コタタマ地獄変
リュウリュウの可能性に賭けてみたいという気持ちは日増しに高まる。
先生を【敗残兵】に預けるのが一番なのだと頭では分かっているが、それも万全であるとは言い難い。森の奥から引っ張ってきたスライムの群れに蹂躙されるクソ廃人どもを見て、俺は種族人間がしょせんゴミであることを今更のように再認識した。
つまりトップクラスのクランであっても悪意あるMPKの前には無力なのだ。相性で言うなら、むしろ少数の腕利きを仕留めるほうが難しい。俺は【敗残兵】を特別視しすぎていたのかもしれない。
無論、リュウリュウに先生を託すという案にも問題点はある。レベルだ。新規プレイヤーのリュウリュウはレベルが低すぎる。どんなに素晴らしい才能があってもフィジカルが弱くてはどうにもならない。とはいえ、このゲームの経験値テーブルはクソなので、短期間で一気にレベルを上げるのは無理だ。
ならば、ある程度レベルが高くて信頼の置ける連中を補佐に当てるしかない。
探すまでもない。ウチの子たちをリュウリュウの補佐に当てる。そこまではいい。問題はやはりレベルだ。チームポチョのメンバーは一度もロストしていないのでレベル20は越えているだろうが、欲を言えばレベル25〜30は欲しい。それとMPK対策も仕込んでおきたい。俺のようなクソプレイヤーは他にも絶対に居る筈なのだ。俺は何かしら大きなイベントが起こるたびに出しゃばってきたからな。第二、第三の俺は必ず現れる。いや、そいつは案外すでに身近に潜んでいるかもしれない。
チームポチョのスキルアップは急務だ。
1.クランハウス-居間
三人娘に特訓を実施する旨を告げると、三人とも乗り気になってくれた。瞳を輝かせておっぱいの前で手をグーにした。
「先生は私たちが守る!」
その意気だ。
「とにかく私たちは狩りをしてレベル上げをすればいいんだよね? 対人戦の練習したほうがいいかな? どう? コタタマ」
パワーレベリングをする。
俺は宣言した。
……俺とて本当ならそんなことはやりたくなかった。このゲームでパワーレベリングをやると、技術に見合わないレベルを手に入れることになる。ウチの三人娘は固定パーティーなので大きな問題はないだろうが、コイツらだって人間だ。たまには息抜きに野良パに参加することはあるだろうし、そうすることで発見することもある。ずっと同じメンバーで狩りをしていると自分がどの程度のプレイヤーなのか分からなくなるのだ。そもそもウチの三人娘は職業がバラバラなので、立ち回りを指摘するにも限界がある。当然ながら前衛職について一番詳しいのは同じ前衛職なのだ。狩人のスズキは、ポチョの立ち回りについて自分の目線でしか物を言えない。見た目の割には大人びているので、いくらか客観的な視点は持てるだろうが……。まぁ足りない。背が、ではなく、胸が、でもなく、実践して身に付けた知識と理屈をこねて得られる知識は別物だ。そこを野良パで補うならパワーレベリングは害にしかならない。
それでもやるしかない。俺たちで先生を守るんだ。
俺はぐっと身を乗り出して言った。
「やることは単純だ。俺が釣りをする。深部から眷属を引っ張ってお前たちにぶつける。悪質なMPK常習犯との戦いを想定するぞ。俺もお前らの邪魔をする。ただし俺はレベルが低すぎる。お前らがその気なら一瞬で俺を殺れるだろう。だが、仮想敵がレベル1じゃ特訓にならない。まずは10秒。開戦直後の10秒間は俺への攻撃を禁じる。変な癖が付いても嫌だから時間制限は都度変えていくし、俺の役割も変える。俺が本気でお前らにMPKを仕掛けるとすれば……」
俺はテーブルに広げたノートにゴリゴリとMPKのあれこれを書いていく。
「選択肢は二つ。一つは中規模を群れを作って親権を獲得すること。俺に一定の価値を認めさせる遣り方だ。これならタゲを擦りつける必要がない。しかし親権を得るには多少の時間を要する。数をこなしたいから今回はナシだ。もう一つの遣り方が、通り掛かりのプレイヤーにタゲを移すこと。俺はお前らに面が割れてるからな。ごく初期の段階で狙撃されたらMPKは成立しない。それを避けるために赤の他人を使うという訳だ。部外者を巻き込んでも意味がないから、今回は俺がその役をやる。攻撃禁止の時間は、本物の俺を探し出す時間だと思ってくれ。MPKの常習犯は必ず現場近くに身を潜める。意図的にMOBを使ってプレイヤーを殺すのは愉快犯の仕業だ。MPKじゃ経験値は入らない。ハッキリ言って時間の無駄だからな。発見されるリスクを無視してでも自分の行いの成果を見届けようとするだろう。ここまでで質問は?」
半端ロリがぴょこっと挙手した。ハイ、スズキさん。
「ツヅラちゃんも一緒でいい?」
ダメだ。俺はキッパリと言った。
アイツは一時的に【目抜き梟】に預ける。理由は三つ。ツヅラは強すぎる。近いうちに中国に帰してやらにゃならん。そして俺のフレンドの一人……メルメルメのロストが気になる。可能なら探りを入れて貰うつもりだ。
他に質問は?
「じゃあもう一個。コタタマは特訓って言うけど、これ他の人たちも巻き込まれるよね?」
そうだな。今からMPK対策の訓練をするので狩り場を占有しますなんて言って通る訳がない。邪魔なゴミは殺すしかない。それはもう運が悪かったと思って諦めて貰う。俺たちは追い詰められている。クラン解散の瀬戸際だ。他人を気にしてる場合じゃない。
三人娘がチラリと目配せした。赤カブトがおそるおそる挙手した。ハイ、ジャムジェムさん。
「そのぅ……。これって、私たち三人でペタさんをやっつけるってことだよね?」
そうなる。MPKを仕掛けられたら首謀者は確実に殺せ。そいつはクソ運営の手先だ。MPKを許容するシステムはな、言ってみれば公認の巣作りなんだ。プレイヤーのレベルを上げて、レイド級のエサにするという仕組みなのさ。だからレイド級は自分の眷属が引っ張られて行っても見過ごす。個体ごとの性格の違いはあるだろうが、プレイヤーのMPKが自分に利益しか齎さないことを理解してるんだろう。
おそらく上位個体を養殖したらレイド級が刈り取りに来る。俺の可愛いウサ吉が生かされてるのは、上位個体が一羽なら放っておいたほうが楽で、刈り取っても大して旨味がないからだ。【騎士】の称号を持っているから、というのもあるかもしれない。
プレイヤーのエンドフレームは最低でもレベル1000以上。多分残機が満タンのコンフレをロストするまで殺し続ければ、レベル1000を殺したのと同じくらいの経験値を得られる。
女神の加護という殺し放題のボーナスタイムを持つ俺らを、レイド級は自分の眷属よりも上に見てるんだ。特にエンフレは……美味しい獲物だと思ってることだろう。ポケモンで言うところのタブンネだな。
淡々と説明する俺を、三人娘はじっと見つめている。……他に質問はないのか? 俺は別にプロのトレーナーでも何でもないんだ。何かしらの粗はある筈だぞ。
金髪が何やらもじもじしている。
「……コタタマはやっぱり三人一緒がいいの?」
やはり粗はあったようだ。変な誤解をされている。しかし念のために聞いておこう。
三人一緒がいいとは?
「ふ、二人きりのほうが色々と……できるし。コタタマ、たまにそういうこと言うけど、ちょっとよく気持ちが分からなくて……」
真面目な話をしていたつもりだったのに、洋モノの発言で一気に場の雰囲気が変になった。
しかし劣化ティナンさんは俺の味方だ。
「私は、コタタマが幸せになってくれたら嬉しい。ポチョの言うことも分かるけど、コタタマは女の子が一人じゃ満足できないみたいだし」
いや味方じゃなかった。俺がハーレム願望のクソ野郎みたいな感じになってる。そりゃハーレム願望はあるけども。こんな俺にだって純愛に憧れる一途な面はあるのだ。ただ女を侍らせたら他の男を一気に下に見れるなァという向上心があるだけで。
ウチのAI娘は俯いて顔を真っ赤にしている。
「と、時々はっ。時々はそういうコトしてもいいけど……やっぱり恥ずかしいしっ。私、ポチョさんとスズキさんのこと大好きだけどっ。じゃあ三人でってやっぱり変だよっ。ペタさんの変態!」
変態はお前らだ。俺は別にお前らに殺されたからって嬉しいとか興奮するとかないんだよ。何なんだ。何でこんな変な空気になってるんだ。俺が一体何をした?
……話し合いの結果、俺の強い希望で三人娘が協力して俺を殺すことになった。
ポチョさんと赤カブトさんは三人でという部分が引っ掛かるようだったが、スズキさんが説得してくれた。俺がいっぱい気持ち良くなるためには多少は変態的な行いでも我慢して受け入れてあげねばならないらしい。それがゆくゆくは自分たちの幸せにも繋がるのだという論調だった。
正直もう俺はウチの三人娘をバカにできないくらい汚れてしまっていたので、擬似的なハーレム形成に少し興奮した。
俺はもうダメだ。完全に手遅れだ。ならば、もはや現状を受け入れて楽しむしかないのだと思った。心の中にある大切な何かが少しずつ削れていくのを感じた。
ウチの丸太小屋を出て、森の深部に向かう道すがら、スズキさんが俺の裾をちょこんと摘んできた。振り返ると、スズキさんはパッと俺から目を逸らして消え入りそうな声で呟いた。
「……も、もしかして、私がこういうの好きなの気付いてますか……?」
……この女は俺を狩るのがお気に入りなのだ。そういうシチュエーションに俺が誘導したのだと疑っているらしい。
いや……。俺はかろうじて否定した。お前がポチョとジャムに気を遣ってるのは分かってる。でも、別に嫌々じゃないんだろ?
「う、うん。それは、はい。私、二人とも好きだから。ずっと一緒に居たい」
だったらそれでいいだろ。けど、お前も人間だからな。機械じゃないんだ。たまに面倒臭くなることくらいはあるだろ。お前ら三人のことに俺は口出しするつもりはないが、何事もバランスだってのが俺の持論だ。お前には俺や先生が居る。月並みな台詞になるが、一人で抱え込む必要はねーぞ。
そう言って俺がぽんと軽く肩を叩いてやると、スズキはコクリと頷いた。少し躊躇ってから口を開く。
「……ホント言うとね、私は自信があんまりないの。ポチョは綺麗だし、ジャムは可愛くて。だから二人が一緒ならっていう気持ちがあって……」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、俺は知ったかぶって答えた。お前にはお前の良さがあるよ。
知ったかぶって答えている途中に気付いた。このちんちくりんも別に俺のハーレム願望に心から賛同している訳ではないらしい。
不意に顔を上げたスズキがじっと俺を見つめて、はにかんだ。
「ホントに分かってる? 私にだってコタタマを独り占めしたいっていう気持ちはあるんだよ? 私がそういうの出したら、もうメチャクチャなことになるんだから」
キモに銘じておきます。
俺は急に改まった。
スズキさんもつられて改まった。くすくすと笑いながら、
「はい、銘じてください。私は結構ワガママなので」
遅れがちな俺たちに、赤カブトが振り返って元気に手を振る。
「二人とも早く早く! あと今ポチョさんと話してたんだけど、ペタさんもレベル上げしようね! 一緒に!」
俺ぇ? 俺はいいよ。どうせロストしたらレベル1に戻るし。
「口答えしない! そういうのがダメなの! 決定だから!」
ハイハイ。
俺はおざなりに返事をしながらスズキの手を引いて歩調を速めた。
俺がチームポチョに混ざって遊ぶのは珍しい。ポチョとジャムは張り切っているようだった。まぁたまにはこういうのもいいさ。
かくしてチームポチョ俺フューチャーのパワーレベリングが幕を開けたのだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
三人ともお前を殺すことで頭がいっぱいですけど大丈夫ですか?
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