじゃろがいッ! 一番の被害者は私だかンな!? いちいちいちいち裏切りやがって……! テメー正気か!? あ!?」
道行くゴミどもがニコニコと笑っている。
ペヨンとミーチャさんは二人でワンセットという扱いであるらしかった。
日本サーバーで言う、俺がこち亀ムーブしてギリギリ赦されるようなものだろう。俺は、俺を殺してくれるウチの子たちが居るから安心してやんちゃができるみたいな面がある。
しかしミーチャさんはウチの子たちと違って手出しはしないようだ。ペヨンに押し倒されてブンブンと頭を振りながらゴミどもに叫ぶ。
「見世モンじゃねーぞ! 散れッ! テメーらも同罪だかンな!? 私にメンド臭ぇー卵女を押し付けやがってよォ! 縁を切りてーのに切れねえ! 切ろうと思えば切れンだろ! 私は一体何なんだよ!? どういう感情だコレぁー!?」
本人ですら分からないのに他人に分かる訳がない。
元来、情の深い女性なのだろう。ほつれた糸クズのようにメチャクチャに絡み合った人間関係がミーチャさんの人生まで絡め取っているかのようだった。
こうはなりたくないもんだな。
俺はしみじみとそう思った。
3.ポポロンの森
無事にポポロンの森の女神像を登録し終えた俺たちは早々に本日の宿を探して森をつろつくことにした。
日が沈んでからでは遅いのだ。
寝床に適した地形は限られており、他のプレイヤーとカブることは避けられない。よってログインすると同時に交戦を想定しておかねばならない。
いったん帰国するという案も出たが、俺が却下した。俺たちは外国に来てるんだ。危ない時だけ帰国するなんて遊び方は勿体ない。
幸い、小娘どもの大半は魔法職だ。一人や二人ならともかく、魔法使いが三人以上という特殊編成はPKerからしてみればどう攻めればいいのか分からない。俺なら真っ先に指揮系統を崩すが、先生とネフィリアは双子の姉妹のような容姿をしていて、明らかにリスクを分散しようとしている。そのような面倒臭いパーティーをわざわざ狙うか?という話だ。
最高効率の金策と言われるPKもノーリスクではない。防具を外して財布を置いてきても武器は絶対に必要だ。唯一の例外が魔法使いということになるのだが、丸腰でうろついてるアホは真っ先にPKの標的になる。
かつてのMMORPGはプレイヤーの自浄作用を期待していたようなシステムが散見されるが、どうやらそれは運営ディレクターが宇宙人という卑劣極まりない謳い文句がなくては成り立たないらしい。俺たちは、このクソゲーを通してそれを学んだ。人類総PKer計画だ。殺されるほうが間抜けなんだというクソのような倫理観が横行して初めてプレイヤーの自浄作用は機能する。
「こ、コタタマ。もう寝た?」
実際、寝床についた俺は可愛い妹弟子からクソのような提案をされた。
夜半の出来事である。月がとても綺麗だった。
「あ、あのさ。あんたがどうしてもって言うなら……。こ、殺してあげよっか?」
マゴット、お前もか。
俺は上着を引き上げて自分の身体を覆った。
マゴットさんが「う〜……」と唸りながら俺にのし掛かってくる。
「だって……。私、別にあんたのこと殺したいとは思わないんだもん……。私が変なの?」
説得の余地はあるようだった。
危ない危ない。一歩間違えば事案だぜ。
俺はニコッと笑った。
ここで必要なのは逆転の発想。コロンブスの卵というやつだ。
受け入れるのは難しいかもしれないが、それがまるで当たり前のことであるかのように言って聞かせる。
いいか、マゴットよ……。
「人殺しは悪いことなんだ」
これは、とあるVRMMOの物語。
個人の感想ですね。
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