第47話 常陸院家でBBQ
「招待していただいて、ありがとうございます」
「よく来てくれたね。今日は楽しんでいってくれ」
咲月の父、夜月に頭を下げる陽介。
挨拶を済ませると、夜月はBBQグリルが数台並ぶところへ向かう。
グリルの前では初老の男性が調理をしていた。
小説の展開アイディアを探すためのお出掛けから、数日後の昼。
今日、陽介は常陸院家のBBQに招待されていた。
(はぁぁ~こっちは来たことなかったけど、立派だなぁ~)
綺麗に整備された広い庭を見て感嘆する。
「あ、瀬戸さん。ちょっといいですか?」
「星崎様、なんなりとお申し付けください」
「えっと、これ作ってきたプリンなので、あとで皆さんで食べてください」
「承知いたしました、お預かりします。のちほど、お出しします」
プリンを持った瀬戸と入れ違いに、咲月と咲月の母、咲耶がやって来る。
「星崎さん、いらっしゃいませっ」
「いらっしゃい、星崎くん。今日はいっぱい食べてねぇ」
「お邪魔しています。はい、今日もご馳走になります」
軽く挨拶をしたあと、咲耶は夜月の方に歩いていく。
そして、陽介と咲月は二人になった。
「常陸院さん、今日の服装はちょっとラフな感じが新鮮でいいな。涼しげだし」
白い襟付きのワンピース姿の咲月。
シンプルがゆえに、咲月本来の美しさが際立っているように感じた。
「ふふっ、ありがとうございます」
「作ってきたプリン、瀬戸さんに渡してあるから、あとで出してくれると思うぞ」
「わぁっ~楽しみですっ♪」
目を輝かせる咲月を見て、陽介は頬を緩める。
「お嬢様、星崎様。お飲み物はどういたしましょう?」
そこにメイドの白木がやって来た。
「私は麦茶をお願い」
「あ、俺も一緒でお願いします」
「かしこまりました」
すぐに二人は麦茶の入ったコップを渡される。
BBQグリルの側にいた夜月が、スッと一歩前に出る。
それだけの動作で陽介の視線は夜月に向いた。
(これがカリスマか……)
陽介がそんなことを思っていると、
「さぁ、そろそろ食べ頃に焼き上がった。いただこう」
夜月の言葉でBBQが始まった。
「星崎さん、取りに行きましょうっ」
「ああ、そうだな」
咲月に促されて、グリルを覗き見る。
白木に渡された皿を持って、何を取ろうかと逡巡する陽介。
「やっぱ肉だな」
トングで牛肉を取り、皿に乗せていく。
「くすっ♪ やはり星崎さんはお肉からなんですね」
「そうだなっ……ちゃんと野菜も食べるから大丈夫だぞ」
「ええ、そこは心配はしていませんよ」
咲月は鶏肉とピーマンと玉ねぎを取っていた。
「焼いた玉ねぎって甘みがあって美味しいよな」
何気なく言うと、咲月がトングを使って玉ねぎを陽介の皿に置いた。
「……ありがと」
「いえいえっ♪」
BBQグリルから少し離れた場所で、早速食べ始める二人。
「んまっ! 牛肉、美味っ!」
口に入れた瞬間、炭火の香りが鼻を抜ける。
「ふふっ♪ 鶏肉も美味しいですよ」
「お、いいねっ、鶏も食べよっと」
陽介が言うが早いか、咲月がトングを持っていた。
そして、スッと陽介の皿に鶏肉をよそう。
「どうぞっ」
「あ、ありがと……いただきます」
ニコニコと陽介を見る咲月。
「んっ……おお、ハーブが効いてるなっ」
常陸院家のシェフが下準備をしたのだろう。
そんなことを考えている陽介の隣で、咲月がナスを食べている。
「……せっかくだし、こういうのも写真に撮っておくか」
「いいと思いますっ。あ、でも食べている瞬間は恥ずかしいので、撮らないでいただけると嬉しいです」
「それは流石に大丈夫だぞ」
(……口開けてる常陸院さんを撮ってみたい気持ちはあるけど、食べる瞬間を撮るのは流石にデリカシーがないからなぁ)
側のテーブルに皿を置き、ボディバッグからデジイチを取り出す。
そして、咲月に向けてレンズを向ける。
「……ッ」
咲月がレンズ越しに微笑んだ。
(ホント、反則級の笑顔なんだよなぁ……)
「撮るぞっ……」
「はいっ♪」
ゆっくり息を吐いてから、シャッターを切った。
陽介と咲月が液晶モニターで撮った写真を見ていると瀬戸が近づいてくる。
「お二人の写真もお撮りしましょう」
「あ、はい。お願いします」
カメラを瀬戸に手渡すと、ススッと咲月が陽介の隣に立った。
何枚かツーショット写真を撮ってもらっていると、夜月と咲耶が陽介たちのところにやって来る。
「あら~、いいわねぇ」
「咲耶さん。……よろしければ、常陸院さんとお二人で撮りませんか?」
「ふふっ、ありがとう~♪ そのあとで星崎くんとも撮りたいわねぇ」
そのまま瀬戸に咲月と咲耶、夜月の三人の写真を撮ってもらう。
それを眺めながら、陽介は野菜やキノコを食べる。
「ほらほら、星崎くん。あなたもこっちに来て一緒に撮りましょう~」
咲耶に呼ばれ、常陸院家の面々のところに行く。
陽介と咲月を挟むように夜月と咲耶が並んだ。
(あれ……俺は端でよかったんだけどなぁ……?)
そんなことを思いつつも、カメラのレンズに視線を向けた。
何枚か四人での写真を撮ってもらい、また各々が食事に戻る。
「あ~このアスパラのベーコン巻きも美味いな」
「エビもいい感じですよ。食べますか?」
陽介が頷くと、甲斐甲斐しく咲月が皿に乗せる。
そんな二人の様子も瀬戸がパシャパシャとカメラに収めていた。
(あとでデータを見たら、くすぐったくなりそうだなぁ……)
咲月に取ってもらったエビを食べながら、そんなことを思う。
「星崎くん、魚介のアヒージョもあるよ。どうだい?」
「いただきます。……あ、そうだ。夜月さん」
「ん? なんだい?」
アヒージョを別の皿によそいながら、夜月に声を掛ける。
「先日は、シェフの方にチーズを使ったデザートを頼んでくださって、ありがとうございます。凄く美味しかったです」
「ははは、ウチのシェフのデザートを楽しんでくれたのならよかったよ」
「ふわふわで凄く美味しかったです。あとリコッタチーズは初めて食べました」
「ほう、それならまた一つ経験できたわけだな。ちなみに今、あそこで調理しているのが、そのシェフなんだ」
「へぇ……あの方がシェフなんですね」
食材を見つめ、焼き加減を見極めている初老の男性に視線を向けていると――
「星崎さん、ピザもありますよっ」
「お、じゃあ、ピザももらおうかな」
「お父様はどうしますか?」
「ああ、いただこう」
咲月が二人の皿にピザを乗せる。
先に陽介の皿にピザを置いた時、夜月が少し寂しそうな表情を浮かべていたのだが、陽介は気づかない振りをした。
「お~生地がパリパリしてる……クリームチーズもいいな」
それに玉ねぎの甘みとベーコンの塩味がいい塩梅だった。
「ふふっ、楽しいですねBBQ。それにこうやってお外で食事をするのは、開放感があって気持ちもいいです」
「あ~わかる。祭りもそうだけど、外で食べるのが特別感あるんだよな」
そんな話を咲月としていると、メイドの白木が一組の男女を連れてこちら――夜月の元へとやって来る。
「お義父さん、お義母さん。予定よりもお早い到着ですね」
夜月が笑みを浮かべ、二人に話し掛けた。
「かっかっかっ。久しぶりに孫に会うんじゃ、そりゃ急ぐってもんだ」
「お祖父様、ご無沙汰しておりますっ」
陽介の隣で咲月が満面の笑みを浮かべる。
「おおっ、咲月、久しぶりじゃなっ……っと、そちらは?」
咲月を見て表情を緩めていた老人男性が、その隣にいた陽介を見る。
心なしか周囲の温度が下がったように感じる。
「えっと、常陸院さん……常陸院咲月さんのクラスメイトで友人の星崎陽介です。本日は夜月さんにご招待いただき、この場に参りました」
「ほう、星崎くんか。儂は常陸院玄市じゃ。咲月の祖父じゃな」
老人――玄市が圧を放ったような感覚になる陽介。
(ここで気圧されたら、なんか負けな気がするなっ……!)
小さく息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。
「よろしくお願いいたします、玄市さん」
名前で呼ぶと、玄市はピクッと片眉を上げた。
「ふむ、こちらこそよろしく頼むぞ」
陽介が感じていた圧がなくなった。
ホッと内心でため息を漏らしていると、夜月が玄市に笑いながら話し掛ける。
「ははは、お義父さん。これからの若者をあまり試さないでくださいよ」
黙って見ていた夜月が朗らかに笑う。
「ふんっ。お前さんたちは甘やかしそうだからな」
「全く、お父さんったら……そんなことしてると、咲月に嫌われちゃうわよ~?」
「んなっ……!? そ、そんなことはないじゃろ? なぁ、咲月よっ……」
咲耶の言葉にわかりやすく狼狽えた玄市が咲月を見る。
「あの……ええっと、星崎さんをからかわないでくださいね……?」
「そ、そんなぁっ……!」
少し困り顔で咲月が言葉を濁すと、玄市はガックリと肩を落とした。
(常陸院さんは、あの凄みを『からかい』で済ますのか……。肝が座ってるっていうか、なんていうか……)
咲月と玄市のやり取りを眺め、陽介がそんなことを思っていると、玄市の隣にいた老婦人が口を開く。
「星崎くん、ウチの人がごめんなさいねぇ……」
「いえ、大丈夫です……えっと……」
「あら、自己紹介がまだだったわねぇ。常陸院咲江よ。よろしくねぇ」
「よろしくお願いします、咲江さん」
「ふふふっ、礼儀正しくていい子ねぇ。ね、咲月ちゃん?」
「はいっ、星崎さんは凄くいい人なんですっ♪」
ニパッといつもよりも幼い笑顔を浮かべる咲月。
「ささ、とりあえず自己紹介が済んだところで、お父さんもお母さんもBBQを楽しみましょう」
パンパンッと手を叩きながら、咲耶がその場をまとめた。
「星崎さん、次は何を食べますか?」
「ん、そうだな……やっぱ肉かなぁ」
「ふふっ♪ 牛肉ですか?」
「だな~。前も言ったけど自分じゃ滅多に買わないからさ、ついつい機会あると食べちゃうんだよ」
「言っていましたねっ……はい、どうぞっ♪」
喋りながら、咲月がトングで陽介の皿に牛肉を乗せていく。
「ありがと……常陸院さんも、ちゃんと食べてるか? なんか、さっきから俺ばっかり食べてる気がするんだよな」
「はい、食べてますよっ♪」
「それならいいんだけど……」
そんなことを話していると、玄市と咲江が二人のところにやって来た。
「あらあら、二人は仲良しなのねぇ」
「あ、ははっ……仲良くさせていただいています……はい」
ポリポリと頬を掻く陽介と、その隣で朗らかな笑顔を浮かべる咲月。
そんな二人を見て、咲江は目を細めて上品に微笑んだ。
(やっぱ常陸院家の女の人って笑い方が凄く似てるよなぁ……)
陽介がそんな感想を抱いていると、玄市が皿を持って咲江の隣に来る。
その皿に乗ったものが気になった陽介は玄市に尋ねた。
「あの玄市さん、その皿に乗ってるサンドイッチはどこにありましたか?」
「ん? これは今、シェフが作っておったぞ?」
「おおっ、ありがとうございます。常陸院さんも、サンドイッチ食べる?」
「そうですね、私もいただきたいです」
「了解。ちょっと取ってくるよ」
玄市と咲江にも断りを入れて、陽介はグリルの側にいるシェフの元に向かう。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「さっき玄市さんが持っていたサンドイッチを二人分いただけないでしょうか?」
「はい、かしこまりました。今、ご用意いたします」
「よろしくお願いします」
グリルで焼き上げた鶏肉とレタスを、バターとスプレットを塗ったパンに挟む。
そしてパンの表面に軽く焦げ目がつくまでグリルで火を通して、シェフは陽介に二人分のグリルチキンサンドを渡した。
陽介はシェフにお礼を言って、咲月の元に戻った。
「常陸院さん、お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ♪ 美味しそうですねっ」
「ああ、そうだな。これも玄市さんがシェフからもらってきてくれたお陰だよ」
「ふふっ、そうですねっ♪ お祖父様、ありがとうございます」
「お、おぉっ……美味しいから、冷める前に食べるといいぞ。星崎くんもじゃ」
咲月にお礼を言われ、頬を緩める玄市。
そんな玄市を見て、咲江がヤレヤレと肩をすくめる。
「ん~……確かに、これは美味いっ……! 甘酸っぱいスプレッドが鶏肉とレタスにすげぇ合うなっ……」
「本当ですねっ♪ フルーツの酸味でしょうか?」
「多分、ベリー系だと思うぞ……んぅっ……」
陽介がガツガツとグリルチキンサンドを食べていると、玄市が楽しそうに笑った。
「かっかっかっ。星崎くん、いい食べっぷりじゃのぉ」
「あはは……すみません、美味しいものを食べるとつい……」
恥ずかしそうに首に手を回す陽介。
「よいよい! 若者はいっぱい食べないとダメじゃっ!」
「はい、ありがとうございます」
二人のやり取りを見ていた咲月が柔らかく微笑む。
「ふふっ、星崎さんとお祖父様が仲良くなってくれて嬉しいですっ♪」
「そうじゃなっ! 星崎くん、常陸院家の前当主として、儂がきっちりと鍛えてやるからなっ」
「ははは……お手柔らかにお願いしますね」
陽介は乾いた笑いを漏らした。
(まぁ、変に圧を掛けられるよりは全然いいんだけどさぁ……。っていうかやっぱ玄市さんが前当主だったかぁ……道理であんな強い圧が出せるわけだ)
そんなことを考えていると、玄市がいいことを思いついたと話を続ける。
「星崎くん、釣りをしたことはあるかね?」
「いえ、釣りの経験はないですね」
「そうかっ。それなら今度、一緒に海釣りに行こう! 道具は儂が全部、揃えておくから安心してくれ」
唐突な話だったが、陽介自身も海釣りが面白そうだと思ったので頷いた。
「そういうことでしたら是非」
「かっかっかっ。日程が決まったら連絡するからな」
(玄市さんとも良好な関係が築けそうだな……)
そんな陽介たち四人の元に、夜月が咲耶と瀬戸と白木を連れて来る。
「そろそろ星崎くんが作ってきてくれたプリンを出そうと思うんだけどいいかな?」
「はい、どうぞ。多めに作ってきたので、余った分は皆さんで食べてください。瀬戸さんと白木さんの分もありますので、お二人も是非」
「ほう、星崎くんは菓子を作るのか?」
玄市が興味深そうに陽介を見る。
「ええ、まぁ。まだまだ研究中ですが」
「そうかそうかっ! 研究、大いに結構じゃっ」
常陸院家の面々と陽介にプリンが用意される。
そして各々がスプーンで、陽介作のプリンをすくい口に運んだ。
「おぉっ? 甘さが控えめで食べやすいのぅ」
「本当ね。それに固めだから、しっかりとバニラビーンズの風味まで楽しめるわ」
玄市と咲江は満足そうにプリンを食べていく。
それは夜月と咲耶も同じだった。
そして――
「んぅっ……♪ 星崎さんっ。プリン、とっても美味しいですっ」
パッと華が咲いたような笑みを浮かべる咲月。
「そっか。常陸院さんが喜んでくれて、よかったよ」
陽介は咲月が幸せそうにプリンを食べているのを見て、頬を緩ませたのだった。




