第194話:正義と悪。悪と正義
ノウが突き飛ばした瞬間、親玉は床に転がって――それでも、まだ目だけでこっちを追ってきていた。
まだ負けを認めていない目。命令には背けない、この親玉の背後にいる、もっと大きな存在の命令は忠実に守るという強い意思が感じられる目。
昔の自分たちを見ているようだ。そしてあの時の団長たちの姿が蘇る。
喉元の氷が砕けても、芯は残ってる。
命の炎が消えかけても、身体そのものが番人であることは変わらない。
こいつをここで仕留めないと……。
「……ノウ」
僕の声が、自分でもびっくりするくらい低く出た。
「それ、まだ動く」
「あぁ、分かってる」
ノウは笑って、親玉の前に立った。
さっきまでみたいな楽しそうな笑いじゃない。
処理する奴の顔だ。
「飼い犬が命令なくても噛むなら――首輪ごと切るだけだろ」
親玉が唸って、最後の力で爪を振り上げる。
その瞬間、ノウの冷気が床から吹き上がった。
親玉の四肢が一瞬で凍りつく。
動きが止まり、暗闇の中、ギラついた目だけが動く。
「レグ」
ノウが短く言った。
「わかってる」
レグは一歩も迷わず、親玉の背へ回り込んだ。
鱗の隙間――さっき芯が見えた場所。
そこへ、神力を集中させる。
「……悪いな」
レグが小さく呟いて、拳を叩き込んだ。
ーードン。
芯が砕けた。
赤い光が、一瞬だけ大きく脈打って――それから、すっと消えた。
親玉の目から、意志が抜ける。
身体が、ただの重い塊に戻っていく。
「……終わったな」
ノウが淡々と言って、親玉から視線を外した。
僕は息を吐いた。
なぜだろう。罪悪感がゼロってわけじゃない。最後の最後まで、こいつは命令を忠実に守り抜こうとしていただけに見えたからなのか。
こいつにはこいつなりの信じる道があったのかもしれない。
でも、それ以上に――僕が信じる道に進むためには必要なことだった。
サーディさんは震えたまま、唇を噛んでいた。
「殺したのか……」
「殺した」
ノウが即答した。
「生かして帰したら、お前の国はまた安定って言葉で何かを縛る。俺はそれが嫌いなんだよ」
レグが肩で息をしながら、こっちを見る。
「ウルス、次。どうする?」
「……神獣はまだ連れて行かない」
口に出した瞬間、胸がきゅっと痛んだ。
ユニコーンは今の状態で動かせない。ただ国が混乱に陥るだけだ。
僕はユニコーンの方を見た。
白い肢体は、立っている。でも、ふらつきがまだ残ってる。
目は静かで、僕をちゃんと見てる。
言葉じゃないのに、伝わる。
――急ぐべきは、外の人間だ。
――ここにいることは、耐えられる。
――ただし、また繋がれる前に戻れ。
僕は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
「……分かった」
小さく言って、バングルに触れた。
「必ず戻る。今度は“証拠”を連れて」
ユニコーンの角が、ほんの少しだけ傾いた。
それが頷きに見えた。
サーディさんが、震えながらも前に出る。
「待て……ここを……封鎖しなければ……誰かが来たら……」
「封鎖する」
ノウがニヤッと笑う。
「俺のやり方でな」
ノウが床に拳を叩きつけた。
冷気が広がり、通路の要所要所が一気に凍って盛り上がる。
「おいノウ、それ……後で俺ら通れなくなるぞ」
「またここに戻る時は壊せ。レグが」
「雑!!」
僕はユニコーンにもう一度目を向けて、息を吸った。
「行こう」
僕らは、来た道を引き返し始めた。
どくん、どくん、って鼓動はまだ聞こえる。
でもそれは痛みの警報じゃない。
ちゃんと生きてる鼓動だ。
それが、背中から僕らを押してくれる。
ーーーーーー
外周の広間に戻った頃には、汗が冷えて手が震えていた。
サーディさんはまだ顔色が悪い。
レグは笑ってるけど腕を押さえてる。
ノウだけが平然としてて、逆に腹立つ。
「……で、上で聞き込みしてる連中はどこだ」
ノウが言う。
「市場の方だと思う。パールたち、あそこを拠点にするって言ってた」
僕が言うと、ノウはさっさと歩き出した。
「だったらさっさと行こうぜ。俺たちは人工山でとんでもないものを見た。早くあいつらに教えねぇと。でも状況を説明するのはウルス、お前だ。俺たちじゃうまく言葉にできねぇ。なぁレグ?」
「あぁ!その通りだ!」
そう言って二人は肩を組んだ。
ほんとその通りだとは思うけど……面倒ごとを僕に押し付けてるだけってわけじゃないよね?
早くみんなに伝えないと。事実を知ってるのが僕らだけじゃ意味がない。
ここで見たものを、人の言葉にして、街の中に通さないといけない。
改ざんされた歴史の上に、改ざんされてない事実を叩きつける。




