ギスギスオンライン
種族人間に無から有を生じるような発想力は備わっていない。それは脳の構造からしてそうだ。
歴史的な発明と発見をした天才のエジソンやアインシュタインだって仮に原始時代に生まれたらどうにもならなかったろう。要するに大事なのは積み重ねってことだ。
誰しもが理解していることだ。人間には心があるとよく言うが、心ってのはつまるところ脳だろう。人間は命令されたことを忠実にこなす機械と何ら変わりない。生きにくい世の中なので少しばかりルールが複雑ってだけで。
中国サーバー最強の男、白龍についての話だ。すでにロストしたキャラクターではあるが……。
もしもヤツがジョンに匹敵する強さを持っていたとするならば、その強さはどこからやって来たものなのか、と考えている。
最強という称号は決して安くない。それを為せるだけの背景がある。あえてフルネームで言うが……ジョン・スミスは代々冒険家の生まれで、世界中の民族の血が流れているらしい。今はたまたまアメリカに住んでるってだけで。大自然の脅威に立ち向かえるよう幼少時から心身共に鍛え上げられている。マジな話、人類という種の完成形に近いのかもしれない。
では白龍は? たまたま才能があったとかそういうチャチな話じゃない。β組の強さはリアルに根ざしたものだ。それはロストしたからといって失われるものではない。
危険な男だと思っていた……。
だが、俺はリュウリュウを信じるぜ。ビビッたからじゃない。俺とリュウリュウは男の勝負をしたんだ。そして俺は負けた。ならば前世のことをとやかく言うのはやめようと思った。
白龍は白龍。リュウリュウはリュウリュウだ。
今しばらくはそっとしておいてやろう。先生も喜んでるみたいだしな。そう思ったのさ。
1.クランハウス-マイルーム
ログインするなり枕元に藁人形と五寸釘がそっと置かれていた。
赤カブトさんの夜のお誘いだ。今晩か……。まぁいいだろう。俺は藁人形に五寸釘を刺して、よく見えるよう部屋の壁に吊るしてやった。
これで、俺のログインマーカーをチェックした赤カブトがあとで俺の部屋をチラッとチェックして俺との逢瀬に思いを馳せるという寸法よ。
憎からず思っている女にそうまで想われて俺も満更じゃない。赤カブトはストレートなシチュエーションを好むが、AIの自分を受け入れて欲しいという欲求はあるらしい。いざ事に及んだ時に何かと理由を付けて外見年齢を操作して小さくなったり大きくなったりする。今夜はアダルトバージョンでお願いしてみるカナ……。
俺はニヤつく頬をさすりながら部屋を出て居間に降りる。
赤の他人が勝手にウチの丸太小屋に上がり込んでソファで寛いでいるのも今となっては見慣れた光景だ。やれやれ、倉庫から斧でも持って来るか……ときびすを返した俺に、知らないゴミが声を掛けてくる。
「座れよ、崖っぷち……。勝負の続きだ。俺はずっと……この日を待っていた」
ゴミが。また妙な絡み方をしてきやがったな……。そういうのはモブがやっていいことじゃあないんだよ。
勝負ってのは?
「こう言えば分かるか? 俺はカレシ自慢大会の優勝者だ。あの日、お前はロストして俺との勝負から逃げた。あの時は大して興味もなかったが……日を追うごとにお前の存在が俺の中でデカくなって来やがる。不戦勝ってのは厄介だぜ。つまるところ俺はスッキリしたいんだ。受けてくれるよな?」
……生憎と俺のウッディは封印されててな。受けるも受けないもねーんだよ。
俺は嘘を吐いた。ウッディは復活している。しかしそれは言う必要のないこと……。
知らないゴミが俺を見つめて言う。
「そういうのはいいんだよ。俺には何の確証もない。お前を追い詰めようとか、お前に勝って誰かを見返してやりたいとか、そういう気持ちも一切ない。受けるのか受けないのか。やるのかやらないのか。俺のカレシとお前のカレシどっちが上なのか。興味があるのはただそれだけだ。その一点だけなんだよ。もう一度言うぜ。座れよ、崖っぷち。そんなところに突っ立ってないで、こっちに来て、お前の顔がよく見えるよう俺の前に座るんだ。男の勝負には作法がある。俺とお前はそれに従うんだ」
男の勝負だ? モブが。ハシャぎやがって。
俺はズキュンと腕からウッディを生やした。知らないゴミに歩み寄りながら言う。
ルールは。
「一対一だ」
そう言って知らないゴミはテーブルを指先でコツンと叩いた。
「土俵を持って来ようかと思ったが……やめた。このテーブルでいい。このテーブルがいい。お前と出会えたこの場所。このテーブルには運命的なものがある。決着に相応しい舞台だ」
知らないゴミが謎の発光物体を召喚した。手の甲に浮かび上がった死出の門を潜って、スライムにも似た未確認生物が現世より這い出す。窮屈な血圧計を脱ぎ捨てた謎の発光物体は、ここではどこまでも自由であるかのように見えた。み〜っと伸びをするように体表を震わせて、ビッと細い怪光線を放つ。知らないゴミの頭に命中。怪光線を通して謎の発光物体と知らないゴミが接続した。
召喚術師の大きな特徴はオート戦闘だ。謎の発光物体は怪光線によってプレイヤーを支配下に置くことができる。召喚したのか、されたのか。答えは出ない。
知らないゴミの唇がわななき、ギョロリと動いた目玉がウッディを追う。
「……調子に乗るなよ、【ギルド】。お前の乗り物は随分と貧弱に見えるぞ……」
俺の口もまた勝手にパクパクと動いて応じる。
「そう言うなよ、兄弟。私の相棒は繊細なんだ。傷付くだろう」
み〜っと伸びをしたウッディが俺の腕を滑り落ちてテーブルに降り立つ。
謎の発光物体さんも知らないゴミの指を伝ってテーブルに降り立った。
あの日、俺がロストしたことで果たされなかった幻のカードが今実現しようとしている。観客は俺たち以外に誰も居ない。しかしそれでいいのだ。俺たちは「納得」したいだけなのだから。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【テキスト】
【第八章】
【ギルドの発症】
【それは当初、どこの国にも属さないハッカー集団だと思われていた】
【セキュリティを食い破り、侵入した痕跡だけを残す】
【目的は不明だったが、高度な技術を備えたハッカーたちが反社会的な自尊心を満たすために動くのはよくあることだった】
【実際にその通りだったのかもしれない】
【真相は誰にも分からない】
【ただ、それらを追跡することは誰にもできなかった】
【いつしかそれらはギルドメンバーと呼ばれるようになった】
【それらのシンボルになったのが、虫食い、もしくはバグ、ワームである】
【ひょっとしたら、それらに形を与えたのは我々なのかもしれない……】
邪魔。俺は嫌がらせとしか思えないテキストとやらを手でどかした。しかし反応が鈍いスマホのアイコンみたいにすぐに戻ってくる。イラつくぜ。クソ虫さんたちの正体とかどうでもいいんだよ。そりゃあちょっとくらいは興味あるけど、どう考えたって俺ら種族人間にメインは張れねえだろ。
俺らはこのゲームの賑やかし要員で、もしくはレイド級のエサだ。
だから俺は本分をまっとうする。ただ見守るのみよ。
カレシとカレシの戦いにゴングは要らない。
ウッディと謎の発光物体さんがテーブルの上を這って進む。遊びはない。真っ向勝負だ。脇目を振ることなく直進した二人のカレシが、ぽこっと衝突した……。
2.山岳都市ニャンダム
「チェンユウー!」
メイヨウ様ー!
苦難の末、日本サーバーに上陸を果たしたメイヨウを迎えに来ている。
再会するなり飛びついてきたメイヨウを俺はしっかりと抱きとめてくるくると回った。
「苦労したぞ! 本当に苦労した……! あの朝鮮ニンジンどもはダメだ! ちっとも言うことを聞かない! 自由か!」
韓国サーバーは自由の国であった。このゲームの仕様がクソすぎて色々とブン投げた結果だろう。
それでもメイヨウがリチェットの猛追を振り切って上陸を果たしたのは【傾国】の称号によるところが大きい。韓国人を契約で縛って、かろうじて戦線を維持し続けたのだ。
いずれにせよ、女神像の登録まで漕ぎ着けたならもう安心だ。リチェットも諦めた。結局はどう転んでも時間の問題なのだ。今頃は韓国サーバーで大暴れしているのかもしれない。報復措置というやつだ。プレイヤーは死んでも蘇るのだが、ムカつくことをやられたら手当たり次第にブン殴るしかない。そうして報復が報復を呼び、やたらとギザギザした人の輪が広がっていくのだ。
俺はメイヨウをおろしてやった。日本に来てもスタイルを変えるつもりはないらしく、今日も漢服姿だ。両手を広げるとゆったりした袖がバッと翻る。
「ここが山岳都市か! なんていうか地味だな!」
そりゃ海上都市と比べたらね。ハッキリ言って海上都市の活気は異常だ。街全体が全力疾走してる感が半端ない。
キョロキョロと山岳都市の街並みを眺めているメイヨウがパッと振り返って俺を見る。
「で、マジュンはどうだ?」
ああ、順調だよ。そろそろキルペナ明けても不思議じゃねえんじゃねーかな? ジョゼット爺さんトコで暮らし始めてから誰も殺してない筈だ。
俺の報告にメイヨウはニコッと笑った。
「そうか! リンリンも喜ぶだろう。我が友よ!」
リンリーはどうしてんの? てっきり一緒に遊びに来ると思ってたぜ。
「謹慎中だ。この私を差し置いてマジュンの味方をしていたからな。リンリンは昔から難しく考えすぎるところがある。マジュンを救う策があるなら最初から私に相談すれば良かったものを。バカ娘め」
だよな。俺は同意した。
まぁジョゼット爺さんの目に適ったのは運が良かった。言っとくが二度目はないぞ。俺らっトコの王様がお前らっトコの頭を鍛えてる。奇妙な状況だ。爺さんもそれは自覚してる。
それはそうとして今日は時間あるんだろ? 観光しようぜ、観光。歩くマップガイドこと俺っちが色々と案内してやるよ。どうしても行ってみたいトコとかある?
「別に行きたくはないけど、名目上は視察だからな。私にも面目がある。ティナン王族が住む武家屋敷とやらに案内して貰おう!」
そういうことになった。
3.ティナン姫の屋敷
気乗りじゃないふうなことを言っていた割にはメイヨウはノリノリだった。
感情表現が直球でころころと表情が変わる女だが、頭の回転が早いので一から十まで説明しなくても察してくれる。一緒に居て楽だ。何より明るくて元気なところが良い。
気難しいところがあるマーマレードと対面してもメイヨウは気後れしなかった。
「お前が山岳都市の姫か。ウチのちんちくりんとは違うな。羨ましいことだ」
姫と言うよりは王なのだが、ティナンの文化は日本とは違う。退位してもジョゼット爺さんは陛下と呼ばれるし、逆に即位してもマーマレードは殿下と呼ばれる。
マーマレードはじろじろとメイヨウを見つめて、
「お前はコタタマの何なんだ? どういう関係にある?」
メイヨウと俺はあっさりと答えた。
「元ご主人様だ」
元奴隷だ。
メイヨウが付け加える。俺の肩をバンバンと叩いて、
「私は日本人が嫌いだが、使えるプレイヤーは大歓迎だ。この男の思い切りの良さを気に入っている」
おい、いきなりだな。照れるじゃない。俺もお前のそういうさっぱりしたところ好きだぜ。初めて会った時にエンフレで殴り込んでゴメンね。
メイヨウは破顔した。
「気にするな! 私は細かいことには拘らない女だ!」
かくも俺たちは今日に至るまで良好な間柄を築いている訳だ。さて、マーマよ。このメイヨウは中国サーバー……海上都市の実質的なトップということになる。マジュンくんが復帰してもそれは変わらない。二大巨頭と言うのか、そんな感じだ。本当はもう一人、オムスビコロリンっつー称号持ちが居たんだが、遠くに行っちまった。戻ってくる予定も今のところはない。
そう言って俺はぐっと身を乗り出した。
マーマよ。正直言って海上都市のプレイヤーは俺らの手には負えねえ。一人ひとりの質が高い上にマジュンくんに匹敵する猛者がごろごろ居やがる。仙人会だったか。俺の見立てじゃお前らティナンですら油断すれば危ういぜ。今後のことを話し合う必要がある。俺らの頭ん中にゃNAiに仕込まれた爆弾があるが、それすら万全じゃねーってことがハッキリしたからな。具体的にはエッダの【八ツ墓】で爆弾を一時的に無力化できる。八番環境ってのは〜……メイヨウ。差し支えがないなら教えて欲しいんだが、誰でも使えるようなモンなのか?
メイヨウは頷いた。
「多分な。今はエンドフレーム頼りだが、レベルを上げ続けていけば使えないということはないだろう」
そうか。仙人ってのは独特なエンフレの使い方をするからな……。
「ティナンなら仙人を見分けることができる筈だ」
ん? そうなのか?
「うん。魔力が異様らしいからな。アイツらはクァトロを参考に【戒律】で自分たちを改造している。クァトロはアイツらの理想に限りなく近いらしい」
そういう理屈だったのか。……スィシーは? なんか堕落してたけど。
「知らん。どういう【戒律】を刻んでるのかによるだろうけど、多分ひたすら修行するのがそうなんじゃないか?」
そんなの一体何が楽しいんだ……。俺の理解を越えてやがる。
とにかく、ティナンが見分けられるなら仙人は無視していいな。問題はやはり放っておくと勝手に育つゴミどもか。定期的にロストさせるのが一番良さそうだ。これはもう戦争しかない。
メイヨウがコクリと頷いた。
「戦争だ。戦争をするしかない」
戦争だ戦争だ戦争だー。
俺とメイヨウは結論を下した。戦争しかない。泥沼のような戦争をしよう。これはゲームなのだから完全に過疎るかサービスが終了するまでゴミが尽きることはない。俺たちは無限に戦争をできる。
完璧な結論を下した俺とメイヨウにマーマレードが待ったを掛けてくる。
「ま、待て。私は、いや、私たちはお前たちのことが嫌いじゃない。急に居なくなるのは困る。もっと平和的な解決方法を……」
そんなものはない。俺は断言した。
マーマ。俺たちは別の星で生まれた生き物だ。お前らと出会えて良かった。そう思ってる。だからこそ、お前らを犠牲にして俺たちがのさばるのは違う。それはルール違反なんだ。どんなことにもルールはある。サッカーやっててボールを手で持ってゴールにブン投げちゃあダメなんだよ。何よりつまらねえ。戦争はルール違反じゃない。むしろ放っといてもそうなるだろう。俺たちはほんの少しゴミどもの背中を押してやるだけさ。
この日、俺とメイヨウは武家屋敷で人知れず条約を結んだ。
その内容を簡単に言うと、永久平和放棄だ。
これは、多分VRMMOというジャンルにおける完全にして最終的な結論だった。
高度なAIを積んだNPCが登場した時、VRMMOというゲームは完全に破綻する。
運営が露骨なまでにNPCを贔屓して。
プレイヤーがゴミのような力しか持たず。
MOBがクソのように強くても。
ゲームという体裁を取る以上、いずれプレイヤーは災厄を撒き散らすだけの存在になっていく。
いつまでも弱いままでは居られない。
俺たちは、ここにギスギスオンライン推進委員会を発足した……。
これは、とあるVRMMOの物語。
破滅へと突き進むもの……。
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