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第195話:あとワンピース

 市場で情報をまとめるのは、あまりにも人の目が気になるということで、ロゼルの家に集合になった。

 彼女の家は、市場の喧騒から少し外れた路地にある。ここなら誰かに聞かれることもないだろう。安心だ。


 ドアを開けた瞬間、鼻に入ってくるのは古い布と木の匂い。

 光殿の石の匂いとも、下層の湿った匂いとも違う。人がちゃんと暮らしてる家の匂いだ。


「さぁ入って入って。今日は大事な作戦会議。茶も出すよ」


 ロゼルが軽いノリで言いながら、奥のテーブルを片づける。

 ジルは玄関で一回だけ周囲を見回してから、ドアの鍵を二重にした。慣れた動きだ。


 机の上に並ぶのは、デーネのノート。パールの聞き込みメモ。ライネルの達筆な書き取り。そして、僕の中でまだ熱を持っている人工山の中心の景色。


 僕、レグ、ノウが座ると、空気が少しだけ重くなった。


 パールが僕の顔をじっと見て、口を尖らせる。


「なんかボロボロじゃん……ほんと、何があったっていうの」

「それはもう色々……」


 デーネが机の端を指で叩いた。


「じゃあ、早速まとめるわ。ここで言うまとめは雑談じゃない。あとで誰かが見ても、ちゃんと伝わる形にする」


 ノウが椅子にもたれて腕を組む。


「いいから早く。俺はこういうの、嫌いなんだよな」

「嫌いなのに居るのが偉いよ」

「黙れパール」


 口調は乱暴なのに、顔はなぜか嬉しそう。パールが笑って、でもすぐ真顔に戻った。


 デーネがノートを開いて大きく線を引いた。


「大きく柱は三つね。“住民の体感”“光殿の動き”“人工山の事実”」


 最初に、パールが指を立てた。


「じゃ、うちらから!下層の子どもと主婦たち、共通点があったわ」


 パールの声がいつにも増して勢いに乗ってる。よほど重要な何かを掴んだのかな。


「何気ない普通の朝に胸がぎゅーってなる。頭がぎんってするって言ってる子がいたわ」

「無音の時間じゃない時に?」


 デーネが確認する。


「うん。無音じゃない普通の日の朝。でも、揺れっぽい”こつっ”が家の床から来るって言ってた。あと、うちの髪が綺麗って言ってたわ」


 声に勢いがあったのは、最後のセリフを言いたかったからか。


 その後、ジルが続けた。低い声で、余計な飾りがない。


「下から突き上げるような揺れの話は、言う人が多かった」

「下から突き上げるような揺れ、ね」


 デーネがそのまま書き写し、丸で囲む。


 次に、ライネルがメモを差し出した。


「とあるお婆さんから聞いた伝承だ。本物の太陽の伝承、百年以上前からあるらしい。伝承として伝えられているのは、今の光は刺さる、昔の光は刺さらない、温かいとかなんとか」


 ロゼルが頷きながら付け足す。


「おばあちゃんの話、脱線多かったけど、核はそこね。あと、この大陸でも人間が地上で暮らしてた時代があるっぽい。魔物が出現してから地下に逃げ込んだらしいけど。魔物がいつから出現したかは不明って言ってたわ」


 デーネは即座に線を引いて繋げた。


「人工太陽の光が刺さるって表現は、みんな共通しているみたいね。あと、下から突き上げるような揺れ、これってウルスが言ってた揺れのことよね。原因は不明だけど、下層のさらに下に何かがあるのは確定。この流れで私の聞き込みの結果を発表するわ。市場の噂」


 デーネが自分のメモを開く。


「無音の時間の前後でも、さっき言ってた揺れが来る。あと、“光殿の人間が下層へ来た日だけ揺れが大きい”って噂がある」

「それ、誰が言ってた?」


 ノウが割って入る。


「主婦二人。あと工具屋のおじさんが同じこと言ってた。“見回りの足音が増える日”とセット」


 ノウが口の端で笑う。


「なるほどな。光殿の連中がやっぱり何か隠してるな」


 ノウはサーディさんの方をわざとらしく見た。


 クロカ王国でもそうだった。上の人たちは何かを隠す。そしてそこで暮らす人たちには何も知らされない。これってこの世界の決まりなのか?サーディさんはどうだろう。僕が見る限り本当に何も知らないって顔してるように見えるけど……。


「まだ、断定はできない。だから嘘くさいで止める。」


 デーネの言葉に、ノウがニヤリと笑った。


 そして、全員の視線が僕に集まる。


 いよいよ、僕たちの番か。まず間違いなく僕たちが人工山で得た情報が最も大事なことだろう。


 僕は息を吸って、ゆっくり吐いた。言葉を選ぶ。選ばないと壊れる。


「人工山の中心に、神獣ユニコーンが鎖に縛られて結晶の中に封印されてた。それに……光の溝が全部そこに繋がってた」


 パールとデーネが口を押さえる。レグとノウは腕を組んで黙って大きく頷く。ライネルは目を見開いている。


「人工山には竜族の番人がいた。炎を操ってたからまず間違いなく竜族だと思う。あと、番人の親玉もいた。……親玉は……」

「俺が息の根を止めた」

「俺が仕留めた」


 レグとノウの声がハモった。


 ロゼルが「うわぁ」と小さく声を漏らした。

 サーディさんは目を伏せて、とても居心地が悪そうだ。


「で、ユニコーンの鼓動が、みんなが感じてる揺れの正体だった。だから、揺れは自然現象じゃない。仕組みだ」


 デーネのペンが走る音が、明らかに大きくなった。


「仕組み。揺れ。光。無音の時間。住民の体感。全部、中心に繋がってる」


 デーネが顔を上げた。


「ここまでで、仮説は一本に絞れる。——人工太陽の調整と、ユニコーンは連動してる。無音の時間は調整の副作用か、あるいは隠蔽のための停止」


 パールが眉を寄せる。


「隠蔽?」

「そう。住民が気づくから音を消す。気づいた人の体感を病気にする。で、光殿が治療って名目で管理する」


 言いながら、デーネ自身が怒ってるのが分かった。声は平然を装ってるけど、明らかにさっきより筆圧が上がっている。


「……授業で習った歴史は、やっぱり嘘だね。神獣は倒されたんじゃない。捕まえられて、使われてた」


 レグが歯を食いしばる。


「胸くそ悪いな」

「でも、これで勝てる場所が見えてきた」


 ノウがおもむろに上を見る。

 

 きっと地上に残ってるスサのことを考えてるんだろう。地上組はどんな情報を集めているのか。あと一つ、地上組のピースが集まれば、何か大きな闇に近づけるはずだ。


「勝てる場所って?」


 ロゼルが人数分の茶をテーブルに並べながら聞く。


「実はな……俺たちが地下都市を堪能している間、俺の兄貴と愉快な仲間たちが地上に残って情報を集めてんだ。っと、噂をすれば。兄貴の風の匂いが強くなってきた」


 ノウはそう言って茶をグイッと飲み干し、立ち上がった。


 兄貴の風が強くなってきた?僕には何も感じないけど?ノウはスサの気配を感じたのか。それは兄弟だからなのか、ヨンカ族だからなのか。


「兄貴たちが帰ってきた。行くぞ」


 まぁなんだっていいか。


 先陣を切ってロゼル家を飛び出したノウを追うように、僕、パール、レグ、デーネ、ライネルも茶を一気に飲み干した。


 ”ちょっと待ってよ”っていうロゼルの声を後ろに感じながら、僕たちはスサたちと別れた地下都市への入り口の穴へと急いだ。

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