助手来る
「・・・なるほど、ありがとう。以上で面接は終了します。冱露木、何か一言あるか?」
「君みたいな子うちで欲しいなぁ・・・。条件さえ合えばうちに来てくれたりする?」
「えっ、それってどういう・・・」
「あぁ、私から説明しよう。
今行った面接試験は、もちろん私の助手アルバイトの面接試験なのだが、もしご縁が無かった場合、わざわざ面接まで来てもらったのに申し訳ない。かといって私は1人しか雇う気がない。
そこで、今日一緒に面接官をしているこの数学教授、冱露木の下でのアルバイト希望有無も聞いているんだ。結果が出ていない段階でこんな話をするのも失礼だとは重々承知しているが、興味はないか?」
「数学・・・私数学は苦手で・・・」
「うんうん、俺そんな子に来てほしいんだよ。得意じゃなくていいんだ。
俺の準備を実直に手伝ってくれる子が欲しいんだけど、これだけ聞くとロボットみたいに扱うんじゃないかって不安になるよね。
俺個人的には、俺がどんな風に数学と向き合っているか、客観的に見てくれる子が欲しいんだ。俺の講義って履修してくれたこと・・・確かあるよね」
「あっ、はい!よくお覚えで・・・」
「へへへ、なんとなくだけど、履修してくれた子の顔って、なんとなく覚えてるんだ」
初耳だ。私は全く覚えていないというのに。
「そんな君ならわかると思うんだけど、俺の講義ってさ、結構未完成な部分が多いってかんじない?」
「たしかに、『新任の教授だから・・・』と、まま流していた気になる点はありましたが・・・」
「そうでしょ? 一回さ、俺が全く講義の準備ができてない日があったの、知ってる?」
「・・・自習!って言ってた回ですか?」
「そうそう、あれね、最後のコマだったからってことにしてたんだけど、ほんとは伝えたいことが山のようにあったんだ。でもね、今の俺じゃ最低限の講義の準備で手いっぱいで、満足いく講義ができてないんだ。媛遥と一緒だね。」
急に一緒にされたぞ。
「だから、もっといい講義にこれからしていきたいんだ。でも、数学がとても良くできる子だと、自惚れるわけじゃないけど俺と同じ視線に立ってくれちゃうから、分からない子の悩みが理解できないままになってしまうんだ。だから、そういった子の目線に立てる子が、俺の講義の手伝いをしてほしいと思ってるんだ」
女子生徒はうつむいて、深く深く考えている様子だった。おそらく、当初はノリノリで私のアルバイトへ応募した彼女だったが、冱露木の言葉に大きく揺さぶられるところがあったんだろう。
かくいう隣で聞いていた私も、何だそんなに深い思いがあったのかと感心していた。
「あの・・・岩崎教授、すみません」
「ん?どうした?」
「大変恐縮なのですが、冱露木教授の助手にすごく興味が沸いてしまいました」
「いいよ。冱露木、じゃあこの子にもう少し面談してやってくれ。
残りの一人は私が一人で面接をする」
「わかった!萩野さん、下の名前は・・・桔梗か、桔梗ちゃん!
ありがとね!」
冱露木と女子生徒は冱露木の研究室で面談することにした。実際の働く環境を見ながら説明を受ける方が良いだろう。女子生徒は律儀にも私の研究室を出ていく際に一礼し、「お茶とみたらし団子、ごちそうさまでした」とお礼を言ってくれた。
・・・そういえば、大学の頃1年だけ働いた本屋があったが、その店主が良く言っていたな。
人との出会いは巡り会わせ。『偶然出会った』、『出会うのは必然だった』、どっちも正しい。でも、その人とは明日はもう会えないかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。しかもその出会った人の中で、良い関係になれる人なんて五分五分でしょ?だから、自分に少しでも友好的な人を手放すのは、そういった奇跡を手放すのと同じだ・・・と。
「奇跡・・・ねぇ・・・」
当時の私にはその言葉の意味がまだ理解できないでいた。奇跡なんて言うものはそんな道端に転がっているようなものではないということを、私は人間よりも理解しているつもりだった。人によって言葉の重みが違うのは重々承知している。もしかすると私にとってのその言葉はあまりに重すぎるものになっているかもしれない。それでも私は、あの奇跡と呼ばざるを得ない状況の当事者であり、その私からすれば人間同士の関係なんて、そこまで言うほど深いものではない気がするのだ。
「あのぉ・・・」
ふと、研究室の扉からさっきとは違う女の声がする。
「すみません、面接って…今日で合ってましたっけ?」
時計を見ると、時刻は15:00、最後の面接者の時間だ。
「あぁすまない、すまない。どうぞ入ってくれ、さぁ、こちらに」
あわてて学生を出迎え、茶とみたらし団子を差し出す。
「ほんとに出るんだ…みたらし団子…」
「ん?あぁ、せっかく来てくれたから、持て成しをと思って…嫌いか?」
「いいえ!大好きです!いただきます!」
着席し、ペコっと会釈ののち、学生は茶を啜る。
「はぁ…おいしい…」
「昔の知り合いが和菓子店でな。教授になりたての頃にたまたま入った店が、高校の知り合いが店主をやっていたんだ。和菓子だけではやってけないとか何とかで、自社でお茶も販売するようになったそうだ。そのみたらし団子と合うんだよ」
「へぇ…いただいてもいいですか?」
「もちろん」
この和菓子屋というのは、何を隠そうあの剛田の店だ。しかし、剛田はご実家を継いだわけではない。本当に偶々入った店に剛田がいたのだ。何年振りかの再会にもかかわらず、剛田は私に詰め寄り、「連絡も寄越さないで、どの面下げてここに来たんだ」と。ちなみに、剛田に限らず私は高校の頃誰とも連絡先を交換していない。連絡寄越すも何も、何もなかったのだ。
「わぁ!おいしい!お茶と合いますね…このお団子もそのお店なんですか?」
「団子はその店主の父親の店だよ」
「・・・どうして同じお店で買わないんですか?」
「そのお茶は知り合いの店でしか売ってなくて、その知り合いのみたらし団子より、親父さんのみたらし団子の方が数倍美味いんだ」
「・・・容赦ないですね」
「それで・・・君の学生情報を見させてもらったんだけど、君は言語学の専攻だよね?
今は何語を履修してるの?」
「何語っていう指定はありません。もう大体の言語はマスターしたので、今は地域文化の履修をしています」
「へぇ…それはそれは…。
…あぁ、だから私の講義を履修してたのかな?」
「そうですそうです。岩崎教授の民俗学が面白いって、教室でちらほら聞いていたので」
「それはそれは…ありがとうございます」
「いえいえ…!」
「じゃあ、学生情報に載っていない部分を聞いていきたいんだけど、
どうしてアルバイトに応募してくれたのか、聞いてもいいかな?」
「給与がいいからです」
「即答だな…。まぁ、そうだよな。そりゃそうだ…。
ドストレートに素直だから、むしろ色々聞きやすくて助かるよ」
「では、自分の長所と短所を簡単に言ってもらえるかな?」
「長所は、フットワークが軽いことと、基本何語でも対応できます。
なので、岩崎教授はよく海外に調査に行かれますよね?スケジュールにもよりますが、もし同行できれば、現地の通訳や交渉とかできるかと思います。
短所は…、寒いのが苦手です! お腹冷えちゃうとすぐ腹痛になるんですよ…」
「分かった。ありがとう。
通訳か…いや、実をいうと困ってたんだ。初めて行く土地や、まだ言語習得ができていない国に行ったとき、知り合いに君と似ていろんな言葉が話せる奴がいてね、暇なら電話越しに通訳をお願いしたりするんだが、電波が通ってない時は呼ぶくらいしか手段がないんだ」
「呼ぶんですか?!」
「…あっ、その海外調査に同行してもらうという意味でな」
本当は呼び出しの呪文で召喚している。
「なんとまぁ・・・すごく優しい人ですね・・・」
「いや、そういう義務があるやつなのだ」
「・・・義務?」
「次の質問だ」
他愛もない質問を2~3個した。休日はどんな過ごし方をしているだとか、今の生活、今後の大学生活についてだとか、そういった内容を。
よく学生諸君から、アルバイトや企業の面接で、どうして趣味や休日の過ごし方、自宅の近さを聞いてくるのかと質問を受けることがある。私も最初は疑問に思っていたが、雨井との会話や今こうして面接をしていると、どうして聞いたのかなんとなくわかる。
世間でいう『ホワイト』や『ブラック』と呼ばれる会社の考え方に沿って説明するなら、趣味や休日の過ごし方を聞くのは、ホワイトな理由で言えば、仕事上のストレスの発散先の有無、そしてコミュニケーション能力のテストのような質問項目だ。あくまで個人的な考えだが、一人でできる趣味を持つ人は、ストレス発散能力が高いと個人的には思うが、反対にコミュニケーション能力に乏しい傾向にある。集団、友達や同僚と一緒に…の趣味は、コミュニケーション能力が高い反面、ストレス発散能力が低い傾向にある。なので、個人的には両方の趣味を併せ持つ人間が、平均的でありがたい。
反対にブラックな理由で言うと、趣味の部分は娯楽費を探っている。会社の経費として出張費や交通費は基本的に後払いだと、いったん立て替えてもらう必要がある。趣味が高額なものになると、給与をもらって1週2週間で素寒貧なんてこともある。また、休日の過ごし方は、臨時の休日出勤に対応できるか否か、土日どちらかを削っても問題なさそうかをここで探っている。
「・・・とまぁ、そんな理由で趣味とか休日の過ごし方を聞きたいのだが、かまわないか?」
「なんと正直な面接官なんだ…。
趣味・・・趣味・・・体動かすことですかね。休日もそうなんですけど、暇なときはよくウインドウショッピングに出かけたり、バッティングセンター行ったりしてますね。友達が空いてたらお出かけしたりもしますけど、私この大学で友達ができてなくて、高校の友達と…になるんですけど、なかなか時間が合わないんですよねぇ…」
「なるほど」
「休日出勤って、あるんですか?」
「“ありうる”…という答えになる。せっかくだから、仕事内容について詳細を説明しよう。
まず、勤務時間について、講義でも話したと思うが、一日の拘束時間は8:30~18:00を考えている。休憩時間は申し出てくれたら、スケジュール上問題なければ自由にとってくれてかまわないし、自分一人で何とかなりそうであれば、その際は私から『〇時まで休憩してくれ』と打診しよう。休憩時間は勤務時間内とするので、例えば9.5時間のうち2~3時間が休憩だったとしても満額出そう。
週の勤務は原則5日。ただし、場合によっては土曜日、最悪日曜日も出勤してもらう日もありうる。例えばで言うと年次学会というものがあるんだが、全国の学者や学生が自身の研究を発表・意見交換をするイベントがあるんだが、それが年に一回、秋ごろにある。・・・ただまぁ、毎年出るわけではないし、興味があれば君も参加すればいいかな的なイベントなので、あまり考慮しなくていい。
休日出勤の一番メインは海外研究だ。民俗学的な学識を深める為、夏休みと冬休み、場合によっては上期・下期の間に1週間海外に行くことがある。これもついてくるかどうかはお任せになるが、同行しない場合は、申し訳ないがこの間給与が発生しない。
・・・ここまでで質問はあるかい?」
「海外研究では、どういった国に行くんですか?」
「さまざまな国・・・という言い方になるな。アメリカやフランスといった有名な国にも行くし、君が言語取得している国にも行くだろうし、君がまだ聞いたこともない、私ですら聞いたこともない国にも行くかもしれない。有名な国に行ったとしても、実際にはその国の部族に会いに行ったりするから、言葉なんて通じない通じない…」
「おぉ…なんだか楽しそうですね!」
「そうか? 前二人の学生はすごく悩ましそうな顔をしてたぞ?」
「え?そうなんですか?」
「うん。むしろそんなに楽しそうにしているのが不思議なくらいだ」
「えっ、だって、知らない国や文化に触れるのって楽しくないですか?
教授は、海外研究楽しくないんですか?」
「楽しくないかといわれると、楽しくなくはない」
「でしょ?」
そこからは学生の質問攻めにあった。まるで私が面接者のように、最終的には私もみたらし団子を食べながら雑談をしていた。
「・・・すまんな。長くなってしまった。
それじゃあ…採用不採用にかかわらず今週末までに連絡するので、結果は少し待ってもらえるか?」
「はい!お団子とお茶ごちそうさまでした!」
「いえいえ、では、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました!」
出口まで見送ると、学生は一礼をしてその場を後にする。
研究室でもう一度ヒアリングシート、提出論文を見返していると、教授室の扉が開く音がした。
「何しに来た」
「誰が入ってきたかも見ずに『何しに来た』は乱暴ですよ、媛遙君」
「ノックもなしに入ってくるんだ。そんな無礼な奴は冱露木かお前しかいない。とりわけ静かに入ってきたんだから、凡そお前だろ」
「り、理事長なんですよ私!まったく・・・。
それで、もうどの子にするかは決まってるんでしょう?何をそんな真剣に見つめてるんですか?」
「心は決まっているとしても、改めてこうやって吟味しているんだよ」
「ほぉ…ぱっと聞いた感じ『何のために?』って思っちゃいますけどね」
「論理的に決定するためだ。私は一人を採用する代わりに二人の努力を無駄にする必要がある。それは主観的に『あの子が気に入ったから』なんて失礼な理由で否定してはならない。だから、もっとちゃんと考えているんだ」
「ふぅん。
“杉下時雨”・・・。良い子ですよ。成績優秀。単位はもうすでにフル単以上取得。友達こそいませんが、同じ授業、特に言語学の学生からは、『無限母語話者』なんて言う異名をつけられているそうですね。しかも・・・MT車の免許も持ってる」
「どこで仕入れた」
「あくまで理事長なので、私。
まぁ、そんなに難しい顔しないで。 いいじゃないですか、気に入った子を採用すれば」
ペチャクチャ喋る理事長の口にみたらし団子を突っ込み。私は片づけをする。
「・・・冱露木にも連絡を取らないとな」
<P.S.蝉日記>
「教授は海外研究ではどんなことをしているんですか?」
「いろいろだよ。現地の食文化を体感したり、宗教を教えてもらったり、あと昔からの慣習やことわざを教えてもらったりね。まぁ、そのへんは言葉が通じればだけど…」
「遺跡に行ったりとかは?」
「あぁ、行くのは行くが、発掘作業を意味しているのであれば、それは考古学の分野だから、私が行くのはすでに発掘された遺跡が多いな」
「いいですね…そういう映画とかゲーム好きなんですよ…!」
「…君が思うような、遺跡の謎を解いたり、トラップが発動したり、ジャンプしまくるような遺跡は存在しないぞ」
「なんでそんなこと言えるんですか~」
「そんなもの作ったら、当時の人でさえ入るのに犠牲者が出るだろ」
「・・・あぁ」




