間話:聞き込み、地上探索組編
人工山組が宿舎を出ていったあと、食堂には少しだけ静かな空気が残った。
「……よし、行こっか」
最初に立ち上がったのはパールだ。
彼女は自分の髪をくるりと結び直して、パンを頬張りながら言った。
「今日の任務、うちらは地下の人の声を拾うこと!」
「うん」
デーネはノートを胸の前で抱きしめた。
その顔はいつもの鋭さより、今日は少しだけ柔らかい表情をしている。
「数字じゃ分かんないこと、今日は全部ここで集めるよ」
ライネルは落ち着いた顔で横に立つ。
ロゼルとジルは緊張して手をぎゅっと握っていた。
「早速、分かれようか」
デーネがテーブルに手帳を広げて説明する。
今日の聞き込み班編成は以下の通りだ。
A:住民の声聞き取り組 → パール・ジル
→ 子ども・主婦層・下層の人たちに話を聞く。
B:昔話・伝承組 → ロゼル・ライネル
→ 年配の方・昔の記録を覚えている人から、言い伝えとしてある、本物の太陽の話、昔の地上の話を聞く。
「デーネは?」
「うちは各組を回るよ。集めた情報を分析するのが仕事だから」
「うわ、忙しそう」
「忙しいけど好きなんだよね、こういうの」
デーネは笑うと、ノートをカバンにしまった。
「じゃ、行こ!」
ーーーーーー
A・住民の声聞き取り組 パール&ジル
下層へ降りる階段は湿っていた。
工房の音、パンを焼く匂い、子どもの笑い声と咳の混じった気配が、階段を降りるたびに二人を包んでいく。
「ジル、緊張してる?」
「ちょっと……下層に行くことなんて滅多にないから」
「もうしっかりしてよ!今のうちはあんただけが頼りなんだから」
パールはそう言って、ジルの背中を叩いた。
広場に着くと、子どもたちが遊んでいた。
「あっ!ジルお兄ちゃんだ!」
小さな男の子が走ってきて、ジルの服を掴んだ。
それを見たパールが、早速しゃがんで目線を合わせ、話を聞き出そうとする。
「こんにちはっ!うちの名前はパール。怖い人じゃないわ。ちょっと話聞かせてくれる?」
パールの問いかけに、男の子はジルの影に隠れてしまった。
いつもならムッとするパールであるが、流石に子供が相手なのでグッと我慢する。
……
しばしの沈黙。パールはジルに目を向けて助けを求めるが、ジルはパールの視線には気が付かず子供ばかりを気にしている。
やがて子供は、ジルの背後から顔だけを覗かせ、恐る恐るパールを見つめる。
「パールお姉ちゃん?……髪すごく綺麗」
ぼそっと放たれた子供の一言に、パールの顔は一瞬にしてパッと明るくなる。
「でしょでしょー!髪の毛触らせてあげる代わりに、話いいかな?」
「……うん」
パールは待ってましたと言わんばかりに、人工太陽の光について質問した。
男の子は指で空を指しながら言う。
「朝になるとね、胸のとこがぎゅーってして……嫌な音もないのに、頭がぎんってなる感じがするんだ!」
「頭が痛くなるってこと?……それって無音の時間じゃない時間帯?」
「うん! 普通の朝!」
普通の朝に訪れる頭痛。
ジルがさらに丁寧に聞いてみる。
「その日、街で何か音はしてなかった?」
「んー……してない。でもね、床がこつって言った気がするの」
「床が?」
「うん! 家の床!」
パールとジルは、顔を見合わせた。
(ウルスが言ってた人工山の揺れと少し似てる……)
そのあとも下層に住む人たちから色んな朝の光の証言が続いた。
「目が覚めた瞬間、胸の奥が冷たい日がある」
「同じ朝なのに、暗いって感じる日がある」
「光の色が、昨日と違う気がした」
そしてその全てに共通していたのが、下層のさらに下から何かが突き上げるような揺れを感じたというものだった。
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B・昔話・伝承組 ロゼル&ライネル
ロゼルとライネルは古い住居の並ぶ区域へと向かった。
目の前に見えるのは何の変哲もないただの一軒家。ロゼルが玄関をノックすると、中から中年女性が顔を覗かせた。
「あらロゼルちゃん、また来たの?隣の人は初めて見る顔だね」
「こんにちは、ライネルと言います。今日は少し伺いしたいことがありまして」
年配の女性が笑った。
「何か聞かれるのは、そこのロゼルで慣れてるわ。さぁ入って」
彼女の家は壁いっぱいに古い布と木の飾りが並び、どこか懐かしい空気が漂っている。彼女の案内で部屋の奥へ向かうと、そこにはベッドで横になっている、お婆さんがいた。
「おばあちゃん。またロゼルが来たわよ」
「また昔話を聞きに来たのかい、懲りないね〜ロゼルちゃん」
女性が声をかけると、お婆さんは目を閉じたそのままの姿勢で言った。
「うん。今日はおばあちゃんが知ってる太陽の昔話を聞きに来たの」
「まあ……太陽だなんて、懐かしいねえ」
お婆さんは目を閉じたまま語り出す。
「昔はね、地上に本物の光があったって話よ。それはね、今この地下都市を照らしてくれている人工の光とは違って、刺さらないの。じんわり広がる、温かい光だったって言い伝えがあるのよ」
「その言い伝えはいつからあるのですか?」
ライネルが質問する。
「あら、今日はロゼルちゃんだけじゃないのね?初めて聞く声だわ」
「はい。ライネルと言います。その本物の太陽の言い伝えに少しばかり興味がありまして」
「ふふふ、そうなのね。最近の若い人がそんな昔話に興味があるなんて珍しいわね。ロゼルちゃんだけだと思っていたわ。あ、そうそう、いつから言い伝えがあるかって話だったわね。この話、私が子供の頃、ひいおばあちゃんが話してくれたのよ。私もその話が大好きでね。寝る前の子守唄になっていたのよ。懐かしいわ……あの頃の私はね、今のしわくちゃな見た目と違って、ものすごく可愛かったのよ。あらやだ、子供だから可愛くて当然って顔したね?バレてるわよ。目が見えなくても気配でわかるの」
この寝たきりのお婆さんは、贔屓目に見ても九十歳はいっているだろう。仮にひいおばあちゃんが実体験としてこの言い伝えを話していたとすると……少なくとも百十年から百七十年前くらいから言い伝えがあることになる。
その後も、お婆さんの話は質問した内容とは明後日の方向へと進みながら永遠と続いた。
だが、ライネルはほとんど聞いていなかった。
「そんな昔からあるのですね」
「今じゃこの話をしている人は見かけなくなったわ。私は地上に出たことがないからね。一度は感じてみたいものね、本物の太陽の光」
ライネルはお婆さんの話を聞いて、メモをとった。
「あなたのひいおばあちゃんは地上で暮らしていた?」
「今じゃ考えられないけどね。いつからか地上は魔物の巣窟となってしまったらしいわ。誰か地上の魔物を撲滅してくれないかしら……」
ここで得られた情報は二つ。
百十年〜百七十年前から、本物の太陽の言い伝えが存在している。そしてその言い伝えを伝承する者は今はいなくなってしまっている。
昔は地上で人族が暮らしていた。だが、ある時を境に地上に魔物が現れるようになる。時期は不明。
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C・市場情報まとめ組 デーネ
市場は昼前が一番騒がしい。
魚、野菜、布、工具……あらゆる声がぶつかり合っていた。
デーネは溶け込むように人の波を歩き、適当な店の影に立った。
店の中から住民の噂話が聞こえてくる。
「昨日より光、暗くなかった?」
「いや、逆に明るすぎて気持ち悪かったわよ」
「光殿なんかやってるんじゃない?」
そんな噂を拾いながら、彼女はさらに奥へ進む。
「最近、下層の方で光殿の人間が来た日だけ揺れが大きくなるんだって」
「揺れ? 光殿が?」
「ううん、光殿じゃなくて……山の方が」
デーネが眉を寄せる。
「人工山?」
「しっ……声が大きいよ」
噂話の主婦が小声で続ける。
「言っちゃダメって言われてるの。揺れのタイミングが、無音の時間の前後と重なるって」
「光殿の代表の人たちは何て?」
「知らないって。ねえ、本当に知らないのかしら」
デーネは静かに息を吐いた。
人工山の揺れ ⇄ 無音の時間 ⇄ 光殿による光調整
地下の人たちは、違和感に気づいている。
噂話を聞いたデーネは他で聞き込みを行なってる二組を交互に回りながら、集まった情報をどんどんノートへと書き込んでいく。ノートのページはあっという間に埋まっていった。
・光が刺さる朝(胸が痛い。頭痛。下層のさらに下から突き上げるような感覚が必ずある)
・老女が語る本物の太陽の言い伝え(少なくとも百年以上前からある。今は語り継ぐ人はいない)
・地上の魔物(老女のひいおばあちゃんの時代は地上で暮らしていた?魔物はいつから現れた?どこからきた?)
・市場の噂:無音の前後に揺れが来る。
そして──記録庫で見た数字。
「うちには全く意味がわからないわ」
パールがノートを覗き込みながら言う。
「そうね。まだこれだけじゃ何とも言えない。人工山の揺れ、光量、無音の時間、住民の体感。全部、何か繋がってるようで決定的な証拠があるわけじゃない。ウルスたちが戻ってきてからが本番ね」
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地上の朝は、夜の名残がそのまま薄まっていくような静けさだった。
砂を運ぶ風の音、それだけが世界の境界線みたいに続いている。
スサは、岩の上から淡い太陽を見上げた。
地下に住む人たちが知らない、本物の太陽の光。
その光は強いのに、どこか優しくて、刺すような痛みとは無縁だった。
「……今日も静かだな」
カヤはそう呟いて、犬神の頭を撫でる。犬神はそれに応えるように鼻をひくひくさせた。
「スサ、確かにここには生活の痕跡はあるけど、どれも使われていないものばかりだ。今ここで生活しているものはいないと思う」
「集落ごと移ったか」
オルトロスが地面を嗅ぎながら、首を左右に振った。
「争った匂いはない。大きい足、小さい足……いっしょに動いてるな」
「この足跡、人族のものではない。まるで我が故郷、ベーセホリスのようだ」
スサの言葉にカヤは少しだけ眉を寄せた。
穴の中から聞こえたジルという男の声。地上にいる魔族をかなり恐れているようであった。あの様子からして地下にいる人々は、地上の魔族から逃げて地下の都市を築いて生活しているのだろう。
四人──いや、二匹と二人は今はもう使われていない村を後にして、丘を越えた。しばらく歩くと、かつて生活をしていたであろう痕跡が残る村を再び発見した。
「またあったな」
「あぁ、だがさっきの村とは少し様子が違うようだ」
その村の石壁は崩れかけていたが、そこには確かに“ここで火を使った”痕跡が残っていた。
スサが灰をすくい取り、匂いを嗅いだ。
「二日前だ。人間が調理してた匂いがする」
「さすが魔物、鼻がいいんだな」
「我は魔物ではない!」
「おっとこれは失礼。この言葉はあなたには禁句だったな。で、ここで暮らしていた人間が魔物に襲われた痕跡は?」
カヤの言葉に、スサは眉間に皺を寄せたまま応える。
「襲われた痕跡はない。むしろ逆だな。これを見てみろ」
そう言ってスサが指を差した先には、先ほどの村で見た魔族の足跡と一緒に、明らかに人族の足跡が確かにそこにあった。
そこでオルトロスが、ぴくりと片方の頭を上げた。それと同時にスサが丘へと視線を向ける。
「何か来る」
砂煙の向こうから、影がゆっくり姿を現した。
四足で歩きながらも、人の顔の面影がわずかに残る大きな影。
本来なら魔物と呼ばれる存在だが、その匂いは荒れていなかった。むしろ驚くのはそこではなかった。その魔物の隣に立っているもの。そこが問題であった。
「あれは……人族?」
驚くべきことに、魔物の隣に立っているのは、どこからどう見ても人間の女性だった。
なぜだ?地上の人間は魔族を恐れみな地下へ逃げたのではないのか?そう思い込んでいたのは間違いだったのか?その疑問が二人を襲った。
一匹と一人は丘の上からスサたちを見て、一度だけ太陽を見上げると、踵を返して歩き出した。
「ついてこい、ってこと……かな?」
「真相を知るにはそれしかないようだな」
スサは腰の槍に触れつつも、構えなかった。
魔族には敵の匂いがしない。むしろ、何かを知らせに来たような気配があった。
案内されるようにたどり着いたのは、小さな石囲いのある場所だった。
人間の墓──らしい形。
スサが静かに石へと鼻を近づける。
「これは人間の匂い……ここは、人の誰かを埋めた場所」
二人と二匹をここまで案内?した魔物と女性はその石の前でそっと座り込み、頭を垂れた。
まるで祈るように、ずっとそこから動かなかった。
スサは言葉をなくす。
「……こやつ魔物のくせに、自分が誰だったかを覚えてるのか」
太陽の光が、魔物と女性の背中を柔らかく照らしていた。
その姿を見ていたスサが、近くの岩壁に刻まれた線を見つけた。
「これは……人の手で削ったもの。文字じゃないが……意味は分かる」
匂いをたどるように、ゆっくりとスサは言葉にする。
「“外は死んでいない”“空は見える”“ここに来い”……誰かに向けて書いた呼びかけのようだ」
「誰って?」
「地下にいる仲間かもしれない」
スサにはすべての意味は掴めなかった。
だが確かなのは──地上の人間は、何かを伝えようとしていたということ。
「地上の真実は、拾えるだけ拾った。あとは──あの子らの動きに任せよう」
六つの影が、太陽の下で長く伸びていた。




