パンダが如く
パンダはともかく!
パンダはともかくだ……。
それとはまったく別方面の危機が俺に迫っていた。
まぁ……近いと言えば近いか。
つまり……
パンツだ。
1.クランハウス-居間-
「ペタさんは私のパンツが欲しいの?」
いや……。
俺は抗弁を試みた。
……ジャム。違うんだよ。お前は誤解をしている。俺の話を聞いてくれ。
ウチの三人娘に囲まれて紛失したパンツの使い道について問い質されている。
いや、問い質されているというのは少し違うかもしれない。紛失したパンツについて、三人娘はなんとなく俺が所持していることをご存知であったらしい。承知の上で、なんとなく知らないふりをしてきた。ただ、このたび思い切ってポチョさんが見ている前でエロ式ドロップを披露したのがマズかった。元々俺の犯行がバレていたなら同じことじゃないかと思うのだが、それは少し違うらしく……。
ポチョさんとスズキさんが頬を赤らめて俯き、赤カブトさんに質問されている俺をチラチラと見てくる。
俺は思う。合鍵を使って部屋に侵入し、タンスを漁ってパンツを持ち出すという一連のムーブに情状酌量の余地はあるのか。あるとすれば、それは一体どのような事情によるものなのか。魔石の原材料にするのに最適だから? バカを言え。なんの言い訳にもなっていない。
もはや容疑を否認する段階はとうに過ぎ、争点は俺の動機に絞られていた。
ポチョさんとスズキさんの微妙に期待がこもった視線と赤カブトさんの責めるふうでもない純真無垢な眼差しに俺の顔はドンドン火照っていく。さっきから汗が止まらない。今朝方に補充してポケットに収まっているパンツをうっかりハンカチと間違えて取り出さないよう強く自制せねばならなかった。
かつてない危機的状況に……! 性欲を持て余したゲーマーの魂は熱く燃え盛り……! 俺は……言った……!
やんわりと手のひらを見せて、
「つまり……言ってみればファングッズなんだ」
ファングッズとは? 自分で言っておいてまったく意味が分からなかった。俺自身ですら分からないのに赤カブトさんに分かる訳がない。赤カブトさんは可愛らしく小首を傾げて、
「えっとぉ、Tシャツ? うちわとか?」
俺は素早く計算しながらコクコクと頷いた。
そう。そうなんだよ。好きなバンドのグッズは欲しくなるよな。俺は【目抜き梟】の販促に関わったことあるから分かるんだけど、思い出ってのは形に残したくなるモンなんだよ。一体感って言うかさ。ライブってのはやっぱり集大成だから。マイベストなんだよね。そりゃ人間だからピークはあるんだけど。自分っていう限られた枠組みの中で新しいアプローチが見つかったりもする訳よ。そういうのを引き出してくれるのは、矛盾するようだけどファンの歓声だったり笑顔だったりする訳で。あ、俺、こんなことできるんだ?やれるじゃん?みたいなね。そういう感覚をね、俺は大事にしていきたい。
「私のパンツで?」
そう……っスね。
赤カブトさんはぴんと来ない様子だった。傾げていた首をちょこんと反対側に振り、
「えっとぉ……。ペタさんは、私が今履いてるパンツと履いてないパンツだと、履いてないほうのパンツが好きなの?」
それは違う。
俺は強い口調で訴えた。
別腹……。そう、別腹というのが一番近い。でも正解じゃない。俺が一番興味があるのはパンツの下……。そこはどうあっても動かない。だが、パンツは手元に残るんだ。
俺は戦える。そう思った。
俺が危機に陥った時、いつも俺の懐にはパンツたちが居てくれた。魔石となったパンツたちは還ってこない。永遠に失われてしまった。でも、ほんの少し。ほんの少しだけ俺の中に何かを残してくれたのかもしれない。
Eggの謎。魔石は等級に応じてクラフトの幅が変わる。けれど、物の価値なんてものを一体誰が決める? 俺たちが決めるんだ。新しく生まれてくる命の価値を。値打ちを決めるとしたら、それは俺たちがどう生きたかなんだろう。
俺は、ポチョとスズキとジャムジェムを順に見つめてニコッと笑った。言う。
「俺は、お前たちのパンツが好きだ」
2.ポポロンの森-人間の里
女神像のある地下祭壇から這い出した俺は、着ぐるみ部隊の新メンバーを見学に行くことにした。
新メンバーについて俺は否定的な考えを持っている。着ぐるみ部隊の熱烈なファンだからこそ自然と新参者へと向ける目線は厳しいものになるのだ。
ゴミどもの情報によれば、新メンバーのパンダさんは先生と一緒に食事をしているらしい。何しろゴミを介した情報なので俺を誘き出して殺害する罠という線は捨てきれなかったが、それはもう仕方ない。伸るか反るか。二つに一つよ。
しかしどうやら……今回の賭けは俺の勝ちだったらしいな。
動物園さながらの人だかりが出来ている。ゴミが多すぎてここからでは何も見えないが、先生とパンダさんがおでんの屋台に肩を並べて座っているという話だった。
そのおでん屋は元【ふれあい牧場】のメンバー、つまり俺の先輩が経営しており、そもそも本職がメシ屋ではないので、ごくまれにしか屋台を出さない。今回は先生にお願いされたのだろう。
俺は邪魔なゴミの肩を後ろからガッと掴んでぐいっと押しのけた。どけ。ゴミの肘が跳ね上がって俺の腕を弾く。コイツ……! ゴミどものガラは悪くなる一方だ。俺と知らないゴミのカットインが交錯する。キッと俺を見据えた知らないゴミの脚が跳ね上がる。蹴りか。速い。俺はニヤッと笑った。避けられないと悟っての強がりだった。
しかし別の知らないゴミが俺を庇ってくれた。素早く割り込んでくるや知らないゴミの回し蹴りをガードし、足首を掴む。
「!」
かすかに目を見張った知らないゴミ一号に二号が言う。
「やめとけ。コイツは崖っぷち。先生のクランメンバーだ。元ってことになるんだが……まぁそれはいい。通してやれ」
「…………」
無言で蹴り足をおろした一号が、チッと舌打ちして立ち去っていく。
その背を見送った二号が、一号の蹴りをガードした腕を見下ろしてぼそりと呟く。
「アイツ……強ぇな」
フッと含み笑いを漏らし、チラリと俺を見てくる。
「トガってやがる。昔のお前を思い出したぜ。なぁ、崖っぷち」
俺にそんな物騒な過去はねーよ。モブがハシャいでんじゃねえ。
ったくよぉ。先生ルートのイベントなら俺がヒロインみたいなもんだろ。サッと通せや。いちいちモブが絡んでくるから話が先に進まねえ。
俺は気を取り直してゴミとゴミの隙間に身体をねじ込んでいく。今日の俺はバンシーモードなので、一番邪魔な頭を突っ込んでしまえば割と何とかなった。
ゴミの密集地帯から頭だけを出して一息吐く。ぷはっ。
俺の目に、見紛えようもない先生の丸い背中が映る。隣に座る白黒のツートンカラーが例のパンダさんなのだろう。
!? 俺は驚愕した。
俺の見ている前で、先生が、スロモーションのように、ゆっくりと、屋台のカウンターにぱたりと倒れた。
先生ッ! 俺は邪魔なゴミを押しのけた。不自然なほどあっさりとゴミがどいてくれた。鮮血が目の前を散ったが、それどころではなかった。俺はカウンターに突っ伏している先生に駆け寄る。
パンダさんが先生越しにチラリと俺を見てくる。
「【ギルド】ってのはお前か」
何を。言っていると言い掛けて、俺はギョッとした。俺の右腕が機械化していた。黒い鉤爪は血に濡れていた。いつの間に換装した? さっきのアレか? なんの違和感も……。
そこまで考えて、俺はへらっと笑った。たび重なるロストの弊害か。どうやら俺に残された時間はそう多くないらしい。まぁそんなことはどうでもいい。今は先生だ。
先生は……珍しくお酒を嗜んでいたようだ。屋台の店主、おでんパイセンが俺に声を掛けてくる。
「よぉ、コータ」
俺の先輩たちは俺のことをコータと呼ぶ。
パイセンは困ったように先生を見つめて、
「あんまり酒強くないのに無茶するから……。でも珍しいよな」
パンダさんはちびちびとコップを傾けて酒を飲んでいる。
「弱すぎる」
このゲームのキャラクターの体質はキャラクリの際に決まる。心理テストみたいなのをやらされて、その結果が反映しているらしい。俺はあまり信じていない。どう答えても俺の体質は変わらなかったからだ。
俺は右腕を軽く振って黒い金属片を散らした。元に戻った腕を支えによっこらしょとカウンターの席に着く。パンダさんを横目にチラリと見て、不敵に微笑んだ。
選手交代だ。おっと失礼。自己紹介をしよう。俺はコタタマ。先生の第一秘書だ。
パンダさんは俺を一顧だにしない。ちびちびと酒を飲みながら、
「リュウリュウ」
キャラネかな?
よっしゃ、飲み比べだ。負けないぞ。どっちが先生に相応しい男かを競う時がやって来た。俺は腕をぴんと伸ばして挙手した。
パイセン! 俺にもポン酒を!
「ええ? 大丈夫かよ? お前、あんま酒強くないだろ」
パイセン。俺と先生のコンビは無敵なんですよ。負ける気がまったくしない。特に……。チラリとパンダさんを見て続ける。こんなぽっと出のツートンカラーには、ね。
勝負を始める前に言っとくぜ。なぁ、リュウリュウさんよ。俺ぁーお前さんを着ぐるみ部隊の一員とは認めてねえ。お前さんがどうしてもって言うなら、まずはこの俺を倒すことだな。
俺はコップになみなみと注がれたポン酒をぐっと一気に煽った。空になったコップをタンッとカウンターに置いてぱたりと倒れた。
へっ、なかなか……やるじゃねえか。お前の、勝ちだ……。認めてやる、よ。すやぁ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
リュウリュウ Win! Perfect!
GunS Guilds Online




