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They said it was in Wagashiya.

「なんかしんみりしちゃったね。ごめんね。

 …そうだ、今日は初めて岩崎君が来てくれたんだし、うちのお菓子、食べて行ってよ」


「あぁいえ、お構いなく」


「まぁまぁ遠慮なさらず、何がいいかな。岩崎君和菓子食べたことなかったんだっけ。

 そしたら今作れるのは…ちょっとまっててね」


 そういうとおじさんは店の奥に消えていった。二人に目をやると、剛田は考え込み、社はそんな剛田を見てか、悩ましそうな表情を浮かべる。かくいう私はというと、改めて大学というものについて考えていた。

 この二日間で、音綟、社、剛田の三人の意見を聞いた。三人の意見はバラバラだった。目標があり、大学で学ぶもの。目標はないが、大学で学ぶもの。目標はあるが、大学へは行かないもの。それぞれに納得のいく理由があり、今の私はどのものにもなることができる。これがまた厄介なのだ。

 私には、欲望はあるが目標ではない。「人間について知りたい」というのは欲望であり、私の目標はあくまで人として生きることだ。さて、どうしたものか…。

 そうして悩んでいるうちに、香ばしい香りがあたりを漂う。その香りに、私は空腹を誘われる。


「ほら、できたよ。剛田製菓特製の『みたらし団子』だよ」


「『みたらし団子』?」


「そそ、うちのみたらし団子は一部じゃ結構有名なんだよ。

 そっか、岩崎君知らないか。早い話が、甘辛い“蜜”を垂らした団子だよ」


 瞬間、私は目の色を変えておじさんに詰め寄る。


「“蜜”!? 今“蜜”と言ったか!?」


「えっ、うん。まぁ蜜と言っても、材料はお醤油と…」


「すみません、まずは食べてもいいですか?!」


 おじさんの言葉を弾き、一口ほおばる。瞬間、脳がはじける。

 それは私が求めていた味。まさに懐かしい、いや、その上をいく圧倒的甘味。私が虫の頃口にしていたのは樹液であり、蜜でないことは百も承知だ。しかし私は人間と同時進行で読んでいたとある昆虫に関する小説から、蜜が一体なんであるかは知っていた。虫にとって、あれほど憧れるものはない。チョウやハチどもが独占するそれを、一度でいいから味わってみたかった。これほどとは。。。

 筆舌に尽くしがたいその感動を前に、私はただただ固まり、涙するほかなかった。


「えっ、岩崎君、大丈夫…?」


「すみません、あまりにおいしくて…。おじさん、これは、『みたらし団子』と言うんですね。

 覚えました。すごくとても最高においしいです」


「そ、そう?そんなに喜んでくれるなら、よかったら毎月おいでよ」


「・・・いいんですか?」


「あぁもちろん、うちの店で食べてそんなに感動してくれたら、いい宣伝になるよ」


「・・・いいんですか?」


 おじさんはにこやかにほほ笑む。神はここにいた。




「岩崎君、大変だ、もう帰らないと」


 時刻は18時を過ぎていた。このあたりの条例で未成年は18時以降の外出を禁止されている。


「あぁ、ごめんごめん、よかったら送ってくよ。

 摩耶(まや)、すまないんだけど、彼らを送ってやってくれるかな?」


「うん、もちろん。準備するね」


「みんなごめんね、お家には僕のほうから連絡しておくよ。

 岩崎君、お父さんかお母さんに電話かけてくれるかい?僕が代わりに謝るよ」


 社の表情が曇る。


「おじさん、岩崎君…お父さんもお母さんもいないんです…」


「あっ、そうだったんだ…。ごめんね」


「いえいえ、物心ついたころからもう居なかったので、別段何とも思っていませんよ」


「それじゃあ…叔父さんか叔母さんの家に住んでるのかな?」


「同居人がいますが、家にいたりいなかったりするので、連絡しなくても大丈夫ですよ」


 おじさんは余計に気まずそうな顔をしていた。どうしてだろうか。心配する人間がいないことは、人間にとってはそれほど気の毒なことなのだろうか。それとも、これが親というものの特性なのだろうか。

 私が今日、剛田の家についてきたのは、親というものを見て見たかったのだ。先述の通り、私のようなセミは、親と会うことは一切ない。地表に出ることには、親はもう影も形もない。だから、人間のことを勉強する中で、「親」というものが出てきた時、私は驚いた。昆虫の中にも子供の面倒を見る種類はいるらしいが、子供の…何を見るというのか。私には分からなかった。

 この世に生まれ出でた時点で、生きることは始まっている。飯を食うのも、危険から身を守るのも、全部本能だろう。おなかが減ったから飯を食べる、危ないから身を守ることを、もしかして人間の子は知らずに生まれてくるのか。本能が欠如しているとでもいうのか。

 結局、剛田の家族を見ても、私の疑問が晴れることはなかった。


「準備できましたよ。さぁ、乗って乗って。

 岩崎君は、お家どのへんかな?」


「羽衣駅までお願いします」


「あら、駅まででいいの?お家まで送るわよ?」


「摩耶、ちょっと」


 おじさんがおばさんを呼び、何かを耳打ちする。するとおばさんは一瞬驚いた顔をして、チラとこちらを見てうなずく。おおよそ、さっきの話だろう。


「ごめんね岩崎君。駅まででほんとにいいの?」


「はい、助かります」


 そういうと、おばさんはニコッと笑って車を出発させた。


 車の中では、社が剛田のことを話してくれた。出会った場面が私の時とよく似ていたこと。学校のある事件で剛田が社を守ったこと。剛田が中学の時、不登校になったこと。時折おばさんが補足説明を入れる。その事件の時、剛田は家に帰るや否や泣き始めたこと。不登校の間、社が剛田に勉強を教えていたこと。

 その光景に、私は違和感を覚える。社は、どっちの家の子なのだ。家族というものが一組織であるならば、社は社の家の話をすべきではないのか。なぜ社は剛田の話ばかりするのか。たまりかねた私は、社に投げかける。


「社、なんで剛田の話ばかりするんだ?」


「なんでって、だって剛田のお家に行ったから」


「お前は社じゃないのか。なぜ自分の家族の話をしないんだ」


「ふふふ、確かに言われてみればそうね」


「いやいや、しないんじゃなくて、今は剛田の話をしてるってだけで、自分の家族の話もできるよ」


「お前はどっちの家の子なんだ」


「社だよ!」


 おばさんは社の一言に噴き出す。そして、ゆっくりと話し始める。


「岩崎君。失礼を承知で言うんだけど、今まで友達いなかったでしょ」


「はい。一人もいませんでした」


「一人も!?どうして?」


「そういう環境じゃなかったからな」


「そういうことなのね。じゃあ、岩崎君は、家族についてもうちょっとお勉強しないとね。

 家族ってね、すごく難しいのよ。岩崎君の言うとおり、家族は一つの組織。そこは正解。でも、家族は家族だけでは成り立たないのよ。

 実はね、家族って初心者の集まりなの。お父さん初心者、お母さん初心者、子供初心者とか、いろいろ。中にはお爺ちゃんやお婆ちゃんみたいなベテランの入った家族もいるけど、それでも組織としては非常に脆いの。

 例えばでいうと、家族は部屋みたいなものかな。お父さんやお母さん、息子や娘は家具って考えてみて。もちろん部屋が一つあって、家具がみーんな揃ってたら快適かもしれないけど、でもその部屋自体は頑丈じゃなくて、潰れちゃったら家具はみんなダメになっちゃうよね。だから、ほかの部屋と仲良くするの。そうすると部屋同士がくっついて、家になる。家が大きくなれば、もっと安心。そんな感じかな」


「ということは、私はさしずめ、家具だけの野宿と言ったところでしょうか」


「今はそうなるかな。だから岩崎君。困ったことがあったらうちにおいで。

 おいしいみたらし団子作って、いつでも助けてあげるからね」


「・・・ありがとうございます」


 そういうとおばさんは満足げに笑みを浮かべる。『困ったことがあったらうちにおいで』…か、多分、そうそう行くことはないと思うが、家族を学ぶには最適の場所のようだ。




 しばらくまた社と話していると、車が止まる。羽衣駅に着いたようだ。


「おばさん、今日はありがとうございました。社も、ありがとう」


「ううん。岩崎君、今度僕の家もおいでよ。みんなに紹介してあげる」


「あぁ、剛田も連れて行こう」


 車が見えなくなるまで見届け、帰路に就く。




「おやおや、今日はやたらとのんびりさんですね」


「剛田の家まで“家族”というものを学びに行ってたのだ」


「何か収穫はありましたか?」


「いいや、特には。ただ、今後もあの家に行けば、何か学び取れそうだ」


 雨井は私の一歩先を歩く。時刻はもう19時半。私の家は羽衣駅からは歩いて20分ほど、民家の間を抜け、あの並木を超えて、道なりに進むと見えてくる。この道ももう通い慣れたものだ。そう難しい道ではなく、車も通れる道だが、だからと言って家まで送ってもらうことは避けたかった。というのも、私があの家に住んでいるのは、客観的に見て“おかしい”と感じたからだ。

 雨井は設定上“同居人”ということになっているが、基本人前に姿を現すことはない。なので、いつ私の家に来られても、同居人は不在。しかも、この家は雨井が張り切ったせいで、二人暮らしの家の規模ではない。だから、「同居人と二人暮らしの男子高校生の家」となると、不自然極まりないのだ。


 家への道中、私は今日の感想を悪魔に伝える。


「悪魔よ、家族というのはなかなか難しいものだな。虫の私には分からん」


「でしょうね~。あなた虫の中でも絶対家族持たないタイプの虫ですもん。

 アリやハチ、百歩譲ってタガメならまだしも、あなたセミですもん。

 そうやすやすと理解できるものではありませんよ」


「そうだろうな。

 時に悪魔よ、悪魔には家族はいるのか」


「あぁ~、どうでしょう。少なくとも私はいません。

 出生や捉え方によるとは思うんですが、家族がいる悪魔もいると思います」


「家族がいる悪魔と、居ない悪魔の違いはなんだ」


「う~ん、早い話が記録に残っているかいないかです。悪魔の誕生なんてもう数千年も前の話ですからね。悪魔自身覚えてたり覚えてなかったりです。

 一番わかりやすく家族がいるのは、エキドナさんでしょうか」


「エキドナ?」


「えぇ、ギリシャ地方の方です。

 ご両親がいて、お父様は同じく悪魔というか、怪物というか、お母様は女神さまです。

 それで、エキドナさん自身お子さんがいるんですが、大半は人の形をしてないですね」


「へぇ…。今度調べてみよう」


「あとは、堕天使っているんですけど、用は元々は天使や神の子だった方が、ちょっと悪さして追放されたような方々なのですが、そういった堕天使も、ひも解くと家族がいたりしますね」


「お前は、家族が欲しいと思ったことはあるか?」


「ありますよ。私にはかつて仲間がいましたが、家族ではありませんでした。

 だから、人間を見て、いいなぁ・・・って思うことなんて、しょっちゅうです。

 媛遥さん、せっかくの機会だ。お誘いいただいているわけですし、これからも剛田さんの家で家族を見学させてもらってはいかがでしょうか?

 なんなら養子縁組で向こうの家族になっても…」


「いや、それはいい」


 きっぱり断る私に、雨井は笑う。そしてお互い黙って家に帰る。


 私には家族なんて必要ない。昔がそうだったし、きっとこれからも必要と思うことはない。

 でも、不思議と湧くこの興味を抑えることはできなかった。それはつまり、本心ではそういったつながりを求めているということだろうか?



 それとも、ただ寂しいだけか。



 今の私には分からない。




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