魂の牢獄
ネトゲーにはパーティー戦を前提としたキャラクタービルドというものがある。
色々な考え方があってコレと断言するのは難しいのだが、まぁ大概は他職にはない特技が軸になる。例えば火力職ならヒーラーがパーティーに参加する前提で防御を捨てたりな。そうすることで火力が向上し短時間で戦闘が終わるため、結果的には被害を抑えることができる……等々である。
そしてこのゲームの場合はジョブによるステータスの違いがなく、また行動選択でキャラクターが勝手に戦ってくれる訳でもないため、もう少し複雑になる。要は立ち回りも含めたビルドになる。
戦闘型のデサントというのは、魔石さえあればその場で武器を作れる鍛冶屋の特徴を活かしたキャラクタービルドだ。
俺たち鍛冶屋は武器を作って売るプレイヤーなので、様々な武器に触れる機会が多い。つまり相手によって武器を使い分けるのに適した職業ということになる。
種族人間があまりにもゴミなので目立たないが、実のところモンスターごとに武器種による有利不利はある。
例えば鈍足のタコさん相手なら弓が有利だ。パワーファイターのモグラさんには盾にもなる重量級の武器がいい。突進力があるウサギさんには小回りの利く武器のほうが有利に立ち回れるだろう。レイド級は知らん。何を持って行ってもどうせすぐにブッ壊れるし、どんなに工夫しても大してダメージは通らないので得意な武器でも使えばいい。戦い慣れたスタイルなら0.5秒くらいは長生きできるんじゃないか? その程度だ。唯一マシな火力を叩き出せる魔法使いにしたって肉壁が居ないと何もできないからな。結局はバランスだ。
まぁレイド級は置いておこう。あれは狩りの対象ではない。どちらかと言えば狩られるのは俺らであり、もっと言うならマリオのコインだ。歩いてるところに当たっただけで俺らは死ぬ。
生産職は【スライドリード】の二段階目を使えない。その不足をどこで補うのかと言えば、武器を修理できることとマルチな穴埋め要員というのが一番の近道だろう。
もちろん戦闘場面で本職には敵わないが、マナポの普及によりパーティー全体の継戦能力が注目されつつある昨今において鍛冶屋は第二の戦闘職たり得るのだ。
1.エッダ水道
だからと言って種族人間が急にゴミから資源ゴミに昇格できる訳ではない。
「また来た! どんどん来たっ! に、にに逃げろ! 急げぇー!」
自称戦闘型のデサント(16)は何の役にも立たなかった。しょせんはベンチ要員だな。マルチな穴埋め要員と言えば聞こえは良いが、要するに器用貧乏の中途半端なキャラクターだ。
一対一なら多少は善戦できるが、相手側に前衛と後衛が揃っただけでどうにもならなくなる。まぁね? 俺がレベル低すぎてまったく使い物にならないってのはあると思うよ? でもさ、あれだけ大見得を切っておいてやっぱりダメでしたってのは正直どうよ?
韓国娘のペヨンと一緒にエッダ水道を逃げ回っている。
非モテ組の怨霊はなかなかどうして厄介なイベントモンスターであった。
攻撃はして来ない。耐久力はそこそこ。一定のダメージを与えると悲しそうに去っていく。厄介なのは、とにかく数が多いこと。放っておくと短時間で群れを成してぐいぐい迫ってくる。チョコくれチョコくれとしがみ付いてくる。男キャラに対しては微妙に態度が悪い。俺のケツを揉みながら耳元でボソッと「キャラチェンしろや」とか言ってくる。嫌だよ。なんでお前らを喜ばすために整形チケット使わにゃならんのだ。まぁ元がヘタレどもなので、女キャラにセクハラするほどの度胸はないようだ。謎のお触り禁止ルールが適用されている。そのぶん男キャラには大胆に迫ってくる。
嫌なMOBだなぁ……。通り掛かりの魔法使いに一掃して貰おうにも通り掛かりのゲスヒーラーが魔法環境をイジッて邪魔してくるしよぉ。
俺たちは追い縋ってくる怨霊どもをなんとか振り切って小休止に入った。俺の水筒ちゃんをブン取ったペヨンがごくごくと水を飲み干して文句を垂れる。
「ぷはっ。……チョット。なんなの、あれ! あれってエッダのスキルだよね? 解放するとあんな感じになるの? 普通に邪魔してきた! ムカつく〜!」
ああ、やっぱりお前んトコじゃ解放されてないのか。そりゃね。ああなるよ。日増しにひどくなってる。前はもう少しマシだったような気がするんだが。
途中で道連れになった知らない魔法使いさんが丁寧に解説してくれた。
「【八ツ墓】は五番環境まで使用法が解明されてるからね。六番以降は追加のバッドステータスがまだ分かってない。レベル制限かも。中国でも七番と八番は一部のプレイヤーしか使えないらしいよ。しかも決まって高レベルのね」
なるほど。バッドステータスの付与ね。やはり解放したあと、しばらく一番と二番しか張れなかったのは使い方が間違っていたからなのか。
判明のきっかけになったのは、赤カブトさんによる俺襲撃だ。赤カブトさんはハイフレームに変身するとαテスター時代の記憶を少し取り戻すことができる。変身を解くと攻略に関わる記憶は綺麗さっぱり忘れてしまうので、聞いても無駄だぞ。他のαテスターはどうだか知らんが、ウチのAI娘は頭の中がお花畑なので攻略には役立たない。ま、攻略組なんぞに預ける気もないがね。赤カブトは俺のドラゴンボールだ。誰にも渡さないぜ。
知らない魔法使いさんによれば、現時点で判明している【八ツ墓】の使用法には一定のルールがあって、追加のバッドステータスというのは要するに自分が不利になる組み合わせなのだと言う。例えば鈍足のタコさんが近くに居る時は敏捷性減少のデバフを意識すると通ることが多い。相対的に速度差が縮まり、囲まれる危険性が増すのがイイのだとか。
へえ。感覚的なものなのか。装備品の補正に近いな。いや、この場合は逆補正ってことになるのか。
俺がそう零すと、魔法使いさんは大きく頷いた。
「そうなんだよね。だからさ、生産職上がりのヒーラーは【八ツ墓】の使い方が上手いこと多いよ。特に元細工師かな」
デサントの上位職はダークプリーストだったな。そういうところで繋がっていくのか。
魔法使いさんと話し込んでいると、ペヨンが割り込んできた。
「盛り上がってるところ悪いんですけど〜」
おぅ、どうした。
「うん。あのさ、方向はコッチで合ってんの? 気持ち悪くてテキトーに走って来ちゃったから」
全然違う方向だったら声を掛けたさ。そりゃ最短経路とは言い難いが心配しなさんな。俺は大体のマップは頭に入ってる。
「ああ、特技MPKなんだっけ。地味に使えるオトコだね」
そういうことだ。
地形を利用するのはMPKの基本なのである。行き止まりにブチ当たったらその時点で詰むからな。
よし、休憩は終わりだ。
俺とペヨンは、知らない魔法使いさんと別れてエッダ水道の深部に進む。できれば一緒に連れて行きたかったけど、二人以上連れて行ったら多分【歩兵】の検閲は通らない。俺とネフィリアは似た考え方をするから分かる。秘密基地にアポなしで新顔を二人案内するのはやり過ぎだ。連れて行けて一人が限界だろう。それもログアウト時は厳しい。今の時間帯ならログインしていると思うが……。ネフィリアは意図的にログイン時間を散らしている部分がある。こればかりは読めない。まぁ運だな。
ペヨン。お前、運は良いほう?
「良いよ。かなりね。私が中国兄さんと知り合ったのは、中国サーバーに迷い込んで街中で喧嘩してた白龍に顔面掴まれて人間トンファーにされたのがきっかけだかんね!」
ダメだな。少し遠回りしよう。
「なんでだよー!」
急がば回れってな。俺のアビリティはハードラックだ。お前もそうなんだろ? 俺たちに最短経路は似合わない。らしく行こうや。
2.エッダ水道-深部-【提灯あんこう】秘密基地
遠回りが功を奏したのかどうかは分からない。気分の問題だしな。
いずれにせよ、俺たちは【歩兵】に狙撃されることなく悪の秘密基地に辿り着くことができた。
玄関のドアを開けて訪問を告げる。
帰ったぞ〜。
小娘どもがひょいと顔を出して「あっ」と声を上げる。
「ロスト魔だ! ロスト魔が来た!」
誰がロスト魔だ。今時ロストなんて珍しくもねえだろ。一回や二回のロストでガタガタ言うなや。
ドカドカと居間に上がり込んだ俺に小娘どもがわらわらと寄ってくる。
「ちょっと、タマっち〜。マジ命大事に。これガチね。マゴっちが不安がるんだよ〜」
「つーか新しいオンナ連れてっし! ニイさんパないっしょ! スゲーわ、この人!」
「フリエアっ。ちょっ、こっち来て!」
フリエアさんがこっちに来た。
「へえ……」
おっほー。ゴミを見るような目ですわ。
まぁアポなしで突然赤の他人を連れて来たらこんなもんだろう。俺だってウチの丸太小屋に知らないヤツが来たらとりあえず殺すしな。
俺は気さくに手を上げた。
よっすー。ネフィリア居る?
フリエアはじろじろとペヨンを見つめている。
「これ誰?」
お前にゃ関係ねーよ。今んトコはな。先にネフィリアに会わせる。悪いが、自己紹介はそれからだ。
ペヨンは微妙な立場だ。ネフィリアに確実に利するとも限らない。下手に小娘どもと友好関係を結ばれても困る。
だがペヨンは勝手に自己紹介を始めた。見せつけるように俺と腕を絡ませて、
「韓国出身のペヨンちゃんでーす! よろ!」
ちっ、この女……。俺が嫌がってることを察したらしい。他人が嫌がることをすれば優位に立てる……そういう考え方をするタイプか。
俺はペヨンの腕を振りほどこうとしてレベル差で押し切られた。仕方ないので口で文句を言う。
おい、さわんな。俺ぁーお前と仲間になったつもりはねえ。大人しくしてろ。俺はアポなしでお前を連れて来てんだ。俺の顔に泥を塗るような真似をしてみろ。その時は……分かってるな? 俺は何度でもロストできる。
ペヨンはにまりと笑った。
「でも今は変身できないんでしょ?」
俺が一度でもそんなことを言ったか?
「言ったよ。私の期待には応えられないって言った。それって変身できないってことじゃん。あんまり私のこと侮らないでくれる?」
違うね。俺はこう言ったのさ。お前が俺に近付いてきたのはウッディが狙いだろ? お前はウッディの宿主になるつもりなんだ。
ペヨンは嬉しそうな顔をした。くすぐったそうに身をよじって、
「くふふっ。やぶ蛇だったか。まぁいいや」
そう言ってパッと俺から離れる。腰の後ろで両手を組んで上体を屈めてフリエアの顔を下から覗き込む。
「で、ネフィリアは? 居る? 居ない?」
俺はすかさず言った。
フリエア。いい。構うな。お前らにこの女の相手は無理だ。俺が連れて行く。
「その必要はない」
ネフィリア……。居間に入ってきたネフィリアがじろりとペヨンを睨み付ける。
惜しむらくはパジャマ姿ということだろうか。
湯気が立つマグカップを手にしているネフィリアが凶悪に口元を歪める。
「ちょうど不貞寝していたところだ。朝から虫の居所が悪くてな……。付いて来いっ」
ネフィリアは機嫌が悪くなるとすぐに不貞寝する癖がある。
居間の出入り口で不意にぴたりと立ち止まったネフィリアが、肩越しに振り返って俺をじっと見る。むにゃむにゃと唇を引き結び、
「……ロスト魔めっ」
吐き捨てるようにそう言ってパッと軽い駆け足で居間を出て行った。
これはラッキースケベのチャンスなんじゃないか? 俺の脳細胞に天啓が舞い降りた。さしものネフィリアもパジャマ姿のまま客の対応はしないだろう。着替える筈だ。今から俺が追い掛ければ……!
ちょっ、待てよ! ネフィリア!
俺はニヤける顔を隠してネフィリアのあとを追う。
「あっ!」
俺の行く手を阻むようにキッチンからマゴットが出てきた。完全に衝突コースだったが、この時の俺の反応速度はセクハラ補正により優に常人の域を超えていた。とっさに【スライドリード】を発動し三角蹴りの要領で壁から壁へと飛び移る。尾を引く残像が処理落ちして稲妻のエフェクトに変化した。ジョゼット爺さんの言葉が脳裏を過る。
(【スライドリード】のオーバーフローに頼るな)
俺は胸中で爺さんに告げる。爺さん、長い目で見ればあんたの言葉は正しいんだろう。楽をすることを覚えたら人間はおしまいだ。こんな俺にだって成長の余地は残されてるって言いたいんだろう? でもよ、それっていつだい? 俺は……。
俺はカッと目を見開いた。
力が要るのは「今」だぜっ……!
フィンガーフレアボムズの使用を師マトリフから禁じられたポップのような心境で俺は翔んだ。ドス黒い血がパッと散る。俺の背中を突き破って羽が生えた。ウッディ。やっぱりお前はそこに居るんだな? 俺の手足が黒炎に灼かれてグズグズに崩れていく。俺は吠えた。
「うおおおおおおおおおっ!」
ズシッと手足に荷重が掛かる。これまでの比じゃない重さだ。ンだぁ!? 肩越しに振り返って俺はギョッとした。俺の両手足から黒い鎖が伸びて壁、天井、床を這い回っている。それらはたちまち俺を引きずり下ろして俺の全身を拘束した。
くそがぁっ!
鎖で繋がれた飢えた獣のように俺は前進しようとするが、身体から力が抜けていく。すっ転んだ俺は、わなわなと震える腕を床に叩き付けた。腹の底から湧き上がってきたドス黒い感情をブチ撒けるように叫んだ。
「カラぁぁぁテリアぁっ!」
くそっ、くそっ……! これほどまでにコケにされたのは初めてだッ!
俺の! ラッキースケベをッ! よくもッ!
額を床にガンと打ち付けて悔しがる俺を、ペヨンと小娘どもが唖然として見つめていた。
「パねえ……」
俺の慟哭が廊下に響き渡る。
割れた額から垂れてきたドス黒い血を俺はベロリと舐め取って目を細めた。喉の奥で唸るように低く呟く。
カラーテリア……。お前は俺を本気で怒らせたな……。
これは、とあるVRMMOの物語。
逆恨みですよね。
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