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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第19話 食堂で、氷の令嬢は“次の舞台”を告げる

食堂の喧騒は、いつも通り。

銀食器の乾いた音と、浮ついた笑い声。噂という名の羽虫が、昼の光の中で舞っている。


――慣れている。

私がどこに座ろうと、空気は勝手に形を変える。

変えられる側が慌て、変える側が平然としているだけのこと。


向かいの席の少女――マリエンヌは、皿に手を伸ばす角度を誤らない。

椅子の座り方も、背骨の通し方も、呼吸の間も。

“王妃候補として”は、もう十分だ。


けれど、それを「十分」と呼んでしまえば、ここで終わる。

終わらせない。


彼女をここまで引き上げたのは――誰の望みだったか。

食堂のざわめきが「第一王子殿下の見る目」と囁くたび、私はナプキンで口元を押さえる。

表情は変えない。変える必要がない。


マリエンヌが、ほんのわずかに指先を強張らせるのが見えた。

褒められることに慣れていない緊張。

けれど、飲み込むのは早い。隠すのではなく、整える。――伸びる子だ。


「あなたは――大分、形になってきました」


淡白に言ったのは、褒め言葉にしたくないからだ。

褒めれば彼女は喜ぶ。喜べば周囲は騒ぐ。騒げば、余計な目が彼女に刺さる。

刺さる目は、刃になる。


それでも彼女は、背筋を通したまま「ありがとうございます」と答える。

その声の芯に、ほんの少しだけ安堵する自分がいる。

――信頼は、油断ではない。確認だ。


「ですから、次は王都では難しい教育へ移りますわ」


彼女の喉が鳴る。

怖いのだろう。だが、逃げない。

逃げない子は、逃げない理由を作れば、もっと強くなる。


「難しい……教育、ですか?」


質問の仕方が変わった。

以前なら、ただ戸惑いが先に出た。

今は、理解したいという意志が前に来る。

それだけで、期待に足る。


「ええ。たとえば――領民とどう接するか。儀礼の外側にある、実際の“王妃の仕事”です」


ここで、周囲がざわつくのは知っている。

“男爵令嬢が領民と接する”――それだけで見世物になる。

だからこそ、王都では無理だ。王都は舞台装置が多すぎる。

舞台の外を知らずに王妃は務まらない。


「ルクレール公爵領へ向かいます。――あなたも」


噂が膨らむ。

“同行”“住む”“屋敷”“同じ屋根”――くだらない。

けれど、くだらない噂ほど人の足を絡め取る。

私は、最初からその縄を断っておく必要がある。


だから、次の言葉は予定通り。


「ただし、その前に一度――中間報告を兼ねて、第二王子殿下の誕生パーティーへ参加します」


マリエンヌの肩が硬くなる。

当然だ。あそこは祝宴という形をした、温度の低い戦場。

笑顔の剣、祝辞の槍、拍手の盾。

そこで“示す”のは、彼女自身の現在地だ。


「ええ。公の場です。あなたが今どこまで来たかを示すには、ちょうど良い」


示す――と口にした瞬間、食堂の空気が一段沈む。

誰もが分かったふりをする。だが分かっているのは、輪郭だけ。

中身は、こちらが決める。


マリエンヌは、私の言葉を受けて、震えを押し込める。

逃げずに踏みとどまる。

“覚悟”という言葉の形を、彼女はもう知っている。


「……承知しました。ご迷惑はおかけしません」


――真面目すぎる。

けれど、それが彼女の武器でもある。

真面目な者は折れる、というのは半分だけ真実だ。

真面目な者は、折れる前に姿勢を変える。柳のように。


「迷惑ではありませんわ。――仕事です」


冷たく言ったのは、熱を見せないため。

熱を見せれば、周囲はそれを“弱点”として嗅ぎ回る。

私が守るべきなのは、彼女の感情ではなく、彼女の進行だ。


それでも――視線だけは、彼女の手元へ落とす。

震えを責めるためではない。覆うためだ。

誰にも気づかれない程度に、ただ、覆う。


彼女は気づかないふりをする。

気づいていないのではない。気づいても、そこで縋らない。

――良い。


この少女は、もう王妃候補として十分だ。

十分、なのに。


“十分”で終わらせる気はない。


あの方が望んだのは、王妃候補だろう。

けれど私が作るのは、候補ではない。

王妃そのものだ。

そして、王妃が一人立てば、その隣もまた、立たざるを得ない。


食堂の噂は勝手に膨らみ、王位の天秤は勝手に揺れる。

揺らがせる者たちは、自分が揺らしていると思い込む。


――違う。

揺らしているのは、選んだ言葉と、選んだ場所と、選んだ順番だ。


私は、食事を最後まで崩さずに終える。

次の舞台はもう決めてある。

彼女がそこへ上がる姿も、既に見えている。


だから――淡々と、いつも通りに。


「食事が終わったら、準備を。時間は無駄にしませんわよ」


マリエンヌが「はい」と答えた声には、怯えと同じだけの決意が混じっていた。

その混ざり方が、私は好きだ。


好き――などと言えば、噂の餌になる。

だから、ただ頷く。


仕事だ。

――そう言っておけば、胸の奥の余計な揺れも、上手く隠せる。


食器の音が落ち着き始めた頃、私はカップを置いた。

ちょうどいい。食堂の熱は、話題が一巡すると必ず別の火種を探す。今なら、こちらが火種を投げても、彼らは勝手に「自然発生」だと思い込む。


第二王子殿下の誕生パーティー――

そこを“中間報告”の舞台に選んだのは、当然、理由がある。


第一に、彼の庭だからだ。

主役が第二王子である以上、空気は彼に寄る。拍手も、視線も、同情も。

その場に“第一王子の選んだ王妃候補”が現れたとき、周囲は必ず比べる。

比べたがる者は、比べることで安心したい。王位が不安定なときほど、彼らは比較に逃げる。


そして比較は、結論を急がせる。


――結論を急がせれば、判断を誤る。

誤れば、誰かが責任を取る。

責任を取れる者だけが、最後に残る。


そこまで考えたところで、私は自分の思考を少しだけ切り替える。

“責任を取れる者”という語感が、うっかり、あの方の顔を連れてくるからだ。


いけない。

余計な色が混じる。


第二に、王の視線を動かせる。

陛下は今、二人を「拮抗」として眺めたい。

拮抗している間は、どちらにも無理をさせられるから。

――王とは、そういう生き物だ。


だが、拮抗が続けば続くほど、王国は疲弊する。

小競り合いが増え、財が削れ、民の不満が溜まる。

均衡は美しいが、長すぎれば腐る。


腐る前に、揺らす必要がある。

揺らして、王に選ばせる――いや、“選ばせたように見せる”。

選ばせるふりをして、選択肢を狭める。


それが政治だ。

そう、私は理解している。理解しているはずだ。


第三に――ここが重要だ。

“私がどちらに付いたか”を、あえて曖昧にできる。


ルクレール公爵家は、王国にとって重い。

重い者が一方に偏れば、もう一方は反発する。

反発は内乱の芽になる。

芽は早いうちに摘むか、逆に――芽のまま利用する。


だから私は、第二王子殿下の場に出る。

第一王子殿下の“所有物”としてではなく、教育係として。

主役の庭に、主役の顔を立てた形で入る。

礼を尽くし、祝辞を述べ、主役に敬意を示す。


その上で、マリエンヌを“示す”。


示すのは、彼女の完成度。

示すのは、私の統率。

示すのは――第一王子殿下の「人を見る目」。


……そこまで考えて、私はふと気づく。


(“示す”ものが多すぎる)


多すぎるということは、余計なものも混ざるということだ。

そして余計なものほど、見透かされると厄介だ。


私は、視線を落とし、マリエンヌの手元を見た。

彼女は今、私の言葉を一つずつ自分の中に収めている。

誇らしさで浮つく一歩手前で、踏みとどまっている。


――えらい。

その踏みとどまりができるから、私は次を課せる。


(……あの方が、これを見たら)


思考が滑った。

“見たら”という仮定の先に、勝手に胸が軽くなるのが分かる。

まるで、出来の良い答案を先生に見せたい生徒のように。


馬鹿げている。

私は教育係で、公爵令嬢で、王妃候補だった女だ。

誰かに褒められるために動く年齢ではない。


――ないはずだ。


けれど、あの方は、褒めない。

褒めないくせに、ちゃんと見ている。

見ているから、こちらの“出来”が分かってしまう。


分かってしまうから、私は――腹が立つ。


「……マリエンヌ」


名を呼ぶ声が、少しだけ鋭くなった。

彼女がぴくりと背筋を正す。

その反応の早さに、また余計な満足が混じる。


いけない。いけない。


私は、計算を再点検するふりをして、胸の奥の熱を冷ます。

第二王子殿下の場で彼女を示すことは、政治的に正しい。

同時に、第一王子殿下の“手”を間接的に見せることにもなる。


それは、牽制だ。

牽制であり、誘惑でもある。

誘惑――という言葉を使った瞬間、自分の中の何かが小さく跳ねた。


(私は、何を……)


違う。これは政治だ。

政治的に、彼を焦らせる。

焦らせて、余計な動きを引き出す。

引き出して、こちらが上に立つ。


――そういう計算だ。


なのに、頭の片隅が、別のことを勝手に考える。


“あの方が、またあの顔で笑ったらどうしよう”


あの顔。

壇上で、台本を破ったときの。

子どもの頃に、私がまだ――名もない憧れを持っていた頃の、あの顔。


私は、無言でカップを持ち上げ、口元を隠した。

隠したのは、表情ではない。

自分の思考の歪みだ。


食堂の噂は、相変わらず勝手に膨らむ。

「第二王子の場で示すなんて」「王位の空気が動く」

彼らは分かっているようで、分かっていない。


――分かっていない方がいい。

分かっていないから、こちらが動かせる。


私はナプキンを畳み、淡々と告げた。


「誕生パーティーでは、あなたは“私の後ろ”ではなく、“私の隣”に立ちなさい。

守られている顔をしたら、終わりますわ」


これは、彼女のための指示。

――そして同時に。


(あの方に、“私の仕事”を見せるための配置)


そんな、くだらない理由が、どこかで混ざっている気がして、私は一瞬だけ呼吸を置いた。


呼吸を置いた“間”を、誰にも気づかれないように。

気づかれたら――マリエンヌに、後で絶対に突っ込まれる。


「……準備を。細部まで詰めます」


私は立ち上がる。

背筋は真っ直ぐ。顔は冷たいまま。

完璧な仮面の内側でだけ、少し面倒な感情が、しぶとく息をしていた。


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