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大学へススメ

 さて、進路相談から月日は経って3年の8月。虫たちが猛々しく飛び回る季節になった。私は18になり、いよいよ大学入試に向けて勉学に励んでいた。

 …とはいうものの、来年開校の大学の入学試験なんて、どうやって勉強すればいいのか。蒼曼先生とも相談した結果、亜心大学へは公募制一般推薦で受験することにしたが、なんせ小論文でどんな問題が出てくるのかさっぱり分からない。一応近隣や有名な文系の大学の赤本を片っ端から入手し、全問題を解いてはいるが、特に小論文においては問題形式こそあれ、大学ことに出題傾向が全く違うため、結果ほとんど参考にはならなかった。

 大学のホームページから情報を探ろうにも、どういったわけか見つからない。亜心大学の「つ」の字も出てこない。こんなのどうやって入試対策しろというのか。


 悩んでいるところに、社がのぞき込んでくる。


「岩崎君、これって…」


「あぁ、小論文」


明暦(めいれき)の?」


「そうだけど?」


「明暦私塾大学目指してるの?」


「いや、亜心大学」


「えっ、どこそれ」


どうやら社も知らないらしい。無理もない。蒼曼先生も知らなかったし、あとで聞いたらほかの教化の先生も、教頭でさえ知らなかった。

 そういえば、社たちには私の志望校の話をしていなかった。忘れていたわけではない。ただ話す理由がなかっただけだ。改めて社に私の進路について話すと、社は微笑んで「いいね、岩崎君らしい」と応援してくれた。


「それにしても、赤本もなければ入試対策系もないんじゃ、どうしたらいいかわからないね」


「そうなんだ。推薦入試だし、おおよそ小論文と面接試験になると思うんだけど、小論文って一言に言っても、出し方ってのがあるだろ?それによって文章の構成とか考えないと出し…」


「…おい、岩崎、お前これ…まず文章の作り方勉強した方が良いんじゃないか?」


 どこからともなく絡みに来た剛田が文句をつけてくる。


「お前は本当に毎回毎回嫌味ごとを言わないと気が済まないのか」


「いや、そういう訳じゃなくてよ。おい、音綟、ちょっとこの作文見て見ろよ」


「ん?なになに?・・・これはアレかな?中国の説明書かな?」


 音綟は言った瞬間ハッとした顔をして、私の方を向く。静かにうなづく私を見ると、音綟はゆっくりと私の説明書を机の上に置く。



 さて、ここで当時の私がどんな文章を書いていたか、気になることだろう。私も気になる。はてさてどんな文章だったか。少し探してこよう。確か“赤ノ間”にあったはずだ。


 ・・・あったあった。明暦私塾の問題ではないが、ちょっと紹介しよう。



 テーマをざっくりいうと、2013年の問題では

【近年自己領域の拡大が問題視されており、対人関係を苦手とする若者が増えつつある。一部の意見ではその原因の一端に携帯電話が挙げられているが、あなたは携帯電話が個人の自己領域の拡大に起因しているとする理論に賛成か反対かをまず答え、その後に次のキーワードを含め、1000文字程度で記載しなさい。[キーワード:アノミー、SNS、高齢化社会]】


 まぁ早い話が、「アノミー、SNS、高齢化社会」の三つを使って、携帯電話は人を孤立させるかどうか書けばいい。その問題に対する私の答えがこれだ。


「私は反対です。それは人に一切関与しません。人が思うアノミーは、これではなく、より人を奈落へおとしめるようなハプニングです。携帯電話による人への良い影響はいつもかならずしもあると推察されています。また、これによりSNSが人体に悪影響をおよぼすことはおおいにありません」


 最初の文章を抜粋して書いてみたが、今見ても文章がめちゃくちゃすぎて読めたもんじゃない。国語のテストでも、「筆者の気持ちを40字程度で~」位のものは答えられるようになったが、文章量が150文字を超えだすと一気に崩壊してくる。

 こんな文章力で、当時雨井に「お前の手助けはいらない」とか抜かした私は、いったい何を考えていたんだろうか…。ある程度できるようになってからモノを言えばよかったものを…。



 さぁ、当時の私の文章力を紹介したところで、時間軸を2013年に戻そう。



 こんな文章力だったもので、社と音綟は何も言えないでいた。剛田一人を除いて。


「あのさ岩崎、お前はまず基礎を鍛えないとこんなことしたって意味ないぞ」


「そんなことはない。ちゃんと読めるだろ」


「文章が読めることと、理解できる文章を書くのは違うんだよ。お前は理解できるかもしれないけど、ほら、二人を見て見ろ。『どうしたらいいんだろう』の顔のまま微動だにしない。

 文章ってのは、自分が読むためにも書くけど、基本は人に理解してもらうために書くことを意識した方が良いって、昔父ちゃんに言われたことがある。お前のこの文章見て、俺今ようやくわかったよ。

 とにかく、岩崎、お前は字の勉強と文字を書く勉強をした方が良い。悪いことは言わない、蒼曼先生に相談してみろ」


いつもは腹の立つ剛田の物言いだが、その意見には賛成した。幾分これまで独学だった分、人の意見を慎重に聞いたことがなかった。そのうえ蒼曼先生を頼るのはもう少し後、それこそ試験の1週間前でもよいと思っていた。そうか、雨井に頼らずとも人に頼ればよいのだ。

 ホームルームが終わり、蒼曼先生に声をかける。そうすると、先生は「やっとか」といったような表情を浮かべ、放課後教室に残るよう言ってきた。


 陽が少し落ちかけている頃に、蒼曼先生がやってくる。


「すまんな岩崎、待たせた」


 先生は正面の生徒の机を反転させ、私と向かい合わせに座る。さながら2者面談だ。

 どうも先生は私が声をかけるのを待っていたらしい。以前の三者面談で話していた通り、私は国語をもう少し頑張った方が良いらしく、やはり特に文章作成能力が極めてかけていると、それはそれは屈託のない意見を長々と聞かされた。…そんな話三者面談でしていただろうか?

 それら意見を一通り披露した後、先生は非常に申し訳なさそうに尋ねてきた。


「なぁ…岩崎、お前…もしかして小学校か中学校、行ってなかったりするか…?」



 ・・・どっちも行ってない。



 いやしかし、ここで「どっちも行ってない」と答えては確かまずかったはずだ。以前雨井がその辺のことを言っていたような気がする。義務教育がどうたらとか、教育基本法がうんたらとか。

 どっちだ。どっちを行ってないことにすればいいんだ。ぐるぐるする頭の中で、後悔と無数の雨井がどんどん思考を埋め尽くす。


「先生、実は私は…」


「いや、いいんだ、岩崎。きっと答えにくいことだろう。以前の出虫さんの話から、お前のこれまでが簡単な道じゃなかったことくらいわかるよ。それに、出虫さんはきっと、お前を守ろうとしてそうしたんだ。失礼なことを言って悪かった。許してくれ」


 深々と頭を下げる先生の姿に、良くも悪くも安心してしまう。「担任がこの人でよかった」と。


「・・・いいえ。大丈夫です。それで先生、文章の作成能力を上げるには、どうしたらいいんですか?」


「一番いいのはやっぱり文法を勉強することだ。主語と述語、修飾語・助詞・助動詞。英語でも勉強しているこれらだけど、日本語だって勉強しておかないといけない。だから、まず一つは小学生向け、中学生向け、できれば高校生向けの日本語の文法テキストに着手すること」


 先生は事細かく今の私がなすべきことを教えてくれた。一から日本語の文法をやり直すこと、小説、特に文庫本をたくさん読むこと。新聞ならなお良いそうだ。そして、最後に私が書いた文章を先生に見せること。

 実は、最後の方法は私は遠慮していたのだ。蒼曼先生に限った話ではないが、学校の先生はとにかく忙しそうだった。生徒たちはほとんどが気にしていなかったが、先生はいつ休憩しているのだろうかと常々思っていたのだ。授業間の休み時間には次の授業の準備をし、昼休みには生徒と飯を食べ、放課後にはこうして生徒の悩みの相談を聞いたり、先生によっては部活の顧問をしていたりする。私は大人ではないかもしれないが、ガキではない。社や音綟が話しかけてくれるのは非常にありがたいのだが、個人的には静かに休憩していたいというのが本音なのだ。

 しかし、目の前にいる蒼曼という先生は、地味に冷めた私とは裏腹に、陰ながら熱い男のようだ。お言葉に甘えて、以降私は文章を見てもらうこととした。



 先生は夏休み期間中も出勤しているときは私の文章を見てくれて、添削をしてくれた。社や音綟、剛田にも協力してもらった。その甲斐あってか、雨井がある日こんなことを言ってきた。


「媛遥さん、なんだか最近日本語流暢になってきました?」


「いや、元々ちゃんと喋ってただろ」


「それもそうなんですが、なんというか、以前はもうちょいぎこちなかったというか。少しフレンドリーになってきた気がします」


「気のせいだろ」


「またまた。よし、ちょっと雨井応援しますか!

 最近このあたりでスーパーができたみたいですよ!今までコンビニめしで頑張ってきたんですから、行ってみましょうよ!そこのスーパー、今日セールしてるみたいですし!」


「お前が行きたいだけだろ。それに、手助け無用といっただろ」


「応援は別腹別腹!」


 一瞬断ろうかとも思ったが、家の食糧の買い出しも必要になってきたころなので、本日分の勉強が終わった後行くことにした。

 しかし、行ってみて最初にスーパーの名前を目にしたとき、私は思わず目を伏せて首を振った。名前が「ソコノスーパー」だったのだ。雨井め…そういえば以前からコンビニ飯に飽きたとか言ってたな…。いちいち食材出すのもめんどくさいとか…。

 雨井を睨むも、悪魔は何食わぬ顔をして買い物かごを下げていた。


「そういえば媛遥さん、亜心大学ですが、志願者数が1,000人超えたらしいですよ」


「へぇ」


「・・・あんまり興味ないんですか?」


「募集人数500人。現状の倍率は2倍。でも、要は努力するかしないかの問題だろ?

 特に倍率に興味はない」


「そうですか。とはいうものの、どんな問題が出るかは予測がつかないんでしょ?」


「あぁ。でも、なんとなく分かっては来た。多分…大丈夫だと思う」


 そういうと雨井は「へぇ…」とにやにやしながら、再び食材を選定し始める。冷蔵庫の中身の管理は大半雨井に任せており、その影響で食材の購入も雨井に任せている。金銭的な問題は…いわずもがなだ。

 しかし、スーパーにはコンビニでは見たことがない食材が山ほどある。私はここぞとばかりに雨井に聞きまくった。


「悪魔、あれはなんだ」


「雨井です。あれはドラゴンフルーツですね。

 ちょっと前までは日本では珍しいフルーツでしたが、

 今の時代では割とちらほら見かけますね」


「ふむ。おっ、悪魔、これはなんだ」 


「雨井です。

 これは知育菓子といって、

 子供の知的快楽を刺激するような、化学食品ですね。

 よくわからない粉に水を入れて、

 よくわからない粉同士を合わせて、

 不思議な味を作る……ちょっと面白そうなお菓子ですね」


「ほほぉ、やはり人間は変わっているな。

 ……悪魔よ、この……アレに似たものはなんだ」


「雨井です。卍です。

 あぁ、これは麩菓子ですね。

 小麦粉に水を混ぜてひたすら練っていると、“麩”というグルテンの塊ができるんですが、

 これはそれを棒状にして焼き上げたものです。

 なんだかんだで室町時代からある、歴史深い食べ物なんですよ。

 昭和の世代にはこれが大好きな人もいるので、

 『アレに似たもの』とかもう今後一切口にしたらダメですよ」


「へぇ、人間とは何ともこう…やっぱり微妙な生き物だな。

 食べ物ぐらいもっと単純でいいではないか。

 にしても、お前はほんとに何でも知ってるな」


「あの、分かってます? 私悪魔ですよ?」


 さすが悪魔。やっぱり便利だ。そんな感想を抱いて和菓子コーナーを通り過ぎようとして時、私の目に入ったのは麗しのあの名前だった。  


「お、おぉ!

 これは……みたらし団子ではないか! 

 知ってるぞ! 甘いんだろ!? 蜜なんだろ!?

 89円……買える、買えるぞ!

 雨井、出せるな!」


「え、あ、はい」


「買うぞ、これは買うぞ! 何個まで買っていい!?」


「え、いや、まぁ、二つまでなら……」


「二つ……一つにつき3本入ってるから、6本だな!

 いいぞ、それだけあれば十分だ!

 感謝するぞ!」


「え、あぁ、どうも。

 あの、みたらし団子にかかっているのはあなたの思う樹液では……」


「知ってる!!!!」


 雨井の言葉を無視し、私はレジに向かった。こうして私はあの麗しき最上の食べ物、みたらし団子をスーパーでも手に入れることができるようになったのだ。このおかげで私は毎月剛田の家に恐縮していく必要もなくなったわけで、今でも1日1本は必ず食べている。糖尿にならないかという疑問については、「ならない」とだけ答えよう。理由は言わずもがな。





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