告白
1.黒い星-ポポロンの森
くそがーっ!
俺は外れ馬券をびりびりに破いて地面に叩き付けた。
サトゥ氏め。負けやがった。使えねえ野郎だ。口ほどにもねえ。
ゴミどもがカンカンと負け犬の母体を解体している。念のためにトドメは俺らで刺したのだ。もしかしたらサトゥ氏のアビリティを解放できるんじゃねえかと思ってな。しょせんはトレーニングモードとあって無理だったようだが。
開戦前に悲劇のヒロインっぽいムーブをしていたリチェットがしゅるしゅると種族人間に戻って両手を突き上げた。
「さ、さ、サトゥに勝ったぁー!」
歓喜の叫びを上げ、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
廃人三連星はネカマ六人衆に雇われているゲームクリア請負人という側面を持つ。金だけの関係ではなく、どちらかと言えば家族に近いのだろう。
しかしセンスだけでトップに立てるほどネトゲーは甘くない。手足となって動くプレイヤーは不可欠で、リチェットは補佐に徹することでサトゥ氏とセブンを支えてきた。だから、あの二人の異常さを誰よりも知る一人がリチェットなのだ。
いつしか諦めていたサトゥ氏をやっつけるという夢。
その夢を叶えたリチェットは子供のようにハシャぎ回っている。リチェットを慕うゴミどもが口々にリチェットを祝福する。
「リチェットさんおめでとうございます!」
「これからはリチェットさんの時代ですよ!」
リチェットがにこやかに手を大きく振る。
「ありがとう! ありがとう!」
なんとなく雰囲気でヒロインポジの人の危機に駆け付けて、そのヒロインらしき人にボロクソにやっつけられたサトゥ氏が母体から這い出してもるもると悲しげに鳴いた。
「もるるっ……」
負け犬は放っておこう。
リチェット戦勝パレードが始まった。こうしちゃいられねえ。俺もリチェット隊長の大金星を祝ってやりたい。
ゴミどもに混ざってぴょんぴょんと飛び跳ねる。キャーリチェットさん素敵ー!
リチェットが俺を見てギョッとした。
「こ、コタタマの怨霊だ! また出た!」
ふん、予定よりは早いが……。いいだろう。
俺はアホではないので、自分がペタタマさんではないと言い張っても無駄であることを理解している。以前とは状況が違うのだ。
進み出る俺にゴミどもが野次をぶつけてくる。
「そいつは崖っぷちだー! 何を言っても信じるな!」
「ノートの切れ端を持ってるぞッ! 取り上げろ!」
俺は荒ぶる鷹のように両腕を広げる。
おいおい、物騒だナ? しかし、なるほどな。なるほど……あるいはお前らの言う通りだろう。どうやら俺はお前らが崖っぷちと呼ぶプレイヤーらしい。そこを否定すると辻褄が合わないからな……。
ゴミどもがざわつく。俺が認めるとは思わなかったのだろう。
だが。俺は指を一本立てた。
俺は謝らないぜ? この場には、かつての俺がロストに追い込んだプレイヤーも居るだろう。俺は、そいつらと一緒に戦ったんだ。命を燃やし尽くしてな。
くくくっ……。俺は胸中でほくそ笑んだ。甘いんだよ。甘い。このゴミどもは友情だの何だのに酔ってるだけだ。俺を弾劾してイイ人になったつもりでいる。だが、実際にロストした連中はどう思うかね? 記憶を失ったなんて漫画の主人公みたいなシチュに置かれて、俺を恨むか? むしろ逆なんじゃねえか? そりゃあ表向きは許されることではないだの何だのと言うだろう。でもそれは本音じゃねえな。何しろ記憶がねえ。つまりはポーズなのさ。
中身のない空っぽの怒りは持続しない。
俺はベムトロンの旦那と結託して記憶を持ち越した。俺が隠すべきはその一点のみ。他は別にバレていいのさ。いや、今となってはそれすら。くくくっ……。
ポケットに両手を突っ込んでニヤニヤとしている俺に、ゴミどもが「あっ」と声を上げる。
「こ、こいつ……。記憶を持ち越してるぞ! ロストしてない!」
「いや……。それはない。ロストしたのは確かだ……。しかし……。な、何か……」
「と、トリックだ。何かしやがったな……」
くくくくっ、ふははははははははははははは!
俺は哄笑を上げた。
まだ分かんねえのか? ゴミども!
全ては手遅れなんだよ!
俺はお前らを全員道連れにするつもりだった。だが、そいつは無理だった。冥王の日……。大量ロスト事件の動画を見て分かったよ。何から何まで突然すぎた。俺は妥協したんだろう。お前らゴミどもを全員道連れにするのは無理だとな。
分かるか。お前らは俺の意に反して生き残り……圧倒的なアドバンテージを手にした。この先、冥府から蘇ったゴミどもが新規ユーザーとしてお前らの前に続々と列を成すだろう。お前らにはこれまで培ってきたレベルがあり、今や少数派となった先行者としての豊かな経験がある。……よろしく頼むぜ? 先輩。
ゴミどもは素早く計算している。俺を非難する声が消えた訳ではないが、だからこそ、そいつらを出し抜くチャンスは今なのだと過半数のゴミが気付いていた。
種族人間を動かすのは情などというあやふやなものではない。純然たる利益なのだ。
いいぞ。そうだ。気付け。もっとだ。お前らは俺に構ってる場合じゃない。今こうしている間にも新規ユーザーはどんどん増える。そいつらの大半は俺がロストのお膳立てを整えてやったゴミどもだ。ただの新規ユーザーじゃない。自分自身にメッセージを残してる。あるいは俺のように何らかの手段で記憶を持ち越してるかもしれない。そいつらは確実に強くなる。何しろ二周目だからな。オイシイ狩り場を理解していて、どうすれば自分が強いキャラクターに育つのか把握してる。
ョ%レ氏はこう言った。2nd.シーズンの開幕だと。
大量ロストがその引き金だったのだろう。
急な用事を思い付いたゴミどもがぱらぱらと抜けていく。
この場に残り、俺を親のカタキでも見るような目で睨んでいるのは時勢を読めないザコどもだ。俺の敵じゃない。
俺は楽しい気分になってゴミどもを挑発してやった。
どうした? 殺せよ。俺が憎いんだろ? まぁ生憎とチュートリアルで恵んで貰った軍資金はついさっき全額スッちまったが……。斧くらいなら奪えるだろう。正直、俺は前世の因縁で殺されるのは筋違いだと思ってるが……。お前らの気持ちは分からんでもない。さあ、どうした。殺せよ。それでお前らの気が済むのなら俺は構わないぜ?
俺は強気だ。弱みを見せたら人間はオシマイだ。
とはいえ、ゴミどもの中には知恵が回るゴミも混ざっていたらしい。
「こっちっス」
ウチの子たちを連れてきやがった。
なるほどな。そう来たか。
俺は弱気になった。
ぺこぺこと頭を下げてプレイヤーの皆さんに道を譲って貰う。あ、すいません。ちょっとどいて貰えます? 急な用事を思い出しまして、ええ。いやっ、困ります。そんな、俺をどうしようっていうんです?
俺はゴミどもに突き飛ばされてウチの子たちの前にまろび出た。
くそっ、血も涙もねえのか。ウチの事情を知ってれば俺がマジで何されるか分かんねえってことくらい分かるだろ。
俺はパッと立ち上がってニコニコとウチの子たちを順ぐりに眺めた。
やあやあやあやあやあ、これはこれは可愛らしいお嬢さんたちだ。察するに俺の知り合いですかね? いやぁ俺も隅に置けないなぁ。こーんな可愛らしいお嬢さんたちとフレンドだったなんて。いえね、今すぐは無理でもお嬢さん方のためとあらば俺は記憶を取り戻してみせますよ! あ、申し遅れました。俺っちはメタタマって言います。ケチな小悪党ですわ。お見知り置きを。へへっ。
ぺこぺこと頭を下げて揉み手でご機嫌を伺う俺を、ウチの子たちはじっと見つめている。あ、泣いちゃう? 泣いちゃうの? や、やめろよ。泣くなって。俺が悪かったよ。俺が悪かったから。な?
「コタタマ!」
ハッ。アットムくん。アットムくんが駆け付けてくれた。
駆け寄ってきたアットムが俺の顔を見てバッと片手を振り上げた。
「このっ……!」
な、なんだよ。怒ってんのか?
しかしアットムくんは、すぐに泣きそうになって俺をガッときつく抱きしめた。
「ばかっ! 僕がどれだけ……!」
アットム……。
へっ、悪かったな。俺は急に気恥ずかしくなって、もごもごと口ごもってから、ぽつりとこう言った。
た、ただいま。
俺の肩に手を置いたアットムが、俺の顔を見てはにかんだ。
「おかえり」
よ、よし。湿っぽいのは苦手だ。ウチの丸太小屋に帰ろうぜ!
……ウチの三人娘は不気味な沈黙を保っていた。殺されてしまうのだろうか。俺はぼんやりと思った。
俺が居ない間に何かあったらしい。
ポチョはスズキと赤カブトを気にしていた。
スズキはポチョと赤カブトを気にしていた。
赤カブトはスズキとポチョを気にしていた。
……そしてアットムくんは明らかに三人娘を警戒していた。俺に小声で忠告してくる。
「僕から離れないで」
赤カブトさんがぽつりと言う。
「次にペタさんをロストさせるのは、私だから」
俺は先生と会いたかった。そしてバスケをやりたかった。
これは、とあるVRMMOの物語。
メタタマ、未踏の領域へ。
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