天才への道
「それでは試験を始めて下さい。試験時間は90分です」
監督官の号令の下、紙の音が一斉に響く。教室にはざっと数えて100名前後の受験生。それがここだけではなく他の教室にもうじゃうじゃ居る。その光景にどこかついこの間までの自分の光景を重ねてしまう。
あの時みたいになるものか。
机に突っ伏して、この奇妙な大学の問題を解き進めていく。いつぞやの参考問題を当てにしていなかった私にとって、試験問題はそこまで驚くほどの内容ではなかった。逆に、参考問題を当てにしていた複数の学生からは、問題用紙の配布の時点でどよめきが出た。
それもそのはず、問題用紙がやたらと分厚い。問題用紙は「合計で60ページ」。そこで面を食らった学生に追い打ちをかけるように、問題の1ページ目にこんな文章が書かれていた。
『教養分野・・・20P
数学分野・・・20P
語学分野・・・20P
制限時間・・・90分』
「一般教養」と聞いて準備をしてきた学生にとって、これほどの裏切りはあるまい。大学が用意していた参考問題は『教養分野』でちらっとは出てきたが、それよりもはるかに多い問題が用意されていた。また、時事問題だけかと思われた教養分野では、なんとSPIテストの内容まで出てきたのだ。
『数学分野』では、文系科目の受験だというのに一部数Ⅲ・数Cの分野も出題され、『語学分野』は全問英語で出題され、英文で古文の問題を解く旨の出題がなされていた。
これには受験生が試験中だというのにざわつき始め、終始静かになることはなかった。
試験が開始され、30分が立ったころ、一人の男子が立ち上がり、叫ぶ。
「こんな問題90分で解けるはずないだろ!俺たちを馬鹿にしてるのか!」
憤る受験者に、監督官が読んでいた本を教卓に置き、じっと見据える。
「『一般教養』というのは、時事問題のような常識問題だけではなく、数学や語学も一般的な教養です」
「ふざけるな!こんなの不正な試験だ!教育委員会が許さないぞ!」
「そうだそうだ!」とほかの学生も立ち上がり、最初の学生に続く。
ざわつく教室の中、監督官は一つため息をつき、教壇の前に出る。騒ぐ受験者の一人一人、じーっと観察する。試験問題を解いている受験者の中にも、同様に騒いでいる受験者をじっと見つめる者が出た。
叫ぶ言葉が出尽くしたのか、憤る受験者は言葉をなくし、教室が静かになる。
「はい、皆さんが静かになるのに5分かかりました。
いいですか、一般教養のない君たちに教えてあげましょう。
大学の入学試験において、難しすぎる入試は何ら不正行為ではありません。
入学者が少なくて損をするのは大学ですからね、あなた方学生が損をするのは受験料の10,000円くらいなもんです」
「受験料を返せ!」
「いいですよ。既定の通り、『諸事情により入試を辞退するものは、その事由により受験料の返還を認める場合がある』ですからね。帰るなら帰っていただいて結構です。
ただし、その後のリスクはしっかり背負っていただきますからね。すべて規定に記載されている通りです。
まさか…天才になろうという人間が、規定を読まず入試に挑んでいるわけではないでしょう。
ましてや、天才になろうという人間が、他の受験者の妨害を行っても『不正行為じゃない』なんて考えているわけないですよね。
まぁ、その前にビックリなのは、大学入試に教育委員会が力を持っていると思っている天才がいることですがね」
試験監督の返答に、一瞬教室が静まり返る。そののちに、最初の学生とほか複数名が荷物をまとめ、教室を後にする。その間私はずっと問題を解き続けていた。
試験終了10分前、教室には半分以下の受験者しか残っていない。大半は先の騒ぎで退出し、残りは途中退出可能時間内に退出していった。
「終了時間となりました。筆記具を置いてください」
監督官が回答用紙を回収し、枚数確認を行う。補佐と確認作業を行っている間、周りの受験者の様子を見ていた。全員同じように、「どんな人間が最後まで残ったのだろうか」と、興味津々な顔で見渡していた。
解答用紙の枚数確認が終わり、監督官が口を開く。
「枚数確認が終了しました。次の試験は10分後に、今と同じ席で開始します。
その前に、私から一つアドバイスを…。
天才とは、自分の信念を諦めずに貫ける人間のことです。
才能があっても、カリスマ性があっても、持ち主が阿呆であればただの宝の持ち腐れです。
問題なんて、全問解けなくたっていいんです。諦めずに頑張った、それこそが才能なんです」
監督官は話し終えると、解答用紙の束を1度だけ机に叩き整え、教室を後にする。
受験生たちは、何もなかったかのように各々トイレに行くなり軽食をとるなりし始める。それはまるで、他人に対し興味がないかのように。
その状況にハッとし、私も休憩をとることとした。
10分の休憩の中で、私は監督官の言葉を思い出していた。よくよく考えると、人はなぜ天才に憧れるのだろうか。雨井に促されるがままに私はこの道を選んだが、そもそも天才とは何なのだろうか。気になった私は、スマホでその意味を調べる。
【天才】天性の才能。生れつき備わったすぐれた才能。また、そういう才能をもっている人。
「―を発揮する」「―ピアニスト」
私は、天才になれるのだろうか。私には、生まれつき備わった優れた才能なんてものはない。むしろ、生まれつき運が悪く、生涯を転がり落ちるうちにここまで来てしまったような気がする。そんな私に、いったい何の才能があるというのだろうか。
スマホから顔を上げ、天を仰ぎため息を一つつく。元セミである私が、人を蹴落としてまで得たい才能なんて、あるのだろうか。私はただ、人を知りたい。人間のことを、もっともっと深く学びたい。そしていつか、セミだった自分に胸を張って「幸せだ」と言えるような、そんな生き方をしたいのだ。
それは、この大学でなくてはいけないことなのだろうか。
「それでは、試験を始めてください。試験時間は90分です」
問題:次の文章は、過去に「天才」と謳われた偉人たちが残した筆記文です。
その文章を読み、あなたの思う「天才」とは何かを簡潔にまとめ、
本大学であなたが先行する分野を踏まえたうえで、
その才能が何の役に立つのか、あなたなりの考えを1,000文字程度で述べなさい。
・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
「試験終了時間となりました。筆記具を置いてください」
「君、本当にこの回答でいいのかい?」
「・・・はい。それが私の答えです」
「…分かった。よく頑張ったね」
試験監督が回答用紙を数える。当初の半分以下になっていた教室には、試験開始の時点でさらに人数が減っていたそうだ。しかし、その時の私にはどうでもよかった。
「解答用紙のカウントが終わりました。次の面接試験は、今から順に2人ずつお呼びします。
それ以外の方は休憩していただいて大丈夫です。
ではまず…岩崎媛遥さん」
「はい」
監督官に促され、別室へ案内される。
「では、岩崎さんはこちらでお待ちください。嘉吉さんはこちらへ」
面接室の前には、私のほかにもう4人着席していた。各々が前を見据えたり、メモを確認したり、鞄から参考書を取り出して見せたり、心の準備をしていた。
私はというと、準備なんてどうでもよくなっていた。聞かれたことを、私なりに答えよう。自分の手を組み、その手をじっと見つめていた。
驚くほどきれいな廊下を、受験生や監督官が歩き回る。人が少ないせいで、その音が反響して、ほんの少しだけうるさく感じる。
「お待たせしました。では、中にお入りください」
ぞろぞろと中に入り、一礼し、軽く挨拶。促されてから着席し、面接官の質問に答える。
やれ自己紹介をしろだ、やれ学校ではどんな生活をしているだ、やれ休日は何をしているとか…。みなはきはきと答える中で、私は蒼曼と話すかのように答えていた。どこか心がここにないような。そんな気分だった。
しかし、確かな確信をもっているものもあった。
「さて、それでは最後の質問です。この中の果たして何人が合格するでしょうか?
意地悪な質問ですが、皆さんなりの考えを聞かせてください。
では、右端のあなたから」
各々いろんな答えを述べ始める。「2~3人」と推測する者、正直に「分からない」と答える者、「少なくとも私は合格している」と豪語する者。
皆それぞれそれっぽい理由をつけて、まっすぐ面接官を見据えて答える。
「では最後、お願いします」
「全員、合格です」
横にいた受験者が私の顔を覗き込む。
「どうしてそう思いますか?」
「調べたんです。『天才』という言葉の意味を。
日本では、天性の才能や生れつき備わったすぐれた才能をもっている人を、『天才』と呼ぶそうです。ですが、私に果たしてそんな才能があるのか、私には分かりません。
私は、『天才』なんてこの世に存在するのか、いささか疑問に思っています。才能なんて、他人が見た『自分にないもの』ではないのでしょうか」
「たしかに、そういう考え方もあるかもしれません。
だからこそ、わが校でその才能を開花させて、『天才』への道を」
「そうなると、全員合格という認識になると思います。
私は、自分がどんな才能を持っているか分かりませんが、それはここにいるみんな、今日、今面接試験を受けている全員、どんな才能を持っているのかなんて、本当の意味で分かっている人は少ないと思います。
でも、今日この面接試験を受けるまでに、いろんなことがありました。想定と違う問題が出たり、それに憤る学生が出たり、半分以上の受験生が出て行ったり、それでも試験は続いたり…。
それでも、心が折れることなく、今こうして面接試験を受けている。これは一つの才能だと思うんです。
自分の思いを曲げずに、頑張って頑張って、努力してしがみつく。それは生まれ持った才能、『天才』だと私は思います。
だから、ここにきて、面接を受けるみんな、天才なんです。
だから、全員合格にしてください」
一通り私が答えると、沈黙が部屋を覆いつくす。中央の面接官は表情を変えることなく、手元の紙をペラペラとめくり、一枚の紙を見せる。
「今の意見は、あなたのこの、白紙の回答用紙と関係がありますか?」
それは、小論文の私の回答用紙だった。隣の学生が、思わず声を上げる。
「はい」
「白紙で回答した、その理由は?」
「私には、『天才』を言葉で表現することができませんでした。一生懸命に、何度も書いては修正をしましたが、どうも筆舌に尽くしがたく、すべてを消して、提出しました。なので、私の回答は、その白紙で間違いないです」
「…分かりました。ありがとう、岩崎君。それでは、こちらからの質問は以上ですが、皆さんからの質問はありますか?」
「…なければ、これにて面接試験を終了します。岩崎さん、あなただけ残ってください。」
一緒に受けていた4人の受験者が教室を後にする。面接官のうちの一人が立ち上がり、私のもとへやってくる。
「岩崎君、実は、君のような人物に会いたいという人がいる。ついてきてくれ」
促されるがままに、大きな二枚扉のある部屋までやってきた。面接官がドアをたたき、中から「どうぞ~」と声がする。扉を少し開け、面接官が私を先に中に入れる。
「麻鬼理事長、お連れしました」
「ありがとうございます。少し彼と話しますので、外でお待ちいただけますか?」
理事長、麻鬼の言葉を受け、面接官が部屋を出る。
「岩崎媛遥君…か、小論文を白紙で提出した、実に面白い受験生だと聞いています。
このままだと小論文は0点、ほんとに合格するかどうか、怪しいですよ?」
「・・・やっぱり、そうか」
「えぇ、チャンスをあげますから、今からこの場で小論文を…」
「ふざけるな、雨井」
一瞬理事長が固まったかと思うと、ゆっくり笑いながらいつもの姿になってゆく。
「なんだ、ばれてましたか」
「気づいたのは面接官が扉をたたいた時だ。それまでは本気で覚悟をしていた」
「知ってる知ってる。いいんですか、こんな自分から落ちに行くようなことをして」
「その白紙が、私の本心の解答だ。お前が理事長だと知っていれば、ちゃんと書いたかもしれんな」
「ふふふ、そうですか。
媛遥さん、大学では、自分から前のめりで学ぶことがより重要になってきます。
それは、今よりももっともっと時間を有意義に使わないと、あなたの場合『足りない』なんてことになりかねません。
本当に、この道を進んでいきますか?」
「…あぁ。たった今、覚悟ができた」
じっと真顔で私を見ていた雨井が、いつものにやけ面になり、麻鬼理事長の姿に戻る。
「合格です。岩崎君。一緒に頑張りましょう」




