チョコレート・シンドローム
1.【提灯あんこう】秘密基地-客間
俺が飽くなき執念で床を這っている間に着替えを終えてしまったネフィリアが、ソファに並んで座る俺とペヨンをじろじろと見つめている。
本日のネフィリアは白魔コーデだった。
綺麗系の美女だから派手めの格好が似合うと思っていたのだが、これはこれで悪くない。いや凄くイイ。女上司のオフっつーんですかね。ギャップっつーんですか。
ネフィリアめ。俺の妄想に足が生えて歩き出したような女なのに、時たまこうやって俺の意表を突いて来やがる。俺の理想を更新してくる。なんてやつだ。ホント好き。爛れた関係になりたい。
俺はろくすっぽ動かない身体をゆさゆさと揺すってネフィリアの白魔コーデに興奮していることをアピールした。
あえて露出を抑えるという選択……! ネフィリアぁ! お師匠様よぅ! オメェーは本当に大した奴だ! なるほどな、俺はお前にだけは一生勝てねえかもしれねぇな……! 認めるよ! なあ、ネフィリア、知ってるか……! お前は俺のセクハラを咎めるがね。俺の性癖を開拓しっ、新しい扉を開いてきたのはお前なんだっ……!
俺の告白にネフィリアが赤い唇を吊り上げて笑う。
「ほう。面白い。聞こう。言ってみろ」
言ってやるさ。お前は無自覚にエロいんだよ……! 普段キチッとしてる癖に、ふとした拍子に隙を見せやがる。そういうのに男は弱いんだっ。期待をする……! 出し惜しみしやがって……! だが、それがイイ! 魔性の女め! 誰が言ったか魔女とはよく言ったもんだぜ! 好きです! 俺を幸せにしてくださぁい!
俺は勢い余ってプロポーズした。このゲームは結婚システムがまだ実装していないので、プロポーズはしておいて損はないのだ。他の男に取られる前に予約しておくという戦略的なアタックである。もっとも重婚できるシステムにはお目に掛かったことがないので、最終的にはお相手を一人に絞ることになりそうだが。男同士、女同士で結婚できるシステムには幾つか心当たりがあるがね。まぁその時はその時よ。リアルと違って離婚には特別なペナルティが科されない場合が多い。ある日を境にぷっつりとログインしなくなって引退するやつが多いからな。精々が一定期間が経過するまで再婚できないくらいだろう。必要に応じてパートナーを変えるのはアリだ。つまり日替わり定食だな。俺の理想がそこにある……!
なのに、ちんちくりん二号ことマゴットが俺の野望を邪魔してくる。
「だ、ダメー!」
使い物にならなくなった俺を世話してくれている。ぐったりとソファにもたれる俺が倒れないように支えているマゴットが俺の頬をぐいぐいと引っ張ってくる。
「ね、ネフィリアさんがさー。あんたなんか相手にする訳ないじゃん! そんなのダメだかんね! 私が許さないしっ!」
そんなの分かんねーだろぉ〜。ねっふぃーは俺のこと良くできた弟子だってたまに褒めてくれるんだぜ? 言ってみれば俺のことを正当進化した弟子だと思ってるんだろう。むしろ俺は逆だと思ってるがね。マゴット。ネフィリアの後継者はお前だよ。ちぃとばかり先の読めない冒険になるが、お前も悪くないな。物は相談だが、俺の味噌汁を毎日飲むってのはどうだ? 俺はろくでもない甲斐性なしだが、お前にゃたくさんの友達が居る。そいつらに俺たちの生活を支えて貰おうや。なあ。
マゴットはぽんと顔を赤くしてのぼせ上がった。
「け、結婚……」
おっと思春期のガキンチョには少しばかり刺激が強すぎたか。俺にも覚えがある。思春期ってのは厄介だ。恥ずかしいからっていう理由で合理的な判断を下せなくなる。自分で自分を不利な立場に追い込むんだから世話ねえやな。
この話はこれまでだな。まぁ考えといてくれや。俺はマゴットの頭をぽんぽんと軽く撫でようとして失敗した。腕がまったく動かない。手足に焼き付いた刻印が活性化しており、二の腕まで這い上がってきていた。無理にウッディを揺り起こしたツケだろう。
しかし収穫は大きかった。まずウッディの生存を確認できたこと。そしてジュエルキュリが言っていたことの裏付けが取れた。やはり鍵を握ってるのはマールマールか。ヤツは以前に学校マップで校長マレに襲い掛かった際に不可視の鎖を引き千切ったことがある。競争権を持つ神獣ならではの荒業なんだろうが、それだけじゃない。あの時、マールマールは【四ツ落下】を使った。
かつて先生はこう仰った。重力と呼ばれるものの正体は未だに不明なのだと。超一流の大学を出たお偉い学者さんが人生を賭して挑み、そして解明しきれなかったほどの難問だ。俺程度の頭でどうこう悩んでも答えが出る筈がない。しかし暫定エイリアンならどうだ? アイツらは答えを知ってるんじゃないか?
つまりマールマールの超重力は何らかの作用により【戒律】の縛りを断ち切ることができる。コニャックは俺の手足の刻印を見て、これは【戒律】だと言った……。俺は飼育員さんの言うことを信じるぜ。飼育員さんの言葉こそがモルモットたる俺を導く光なんだ。
さて、話を戻そう。結婚の話だ。ネフィリア、この際だ。ハッキリ言っておく。お前の気持ちは関係ねえ。お前は俺の好みにモロにストライクなんだ。だから結婚したいと思っている。照れだの何だのでまごまごやってる内に他の男に掻っ攫われるのはアホらしい。俺がそういう考え方をするようになったのはお前が俺をそういうふうに鍛えたからだよな? 責任を取ってくれや。
ネフィリアはローブの袖を指でいじっている。笑うのを堪えてる時に出る癖だった。赤い唇をひん曲げて偉そうにソファに深く腰掛けて俺を見てくる。ひらひらと手を振り、
「まぁ当然のことだな。お前が私をイヤらしい目で見ていることは知っている。お前の好みのタイプなど知ったことではないが、私だって自分の容姿が優れたものであることくらいは自覚している。その私の外見を誉めたところで効果が薄いとは思わなかったのか? まだまだだな」
ふん、どんなに言い繕ったところで結局は顔だからな。俺ぁー気立てのいい女と性格が悪い美女のどっちかを選べって言われたら美女を選ぶぜ。そして俺はお前の性格も嫌いじゃねえ。こう言ってるのさ。
「そうか。ならば、お前の今後の態度次第では考えてやらないこともないとだけ言っておこう。こう見えて私はモテるからな。精々尽くすといい」
そう言ってネフィリアは話はこれでおしまいとばかりに席を立って客間を出て行こうとする。
待て待て。ドコへ行く。はるばる韓国から海を渡ってきた客人をスルーしなさんな。なんだよ。動揺してんのか? 可愛いトコあるじゃない。
ネフィリアはドアノブに手を掛けた姿勢のままこちらを振り返った。
「自分の都合のいいように解釈するのはお前の悪い癖だ」
そっとドアを開けると、小娘どもが雪崩れ込んできた。ドアに密着して聞き耳を立てていたらしい。
ネフィリアが腕組みなどして偉そうに見おろすと、小娘どもは愛想笑いを浮かべて退散して行った。
これで文句はあるまいと言わんばかりに俺を見たネフィリアが席に戻る。
「さて……。ペヨンと言ったな。最初に言っておく。この私と話す時に下らない嘘は吐くなよ? 私はコタタマとは違う。妙な意地を張って情報収集を外部ツールに頼らないなどという無駄な遠回りをしないし、こちらのサーバーの【ギルド】は私が掌握している。私の心証を損ねることはお前にとって大きなリスクになる。その程度のことも分からないほど無能ではないと期待してもいいんだろう?」
ペヨンはすかさず下手に出た。
「ええ、それはもう。へへ……。お弟子さんのコタタマさんには本当にお世話になって。その恩をね、少しは返せたらと思っておりまして。ハイ」
おい。俺と話してる時と随分と態度が違うじゃねえか。そりゃあ俺がネフィリアよりも格下ってことか? ハッキリ言う。気に入らねえな。
「うるさい。実際に格下でしょーが。なんのプライドだよ」
脚照ッッ!
「ひえっ!?」
あっ、くそっ! 反射的に目を使っちまった! 今度こそちゃんとレベル上げしようと思ってたのに〜!
「ひょー!」と妙ちくりんな悲鳴を上げて脚をさすっているペヨンと俺は仲良くソファの上で身悶えした。
まぁ使っちまったもんは仕方ねえ。俺とペヨンはほぼ同時に立ち直った。
やい。ペ公。回りくどいのはナシにしようや。時間が惜しい。お前はネフィリアの許しを得て女神像の登録をしたい。そうだな? 問題はお前がネフィリアに何を差し出せるかだ。
ペヨンは恨みがましい目で俺を見ている。
「くそっ、今のが五感強化かよ……! レベル上がんなくなるんだろ? よっくもまぁそんなクッソつまらないことできるなぁ……! やっぱチョッパリは変態だわ」
口を慎め……! ここにおわすネフィリア様をどなたと心得る! 五感強化の第一人者にあらせられるぞ! 下郎め! 控えい控えい!
「ははーっ!」
ペヨンはぺこりと頭を下げた。うむ。
さて話の続きだ。実際のトコどうなんだよ? お前は韓国サーバーでどういう立ち位置に居るんだよ? それ次第だろ。
「うーん。どうせすぐにバレることだから言うけどさぁ。私はね、スッゲー嫌われてる。おバカなプレイヤー騙して金を巻き上げたからね。エンフレ航空会社はその一環。最初は私を処刑するんで、せっかくだからロストするまでこき使ってやろうっていう企画だったんだよね。あんにゃろーどもめ〜」
そりゃいい。お前、なんならこっちで暮らせば? 歓迎するぜ。韓国サーバーの情報を洗いざらい吐いちまえよ。
「や、それは無理」
無理なん?
「そ。無理。言っちゃ悪いけどさ、こっちのサーバーは魔境じゃん。人間の里をエンフレが普通にうろついてる国なんて聞いたことないんですけど?」
ばっかオメー。そりゃアレだよ。一部のモブキャラがハシャいでるだけじゃねーか。放っておけば身の程ってモンを知って落ち着くさ。ね? ネフィリアたん。
「…………」
ネフィリアたんは何も言ってくれなかった。
なるほどな。俺は切り口を変えた。
よう、ペ公。お前さんはこっちに定住するつもりはない。それは分かった。じゃあどうする? お前っトコの国を観光案内でもしてくれるのかい? でもそれだけじゃな〜。
「そうでもないかな」
なに?
「ネフィリアさんはどう考えてんの? あんたら日本人にとって大韓民国は面倒な国だよね? 考え方が違う。私たちは自分の非を認めない。まぁ人それぞれだけど、日本人と比べたらそういう傾向はある。弱みを見せたら負けなんだよ。でもさ、それは私たちが変なんじゃなくて、あんたらのほうが変なんだよ。真面目にがんばってれば、いつか報われるっていう考えなんでしょ? それ変だよ。誰が助けてくれるの? 神様? でも、あんたらは無宗教国家じゃん」
……そういうことになるのか。何しろ日本は島国だからな。隣人を無視して暮らすには狭すぎるんだろう。いや、でもそれは……。
「そう。関係ないよね。今実際そうなんだからどうにもならない。……あんたらは李信馬准を見捨てなかったね。本当に余計なことしてくれたよ。あの人は強すぎる。何でもできる。見殺しにすれば良かったのに」
余計なことだと。聞き捨てならねえな。お前はマジュンくんのこと嫌いなのか?
「嫌いじゃないよ。だから厄介なの。私たちのサーバーに李信馬准に対抗できるプレイヤーは居ない。β組が束になっても多分無理。だからあの人に付いて行けば間違いないんじゃないかっていう考えになってる」
それは、つまり……。
ペヨンは俯いてフッと微笑を漏らした。ボソリと呟く。
「幼女つよい……」
……韓国サーバーは強力なリーダーシップを持つ指導者を欲している。
幼女化したマジュンくんにその役割を求めているのだ。
ネトゲー大国の韓国は。
最先端のゲーム脳を備えた人々が暮らす国なのである……。
ネフィリアが言う。
「だから何だ」
俺はハッとした。危うく雰囲気に飲まれかけていた。そ、そうだ。だから何だってんだよ?
ペヨンが顔を上げる。じっとネフィリアを見つめて、
「時間がないってことですよ、ネフィリア姉さん。私たちはね、まとまりがないんです。テキトーに生きてる。自由。レイド戦だ! やるぞー!って言っておきながら当日集まらない。レイド級は基本寝てます」
素晴らしいコンビネーションだな。俺は心からそう思った。レイド級などという怪獣に挑むのはアホのやることだ。雰囲気に流されてレイド戦に参加したことはあれど、そうした思いはずっと胸にあった。
ペヨンが席を立ち、ネフィリアの隣に座った。すすすと尻で横滑りしてネフィリアの手をそっと握る。
「姉さん。ウチに遊びに来ませんか。中国兄さんが現場に復帰する前に。このまま行ったらマジでロリコン帝国になりそうなので。そうなる前に。是非」
ネフィリアは……。
コクリと頷いた。
……この女には各国を見て回る予定があって。
多分……ロリコン帝国の滞在時間を少しでも減らしたかったのだ。
ぽやーっとしているマゴットがぽつりと独りごちる。
「庭付きの一戸建て……」
ハッ。白い毛むくじゃら。廊下でお座りしているペスさんがドアの隙間からこちらをじっと見つめていた。大型犬ともなればドアくらいは自力で普通に開ける。
俺とペスさんの目が合った。すれ違ったカットインがジャキィィィンと甲高い音を立てて火花を散らし、一瞬の交錯を交えたのちに離れて行った。
……分かってる。ペスと戦ってる場合じゃないってことは。でも俺の気持ちがペスから離れた訳じゃないんだ。そう主張をしておきたかった。
いつも通りの俺を意識してニヤッと笑い、
「ペス。俺は……お前とも戦いたい」
ナルトを読みすぎてサスケみたいになった。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
さてさて。ここ最近の俺があちこち歩き回っているのはフレリ埋めと俺ロスト事件の犯人を追うという二つの目的があった。
フレリ埋めについては順調だが、捜査のほうはダメだな。どいつもこいつも怪しい。犯人は一人の筈なのに、ネフィリアまで俺との間に何かあったような素振りを見せやがる。一体どういうことなんだよ。真実は常に一つじゃないの? シュレーディンガーの容疑者ですかコンニャロー。
まぁいい。まぁいいさ。俺はただ「安心」したかっただけだ。犯人を特定して、ある思い付きを否定したかった。結果として容疑者が増えるという不測の事態に直面したものの、まったく見つからないよりはいい。
という訳でやって参りました露店バザー。
俺はブンブンと手を振りながら、いつもの場所で露店を開いているシルシルりんに駆け寄っていく。
シルシルりーん!
シルシルりんは俺の顔を見るなりバッと俯いた。湯気が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にして、俺から目を逸らしたまま、身体の前で組んだ手を忙しなく組み替える。新陳代謝がドえらく活発になっているようで、激しい運動をしている訳でもないのに大量の発汗が見られた。流れる汗を手の甲で拭ったシルシルりんが独り言を口にするような感じで実況報告した。
「あ、あ〜……。暑いなぁー。もう三月だもんなぁー」
チラッと俺を見たシルシルりんがすぐにバッと目線を戻して、傍らに置いてあったデカいぬいぐるみをポンと自分の手前に置いた。森で逢ったら撲殺されそうなトトロ人形(大)だった。別トトロであると主張するためか、ゴツいこん棒を装着して肩に担いでいる。見た目まんまでアタッチメントパーツくっ付けて誤魔化そうとする根性がスゲーわ。
しゃがみ込んだシルシルりんが別トトロを両手で引っ張り起こし、
「あっ、コタタマりん! またロストしちゃったんですかぁ? 仕方のない人ですね〜」
シルシルりんシルシルりん。俺はこっちだよ。そっちじゃないよ、こっちだよ。……えっ。その別トトロさんが俺役なの? 武器を肩に担ぐことくらいしか共通点なくね?
シルシルりんは一心にとなりの別トトロとお話ししている。
「今日はどうしたんですかぁ? あっ、分かった! フレンド登録ですねー。もうっ、これで何度目ですかぁ?」
ぷんすか怒るシルシルりんは大変可愛らしかった。目を合わせてくれないのは悲しいけど、これはこれで悪くないな。透明人間にでもなったような気分だ。ま、透明人間と言ってもシルシルりんの演技だろうから女湯に突入するって訳にゃ行かねえわな。連想ゲームを瞬時に完結させた俺は、せっかくなのでシルシルりんの横顔を至近距離からまじまじと拝ませて貰うことにした。
いいなぁ。可愛いなぁ。この耳の形とかさぁ。
落ち着きを取り戻しかけていたシルシルりんがみるみる赤くなっていく。
おっとゴミの怨霊が湧きやがった。……偶然か? トークの邪魔をされたのはこれで二度目だ。女キャラとの絡みが怨霊発生のトリガーなのかもしれない。
モテない男のひがみ妬みが具現化するや俺に後ろから覆い被さってきた。俺の胸をガッと鷲掴みにし、こねくり回すように強く圧迫しながら俺の耳元でボソッと呟いてくる。
「お前は本質的にはメスなんだよ」
だから女キャラになれってか。ゴメンだね。
最初はまたホモかよと思ったが、どうやら違う。コイツらは女キャラからチョコを貰う、ただその一点のみを純粋に追求している。だからホモを装って男キャラにセクハラめいたボディタッチを繰り返す。そうやって男キャラの性転換を促そうとしているのだ。
理屈ではそうと分かっていても不快なものは不快だ。
クッと顔をしかめた俺に、ゴミの怨霊は三日月の形をした口を嗜虐的に歪めた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
すぐ近くに女性キャラが居るのですがそれは……。
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