第4話
「あんた今日こそは掃除当番、サボんないでよね」
不機嫌そうな顔で悠太を睨み付けている。
目を丸くしていた悠太だったが、突然意味もなく威圧的な態度をされたことにより、少し怒りを覚えた。
「朝からウゼーやつ」
「なんですって!? 昨日みたいなことにならないように、今から釘を刺してるんじゃないのよ」
二人の間に火花が散る。
「……お前ら、喧嘩はほどほどにしておけよな」
長年の付き合いから険悪な雰囲気をいち早く察した大輔は、雑誌を掴んで背を向けた。
しかし。
「朝からエロ本なんかを見ているあんたには、言われたくないわね」
大輔へ攻撃の目が向けられてしまった。
「な……俺のことは関係ねぇだろうが。それにこれはエロ本じゃねぇよ。昨日発売されたばかりの七宮みずきファースト写真集『limited』だ!」
今度はムキになって反論した大輔と、言い争いになりそうだったのだが。
「あ! そーだ、思い出したぞ!」
悠太が突然机を叩いて立ち上がった。今度はさやかが目を丸くする番である。
「さやか、テメーのせいで昨日は酷い目にあったんだからな!」
「は?」
「響に変なことを吹き込んだろ」
「変な? ……何のことよ」
話が全く見えなかった。
眉を顰めながらジャージの袖を捲ると、さやかは腕を組んで考え込んでいた。
「俺のムスコを叩けば倒せると教えたことだよ」
「息子?」
ますます言っている意味が分からない。顔全体にクエスチョンマークでも付けているかのように、眉間に皺が寄っている。
そんなさやかにもどかしさを感じた悠太はついに切れ、
「だから響に、俺のキンタマを殴れと言ったことだよっ!」
と、自分の股間を指差しながら大声で怒鳴っていた。
一瞬で教室内が静まり返る。先程まで各々お喋りをしていたクラスメイトたちも、皆こちらを注目していた。
変声期前の悠太の声はよく響くので、教室の隅々まで行き渡ってしまったのだ。
「そういえば響がこの前『悠太に喧嘩で勝ちたい』と言ってきたから、もしかしたらそのようなことを答えたかもしれないわね」
だがさやかは顔色一つ変えず、冷静な声である。その態度が悠太の頭へ益々血を上らせる。
「『もしかしたらそのようなことを答えたかもしれないわね』じゃねぇ! 惚けるな!!」
「! ちょっとあんた、変な物真似しないでよ」
ここで急に赤くなったさやかは、焦りながら周囲を見渡していた。声真似が妙に似ていたので、クラスのあちらこちらからクスクス笑いが聞こえてきたのだ。
「そんなことはどうだっていいんだよ」
再び机を叩き、上目遣いで真っ直ぐにさやかを睨み付ける。どうやら頭に血が上ったままの彼の視界には、まだ周囲が目に入っていないようである。
「昨日は遥香先生の前で響にやられて、凄く恥ずかしい思いをしたんだからな。お前のせいだぞ!」
「何でそれが私のせいになるのよ」
「お前が響をけしかけたからだよ」
「私は別にけしかけてなんかいないわよ。そんなことくらいでやられている、あんたのほうが悪いんでしょ」
「なっ…」
平然と言い放つさやかに、悠太は二の句が継げなかった。あの痛みは男にしか分からないのである。
「『そんなことくらい』だと!?
あれがどれだけ痛いか知らないから、そんな風に言えるんだ」
「私がそんなの知るわけないでしょ。ていうか、知りたくもないわね」
さやかは腕を組んだまま、高圧的な態度を崩さずに悠太を見下ろした。
いつもの威圧感に圧倒されそうになった悠太は、それを振り払うかのように指を突き付ける。
「なら復讐だ! お前にも同じ痛みを味わわせてやる!!」
「へ~、どうやって? どんな方法で?」
目を細め、人を小馬鹿にしたようなその態度が、更に悠太の神経を逆撫でしていた。
「今日の放課後、首を洗って待っているんだな!!」