第六章。黒の星、完結
デバフを一つ選べるとすれば何がいいか。
一見、答えのない問いのように思えるだろう。命中率を下げても器用なタイプには効果が薄いかもしれない。回避率を下げても元々回避を捨てて高Vitでダメージを削るタイプにはほとんど無意味だ。
だが、例えば自機のステ振りができるとすれば話が変わってくる。
その場合、俺のゲーマー経験から言って、もっとも嫌なデバフはハマるタイプだ。
1.黒い星-ポポロンの森
元々俺は指揮官タイプのキャラではない。相手が嫌がることは割と見えるほうだが、そこ止まりだ。
そもそも俺は鍛冶屋だしな。
ゲームによって指揮官に適したジョブは異なる。このゲームの場合は近接職だ。高い移動力と生存能力を兼ね備え、戦線の崩壊を逸早く察することができる。後衛職や魔法職をやっていると、その辺りはどうしても鈍感になりがちだ。まぁトップクラスの廃人ともなれば例外ということになるが。経験値の桁が違うからな。
俺は指揮官タイプではない。最前線で死ね死ね言いながら斧をブン回してるほうが性に合ってる。
つまり指揮系統の話だ。
長い腕を突き上げた【刺しビン】ことサトゥ氏が、その手に持つ剣を振り下ろしてぴたりとョ%レ氏を指し示す。
【前衛、進めぇ!】
うぇーいと鬨の声を上げた近接型の粗大ゴミどもが地響きを立てて前進する。
【弓、構えぇ!】
うぇーいと鬨の声を上げた後衛型の粗大ゴミどもがジャキッと銃口を突き出す。
【撃てぇ!】
何度でも死ねる種族人間は戦線を押し上げながら火力を集中して味方ごと敵を粉砕するという戦法を取ることができる。
戦記モノで保身に走ったダメ指揮官が部下に下がると撃つぞと脅して前進を強要するアレだ。クズ戦法である。が、このゲームの前衛職は自分たちがゴミであり命の値打ちがストップ安であることを自覚しているため、このクズ戦法が敵の選択肢を削ぐ有効なワザであることを理解している。コツは瓦解寸前じゃなくて初っ端からやることだな。
ピチュンピチュンと光線が走り、運良く粗大ゴミの隙間を抜けた光線がタコ野郎に殺到する。運悪く集中砲火を浴びた俺は大破したが、即座に再生して戦線に復帰する。
戦法の不備を突くようにョ%レ氏が動く。
【敵が鈍足とは限らない】
タコ足を大地に叩き付けたョ%レ氏がゼロ加速して地面を削りながら大きく迂回、包囲を脱した。さすがは軟体生物だ。うまく隙間を抜けたな。後衛職が銃口を振って追い縋ろうとするが、その一瞬の隙を突いてタコ野郎が跳躍した。こちらの陣地に飛び込んで乱戦に持ち込むつもりだ。
だが、俺たちはレイド級の中にも近接職が居ることを知っている。ニャンダムはティナンの崇拝の対象であるが、そんなことはサトゥ氏にとってどうにでもなること。いつか殺る気でいることは言うまでもないだろう。
ニャンダム戦を想定して訓練してきた攻略組の動きは早い。ョ%レ氏が跳躍の予備動作に入った時にはすでに跳んでいた。空中で待ち受ける上質な粗大ゴミにョ%レ氏は愉悦混じりの吐息を漏らす。
【ほう】
嬌声を上げた粗大ゴミどもが空中で真横に吹っ飛ぶような気持ち悪い動きでタコ野郎に迫る。特にサトゥ氏の気持ち悪さがヤバい。ぐるりと背面に回るなり、ぐんと伸ばした右腕でョ%レ氏の腹を狙う。背後と正面からの二面攻撃。タコ足をたわめたョ%レ氏が逆噴射するようにサトゥ氏の斜め上を抜ける。タコ足の一本がサトゥ氏の首に巻き付いて一瞬でねじ切った。【スライドリード】か? いや違う。真の姿とやらを晒したョ%レ氏はクラフト技能しか使えない。使えるならモョ%モ氏との戦いで使ったろう。
空中で上下左右に細かく動いたタコ野郎が追い縋る攻略組を一蹴した。最後の一人をタコ足で巻き取って手足をねじ切りながら大地に降り立つ。
【諸君らのエンドフレームはバトルフェーズにおける運用を想定している。そしてバトルフェーズのステージはその多くが宇宙空間だ。推進力は正面12時の方向に近いほど強く働く。これは高速度戦闘を長時間維持するための仕様だ】
サトゥ氏の首をポイと後ろに放り投げて続ける。
【そうした仕様を、多くのγ(ガンマ)体はこう評する。目には見えない地面の上を走っているようだとね。つまり】
一斉に飛び掛かってくる粗大ゴミどもに、ョ%レ氏はクラフトした魔槍をバラ撒いて一掃した。
【ゴーストの操作に近い。教えてあげよう。こうやるのだよ】
ゴミに紛れて飛び掛った俺はタコ野郎に蹴り上げられた。高々と宙を舞ったまん丸ボディの可愛い俺を追ってタコ野郎が真上に駆け上がる。エアリアル。空中コンボだ。メテオスマッシュみたいなのを食らった俺はコテリと死んだ。
頭を拾って首に繋げたサトゥ氏が笑う。早くも化けの皮が剥がれつつある。
【強えな。レ氏。俺もそこそこやれる気で居たが……俺より強えヤツが居るってのはイイコトだ。まだ先は長いってコトだからな】
ョ%レ氏は前言を撤回した。
【サトゥ。そうか。時間の浪費というのは言い過ぎだったな。前言を撤回しよう。君のような男も居る】
サトゥ氏は会うたびに強くなっている。ついに頭をもがれても戦えるようになってしまったようだ。どんどん人間離れしていく。
ョ%レ氏は手放しにサトゥ氏を称賛した。
【そうだ。いいぞ。エンドフレームはコンフレームとは違う。明確に違う。同じように戦う必要はない。スライドリードを用意立てた甲斐があった】
サトゥ氏は指揮を放棄した。
【知恵比べじゃ勝てねえ。お前ら、自由に動け。俺もそうする。ノッてきた。ゲーマーらしくイこう。ゲージ使い切れ。DPSアゲてこうぜ?】
それイイかもな。賢く立ち回ろうとするから読まれる。好き勝手に動く粗大ゴミの群れなら%野郎の読みを外せるかもしれない。
まぁ無理だったんだけどな。
タコ野郎のクラフト技能が厄介だ。粗大ゴミが倒れ魔石が散らばるたびにタコ野郎は手数を増やしていく。待機状態の繭から何が飛び出してくるのか分からない。まるでびっくり箱だ。
性悪ディレクターが直々に手解きをしてくれるということで続々と粗大ゴミが入場してくるが、どうも勝てそうにないので飽きたゴミどもが自主的に退場していく。
俺は生まれたてのクロアリを見守る会に入会した。地べたに座っておぶおぶと前進していくクロアリをじっと見守る。ゴミとタコの高速戦闘にクロアリはまったく付いていけていない。今やデバフを周囲に撒き散らすだけの存在と化していた。
ギ酸だ。蟻酸と書く。
こんぺい糖みたいな形をした小さな黒い浮遊物を全身から射出して、それに張り付かれた武器や防具は腐食する。それがクロアリの特性。
ま、マズいぞ……。
クロアリは俺好みのパワーファイターだ。分厚い装甲で身を固め、命中率は低いが決まれば厄介なデバフを積んでいる。
そうした特性を持つキャラを、俺は以前にとあるクソ廃人に見せたことがある。ヤラシイ端数攻めを仕掛けてくるクソのような廃人だ。
俺はチラリと後ろを見た。
ひょっ!? サトゥ氏と目が合った。あ、アイツ……! すでに俺を疑ってやがる……! ボトラーめぇ!
ネリーブレンのポジを虎視眈々と狙っているバロンズゥみたいなのがニコリと笑った……ような気がした。殺すしかない。
俺はブンと羽ばたくや奇声を上げてサトゥ氏に突進した。死に晒せよやぁーッ!
返り討ちにされた。こりゃあタコ野郎にもバレてるな。でも何も言ってこないし、やっぱり何かの間違いだったんだろう。もしくは俺の知らない何かがあるのか。
もっとも、そんなことはもうどうでもいい。
このクソ運営は強え。ゾクゾクするような強さだ。生産職の極致……。
時間差で羽化した繭が地形を作り変えていく。限界までBダッシュをキメたマリオでどうなるか分からねえけど大ジャンプしてみる感覚だ。我先にと谷底に落ちていく俺たちを踏み台にしたサトゥ氏がヨッシーの乗り捨てよろしくョ%レ氏に突進していく。
【レ氏ぃ!】
ョ%レ氏が唐突に告白した。
【Naive-Restore。それがこのョ%レ氏のスキルの名称だ】
一瞬で手足を引き千切られたサトゥ氏が谷底に落ちてくる。
ョ%レ氏の声は距離に関係なく俺たちの脳髄にガンガン響いてくる。
【意味は、未だ見ぬ故郷】
あ?
青い光が立て続けに波打ち俺たちを洗う。
【寄る辺なく、たゆたう命は……】
【消えゆく定め、命の灯火……】
【波間に揺れる、花は珊瑚、火に似て……】
【沸き立つ命、遠けし定めは……】
【定めし羽、さえずる声高らかに】
【血は濁り鉄は鈍る。果てる命、咲く命】
【寄る波、渦巻き、踊る踊る破滅の狂い舞い!】
【声なく、枯れて、あの海……青く……遠く……】
うっ、お……!
な、なんだ?
身体が……動かねえ。
ョ%レ氏が切り立った崖の上から俺たちを見下している。いつの間にかリア充の権化バージョンに変身していた。
「覚えておくといい。【八ツ墓】はこう使う。まぁ理論値ではあるがね。効くだろう? 君たちは【戒律】の扱いが未だ拙く未熟だ。エンドフレームでは特にそれが顕著に出る。上下幅が大きいからな」
レ氏……。戦いは……もう終わりなのか? 俺たちは、まだ……。
ョ%レ氏の瞳の色が青と緑を行き来する。
「許せ、ヒューマン。もう少し鍛えてやりたかったが、どうやら客だ。このョ%レ氏の伽藍が破壊された。しかも第三者に。やれるとすれば……」
「まず僕か父。それと最高指揮官でしょうね」
誰だ? ョ%レ氏と崖を挟んで向こう側。対岸にスーツを着た優男が立っている。小脇にぐったりしたクァトロくんを抱えていた。
父ってのはクァトロくんのことか? だとすれば、アイツは……。
優男が谷底のゴミ山つまり俺たちを見る。
「初めまして、ヒューマン。GGO社の社長です。いつも遊んでくれてありがとう。コレは僕の父。面倒掛けたね。連れ戻しに来ました」
も、モモ氏の親父さんか。
社長さんは小脇に抱えているショタ廃人をチラリと見る。
「困りますよ、お父さん。あなたはウチの最大戦力なんですから。あなたは僕に管理されないと全力を出せない。元々そういう【戒律】なんでしょう? 罪滅ぼしですか。困った人だ」
おっと嫌なヤツだ。間違いない。腹黒だ。
腹黒社長が対岸のョ%レ氏を見る。
「やあ、ョレ。聞いたよ。勇者候補になったんだって? ようやくその気になってくれたのかな。ウチの娘の婿においでよ。歓迎するからさ」
ョ%レ氏は慇懃に断った。
「遠慮しておくよ。彼女は魅力的な人物だが、いささか親類に問題がある。そして、その問題は彼女に生涯付きまとって離れない」
腹黒社長が笑った。
「ョレ。君は優秀だけど、私の娘に負けてくれないのが欠点だ。空気を読み給えよ。空気を。しかし、そうか。やはりダメか。%同士はうまく行かないんだ。かく言う僕もそのクチでね。実はあまり人のことをとやかく言えない。まぁ血筋かな。僕は元々ハーフだからね」
クロアリから降りたラム子がトコトコと腹黒社長さんに近付いてクァトロくんをはしっと掴む。そして有無を言わせずに腹黒社長の腕ごと千切りとった。
シャッチョさーん!
俺たちはゲラゲラと笑った。
初登場でイキナリ腕を持って行かれた社長さんがしゃがみ込んでラム子の頭を撫でる。
「返してくれないかな? 僕のお父さんなんだよ」
ラム子も社長さんの頭にポンと小さな手を置いた。ぐしゃっと潰した。
ラム子ー! いいぞ! もっとやれ! 俺たち大喝采。
ラム子に手を握られたクァトロくんがエリアチャットを飛ばした。
【に、逃げて……。僕の息子は……セブンさんと似たスキルを持ってる。僕は……僕は……。クロ……すまない。父さんと一緒に帰ろう】
【帰る? どこへ?】
崖から伝った赤い血が黒く染まる。影のような不自然な伸び方をした。
【お父さん。僕の人生をメチャクチャにしたのはアナタだ。僕は、ただ故郷に残してきたお母さんが心配なんだよ……】
厚みを増した影から何かが這い出てくる。数え切れないほどの何か。機械の身体を持つそれらはどう見ても【ギルド】だった。
腹黒社長の声が脳髄にガンガン響く。
【ョレ。この空間を封鎖しろ。ヒューマンに混ざり物が居るようだ。私のスキルは知っているな? この場で摘み取るつもりはない】
ョ%レ氏は答えない。何か企んでいるようだ。
ラム子を追っておぶおぶと移動していたクロアリが足を踏み外して落ちてきた。ドジっ子め。俺に似たか。
クロアリ〜! 俺はバッと触手を伸ばしてクロアリを受け止めた。おぉ、よしよし。俺が分かるか? ママだぞ。
分からないようだ。俺はクロアリに持ち上げられて岸壁に叩き付けられた。凄いパワーだ。
腹黒社長の影からドッと湧き出した【ギルド】の群れが降ってくる。種々様々な機械兵。空を飛べるヤツらも居るようだ。通り道が狭すぎるのか、頭がつっかえてるヤツも居る。
黒い金属片が乱舞し、天地を埋め尽くしていくかのようだ。
冗談じゃねえ。俺はズラからせて貰うぜ。ウッディの健康に悪そうな雰囲気だしな。あばよ。
俺はトレーニングモードから脱出した。
2.ポポロンの森-人間の里
しゅるしゅると種族人間に戻った俺は、見晴らしが良くなった人間の里を眺めて大きく伸びをした。そしてぺしゃんこになった。
俺を踏み潰したクロアリが森の奥に去っていく。
クロアリをお持ち帰りしたぞ。やったぁ。
ダッシュで死に戻りした俺はクロアリの背中によじ登った。ニコッと笑う。乗り心地最悪だなっ。
よっしゃ、このまま世界旅行と洒落込むか。可愛い子には旅をさせよってな。俺も可愛いから同行するぜ。
またなっ、ゴミども!
これは、とあるVRMMOの物語。
メタタマ、国外逃亡。
GunS Guilds Online




