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幕間 帝国

 ――――ヴェルスタン帝国首都ガラドにある王城、玉座の間



 青年が一人、玉座に鎮座していた。

 ユージット・ゼン・ヴェルスタン。


 この国の皇帝であるユージットは大臣の報告をつまらなそうに聞いていた。



「以上で一つ目の報告を終わります」


「で?」


「……で、とおっしゃいますと」


「早々に消えるであろう国であるラズブリッタの密偵が何人か排除されたくらいの報告が必要なのかと聞いているのだが」


「それは……必要ではないかと」


「我には必要ない。そんな事で我の大事な時間を無駄にするな。ラズブリッタの密偵など、さっさと引き上げさせるか捨て置け」


「……かしこまりました」



 長年ラズブリッタに暗躍していた密偵からの連絡が途絶えた事を大臣が報告した。


 その報告に若干イラだった様子で大臣に告げるユージット。

 大臣はそんなユージットの様子にこれ以上怒らせないようにと慎重に言葉を選びながら次の報告へと入る。



「続いての報告は獣人連合がラズブリッタに対し宣戦布告、これにラズブリッタは何らかの取引を持ちかけ何人かの獣人将が動いている隙をついて我が軍が獣人連合に攻撃をしかけたのですが、我が軍は大敗を喫しました……」


「ラズブリッタが獣共にした取引というのはなんだ?」


「それが……密偵がラズブリッタに捕縛されて詳しい事は……」


「肝心な情報が手に入らないとは本当に使えんなっ!」



 ユージットが玉座の肘掛の部分をガンッ!と叩く。

 明らかに苛立ちが募っている様子に大臣がビクビクと震え、言葉をつまらせる。

 

 大臣の怯えている様子にユージットの目が更に冷たいものになる。


 しかし大臣のこの怯えようも仕方ない。


 ヴェルスタン帝国では皇帝の権威は絶対的なもの。

 ここで大臣が何かしら不敬を働いた場合すぐに殺されるか牢へと拘束されてしまう。

 大臣という立場であろうと王に意見をする事は許されない。



「はぁ……良いだろう。取引内容についてはラズブリッタに残った密偵を使い潰せ」


「かしこまりました」


「それで? 後半に言っていた獣人連合に大敗した事について詳しく聞かせろ」


「はっ。獣人将と思われる何人かがラズブリッタに向かったのを確認し、陛下に言われたとおりセーヌ伯爵とケリッサ子爵の私兵団、後は帝国第12、13騎士団を獣人連合へと派遣したところ大敗、伯爵子爵の私兵団は壊滅、騎士団も両騎士団併せて小隊規模しか生き残る事が出来なかったそうです」



 苦々しい顔をしながらユージットの不況を買わないように必死な大臣。


 息苦しさを感じつつ、大臣は一刻も早く報告を終えてこの場から立ち去りたいと思う。

 実力主義のこの帝国で大敗の報告は確実にユージットの機嫌を損ねる内容だ。


 例え大臣が大敗の切欠を作っていなくてもユージットの機嫌が悪くなれば大臣の首は跳ねられる。

 あまりにも理不尽に感じられるが、この国ではそれがまかり通る。


 だからこそ大臣はなるべく穏便に報告を終えて、いかに自分に矛先が向かないかを必死で考えていた。

 ユージットの顔色を常に窺い大臣はユージットの次の発言を待つ。


 確実に負けた事に対してユージットの機嫌が悪くなると予想している大臣は余計な発言をせず、聞かれた内容に速やかに答えるよう頭を巡らせる。

 


「伯爵と子爵の私兵はどの程度残った?」


「勝ち戦だという情報を伝え、伯爵も子爵も功績を上げるため大半の兵を投入したようで、それが壊滅してしまい、今は自国を守る程度の私兵しか残っておりません」


 大臣の報告にしばし静寂が訪れる。


 何かまずい発言をしたのかと大臣が顔を青ざめさせ背中に冷たい汗が服を濡らす。


 だが、大臣の内心など気にしていないユージットが口角を吊り上げ更に問う。



「出兵した騎士団の中に私が告げた者達はちゃんと組み込んだのだろうな?」


「はっ。騎士団長に命じ、きちんとその者達も戦いに参加させたのですが……」


「ですが。なんだ?」


「陛下が命じた者達は皆……命を落としました」


「そうか……」


 報告を聞きユージットが顔を伏せた。

 その様子に大臣は悲しんでいるのかと思い、どう声をかけたら良いのか思案する。


 だが大臣の予想に反してユージットは肩を震わせ次の瞬間顔を上げると盛大に笑い出す。



「そうか……そうかそうかそうか! クククッ! アッハハハハハッ!」


「へ……陛下?」


「あいつらは死んだのかっ! 伯爵子爵の私兵の大半も壊滅したのか!」



 困惑する大臣にかまう事なくユージットは狂気の表情で笑い続ける。

 ひとしきり笑い続けるユージットに大臣は呆然とその様子を見ていた。



「悪いな。思いの他順調に事が進んでいたのでな」



 ようやく笑いを終えたユージットが大臣の存在を思い出したかのように語りかけた。



「順調ですか? 申し訳ありません。私には陛下の崇高なお考えがわからないのですが」


「そなたが理解する必要などない」


「出すぎた発言でした。申し訳ありません!」



 順調と言ったユージットに対して彼の思惑が理解出来ない大臣が申し訳程度にそう返すと憮然と大臣の発言を切り捨てる。

 ユージットの態度が急に変わった事にまずいと思った大臣が床に頭をこすり付けるくらいに平伏する。

 その様子を蔑んだ目で見ながらユージットは死んだ者達を内心で嘲笑った。


 今回獣人連合へと私兵の出兵を命じた伯爵と子爵はユージットに対して反感を抱いていた。

 騎士団に組み込んだ者達も同様にユージットに不信感を持っていた。

 この情報は前もってユージットが選抜した諜報員に調べさせていた。


 だからこそ今回、獣人連合の隙を伺いこの者達に攻撃を仕掛けさせたのだ。


 獣人将の強さをユージットは知っている。

 獣神決闘に参加する為獣人将が獣人連合を数名空ける情報をユージットは掴んでいた訳だが、獣人将が数名いない程度で伯爵子爵の私兵や12、13騎士団では歯が立たない事もわかっていた。


 つまりは負け戦とわかっていて反乱分子を駆りたてた。

 大敗して自分に牙を向かないようにする為に。


 その思惑が成功したユージットの内心は歓喜で満ちていた。


 思惑が成功した事もそうだが、たくさんの血が流れた事も彼が機嫌を良くする理由だが、それを他者に教えるつもりはユージットにはない。


 内心の狂気を押し隠すようにいつもの表情に戻すユージット。

 そんなユージットの表情が戻った大臣が恐る恐る口を開く。



「以上で二つ目の報告を終わります。それで……最後の報告をしてもよろしいでしょうか?」


「御託は良い、さっさと済ませろ」


「申し訳ありません。それでは……陛下に命じられたエルフ族と魔族の件ですが、陛下の命じられた通りに勇者様方に行ってもらい滞りなく進んでいます」


「それならよい。引き続き進めろ」


「はっ! では取り急ぎその件を進めさせていただきます」



 大臣はそう言うとユージットに一礼してこの場を去っていった。


 玉座の間に一人鎮座するユージット。


 普段であれば護衛の近衛騎士が何人もユージットを囲むようにして彼を守護しているのだが、今回は重要な報告であるという事で人払いをしている。


 王が護衛を伴わないというのは暗殺を恐れ反対するのが普通だが彼はこの帝国で三本の指に入るほどの実力者。

 それ故に護衛をする人間など肉壁くらいにしか思っていない。

 一人でいる方が動きが制限されない分良いとさえ思っている。

 万が一暗殺者が来たとて対応する為のスキルを所持しているので問題ないのだ。


 一人静寂の中、狂気の表情を向けながら天井を見上げる。



「クククッ……あと少しだ。あと少しで……」 



 その呟きは何を思っての者なのか? それはユージットにしかわからない。

 自分の思い通りになっている世界に彼は再び笑みを浮かべた。 

5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。あと感想をみてわかりにくいかなと思い一文追加させていただきました。

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