彼氏と彼氏の事情
このゲームは半没入型というログイン形態をとる。
血圧計みたいなのに腕を通して嫌がる謎の発光物体をぎゅっと握り締めればログインできるという寸法だ。
リアルとゲームの意識の切り替えはスマホのアプリを複数起動している時の感覚に近い。最初は戸惑うかもしれないが、慣れれば二画面同時操作もできるようになる。コツは先行入力気味に身体を動かすことだ。
VRMMOと言えば何となく脳に電極を埋め込んで外部からエロい電気信号を送るのかと思っていたが、よくよく考えてみれば人間様の脳みそはそこまで高尚なものではない。絶対不可侵領域という訳ではないのだ。あと100年もあれば脳に電極を埋め込まなくとも専用機材で脳波を拾う程度のことはできるようになるだろう。
特に人間の身体で指が一番複雑かつ繊細な動きをしているのは素人目にも明らかで、VR機器をそこに持ってくるのは理に適っているのかもしれない。人間は飛んだり跳ねたりしている時も指を動かすのだ。
もうそういうものだと思って考えるのをやめていたが、このゲームのハード本体は最も深刻な謎を秘めている。
【ギルド】も謎と言えば謎だが、しょせんはデータと割り切れば分からなくもない。
だが謎の発光物体はリアルに実在しており、どう見ても生きていて、しかも得体の知れない多機能ぶり。
普段は血圧計を寝床にしていて、環境に慣れてくると血圧計から這い出して部屋の中をうろつくようになる。どうして握るとログインできるのか、俺たちの身体に何が起こっているのかを俺たちは知らない。
ただ、血圧計は一種の安全装置なのではないかという説はある。
謎の発光物体を機械的に制御し、悪さをしないよう見張る安全装置だ。
1.緑の洞窟-キノコハウス
召喚術師の正体はネカマ六人衆だった。
「ふふふ」
ネフィリアは上機嫌だ。
「褒めてやる。まさかお前たちが役に立つ日が来るとは思わなかったぞ」
六人衆は調子に乗っている。
「へへーんっ。俺らも【敗残兵】の一員なんだっ。見くびらないでよねっ」
ネフィリアが六人衆に迫る。
「クラスチェンジ条件は何だ? スマホはきっかけだろう。データの持ち出しと持ち込みは規約違反だ。スマホによる転用と転載はプレイヤーが勝手にやっていること。レ氏がそのスタンスを崩すことはまず考えられない。状態3は近道ではあったかもしれないが、決定的な要因ではない筈だ。条件は何だ?【戒律】は?」
ネカマ六人衆の表情にチラリと一抹の不安が過る。ゴミどもが血眼になって許されざる召喚術師を探しているのを思い出したのかもしれない。
「えっとぉ……。もしかして俺ら、ひどいことされますか?」
ネフィリアはにっこりと笑った。
「私はお前たちを守るためにやって来た」
無能どもはコロッと騙された。
「俺はね、ネフィリアのこと信じてたよ」
「俺も俺も。本当は心の優しい子なんだって知ってた」
「なんだかんだ言って優しいよね……」
「ツンデレいいよね……」
「やっぱりペタ氏のお師匠様なんだなって……」
「あれ、ペタ氏ロストしてなかった?」
謎の発光物体を手にくっ付けた六人衆が今更になって思い出したかのように俺を見る。
俺は腕を押さえてうずくまった。
くっ、鎮まれ……!
重症な中二病患者のように右腕の疼きを鎮めようとするがダメだった。
俺の腕から這い出したウジ虫のウッディが威嚇するように身体をもたげる。
宿主の身体を伝って地面に降りたウッディと謎の発光物体が押し相撲を始めた。
俺と六人衆は地に這いつくばって自分トコの子を応援する。
がんばれウッディ! 負けるな! そこだっ! ああっ……!
押し負けたウッディがコロリと地面に転がって脚をバタつかせる。
俺はウッディを慰めてやった。よしよし、次はがんばろうな。だがウッディは自分は悪くないと言いたげだ。
(君は……レベルが低いな)
くっ、可愛くねえ。しかもコイツ、勝手に動きやがるのか。俺の新生活に早くも暗雲の兆しだ。
俺のウッディを打ち負かしたネカマ六人衆は勝ち誇っている。
「ペタ氏のカレシはまだまだ経験不足だね」
「でも光るものはあるよ」
「なんか見た目も変だしね」
カレシだと? どういうことだ?
「んにゃ? なんかレ氏が彼って呼んでたから」
ああ、なるほど。彼氏という訳か。
ネカマ六人衆は俺のウッディを俺のカレシと勘違いしているようだ。
……なんか誤解を招きかねないネーミングだな。大丈夫か? 由来がシンプルなだけに定着しそうな凄みがある。まぁ呼び名なんてものはなるようにしかならない。俺がどうこう言っても始まらないのだ。
俺はウッディを腕に戻して続けた。
それで? お前らは本当に召喚術師なのか?
本当にそうなら、ここに知らない人が居る。掲示板に転職条件を流して貰えよ。もちろん匿名でな。俺は、ぼーっとしている知らない人の背中をばんばんと叩いた。
極端な話、ゴミどもは誰が召喚術師なのかはどうでもいいのだ。表向きはプレイヤー全体の利益のためとか綺麗事を口にするが、ヤツらが本当に気にしているのは自分がクラスチェンジできるかどうかだ。条件を流してしまえば勝手に召喚術師は増える。そうなれば、最初にクラスチェンジしたヤツを探し出すのは一気に難しくなる。
悪くない案だと思ったのだが、ネカマ六人衆は難色を示した。
「え〜? でもセブンがロストしちゃったからなぁ」
ん? だから何だよ。
「詳細を把握してるのセブンだけだったから」
「俺らは言われるままにやってたら勝手にクラスチェンジしてたの」
無能にも程があるだろ。いいから、その言われるままにやってたことを言えよ。それで大体のことは分かるだろ。
知らない人が俺の肩を揺すってくる。どうした。
「ら、ラックさん。ホブゴブがめっちゃ見てくる。なんか増えてるし」
なんだ、お前、嫁入り修行は初めてか?
ホブゴブは何もしないでいるとああやってプレッシャーを掛けてくるんだ。監視の目が増えるぶんチェックも厳しくなるが……。
俺はネフィリアを見た。
……まぁ俺とネフィリアが揃ってれば審査は軽くパスできるさ。いや、料理の手順がイマイチ頭ン中でしっくり来ねえな。動作の熟練度がリセットされてるのか。何も知らないよりはマシだろうが……俺は大して戦力になれそうもない。
ネフィリア。頼めるか?
もうウッディを見られたので俺は記憶喪失のふりをするのをやめた。
ネフィリアが渋々といった様子で頷く。
「仕方ない。面倒だが無為に時間を過ごすよりはマシだろう。コタタマ。手伝え」
あいよ。俺は軽く返事をして、腕まくりをしながら歩いていくネフィリアに着いていく。
嫁入り修行とは言うが、ネフィリアは何でも器用にこなすし俺はいつでもお嫁さんになれるよう準備を怠らなかった男だ。ホブゴブ主催の嫁入り修行を何度もクリアしてる。
俺とネフィリアの手料理にホブゴブさんは満足そうに頷いた。よし、次だ。
家事の合間にネカマ六人衆の事情を聴取する。無能の話を総合すると、召喚術師になる条件は謎の発光物体の召喚だ。まんまだな。要するに状態3のスマホは彼らをこっちに連れ込むには最適のエサで、ないならないで指でぐりぐりしてやったりして地道に親密度を上げていけば条件を達成できそうだった。
あとは前提条件としてテイマーであること。レベル20以上であること。それら二つは譲れないようだ。
お前ら意外とレベル高いんだな……。
俺がそう言って雑巾を絞っていると、ネカマ六人衆は照れ臭そうに笑った。
「数さえこなせば簡単だよ」
「魔法使いは投げられて自爆するだけだからね」
養殖かよ。お前らはそれでいいのか。仮にもトップクランの幹部だろうに。
「ペタ氏。このゲームは誰でも活躍できるよう作られてるけど、やっぱり上に行くプレイヤーは違うよ」
「そこを否定したらゲームにならないしね」
「俺らはウチの子たちを援助する。代わりに一緒に遊んで貰う。そういう約束だ」
「ペタ氏もそうだよ?」
そう言ってネカマ六人衆は俺を見つめてはにかんだ。
「俺らをエンディングに連れてって」
俺は整形チケットをゲットした。やったぁ。
2.クランハウス-居間
嫁入り修行を軽くパスしてホブゴブの卒業試験に挑んでアッサリと殴り殺された俺は、メタタマくん五歳に変身して先生と再会した。
俺を肩車した先生がウチの丸太小屋の居間をぐるぐると練り歩く。
「コタタマ。君は放っておくと私たちを置き去りにしてどんどん遠くへ行ってしまうんだね」
ロストした件だろう。
先生はその場のノリと勢いでロストした俺の所業を深く嘆いておられる。
俺は反省した。怒られるかもしれないと考えて子供に甘い先生対策として五歳児に化けたのだが、バッチリ効いていることもあり罪悪感で身につまされる思いだ。
「コタタマ〜。コタタマ〜」
金髪女のポチョが地獄の亡者のように俺を求めて追い縋っているが、さしもの金髪も先生を斬り殺すことは憚られるらしく手を出しあぐねている。
先生はポチョを引き連れてぐるぐると居間を歩き続ける。
「コタタマ。君はオンライン上での人の繋がりを信じていないのだね。いつかは切れるものだと思っている。それは仕方のないことなのだと。だが……」
「ぺ、ペタさん!」
二階からバタバタと赤カブトさんが階段を転がり落ちるように降りてきた。目がヤバい。正気を逸している。
「ペタさぁん」
飛び掛かってきた赤カブトに、先生は素早く俺を小脇に抱えた。出足払いで機先を制し、かろうじて転倒を免れた赤カブトに半身をねじり込むように朽木倒しを仕掛ける。有効!
素早く立ち上がった両者が組手の応酬を始めた。俺で片腕が塞がっている先生は圧倒的に不利な筈だが、こと柔道に関して先生は達人の域に居る。重心を崩された赤カブトの懐に先生が素早く潜り込む。そして片手で赤カブトを背負った。
「おうっ!」
裂帛の気合と共に赤カブトの腰を跳ね上げて足を刈る。綺麗に弧を描いた赤カブトの身体がポンと宙を舞って背中から床に落ちた。一本! 文句なしの一本だ!
「ふうっ……!」
大きく息を吐いた先生がザッときびすを返して赤カブトに一礼した。赤カブトも礼を返す。
「あ、ありがとうございました……」
正気に戻ったようだ。
先生は俺を肩車しようとして、ハッとした。
腕組みなどして居間のドアにもたれ掛かっているアットムが、ちらりと俺を見てペロリと舌舐めずりをした。
「先生。コタタマの世話は僕がしますよ。森へ散歩に行きます」
散歩か。まぁたまにはいいかもな。
先生は俺を慎重にソファに置いた。
バッと両腕を上げてアットムと相対する。
「さっ、来ぉーい!」
おおっ、今日の先生は闘志に満ちあふれているぜ。
フッと微笑したアットムくんが腕組みを解いて進み出る。
「いかなる困難も愛には道を譲る。愛とはつまり性欲だ。それが真実」
俺はモグラさんぬいぐるみのお腹に抱きついて両者の対決を見守る。
先生はアットムの柔道の師だ。しかし肉体的なアドバンテージはアットムにある。アットムのレベルは今となっては30近いだろう。
ど、どっちが勝つんだ……?
俺は手に汗を握った。
これは、とあるVRMMOの物語。
今のアットムを片手で相手をすることはできない、ということ……。この勝負、勝敗の行方はこの私をして予測がつかない……!
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