ドキッ気になるあの子のいつもと違う意外な一面……。眠れない夜に……?
1.海上都市ニャンダム-人間養成所-地下鑑別場
もるるるるっ……!
配給されたメシを手掴みでガッガッと食っている。生きることへの強い執着心が、ここではクソの役にも立たない理性を押しやっていた。
硬く冷たい石の床をカツカツと叩く音がした。靴音だ。誰か来る。俺は素早く牢屋の隅に移動した。もるるっ……! 手に付いた豆の味しかしないスープをペチャペチャと舐めながら目を凝らす。
漢服姿の髪の長い人物が俺の牢屋の前で立ち止まった。
女だっ!
俺は鉄格子に張り付いてもるもると身体を揺すった。
女ぁ!
「……女児を連れ回して捕まったと聞いたが」
ハッ。メイヨウ。メイヨウじゃないか。
俺はセクハラルートに進んだキャラクターなので、定期的に女キャラを見ないで居ると正気を失ってしまうのだ。
例えるとするならば聖剣伝説3のクラスチェンジだな。光のクラスと闇のクラスのどちらかを選択する訳だが、俺の場合は軽薄なナンパ野郎コースと犯罪者コースの二択だったという感じだ。
生きるために封印していた女体への飽くなき渇望を自覚した俺は、それと付随して理性も一緒に取り戻した。
め、メイヨウ! 聞いてくれ! 俺は無実だ! 警察ティナンを装った軍の連中が俺をこんな目にッ……!
メイヨウは、食べカスやら唾液やらでベタベタになってる俺の手をチラッと見た。
「知ってる。ツヅラだろ。あの残飯野郎は人間をティナンに改造しようとしたんだ」
そう言ってメイヨウは一冊のノートを取り出した。ぺらりとめくる。
「ヤツの研究ノートだ。ようやく見つかった。……なんか嘘くさいなぁ」
えっ、日記? オムスビコロリンの? マジかよ。ちょっと見せて。さすがに日記に嘘は書かないだろー。
「いや、書く。アイツはそういうやつだ。話半分くらいに見ておいたほうがいいな。ほら」
しゃがみ込んだメイヨウが俺に見えるようノートをぺらぺらとめくってくれる。
うわっ、黒歴史じゃん。ぼくのかんがえた最強のモンスターとか書いてる……!
「うん。これをコロリン黒書と名付けよう」
やめたげてよぉ!
俺とメイヨウはきゃっきゃとハシャぎながら金髪ロリの黒歴史ノートを暴いていく。
俺が視界の端でバッチリと太ももを見て記憶に刻みつけていることも知らず、メイヨウは楽しそうにノートをめくっていく。
「ここが呪骸について書いたページだなー。あっ、話が飛んでる。そうだった。先にティナンのページを読まないと。アイツのノート見にくすぎ……」
そんなもんだって。そんなもんよ。
他人が見ても分かりにくいし、文章の体を成してない。レポートにまとめて提出って訳でもないしな。基本は手抜きの絵に注釈を付け加えた感じだ。むっ、なかなか分かりやすいじゃないか。絵に迫力はまったくないが、雑ではないな。
ふむふむ。つまるところコロリンはティナンが種族人間をモデルにしたモンスターなのではないかと推測していたらしい。はぁん? だから何だよ。そりゃあ人間ベースだろうさ。最初の街に着いていきなりナメクジみたいなのが出てきて「ここが山岳都市ニャンダムです」とか言われても困るぜ。
パンチラしていることに気が付いたメイヨウが、めくれた漢服の裾をさり気なく下ろした。ちっ。胸中で舌打ちした俺に気付く様子もなくノートを指差して言う。
「そこはもっと読み込まないとダメなんだ。時間が勿体ないから私が説明してやろう」
メイヨウの話を要約すると、こうだ。
コロリンはかなり早い段階でこのゲームのチャンネル操作に着目していた。
このゲームのプレイヤーが地球人だけでないことは明らかであり……。
おそらく地球人と宇宙人では同じものを目にしても見え方が違う。
簡単に言えば色だ。
人間にも見えない色と見える色がある。
俺たちの身体は、進化の過程で見分ける必要がなかった色を見落とすよう出来ている。
そこで宇宙人との齟齬が生じると、コミュニケーションに難が出るのだとか。
その理屈はよく分からんが……。
今の俺なら分かることもある。
プフさんは、俺の目から見ても人間の姿をしていた。服装に関しても特別奇抜な格好ということもなかった。
それらはチャンネル操作の辻褄合わせによるものなのだ。
何らかの事情で共闘する際、いちいち服のセンスに突っ込んでいては話が先に進まないということだろう。
メイヨウはこう言った。
「私たちから見て、ティナンは小さな人間の子供だ。しかしこれはゲームだからな。単に当たり判定が小さく設定されているだけかもしれない。小さな身体に不釣り合いなパワー、異常とも言える運動センスは、私たちとの差を表現したものなのではないか、ということだ」
なるほど。さっぱり分からん。
その話がツヅラとどう関係する?
「……チェンユウ。お前には仙人の力が見えるらしいな。しかしあれは本来、見えるものではない。実際に起こっているのは母体同士の攻防だからな。原理的にはラグワープに近い。私たちのスペックが追いついていないだけで、サーバー側では処理が進んでいる。そんな感じだ」
でも見えるモン。
「お前と仙人の能力値の違いを表現したものがそれということだ。お前がやっているのはプライベートルームへの干渉だ。理屈から言えばそうなる……。だからスィシーはお前を気に入っているんだろう」
そうなのか?
「……いや、違うかも。今のは忘れてくれ。仙人の気持ちは分からん」
うーん……。
結論を言ってくれ。お前らは俺をどうするつもりなんだ?
「ら、ではない。私の独断だ。ツヅラを連れて逃げろ。フォローはする。あの残飯野郎は私たちとは違う遣り方でティナンを守ろうとしていたらしい。しかし不確実で、しかも時間が掛かる。ヤツは世界を平和にしようとしていた。それではダメなんだ」
そう言ってメイヨウは隠し持った鍵で俺を牢屋から出してくれた。
「細かい事情は省く。ツヅラと合流しろ。そうすれば軍は別の計画を走らせる。お前とツヅラを引き離したのは、それが一番確実な案だったからだ。ヤツらはお前を女児に改造するつもりだ」
何それ怖い。
「お前の仲間が動いてる。行け。軍部も一枚岩ではない。協力者が居る。いや、もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない。軍上層部はお前を気に入っているようだからな。マジュンを助けてくれた恩もある」
メイヨウ、お前は大丈夫なのか。こんなことして。ヤバいなら一緒に逃げようぜ。俺の女にしてやるよ。
「ふん、減らず口を。私を侮るな。私は称号持ちだ。私は私自身を人質にできる」
そう言ってメイヨウは拳を突き出そうとしてすぐに引っ込めた。俺と拳コツンをやろうとしたが、俺の手が汚かったのでやめたようだ。
「果てなき戦争を」
果てなき戦争を。
俺とメイヨウは共犯者であることを再確認して別れた。
死ぬなよ、メイヨウ……。いや、割と余裕があるようだ。メイヨウは牢屋の中を見物して、「へー。こんな感じなのか」と牢屋の広さを確かめるように飛んだり跳ねたりして体操を始めていた……。
……死ぬなよ、メイヨウ。
俺は自分に活を入れるように前を向いてキリッとした。
2.脱走
海上都市の種族人間とティナンは協力関係にある。
おそらく早期の段階でプレイヤーがレイド級を倒したことでルートが分岐したのだ。
つまり種族人間とティナンが同じ軍に所属しており、そうなると人間の都合でティナン同士が喧嘩することもある。
「人間さん、メイヨウ様に言われて助けに来ましたよ〜」
協力者はティナンだった。
そして追っ手もティナンだった。
「あ、こらー! 人間さんを連れてっちゃダメでしょー!」
「むー! メイヨウ様の命令ですよー!」
「えっ。メイヨウ様の? じゃあ連れてっていいですよー!」
「ありがとー!」
種族人間は走るのが下手クソなので、丸まった俺を片手に乗っけて運んで貰っている。
どうやら軍人ティナンにとってメイヨウは軍で一番偉い人という認識らしい。これなら問題なさそうだ。
しかしゴミの存在が事態をややこしくする。
俺と同じく丸まってティナンに運ばれているゴミが余計なことを口にした。
「メイヨウは軍に逆らった! メイヨウの言うことを聞くのは悪い子だぞ〜」
丸まってティナンに運ばれている俺とゴミの舌戦が幕を開ける。ティナンを味方に付けたほうが勝つ。種族人間のちっぽけな力など戦局には何ら影響しないのだ。
メイヨウ様に従え〜! メイヨウ様こそがこの世界に降り立った唯一の希望たる救世主なのだ〜!
「ほざけ〜! ティナンを惑わす悪の遣いめが〜!」
異なる主張をするゴミ二つを抱えて並走する二人のティナン。
ゴミを放り投げて二度の交錯をしてからゴミをキャッチして走り続ける。
ティナンからしてみれば大したことじゃないのかもしれないが、ジェットコースターが途中で脱線したようなアトラクションぶりに生命の危機を感じた。俺とゴミは一発でヘタレて安全を心掛けるようティナンに言った。
こ、怖い……。もそっとゆっくり。もそっとゆっくり……。
「は、走らなくていい。何をそんなに生き急いでるんだ……。は、話せば分かる」
ティナンさんたちは「えっ!?」とびっくりして言った。
「走らないと置いて行かれちゃいますよー! 任務、ですから! 任務をがんばってお給料を貰うのです!」
「お給料を貰ってお菓子を食べるのです! 自分は軍人さんですからね! えっへん!」
イヤッ、イヤァァァー!
俺とゴミがポンポンと空中を行き交う。軍人ティナンが続々と参戦してきて敵味方が入り乱れる。そのたびに俺とゴミのお手玉が苛烈さを増していく。バスケットボールのボールになったような気分だ。
俺をインターセプトしようとしたティナンに先んじて別のティナンが俺を空中でトスして、これまた別のティナンが俺をキャッチしてノールックでパスみたいなことを平気でやらかしてくる。
ティナンから「手を伸ばして!」だのと指示が飛んでくることもあるので、思考を停止して現実逃避することもままならない。
味方チームのティナンが「えへへー!」と無邪気に笑った。
「こっちの人間さんは目がいいみたいですねー! いい感じですよー!」
俺も口の端からよだれを垂らして無邪気に笑う。えへへ……。
しかしゴミもさるものだ。自己犠牲精神の発露と取れなくもない発言をして戦線離脱を試みる。
「お、俺のことはいい。俺を置いていけ……。お前らは俺さえ居なければ勝てる! そう信じてンだ……。へへっ」
「人間さん……。その言葉だけで十分ですっ!」
「へあっ?」
「私たちは負けませーん! チーム、ですから!」
「はわわっ……」
ゴミははわわになった。
ちっぽけなプライドを捨てることができず、ティナンの前でカッコ付けようとした男の末路だった。
そして俺も同じ道を辿ることになるのだろう……。
これはゲームだから。種族人間はあっさりとくたばる癖して自分の命を使い捨てることができる。どんなに弱くても無限に湧いて出るユニットが居るならそいつらを敵に当てるのは当然だ。
それなのにティナンは最前線で身体を張る俺たちを見て、種族人間は立派な生き物だと誤解する。俺たちは死んでも死なないからいいんだと説明してやっても、まるで理解してくれない。いっそ見捨ててしまえば良かったのかもしれない。けれどティナンは見た目が可愛いから、俺たちは寝覚めが悪くなるのが嫌で、結局はティナンの前でカッコ付けてしまうのだ。
見た目の可愛さは洗脳と似ている。
この世界の事象を全て数値化したならば、俺たちがティナン可愛さに動くのと、洗脳されて矢面に立つのは同じことなのだ。
グラフィックや演出の違いがあるだけで。
夢を見た。
奇妙な生き物がバスケットをやっている。
ぽーんと高く放られたボールを、伸ばした鎌で器用にくるりと受け取って、ひょいとリングに放り込む。ゴールに置いてくるだけの、何も難しい動きには見えなかった。
奇妙な生き物がこちらを振り返る。
カマキリと似ていた。
3.海上都市ニャンダム-相互組合中国支部
何度か意識が飛んだらしく、ところどころの記憶があいまいだ……。
へろへろになりながらもニジゲンのヤサに転がり込んだ俺を、知らない人が出迎えてくれた。俺の肩にぽんと手を置いてニコッと微笑む。あ、ああ。ししシンパイヲ、心配を……カケッ、掛け、たな……。
あまりの恐怖体験に俺は日本語が少し下手になっていた。寝れば直るだろう……。
知らない人に肩を借りてウチの子たちが雑魚寝している部屋に移動する。
もう全員ログアウトしたろうか……。以前にも似たようなことがあった。心につかえる心配事があると、プレイヤーの眠りは浅くなる。ログアウトしても血圧計と離れることを惜しむ気持ちが働く。素晴らしくエロい夢を見た時に、どんな夢だったろうかと記憶を探る感覚に似ている。
ウチの子たちもエロい夢を見ているのだろうか。雑魚寝しているウチの子たちはログインとログアウトの境を行き来しているようで、身体の輪郭が仄かに赤く輝いていた。目に刺すような強い輝きじゃない。朧げで優しい色彩だ。
ツヅラはスズキに懐いているようだった。見た目の問題だろう。半端ロリに身を擦り寄せて眠っている。
も、モドッ、戻っタ、ぞ〜。
眠りを妨げないよう小声で言うと、ウチの子たちは安心したようにログアウトしていく。ぴくりと動いたアットムの手を、俺はそっと握ってやった。
ホッと安堵したように表情をゆるめたアットムくんの身体が透き通って消えていく。
舞い上がった赤い輝きを、ちびナイが捕まえて虫カゴに放り込んだ。
幻想的な光景だった。
イヤ幻想的じゃねーな。
おい。お前、何してる。俺が伸ばした腕を、ちびナイはするりと躱した。服の端に指が触れた気もしたが、掴めない。いつもの飛蚊症みたいなやつだ。
ちびナイはくすくすと笑い声だけを残して視界の外に消えて行った……。
くそっ、噛ませキャラめ。やることなすこと胡散臭い。何なんだ。そんな今更のようにラスボスムーブされても反応に困るんだよ。一度だってお前が俺たちの期待に応えてくれたことはないだろ。
……寝よ。俺はポチョのぬくもりが残る布団に潜って目を閉じた。くんかくんか。女キャラはいい匂いがする。
部屋にニジゲンとトドマッの姿がなかったのは気掛かりだが、俺はアイツらを信じてる。メイヨウが言ってた俺の仲間ってのはアイツらのことだろう。
仲間を信じる俺の熱い気持ちがログアウトの工程を滞りなくギャンッと推し進めていく。
しかし心配だ。眠れるだろうか。アイツらの声が聞きたい。そうすれば安心して眠れるのに。今夜は眠れそうにないぜ。すやぁ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
寝た。
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