胸ワクワクの楽しい中国旅行!
1.海上都市ニャンダム
自由時間なのだが、結局は全員一緒に行動している。
海上都市の会話が困難なレベルの活気にウチの子たちと知らない人は面食らうばかりであった。そんな中、中国旅行の経験者メンバーには余裕がある。先生と赤カブトとニジゲンだ。
先生は早くも子ティナンどもに群がられ、言葉巧みに子ティナンどもの興味を誘導して青空教室に移行した。背中に担いだ風呂敷から教材一式を取り出し、理科の授業を始めている。楽器のトライアングルをチーンと打ち鳴らし、
「音。君たちがごく当たり前のように耳にするものだが、これの正体は振動と呼ばれるものだ。例えば、君たちは目を瞑っていても音がどの方向から鳴っているか分かるだろう。中には距離まで正確に分かる子も居るかもしれない。試してみよう。さ、目を瞑って……」
アットムくんは子ティナンの容姿や性格、名前と特徴を事細かに記載していく。戦略的な変態は入念な下調べを怠らない。全世界のティナンの顔と名前を一致させたなら、それはまさしく勇者の所業だろう。勇者の資質とはまるでロリコンと表裏一体であるかのようだった。……クァトロくんもこっちの世界に召喚された経緯を鑑みると保父さんっぽいことやってたみたいだしな。それが犯罪的なものでないことを祈るばかりだ。俺はこの場に居ない小さな勇者様に前科がないことを祈った。青空の向こうでクァトロくんがにっこりと笑ってくれた気がした。
赤カブトはいつもと立場が逆転したとばかりに張り切って金髪と半端ロリに海上都市のイチ押しポイントを紹介している。
「海上都市の人たちはみんなアットムくんみたいに強いの! ほら、こうやってどっちのお店で買い物しよっかなーってふらふらしてると……」
天秤に掛けられた両店主がザッと立ち上がって演武を始めた。ここ海上都市において店を選ぶのは客ではない。店が客をリードし、優れたパフォーマンスで牽引していくのだ。
問答無用で木の板を持つ係に任命された赤カブトが「あわわわっ」と混乱している。
「違っ、違くて……! 紹介っ。私、紹介を……!」
赤カブトがチラチラと俺を見て助けを求めている。助けてやるのは簡単だが……。俺は思い悩んだ。何かあるとすぐに俺に助けを求めてくるのは赤カブトの悪い癖だ。自力で解決するということを学ばせたほうがいいかもしれない。でも、それはそれでちょっと寂しいと言うか……。思い悩む俺を後押しするように知らない人が俺の肩にぽんと片手を置いてニコッと微笑む。……そう。そうだよな。俺たちは観光旅行に来てるんだ。先のことを考えるのは後回しでもいいか。
ぱかーんと目の前で木の板を試し割りされた赤カブトが「ひゃー!」と悲鳴を上げる中、俺はずいっと進み出て店主の肩に手を掛けた。
そこまでだ。ウチのモンに商売の片棒を担がせるのはやめて貰おうか……!
怪訝な顔をした店主が俺の顔をまじまじと眺めてくる。
「……? 見覚えのある顔だ。どこかで……。ああ」
記憶を探るように斜め上に視線を遣った店主が懐から人相書きを取り出した。
「これだ。チェンユウだな? 皿洗いのスィシーの盟友……。お前を待っていた。案内してやるよ。こっちだ」
仙人サマ……?
案内がてらに話を聞くと、海上都市には俺の人相書きが出回っているらしかった。
中国人は強いヤツが大好きだ。
かつて総督府より未見の【ギルド】があふれ出した時に、そいつらをなぎ倒した仙人サマは、海上都市のちょっとした人気者になっていた。
しかし渡世のしのぎは超人的な力を持つスィシーですら抗い難く……。
とある居酒屋の厨房でジャブジャブと皿洗いをやっているスィシーに、怖いお兄さんたちが親しげに肩に腕を回して絡んでいる。
「なあ、皿洗いの。あんたはこんなところで終わるようなお人かい? そうじゃないだろ。ほんの少しでいいんだ。俺らの手伝いをしてくれや。なに、あんたにとっちゃ大したことじゃない。ほんの二、三秒で済む簡単な仕事だ……。悪い話じゃないだろ?」
スィシーは毅然とした態度で皿洗いを続ける。
「私は金がないと承知の上で酒を飲んだ。その借りを返している。お前たちには関係のないことだ」
そこで一度言葉を切り、
「もしも関係があるとすれば……それは私と金を共有している友だけだろう」
一体いつから俺の財布がドラえもんの四次元ポケットであると錯覚していた……?
ええいっ、くそっ。面倒臭ぇことになってんなぁ。すでに金で解決する段階じゃなくなってる。
俺は今すぐ回れ右して帰りたかったが、ここで仙人サマを見捨てるのはマズい。悪評が立つ。ただでさえ日本人は中国人に嫌われているのだ。何しろ俺らも中国人にあんまり良いイメージがないからな。お互い様ってことだ。国民感情に片思いってのはそうそうない。日本人が大して興味を持たない国の人間は、同じように日本人に対して無関心だ。聞けば答える程度のモンだろう。
ここは強気で行く。巻き込まれて面倒だなぁという態度は付け入る隙になる。
俺は殊更に明るい態度で仙人サマに歩み寄っていく。
ようスィシー! 元気だったかよ? 美味い酒は見つかったか?
もちろん怖いお兄さんたちは黙っちゃいない。俺の行く手を阻むように立ちふさがり、
「へえ。あんたがチェンユウか。皿洗いの盟友だっつー……。会えて嬉しいぜ。丁度いいところに来てくれた」
「どけ」
スィシーがぐいっと怖いお兄さんを押しのけた。まるで雛の刷り込みのように俺を歩く財布か何かと勘違いしている。言えば他にも金を貸してくれるヤツは居るだろうに、何故かこの男は俺からしか金を借りようとしないのだ。
怖いお兄さんが「おいっ」とスィシーの肩に手を掛ける。スィシーは振り返ることすらなく、お兄さんの手を掴んで引っ張るや、倒れまいと踏ん張ったお兄さんの顎を手刀で打ち抜いた。膝から崩れ落ちたお兄さんがゴロリと床に転がる。い、一撃か……。俺は内心でうめいた。相変わらずの強さだ。そりゃあヤバい仕事を任せたいっつー輩も出てくる……。誰だってそう思う。俺だってそう思う。だからスィシーとの縁は切れない。強いヤツ、使えるプレイヤーには宝石にも勝る価値がある。
スィシーは己の生き様に何ら恥じ入ることはないと言わんばかりにキッパリと催促した。
「チェンユウ。金を貸してくれないか」
やむなし。俺はこの件に深入りする覚悟を決めた。仙人サマに金を渡して吠える。
頭はどいつだッ!
怖いお兄さんたちは一斉に床に転がっているゴミを見た。
なるほど。
よし、分かった。そいつは山に埋めよう。面倒なことは埋めてしまうに限る。山に埋めれば大抵のことは何とかなるんだ。
それが、俺がこのゲームで学んだ処世術だった。
……仙人サマは居酒屋の店主に俺の金を渡していた。
「借りは返したぞ」
2.ポポロンの森-人間の里
せっかく俺が面倒臭いゴミの処理を引き受けてやろうと言っているのに、ゴミどもは納得してくれなかった。
カルガモの雛のように俺に付いてきた仙人サマにびくびくしながら中国版の人間の里に連行された。
レイド級の使徒は産まれた子を守るために眷属をマップの深部から最深部にかけて配置して分布密度を上げる。特に鈍足のポポロンはそうした傾向が強い。
空いた外縁部に種族人間が住み着くのは全サーバーに共通する自然な流れなのだろう。
エンフレがうろついていない中国人の里はとても新鮮だった。心なし空気が澄んでいるように感じた。なんとなくエンフレって環境に優しくない気がするしな。
これほど緑豊かな大自然に囲まれて暮らしているのだ。さぞや心優しい人々が住んでいるに違いない。
俺はそう思ったが、もちろんそんなことはなく食物連鎖の最底辺に位置する種族人間はどうしようもなく腐臭を放つ生ゴミであった。
怪しい事務所に案内された俺と仙人サマは、豪華な一室で爪をヤスリで研いでいる男と対面した。見覚えのあるゴミだ。あんたは……。
「よう、チェンユウ。網を張ってればいずれお前に会えると思ってたぜ」
いつだったかニジゲンに目に付けた華僑の兄サンだった。
……知り合いで良かったと取るべきなのか、それとも手の内を知られている相手だと嘆くべきなのか。判断が付かない。
俺は室内をぐるりと見渡して、
「……出世した、ってことでいいのかな?」
「お陰様でな」
ホッ。どうやら当たりくじを引いたらしい。日頃の行いだな。
ニジゲンには中国で拠点作りをして貰っている。そして、それは生産職の相互組合の意向でもある。国境を完全に封鎖することが困難である以上、海外展開は避けては通れない道だった。
資本力に劣る組織は時代の流れに呑み込まれる定めにある。誰だって同じ商品が安く売ってたらそっちを買うだろう。独自色を出していくという手もあるが、やはりどんなものにも一長一短がある。価格というのは、商売においてブレが少ない根っこの部分だ。そこで勝負できる企業は安定して強い。
逆に言うと、価格で勝負する必要がない商売はボロ儲けできる可能性を秘めている。
ニジゲンがそうなのだ。
兄サンはチラリと俺とスィシーを見て、すぐに視線を戻した。
「ニジゲンさんは一緒じゃないのかい?」
ああ。一緒に連れて来ようかと思ったが、スィシーと合流すれば俺は安全だからな。
……身内と別行動している旨は伏せておいたほうがいい。
「そうか」とだけ返した兄サンがヤスリをテーブルにコトリと置く。革張りのソファからぐっと身を乗り出し、こう言った。
「……チェンユウ。折り入って頼みがある。かなりの厄介事でな。正直、手を焼いてる。……呪骸ってのに聞き覚えはあるか?」
来たっ……! 俺は内心で喝采を上げた。ツイてる。いずれ手を出そうと思ってたが、勝手に転がり込んで来やがった……! 日頃の行いSUGEEEEE!
だが焦るな。がっつけば足元を見られる。ここは慎重に……。
俺は兄サンにやんわりと手のひらを見せた。
「呪骸? 聞いたことくらいはあるが……。詳しいことはあまり知らねーな。その呪骸がどうかしたのか?」
兄サンは口元を片手で覆って、値踏みするような目をこちらに向けた。
「……ウチは、まぁ真っ当な商売をやってるとは言えねえ。が、じゃあ今をときめく悪の秘密結社なのかと言えばそうでもない。そうやってどっち付かずの中途半端な仕事をしてる訳だが……。どういう訳か、イヤだからこそなのか……。時々とんでもなくヤバい件が転がり込んでくることがある。で、あんまりにもヤバいんで仙人会に渡しを付けようと思ってたんだが……」
ほう。仙人会に。
……ん? 部屋の外が騒がしい。兄サンが頭痛を堪えるように項垂れて額に手を当てた。部屋のドアがガチャッと無遠慮に開いて、小学生くらいのガキンチョが部屋に入ってきた。壁際に立っていた兄サンの護衛が慌てて通せんぼする。
「じ、嬢! いけませんっ! 部屋にお戻りをっ……!」
ガキンチョが言った。
「幼女はどこ?」
幼女だと?
兄サンが観念したように言った。
「……そいつが呪骸だ。賢者の信奉者……仙人の出来損ないだよ」
兄サンの部下を押しのけたガキンチョが俺をじっと見つめてくる。
「……幼女ではない。いや、幼女か? いや、違う。幼女ではない……。なぜ?」
何故と言われましても。
……ええ? これ呪骸なの? 話の流れからして俺に押し付けられそうな感じだし、実際ラッキーって思ってたけど。
……これ俺がお持ち帰りして大丈夫なの?
チッと舌打ちしたガキンチョが忌々しげに言う。
「お前たち、何をしてる。急げ。早く……ペロペロされなくては私の身体が持たない」
それは……中国サーバーの最深部に横たわる禁じられし闇であった……。
これは、とあるVRMMOの物語。
オムスビコロリンの負の遺産。
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