第4.5話
2016.08.15
追加しました。
「今日の放課後、首を洗って待っているんだな!!」
「………は? 首?? なんだそりゃ」
大輔が悠太の言い放った言葉に、目を丸くした。
その反応を見た悠太は眉根を寄せ、逆に首をかしげる。
「あれ? 違うのか??」
「違うって何が?」
「『ダイギリンガーZ』で、暗黒魔王がジンに言ったセリフだよ。こういう時に使うんじゃないのか?」
「『ダイギリンガーZ』……ああ! この前までやってた、昔のアニメか。そういや最終回直前で、そんなことを言ってたかもな」
「だろ? あのセリフ、敵なのにスゲーかっこいいって思ったんだ。だからいつか、言ってみたかったんだよ」
「けどあの後、暗黒魔王はジンたちに倒されたんじゃなかったっけ。つまり、負けフラグで言う時のセリフだよな」
「ま……っ」
悠太はここで、初めて気付いたかのように固まった。そして。
「まっ、負けねーからなっ! さやかぁぁぁッ!!!」
再び叫び、指を突き付ける。
「ったく、何よ。またあんたはトートツに……まあ、いつものことだけど」
さやかは自分の頭を押さえて、深々と溜息を吐いた。
「もし俺が負けたら、お前の言うことを何でも聞いてやるよ。だがッ! 俺は、ぜってー負けねぇ!!」
「分かったわよ。そういうことなら、受けて立とうじゃない。私も負けたら、あんたの言うことを何でも聞いてやるわ」
さやかは口端を上げ、笑みを返した。その顔は明らかに、自信に満ちている。
「で? 何で勝負しようっての? 何のスポーツ? 何でもいいけど私、あんたにだけは負ける気しないんだけど」
彼女の運動能力は、クラスで一番といっても過言ではなかった。このことは自称ライバル(?)である悠太も、認めている事実だ。
「そ、それはあの……アレだ。そう! チカラくらべ、だッ」
「力くらべ? ……ああ、いつものやつね。いいわよ別に」
これに関しても悠太は、一勝もしたことがなかった。しかしすぐにはスポーツ名が思い浮かばず、咄嗟に出た言葉がコレだった。
さらに、その口は止まらない。
「ふふふ……余裕でいられるのも今のうちだぜ、さやか。どうやらここに来て、俺の真の実力を試す時が来たらしい。キサマは恐怖に震え、泣きわめきながら命乞いをすることになるだろう」
不敵な笑みを浮かべつつ、自分の顔を利き手で押さえ、何処かで見たようなポーズをとる悠太。
(うわコイツ、完全に暗黒魔王になりきっていやがる)
大輔はそんなことを思いながら、ふと周囲に目をやってみる。すると、このやりとりを見物していたクラスメイトたちが一斉に、凍り付いているのが目に入った。
さやかのほうからは、「ホント、バカっぽい」という呟きも聞こえてきた。
だが悠太はどうやら、この呟きや周囲との温度差に気付いていないようだ。
「ククク……今からキサマの、その情けない顔を拝めるのが楽しみだゼ。そして俺がキサマを倒したアカツキには…………」
「………………」
「…………」
「……」
しばしの沈黙。
(あコイツ、実は何も考えてなかったな)
止まったポーズのまま、大量の汗を流し始めた悠太を見て、長年の付き合いから大輔は察する。
「アカツキには、何よ」
痺れを切らせたさやかが、ジト目を向けながら訊ねた。
「アカツキにはぁ……ぁあ……あっ、そうッ! 一日中、こき使ってやるッ!」
(! ショボっ! 苦しまぎれで出た言葉がそれかよッ!)
大輔は呆気に取られていたために声には出せなかったが、心の中でツッコむ。
「へぇ、そう。じゃあ私が勝ったら、あんたには一日中、女の子の服を着てもらおうかしら」
瞬間、クラス中から一斉にどよめきが起こった。一部、黄色い悲鳴も混じっている。
「な……なん……っ!」
悠太にとっては、思いもよらない提案だった。口をパクパクさせたまま、言葉が出てこない。
「じゃあ、決まりね」
「!? ちょっと待て!」
きびすを返して自席へ戻ろうとしたさやかの腕を、悠太は慌てて掴んでいた。
「……何よ」
怪訝そうな表情を浮かべながら、振り返るさやか。
「それだけは、嫌だ」
「何でよ」
「何でも、だッ!」
悠太は訴えかけるような真剣な瞳を、さやかに向けた。
やがて彼女は向き直ると、深々と溜息を吐いた。
「あんたねぇ。自分から言い出したんじゃない、私の言うことを何でも聞くって。もうみんなの前で言っちゃったんだし、今更取り消せないわよ」
「それでも、嫌なもんは嫌なんだっ!」
「ほんっと、女々しいわね。だったら、私に勝てばいいだけじゃない。絶対、勝つんでしょ」
「お、オウッ! ぜってー勝つ! そして、ぜってー負けねぇゼッ!!!」
握り拳を天へ振り上げ、高々と宣言する。
「じゃ、そういうことで」
またもや、くるりと後ろを向くさやか。
「あっ、いや。そうじゃなくて、まだ話が」
再び腕を掴もうとしたのだが、今度は何やら盛り上がっている様子の女子集団に阻まれ、辿り着くことができなかった。彼女たちが一斉に、さやかを取り囲んでしまったのだ。
その圧倒的なパワーの前には為す術がなく、悠太はその場で呆然と立ちすくむしかなかった。
「さすが、さやかだな。悠太の一番嫌がることを言ってくるとは」
その後ろでは机に頬杖をついた大輔が、感心したように呟いている。
「ようっし、じゃあ俺は、向島さやかに千円賭けるぜ!」
「何!? じゃあ俺も向島に千円だ」
「待ってよ。僕も向島だと思ってるんだけど」
「俺も」
「僕も」
一方、男子は男子連中で、別の盛り上がり方を見せていた。
と、悠太が突然、ガクリとその場に崩れ落ちる。
「どうした、悠太?」
大輔が急なことにビックリしながら、しゃがみ込んだ背に向かって声を掛けた。その肩が少し、震えているようにも見える。
「ど……」
「ど?」
彼が何を言おうとしているのか分からず、大輔は後ろから身を乗り出した。すると勢いよく振り返った悠太が、その胸ぐらを強く掴んだのだ。
「どーしよぉ~大輔ぇ」
「ぅおッ!? なんだよ、いきなりッ」
目を潤ませた悠太が、すがりついてきた。咄嗟に避けようと身を仰け反らせたが、椅子に座っているため、避けきれなかった。
「俺、このまんまだと負けちゃうよぉ~。みんなの前でタンカ切っちゃたし、俺、すげーかっこ悪ぃよぉ~」
「誰もお前が勝つとは……ああ、いや」
すがるような瞳に見詰められ、大輔はそれ以降の言葉を濁した。
「ねぇ、ねぇ! 勝つには、どうすればいいと思う?」
「俺が知るかよ。ていうか、これ以上近寄るな。離れろよッ!」
なおもグイグイと下から迫り来る悠太の顔面を両手で押さえつつ、大輔は答えた。
「そういうことなら、圭吾に訊けばいいだろ? あいつ、頭いいんだし、クラス委員長でもあるんだからな」
「ッ! そうだ、圭吾!」
悠太は飛び跳ねるように立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回した。しかし、目当ての人物の姿は見えない。
「あれ? そういえば圭吾は?」
「ああ。そういやあいつ朝一で、シバセンから用事を頼まれているとか言ってたな。まだ戻ってないのか」
「よしッ! そういうことなら、ちょっと行ってくる!」
「て、えっ!? オイッ! もうすぐでホームルームが……」
大輔の忠告を最後まで聞かずに、悠太は勢いよく走り出していた。
が、扉に手を掛けようとした寸前で、何者かによりその扉は開かれてしまう。その先に見えるのは、冊子の山を抱えている圭吾の姿だった。
「あっ、圭吾! ちょうどいいところに」
だが突然上方へ、強い力で引っ張られた。
「何処へ行く気だ、坂井」
「ゲッ、シバセン」
手前に居たのは、クラス担任だった。しかも悠太の襟を片手で掴んだまま、険しい表情でこちらを見下ろしていた。
「よぅっし、お前ら! これからホームルーム始めっぞ、席へ着けー。そんでもって、休み時間無しで一限目もすぐに始めるぞー」
「えっ、なにソレ!?」
「せんせー、10分休みは~?」
「そんな時間、あるわけなぁい」
「えー、ひどーい。遅れて来たの、そっちじゃん」
「なんですぐに始めんだよー」
ぶーぶー文句を言う生徒たちを尻目に担任は、悠太を引き摺ったままで教室へと入っていった。その手から必死に逃れようと藻掻いていた悠太だったが、全くビクともしない。
その間圭吾は彼を素通りし、先に教室へ入っていた。
こうしてすぐに、朝のホームルームが始まるのだった。




