33.琥珀とルカ
昔々の物語。
魔界は大きな危機に陥っていました。
空が汚れ、
水が濁り、
大地が腐り果て、
誰も住めない世界になろうとしていました。
魔王はすべての同胞を逃したあと、溢れかえる汚染を受け止めるため、たった一人で立ち向かいました。
そこに、勇者が現れたのです。
「何故、来た」
「体が勝手に動いたのだ」
勇者は未来を垣間見る力で、魔王の決意を知りました。
そして、手を貸すために来たのです。
二人は自らの姿を壁に変え、
汚染の侵食を食い止めようとしました。
しかし、完全に塞ぐことはできません。
「上等じゃないか。俺たちが作るのは壁じゃない。門だ。この向こうは誰かが生きた場所。誰かの大切な故郷。いつか、遠い未来に、来るべき日が訪れたならば、そのときは……」
左目の上の、剣の形をした勇者の紋様が淡く輝いて。
勇者は先に果てました。
残された魔王の流した涙は、美しい結晶となりました。
永い月日が流れ、大地が癒えたならば、
二人の魂もまた、この楔から解き放たれましょう。
魔王は、最後にこう叫んだそうな。
「この魂が巡りし刻、再び相見えん」と。
いつかきっと、また会おう。
そのときは今度こそ、本当の友達になりたいと。
昔々の物語。
***
博物館。魔界再興の際に出土した花瓶の破片、歴史を切り拓いた鉄の利器、名だたる芸術家たちが生み出した美術品の数々。貴重な品々を一目見るべく、今日も多くの人々が行き交う。
人間界からやってきた学生たちの靴の踵が、そわそわと落ち着きなく大理石の床を鳴らす。大きなアーチ窓からは、空中桟橋に停泊中の飛行船が見える。明日には海を渡って、自然が作り出した氷の渓谷を観に行くらしい。
「そしてこれが、かつて魔界と人間界との友好の証として、人間界から寄贈された万年時計です。油を差し、ねじを巻いてやれば、今でもしゃんと動くのですよ」
ぴしりとジャケットを着込み、蓬色の髪を撫でつけた老人が、学生たちの視線を促す。
ガラスケースの中に、古ぼけた万年時計が鎮座している。木彫りのフレームが囲うのは、金色に輝く二つの文字盤。一つは魔界の、一つは人間界の時刻を、共に刻んでいる。頂点にある透明なドームの中では、扇状のカレンダーがじっくりと、「門」の開閉周期を指し示しているのだった。
精巧なフレームのちょうど正面に。ぽこんと、黄橙色の石が嵌められていた。いかにも優美できめ細やかな造形において、ひびが入ったその素朴な石は、あきらかに異彩を放っているのだった。
一人の学生が、不思議そうに指差す。
「ねえ、魔王様。これ、何の石ですか?」
蓬色の髪の老人の傍らで、学生たちの姿を見守っていた壮年の男が、石と同じ黄橙色の瞳を懐かしげに細めた。
「青春の結晶だ」
「青き楔を結びて〜〜僕が首だけになっても、友達でいてくれるか?」 完




