平和を守った正義の瞳 4
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冷たい雨が降り続けるマンハッタンの墓地。
X-2nd/シャーリー・リンクの棺に付けられていた星条旗が小さく折り畳まれて、棺の上に置かれる。
墓石の側では傘を差した神父が聖書を朗読しており、参列者達は墓石の前に長方形に開けられた墓穴を覗き込むような形で整列していた。
「…」
X-1st/リーシャ・フルスキーは自身の持つ念動力の作用によって地面から1mの高さにふわりと浮かびながら、式が進んでいくのを無表情のまま眺めていた…。
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1990年…X-1st/リーシャ・フルスキーとX-2nd/シャーリー・リンクの2人は、後に『湾岸戦争』と呼ばれる事になる戦場の真っ只中に居た。
国連事務総長直々に『湾岸戦争への介入』を指示されたからだ。
どこまでもどこまでも黄色い砂が広がる砂漠。
地平線の果てに赤く燃える太陽が沈んでいく夕暮れ時の砂漠の街で、イラク軍の兵士達は頭上の空を見上げ…自分の目を疑った。
太陽の代わりに月と星がまばらに見え始めたほの暗い空に、5、6歳程の幼い女の子が風船のように静かに浮かんでいる。
見間違いかと思って目を擦るが、空中に浮かぶ幼女は一向に消える事なく砂だらけの街を…いや、砂だらけの街にいる『兵士達』を見下ろしていた。
やがて、空中に浮かぶ幼女から青白い淡い光が漏れだし始め…それを眺めていた兵士達の目が次第に虚ろな物に変わっていく。
兵士達は手にしていたライフル銃や爆弾を次々に手離していき、両膝を砂まみれの地面に着けた姿勢を取ると、そのまままばたきすらせずに動かなくなった。
((…X-2nd、兵士達を無力化したよ。拘束をお願いできるかい?))
「リョーッカイ…っと!」
…街から2km程離れた地点からその様子を眺めていたX-2ndは、X-1stからの精神感応による連絡を受けると即座に真下に広がる砂漠の街へと降下していったのだった…。
これが彼女達のイラクでの仕事。
X-1stの精神感応によってイラク軍兵士を無力化し、X-2ndが兵士達を拘束。
あとは国連の多国籍軍が街を制圧する…という訳だ。
一発の銃弾も放たれず、一滴の血も流れない…それは『平和的』で『綺麗』な『新しい形』の戦争だった。
彼女達がイラクに到着して一ヶ月後…イラク軍兵士の大半が多国籍軍の捕虜となり、戦争は早期終結となったのだった。
イラクと多国籍軍との間に休戦が結ばれた夜-
X-1stとX-2ndの2人は、イラクの首都・バグダードの市街地に佇む外国人向けバーに姿を見せていた。
「ハァ~…つまんないねぇ~」
カウンター席に座ってバーボンをロックで飲んでいたX-2ndが、グラスをカウンターに置いてため息を漏らす。
すでに休戦が結ばれたというのに、その背中にはまだ愛用のライフル銃を背負っており、腰のホルスターにはレーザーガンがぶら下がっていた。
((…何が不満なんだい?何万人も死ぬ筈だった戦争が、敵も味方も死傷者0で終わった。充分じゃないのかい?))
その隣でオレンジジュースを啜っていたX-1stが、無表情のまま首を傾げる。
街のあちこちでは戦争が終結した記念の花火が上がっており、薄暗いバーの奥まで終戦を喜ぶパレードの足音が聞こえていた。
「けっ…こっちは久しぶりにドンパチができると思って楽しみにしてたってのに、結局一発も銃弾撃てなかったんだぞ・・・やってられないっつーの!」
X-2ndは愚痴をこぼしながらバーボンを口に含む。
グラスの中にはピンポン玉くらいの大きさの丸い氷が2つ、プカプカと浮かんでいた。
やけ酒を食らうX-2ndの姿を尻目に、X-1stは無言でオレンジジュースを啜る。
「へっ、けどさぁ…」
X-2ndはバーボンのグラスをカウンターに置き、X-1stの頭に自分の手を置いてワシャワシャと撫でた。
「こんなに早く仕事が終わったのは、やっぱりX-1stのおかげだね…イヤァ~、本当にX-1stはスゲーよ。なんたって、空に浮かんだまま心の中で念じるだけで、兵隊達を無力化しちまったんだからなぁ~。ちっこいナリしている癖に大した奴だよ、まったく」
X-1stはオレンジジュースを啜るのを止め、自分の頭を撫でるX-2ndに視線を向ける。
((…それって皮肉かい?))
「アタシが?『皮肉』?まさか!『心からの本音』だよ!」
X-2ndはニヤついた笑みを浮かべながらX-1stの頭から手を離すと、戦闘服のポケットからタバコを取り出して口に咥えると、ジッポライターで火をつける。
肺の中一杯まで煙を吸い込んで、思いっきり吐き出す。
吐き出された紫煙はバーの天井まで届いて、天井で回転しているシーリングファンによって霧散していった。
そこへ、出入口のスイングドアが揺れて誰かがバーへと入店してきた。
それは、まだ十代を迎えて半ばを過ぎたくらいに若い、アラブ系の少年だった。
その少年の存在に気づくと、X-2ndは苦虫を噛み潰したような顔になり、頭を抱えてしまった。
「うわぁ~…たく、勘弁してよね~」
「…Ms.シャーリー」
少年の方もカウンター席のX-2ndに気づくと、たどたどしい英語で親しげにX-2ndに声をかけてきた。
「戦争、終わりましたMs.シャーリー。僕の両親と、会って下さい。将来の話、しましょう」
X-2ndはグラスに残っていたバーボンを飲み干すと、少年に向き直った。
グラスの中には濡れた氷だけが残された。
「話す事なんてないよ。アタシは明日にはアメリカに帰るんだからね。『バクダード最低、ニューヨーク最高』!分かった?」
X-2ndからの言葉に少年はまだあどけなさすら感じられる目を丸くした。
「あ、貴女…アメリカ、帰る?僕を、置いて?」
「あぁそうだよ?なんだい、一月ちょいで英語上手くなったじゃない」
((…))
X-1stはオレンジジュースをすすりながら、X-2ndと少年のやり取りを無表情で眺めていた。
「で、でも…貴女、『戦争終わったら、僕と結婚してくれる』って…」
「はぁ~?お前、あんな約束本気にしてたのかよ?これだからガキは…」
X-2ndは疲れたようなため息を漏らしながら、頭を振る。
一方の少年は今にも泣き出しそうな顔になっていった。
「僕、貴女の為に尽くしてきたのに…僕、貴女の事、忘れられない!」
「…あっそう。私はあんたの事も、この砂だらけの国の事もさっさと忘れたくて仕方ないんだよ!分かったらさっさと帰んな!!ここは股の毛も生えてないようなガキの来るとこじゃないんだよ!」
それだけ告げるとX-2ndはグラスに新しいバーボンを注ぎ始めた。
「…そんな事、させない」
少年は両目から滝のように涙を流しながら近くのテーブルに置かれていた空の酒瓶を手にした。
「僕の事も、この国の事も…貴女、忘れない!忘れさせない!!」
「はっ?何言って…」
X-2ndが振り向いた時、少年は手にした酒瓶を叩き割り、その切っ先でX-2ndの顔を切りつけた。
X-2ndの右頬から耳にかけて一文字の大きな切り傷ができ、傷口からは血なのかオイルなのか判別し難い赤黒い液体が流れ出ていた。
「て、テメェー!よくもやりやがったね!?このくそガキ!!アタシの完璧な顔に傷を付けるなんて!?」
激昂したX-2ndは腰のホルスターからレーザーガンを引き抜き、割れたビンを片手に息を荒くしている少年にその銃口を向けた。
((X-2nd、ダメだよ。落ち着きなよ))
X-1stの制止にも耳を貸さず…X-2ndはレーザーガンの引き金を引いた。
銃口から放たれたレーザー光線は少年の胸部を貫通し…少年の体はそのまま仰向けに倒れた。
少年は胸部の傷口から白煙をあげながら白目を向いて口から血を吐き…物言わぬ死体となったのだった。
X-2ndはレーザーガンをホルスターに仕舞うと、未だに血なのかオイルなのか判別し難い赤黒い液体の流れ出る顔の傷を押さえた。
「くっそぉ~…今度、パブロフ博士に治してもらわないと…」
((…))
一部始終を見ていたX-1stは椅子からふわりと浮かび上がり、物言わぬ死体となった少年を見下ろした。
((…X-2nd、彼はまだ未成年だった。君は未成年の少年を撃ち殺した。分かっているのかい?))
「…たく、うっさいねぇ!あぁそうさ!アタシはケツの青いガキを玩んだ挙げ句に、撃ち殺した!!けどX-1st、そう言うアンタは!?」
X-2ndは頬の傷を押さえながらX-1stを睨み付けた。
「アンタは目の前に居たのに、ジュース飲みながら見物してただけじゃないか!?その気になったら、レーザーの軌道を反らす事も、レーザーガンを機能不全にする事も、こいつからビンを奪う事だってできた!アタシ達を南極のど真ん中まで吹き飛ばす事も、こいつの頭の中からアタシに関する記憶を消す事だってな!なのに、『ジュース飲みながら見物してただけ』だ!!違うかい?」
((…))
X-2ndからの言葉に、X-1stは反論できなかった。いや、反論しようともしなかった。
「精神感応なんか使わなくても、アンタの本心は見え見えだよ!アンタからしたら、人間なんて皆虫けら以下の存在なんだろ!?実の母親に脳ミソを弄くられた事も、その母親からパブロフ博士に売られた事も、アンタからしたらどうでも良い事なんだ!X-3rdのことだって、ていの良い世話係くらいにしか思ってないんだろう!?」
X-2ndはX-1stに背を向ける。
「アタシにはアンタが分からないよX-1st…アンタまでおかしくなっちまうなんてさぁ…くそ。神様なんてくたばっちまえ」
X-2ndはそのままバーから出ていった。
((…))
あとに残されたX-1stは無表情のまま物言わぬ少年の死体を見下ろしていたのだった…。
今回の話、『第二次世界大戦以降』の戦争が舞台だけど、実在人物の名前を出していないので多分大丈夫…な筈?