表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

天使と悪魔

 杉下君が私のアルバイト助手になって1ヶ月が過ぎた。教授室の外では、如何にもか細いが、儚くもきれいな花が咲いている。


「教授、あの花って毎年植え替えられてますけど、誰が決めているんですかね?」


「あぁ…誰だろうな。おおよそ暇人が鼻でもほじりながら決めてるんじゃないか?」


「『鼻をほじりながら』とは失礼な。ちゃんと毎年アンケートを取って決めているでしょうに」


 男が一人、むかつく声でそう言いながらノックもせずに入ってきた。


「理事長、おはようございます!」


「おはよう、杉下君。今日も元気だね」


「おかげさまで!」


「岩崎教授、おはようございます」


「ノックはどうした、理事長」


 理事長はハッとした顔をして、いったん扉まで戻りノックをして見せる。礼儀を尽くした理事長に「入れ」と首で指示すると、多少納得のいっていない顔で入ってくる。


「理事長、今年のあの花は何ですか?私見たことがなくて・・・」


「あぁ、あれはね―――」


「あれは“金のなる木”だ」


 杉下君がぽかんとした顔でこちらを見つめ、しばらくして笑う。


「なんですかそれ、あれを植えると何かいいことでもあるんですか?」


「ふふふ、杉下君、あれはね―――」


「『カネノナルキ』、別名『フチベニベンケイ』、南アメリカ原産の多肉植物だ。

 昔日本の下世話なやつが、硬貨の穴が通るようにあの植物を育てて、金が成っているように見せて販売したことから、『カネノナルキ』なんて名前になったんだ」


「へぇ…知ってました?理事長」


「…うん、だって、植えたの私だもん」


 理事長は分かりやすく肩を落とし、許可も出していないのに私の席に座る。その間私と杉下君は手を止めることなく、講義の準備を進める。


「もし興味があるなら植え替えの作業を見学してみると良い。あの格好でヘルメットを着けて作業をする滑稽な姿の理事長が見られるぞ」


「ほんとに自分でやるんだ・・・。あっ、教授、準備終わりました」


「ありがとう。じゃあ、ちょっと休憩しようか」


 杉下君に休憩を促し、彼女が作成した資料のダブルチェックを行う。まだ1か月しかたってはいないが、彼女の仕事を覚える速さは目を見張るものがある。種類と部数とを確認した後、給湯スペースに入る。


「杉下君、朝は?」


「今日は食べてきました」


「そうか、みたらし団子でいいか?」


「ありがとうございまーす!」


 パパっとお茶とみたらし団子を用意し、杉下君のデスクまで持っていく。私のデスクで「待ってます」という顔をしている理事長にも、一応みたらし団子とお茶を置く。肝心の私はと言えばデスクが占領されているため、仕方がなく理事長の座るデスクに私の分も置き、立ったまま休憩をする。


 杉下君が茶を啜りながら、おもむろにつぶやく。


「理事長と岩崎教授って、仲いいなぁ・・・」


「そうか?」


「だって、相手は理事長ですよ?この学校作った人ですよ?

 他の教授は理事長を見かけるとペコってするのに、岩崎教授は一瞥(いちべつ)するか、『おう』って言うだけじゃないですか。でもそれで怒らないし…仲いいのかなぁって」


「ねぇ!?ちょー----っとくらいペコってしてくれてもいいのにね!

 別にさ?『お疲れ様です』とか、『ご機嫌麗しゅう』とか言わなくていいからさ、かるー---く会釈だけでもしてよって思うんだよね私!」


「ほかの教授にはしてますもんね、岩崎教授」


「あぁ、してる」


「冱露木教授も、仲良しですけど『おつかれ』くらいは言いますよね?」


「あぁ、ちゃんと言ってるぞ」


「じゃあ私にも言ってくださいよ!」


「理事長はいいだろ、別に疲れていないし」


「疲れてるかどうかは問題じゃないんです!挨拶はしましょうという話なんです!」


 悪魔のくせにこういうところは細かい奴だ・・・・。



 

 雨井という悪魔に関して、過去に調べたことがある。文献やネットを読み漁っていた時、人間たちの定義する『悪魔』と、私の知る『悪魔』には、どうもズレがあるように思えた時があった。




【悪魔】(名詞)

1 残虐非道で、人に災いをもたらし、悪に誘い込む悪霊。また、そのような人間。


2 仏道修行を妨げる悪神の総称。魔。魔羅。


3 キリスト教で、神の創造した世界に対する破壊的で攪乱(かくらん)的な要素。悪への誘惑者。地獄に落ちた天使という解釈もある。サタン。

(デジタル大辞泉)




この意味を知ったうえで雨井を見てみると、どうもそういうやつには思えない瞬間が多々ある。

 気になった私は、雨井に問うてみた。


「雨井、お前はあくまで間違いないのか?」


「えっ?あぁ、えぇ。

 おおよそあくまで間違いないと思いますよ?」


「ずいぶんアバウトな答えなんだな」


「う~ん、まぁ、人間の皆さんの定義でも間違いはないんですけどね、

 ちょっとだけズレてるんですよね」


「ズレている?」


「そう、簡単に話すと、悪魔は天使じゃない・・・というのが、誤解なき答えになります。

 話せば長くなるのですが、聞きますか?」


「もったいぶらずに話してみろ」


「・・・じゃあ。

 

 まず、大前提として、天使と悪魔は生まれた時はどちらでもありません。

 私たちの間では、この天使でも悪魔でもない時“グレイ”と呼んだりしています。

 ある程度成長して自我が芽生えると、グレイ専用の教育機関に入ります。そこで力の使い方や進路に関して学ぶわけです。


 そして、卒業と同時に就職するわけです。天使か悪魔に」



「・・・職だったのか、天使と悪魔は」



「大雑把に言うと・・・ですけどね。


 天使のお仕事は、自身の力を人間のために使うことです。

 神の主食は人間の信仰によるもの、すべからく天使も同様なので、天使は人間に施しを行うことで、対価として信仰を得ます。売上の大半は神に入りますが、天使にも手数料として役職に応じたパーセンテージが収入として入ります」


「・・・なんだか、ずいぶん社会的なんだな」


「おっしゃる通りです。

 なので、天使のメリットは衣食住に困らないこと。『衣』と『住』は就職時にボーナスとして支給されますし、逐次必要な・・・欲しいものは手に入るような状態です。

 デメリットとしては、有り余る力を温存しないといけないことと、その力を人間のためにしか使えないことでしょうか」


「なるほど・・・。となると、悪魔はどうなるんだ?」


「悪魔はその真反対、力を自由に使えます。

 自由に使えはしますが、衣食住など、すべて自分で用意しなければいけません。

 力を自由に使えるというのは、一見最大のメリットのように聞こえますが、悪魔が自分自身のために力を使うのは、結構疲れます。

 たとえ話としてあっているかは微妙ですが、ご飯を作るにしたって、食材を調達して、洗って、煮たり焼いたり炊き込みして、味付けして、盛り付けて、ようやく完成じゃないですか。労力のイメージとしては、天使はそれがいつでも無料でデリバリーOKのような感じです」


「おぉ・・・となると、あながち天使をやるのも正解なのか」


「そのとおりです。また、悪魔は自身の力を人間のために使ってはいけません。

 天使の仕事を奪うことになりますので、営業妨害で訴えられます」


「ふぅん・・・待てよ。今こうして私の力になっているのは問題ないのか」


「えぇ、あなたセミなので」


「あぁ、そういうことか。

 仮にもし、人間のために力を使うと、どうなるんだ?」


「人のために力を使った悪魔は、『堕天』します」


「堕天は天使が悪魔になるときだろう?」


「いいえ。悪魔も堕天させられます。

 天使は『天』から『堕とされ』ますが、

 悪魔は『天』へと『堕とされ』ます」


「そうなのか・・・

 お前の知り合いでいるのか? 悪魔で堕天したやつは」


「いますよ。うじゃうじゃ居ます」


「そんなにいるのか」


「いますよ。特に、人間に惚れた悪魔は堕天しやすいです」


 その時、いつもはむかつく顔の悪魔の表情が、ほんの一瞬悲しげな顔をしていたように見えた。




 ハッと我に帰り、雨井のこの一連の話を思い出した私は、理事長を研究室の外へ連れ出す。杉下君には1限目の移動の準備をお願いして、ついてこないように誘導した。


「雨井、いまさらの話だが、今この状況というのは問題ないのか?」


「この状況・・・といいますと?」


「お前が大学の理事長であるという状況だ。人間のために力を使ってはいけないんじゃないのか?」


「あぁ、もちろん調査が入りましたよ。この件は既に話がついています」


「そうなのか?」


「えぇ、早い話が、私は『この地にあなたの別荘を作っただけ』ですから」


「・・・別荘?」


「えぇ。ここは、亜心大学という名のあなたの別荘です」


「あくまで私の願いを叶えているだけということか」


「そういうことです」


「だがしかし、教授や職員への給与や福利厚生など、これは直接的な施しにはならないのか?」


「いい質問ですね。さすが媛遥さん。

 この学校の経済面については、経理化担当に任せています。

 なので、私は直接的には人間に施しはしていないんですよ」


「・・・とはいうものの――」


「とはいうものの、間接的にも人間に施しをしていることには変わりないのではないか。

 ・・・当時、同じことを言われました。なので、私はある条件を付けることにしたんです」


 そう雨井が告げると、雨井の後ろから初老の男性が一人やってきた。


「あ・・・理事長、来年度予算のことでお話が」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ