University Study Juken
「・・・うんうん、いいんじゃない?!」
「うん、僕もそう思う。もう立派な文章だよ!」
「あの岩崎がまさかこんな短期間でな…そういうとこは凄いよなお前」
「・・・よし、これならマイナス点が出ることはまずないだろう。頑張ったな、岩崎」
各々が私を褒めてくれる。それもそのはず、さんざん言われてから2か月、それまでに取り組んでいた各大学の小論文に加え、小中高の文法のテキスト、小説や新聞も、図書館にあるものから買い足した物まで片っ端から読んだ。真っ赤になって帰ってくる作文を、その夕日が沈むまで直しまくった。
この二か月、みたらし団子も封印して、何もかもかなぐり捨てて対策を練ってきた。だがしかし、肝心の亜心大学のつかみどころは一切ない。
私の渾身の文章に笑みを浮かべた先生も、すぐに表情が曇り始める。
「すまない、岩崎。先生の方でも亜心大学について調べてはみているんだが、正直何の情報もない。入試1か月前だというのに、以前見たホームページから何の更新もないんだ。こんなのどう考えたっておかしい」
「先生もそう思いますか」
「あぁ、でも、キャンパスは確かに存在した。でも、そこで聞いた話が、いまだに信じられないんだ」
それもそうだ。無理もない。私も実はつい先日亜心大学に行ったのだが、そこで驚くべき情報を入手したのだ。すべては掲示板に書かれていたことなのだが、要約すると、
①亜心大学の入試は公募制一般推薦入試のみ。指定校推薦やセンター利用、一般入試はない。
②オープンキャンパスは入試当日に行う。
③試験科目は一般教養/小論文/面接。点数配分は毎年変動。非公開。
これには数多くの学生が驚いたことだろう…と思ったが、知名度がそんなに高くない大学だけに、そんなに衝撃を受ける学生もいないか…。そもそも募集500名に到達しているかどうかも怪しい。かといって、現在どれだけの志願者数がいるのかなんて、きっと公表しないのだろう。
「どうしたらいいのか」という顔を、全員がしていた。たった一人、雨井を除いて。
まだ夏の青い葉のようににこやかな表情を浮かべる悪魔の知らぬか知ってのところで、窓の外の桜は我々の焦りを写しているかのような色に移り変わっている。木の葉が落ちきるときにはもう目の前に亜心大学が立ちはだかるのだ。焦りを通り越して苛立ちを覚える。
「先生は、過去に新設の大学の入試を経験したことは…」
「すまん、ない」
「ですよね…」
教室には時計の秒針が軽やかにリズムを刻んでいる。片やこちらは首一つ動かせないでいた。
これじゃあ、どうしようもない。こちとら大学が提供してきた薄っぺらい入試対策問題集も南洲も解いたのだ。一般教養についてはもう十分。入試当日まで、ただひたすらに小論文の勉強をするしかない。勉強して、勉強して、試験当日どうしようもなくなったら、もう適当に解けばいいのだ。
人間あきらめも重要なのだ。
ふと、あることに気づいた。
亜心大学から出ている入試対策問題集には、小論文の問題がすっぽりないのだ。対策のしようがないのが小論文だとばかり思っていたが、他の大学は少ないとはいえ推薦入試の過去問も掲載されていた。
「先生、推薦入試の…とくに小論文の想定問題がないのは、何か理由があると思いますか?」
「いや…、多分まだ問題を練れていないか、対策のしようがないから作っていないかのどちらかだと思うけど…」
「それかよ、対策しなくてもいいくらい簡単なんじゃねぇの?」
剛田の無責任な言葉に目をしかめる社と音綟、それとは裏腹に、私は剛田の意見がなぜが頭の重要な部分に刺さった気がした。それは、私が考えている可能性の一つと非常にリンクしていたからだ。
対策が無いのは、無いなりの理由がある。対策させたくない。対策ができてない。そして…。
「先生、あとは、自分の頭を信じます。当日まで、やれるだけのことをやってみます。」
「・・・わかった。先生にできることがあったら言えよ、岩崎」
試験前日。
雨井と夕食を食べる。ついこの間までは明るかった時間だが、今となってはもう暗い。「つるべ落とし」なんて言葉を知ったのは、去年のちょうど今ぐらいか。当時はまだ人間の食事に慣れていない私と雨井だけの食卓だったが、今は雨井と私と、漱石がいる。
「漱石、今日の晩御飯はどうですか?」
「・・・」
「またダメですか…」
「今日は私が作ったんだがな」
「にゃー」
「嘘おっしゃい」
「・・・」
漱石について話題にも出していなかったが、彼は雨井が拾ってきた元野良猫だ。
あれはたしか…そうだ。二か月前にスーパーに行った日だ。みたらし団子をスーパーで買えると知ってルンルンで帰っていた道中、うちの近くには比較的大きめの公園がある。私が昔死にかけた並木も、実は公園の裏手にある。
その公園で半身傷だらけで虫の息だったのが、この漱石だ。医者に連れて行って、うちで飼うことになってからというものの、良くご飯を食べるようになった。
「さてさて、いよいよ明日ですね。準備のほどはいかがですか?」
「できていないが、まぁおおよそ問題ないだろう」
矛盾した回答に雨井は軽く笑みをこぼす。
「あっ、そういえば、修学旅行はどうしますか?」
「それなんだけどな、雨井。私は修学旅行はやめておくよ」
「そうですか」
雨井はいつも理由なんてどうでもいい。私についての選択肢は、いつも私の出した結論をまま受け止める。きっと興味がないわけではない。その証拠に、雨井は私が予期せぬ答えを言うとき、少しだけ返事にため息が混じる。
私が修学旅行に行かないのは、その頃にはきっとは私はもうほとんど高校へは行かないからだ。私の高校へ行った当初の目的は、図書館を使うこと、そして、人の歴史を学ぶことだった。そこから発展して、大学へ行くことに昇華した。しかし、当時の私は、友達や思い出作りといった、そういう類は求めていなかった。
社や音綟、剛田には非常に申し訳ないが、当時の私は、彼らが「友達」であることに、気づいていなかった。
【友達】親しく交わっている人。
少なくとも、意味は知っていた。けど、私には認識がなかった。社たちとは、親しいと感じたことはなかった。「僕たち、友達だよ!」と、教えられたこともなかった。だから、私は彼らを友だと分からなかった。友達だとわかっていたら、きっと行っていたことだろう。今となっては、写真も残っていない記憶を名残惜しむほかない。
「雨井」
私の呼びかけに、雨井は小首をかしげ「なんでしょう?」と返事をする。
「私は亜心大学では人文学と民俗学を中心に学ぶ。さしあたり、大学の結果が出次第、そのあたりの参考書を片っ端から読み漁りたい」
「承知しました。ただし、私から一つ忠告です。高校は2年でもあったかと思いますが、学年末試験をきっちり突破しないと卒業できません。そのあたりの対策もしっかりしておいてくださいね」
「わかった。じゃあ、今日はもう寝る」
そういうと漱石は声を一つ漏らし、私の後ろをついてくる。この頃の漱石はよく私と寝ていた。夜な夜なトイレに行きたくて私を起こすことが度々あったので、雨井に依頼して全部屋ペット用の扉をつけてある。
「漱石、明日は大切な試験なんだ。静かにできると約束できるなら、一緒に寝よう」
「・・・」
「素晴らしい」
翌朝、試験当日。
一通り必要そうなものを鞄に詰め込み、参考書を2冊ほどを押し込む。参考書と言っても、実際の試験会場では使わない可能性のほうが高いが、念には念のためだ。
時刻は9時半過ぎ。ここから大学までは歩いて30分くらいだ。バスや電車で行けばもちろん早くて楽ではあるが、バスは時間通りに運行されない可能性があるし、電車も乗ったところで最寄りの駅から歩いて10分かかる。そうなると、歩いていく方がよっぽど合理的なのだ。
玄関まで甘いと漱石が見送るに来る。
「いってくる」
「はい、いってらっしゃい」
「漱石、行ってくるぞ。応援しててくれ」
「にゃ~」と、漱石は目を細めながら鳴いてくれる。
外は普通に天気が良かった。昨晩は雪が少しぱらついたようだが、積もるほどではなかったようだ。私が歩くころには、道路にその痕跡はほとんど残っていなかった。大学までは過去に何度か足を運んだことがあるため、特段迷うことはない。ただ、今日はいつもと状況が違う。暗雲も何も立ち込めない目の前の光景が、私にとってはむしろ気味が悪く感じた。
「・・・お茶でも買っていくか」
丁字路に差し掛かるところに自販機がある。公園備え付けの自販機なのだが、なぜか不思議と公園の外側を向いて設置されている。私の家からの道は丁字路が「ト」に見える方角で、この道を右に曲がると大学への道につながる。この公園はよく知っている。何を隠そう、私が死にかけていたあの公園だ。「世間は狭い」とはまさにこのことだなぁ…などと考えていると、自販機からにぎやかな音がした。
「アタリか」
ここの自販機はよくアタリが出るが、この日出たことに関してはほんの少しうれしかったことを覚えている。自販機のご厚意に甘え、カフェオレをもらう。少し時間があるので、ゆっくりその場で飲むことにした。
普段粉タイプのカフェオレを飲んでいるだけに、こうして購入して飲むカフェオレの方がおいしいと改めて気づかされる。そういえば、大学には教育機関以外にもコンビニや食堂、場所によってはカフェや娯楽施設を併設しているところもあるそうだ。亜心大学はその辺どうなんだろうか。ぜひカフェはあってほしい。
カフェオレも早々に、再び大学へ歩き始める。この道から先は分かりやすい道なりだ。細々とした道はあれど、太い道が一本、大学まで続いている。しかし特徴的なものがあるわけでもなく、飲食店が点々と並ぶぐらいである。大学に近づくにつれ、飲食店とアパートが増えていく。大学の周辺とは往々にしてこんなものなのだろうか?
ふと周りを見ると、どんどん同じ方向に歩く学生が増えてきた。それは私が正しく大学へ迎えているという証拠に他ならない。念のためと地図を見ながら歩いていたが、もうその必要はなさそうだ。特に何も考えず人の波に流されている間に。
「ついたか」
目の前には大きく立ちはだかる鉄格子と赤レンガ。表札には私の挑む大学。
『亜心大学』




