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バカとセミこそ大学に行け

 高校生活が始まって1か月が過ぎた。人間としての暮らしも慣れてきて、今ではベッドで普通に眠れるようになった。朝はベーコンエッグとトーストを食べ、昼は適当に学食。夜は食べたり食べなかったりだ。というのも、当初人間の学習に使っていた時間が、今では学校があるので、学校帰りじゃないとその時間を作れない。学校から帰るのも、社や音綟と話していたりすると時間があっという間に過ぎてしまう。しかも、音綟の勧めで、彼女が所属している手芸部に入り、指先のリハビリ(?)をしているものだから、帰りが遅くなるのもしばしば。まぁでも、これはこれで楽しい。

 

 ある日、音綟が部活中にこんな質問をしてきた。


「ねぇ媛遥君、志望校ってもう決めてる?」


「志望校?」


「ほら、大学どこ行くかってやつ。来週面談なんだけど、岩崎君も面談あるよね?」


「あぁ、そういえば…」


 そういえば、高校に入っているのは大学に行くためだった。そうか、志望校…どこの大学に行くのか決めておかないといけないのか。


「音綟は決めてるのか?」


「私もまだ具体的には決めてないんだけど、あそこはいいかなと思ってるんだ。

 隣町の北弥大学。私服飾系の仕事がしたくて、あそこ確かファッションの学科があるから」


「おぉ、なるほど、そうやって大学って決めるのか」


「媛遥君は、将来何になりたいの?」


 将来か…。目の前のことに集中しすぎて、考えたことなかったな。元々虫だった私に、まず「将来やりたいこと」がない。やりたいことは、生きることだ。ただ…そうだな…。


「将来の夢はまだないけど、人類のこともっと勉強したいかな。

 あぁほら、蒼曼先生が日本史授業してくれてるだろ?」


「うんうん、そしたら…人文学とか、民俗学のお話になってくるのかな?」


「なるほど、じゃあ、そういうのを学べる大学に行けばいいのか」


「あれなら、面談の時に先生に聞いてみたらいいんじゃない?

 『餅は餅屋に』ってね」


「そうだな。そうしてみるよ」


 ともあれ、まずは面談するにあたっていろいろ自分の行く先を考えないといけないな。音綟に話を聞いてもらったから、社にも一回相談してみるか。



 翌日、昼休みに社に相談をしてみた。


「進路希望か…うーん。僕は正直まだ何も決めてないんだよなぁ」


「そうなのか?意外だな」


「うーん、だって、別に将来やりたいことなんてないし、大学入ってから考えよっかなぁって」


 そこへ剛田が割り込む。


「なんだそれ、そんなの学費の無駄になるかもしれないじゃん」


「なんだ、そういうお前は進路決めてるのか」


「うっせぇな。俺は卒業したら家業を継いでもう働くんだよ」


 剛田の家は代々和菓子の名家だ。こいつ自身はぶっきらぼうな性格の持ち主だが、手先の器用さは折り紙付きだ。


「大学によってはパティシエとか、調理学科みたいなところもあるけど、行かないのか?」


「行ったほうがいいのは良いんだけどよ、親父が最近体が不調でよ、金搾り取ってのんびりしてる暇もないっぽいんだわ」


 なるほどな…、家庭的事情によっては、まぁそんな事情がなくても、大学へは行かず働くという手段もあるのか…。これは、一度雨井に相談してみるほうがいいか。


「おい剛田、お父さん具合悪いのか」


「あぁ、夏休み入った位からな」


「なんでもっと早く言わないんだよ!」


「えっ、いや、そんなお前にしゃべることでもないかなと」


「水臭いこと言うなよ!今日学校終わったら行くからなお前んち!」


 社は人情深い奴だな。

 人間は面白い。社みたいな誠実で真面目なやつが、進路についてうまく考えることができてない。反対に剛田のような素行の悪い奴が、自分の将来について案外考えていたりする。もちろん性格の通り計画性のある真面目なやつもいれば、素行の悪いあっぱらぱーもいるが、人間見た目通りとはなかなかいかないものである。

 ふと、興味が沸いた。人間の父親とはどういった者なんだろうか。


「なぁ、剛田」


「なんだよ」


「お前の家は和菓子屋なんだよな。社について行って、お前の家に行ってみてもいいか」


「別にいいけど、変なこと言うなよ」


 放課後、音綟と部長に部活を休む旨をメッセージで入れて、社とともに剛田の家へ向かう。

 道中、社と剛田はなぜ父親の不調を言わなかったのか押し問答の続きをしていた。社と剛田は小学校の頃からの仲らしい。家は近所ではないが、遠くもない。知り合ってから長いため、家族ぐるみでの付き合いもあるそうだ。社は一人っ子で、剛田は三人兄妹の長男。中学の頃はよく下二人と遊んであげていたと社が楽しそうに教えてくれた。剛田に似て、良くも悪くも厚顔無恥なんだそうだ。そんな評価ができるほど、社と剛田の関係は深いのだ。


「着いたぞ」


 剛田が私に向かってぶっきらぼうに言う。もう少し愛想よくできないものか。


「ただいまー。お母さん、社と岩崎連れてきた」


 剛田が玄関でそういうと、向こうのほうから女性が一人やってくる。


「あら、社君、ひさしぶり!大きくなったね」


「おばさん、お久しぶりです!お父さんの具合が悪いって聞いて…

 剛田君そういうの言ってくれないから、あわてて飛んできたんです」


「まぁ…ごめんね気を使わせてしまって。

 まーちゃん、なんで余計な心配かけさせちゃうのよ」


「・・・まーちゃん?」


 剛田は、聞かれちゃまずいことを聞かれたかのように一瞬ぎょっとし、直後に耳が赤くなる。


「…あっ、そっか。岩崎君、剛田の下の名前知らなかったか…。

 彼はね、下の名前が真迦那っていうんだよ。だから“まーちゃん”」


「社!説明しなくていい!」


「岩崎…あぁ!あなたが岩崎君ね!まーちゃんからいつも話は聞いてるのよ!」


「お母さん!余計なことを言うなよ!」


「初めまして、岩崎媛遥と申します。社君と剛田君にはいつも良くしていただいております。

 あの…聞いているというのは…何を?」


 話を聞くと、私が転校してきた時から、家で話すのは社と何話したとか、私がどんな奴だとか、そういった話がしょっちゅう出てくるらしい。私については“むかつく奴”という認識のようだが、社も昔は“むかつく奴”というところから入ったらしく、お母様の中では“むかつく奴”=友達予備軍という認識だそうだ。そんな話がつつがなく流れている中で、剛田の耳はどんどん赤くなっていく。


「おばさん、おじさん具合悪いんですか?」


「具合が悪いと言っても、そんなでもないのよ。“バネ指”といってね、手が動かしにくいだけなのよ」


「そうなんですね…」


「その、“バネ指”というのは、治るんですか?」


「えぇ。お医者様は手術するのが早いけど、休んでも治るかもしれないって。そしたらお父さん、『手術なんて後遺症が残るかもしれないからいやだ』って聞かなくて、今お休み中なの」


「だから代わりに土日は俺が働いてるってわけだ」


「ははは、面目ない。腕はなかなかいい子だよ」


 家の奥から物腰柔らかな作務衣姿の男性が、こちらに微笑みながらやってくる。予想通り、彼が剛田の父親なわけだが、予想と少し違ったのが、両親ともに剛田からは想像もつかない物腰柔らかで親切な心の持ち主だということだ。


「はじめまして、岩崎媛遥と申します」


「ご丁寧にありがとうね。真浄(ましず)と申します。いつも息子がお世話になってるね、ありがとう。真迦那は迷惑をかけてないかい?」


「ほどほどにかけられていますが、問題ございません」


「お世辞の一つくらい言えよな」


 剛田が私をにらむと、父親は「あはは」と苦笑いをしていた。


「真迦那は昔から人づきあいが苦手でね。多分だけど君とお友達になりたいと思うんだ。

 だから、大目に見てやっておくれ」


「大丈夫です。迷惑だとは思っていませんが、嫌ってはいません。

 私がここに来たのが何よりの証拠です」


「ありがとう。あっ…そうだ。せっかくうちに来てくれたんだ。

 どうぞ上がって上がって」


 そういうと剛田の父親は私たちを家の中へと招き入れる。玄関をくぐり、しばらく進むと、店の中に出た。玄関と店頭は真反対に位置し、繋がっているようだ。案内されるがままに店内の椅子に腰かける。社は慣れているみたいで、剛田と話し込んでいた。私はというと、和菓子屋というものに始めてきたので、あたりをずーっと観察していた。


「そんなに珍しいか?」


「あぁ、なんせ和菓子屋なんて初めて来るからな」


「そうなのか?にしたって反応が新鮮すぎるだろ。…変なやつ」


「お前は何か一つ憎まれ口をたたかないと会話できないその変な癖を直してもらったほうがいい」


「なんだと!」


「ははは、真迦那、一本取られたね」


 剛田の父がお盆を両手に抱え、何かを持ってきた。熱々でいい香りがする。


「ごめんね、大したもてなしもできないけど」


「いえ、お構いなく。時にお父様、一つ伺いたいことが」


「あはは、そんな固く話さなくていいよ。“おじさん”でいいよ」


「…おじさん、剛田君の進路について、お父さんはどうお考えですか?

 大学に行くべきかどうか」


 おじさんは少し驚いたような顔をした後、しばらく考えていた。考えるというより、悩んでいる。正直、私も悩んでいたのだ。人間のことを学ぶなら、大学で学ばずとも早くから働いているほうが、より深く人間と関われるのでは…?学ぶのはそのあとでも間に合うのではないかと。おじさんは深く考え、ゆっくりと口を開く。


「親としては…いや、ぼく個人としては、真迦那には大学に行ってほしい。だって、そこには真迦那が目を光らせる、素晴らしい知識があるかもしれないから。大学に行けば、もっとたくさんの人と縁ができるし、真迦那の人生観も広がると思う。

 …けど、結局は、真迦那がどうしたいのかが大切だと思うんだ。薄情な話だけど、ぼくと真迦那は、血は繋がっているけど他人だ。ぼくが思っていることは、真迦那の思っていることではきっとない。だから、真迦那のやりたい道に進めばいいと思ってる」


 ゆっくりと剛田に向かい合い、父は息子に語り掛ける。


「覚えておいてほしいことが2つ。人生の目標を決めるうえで大事なのは、“やりたいこと”と“やるべきこと”のバランス。そして、“やるべきこと”を見極めるには、“やりたいこと”がないと難しいってこと」


 その言葉に、不愛想な剛田の顔が沈み、ゆっくりと首を垂れる。父親の言葉というのはこれほど息子に影響を与えるのかと、そばにいた私は人間の親子の特殊性に感心していた。





≪作者より≫

ここまで勢いよく書いていた『蝉日記 ~rewrite~』ですが、仕事が多忙になり始めたので投稿ペースが落ちるかと思います。

どうぞ長い目で見守っていただけますと幸いです。

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