表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

第23話 星暦1211年8月24日(終幕)

帰ってきて夕飯作ってお風呂は行って現在。

予約投稿を忘れていました、申し訳ありません。

遅くなりましたが、第一章、完結でございます。


 


 星暦1211年8月24日




 一度疑い、調査の結果潔白とされた人物が実は真犯人など、到底信じられるものではない。


 それが信頼に値する、友愛を感じられた人物ならば尚更である。


 しかし、アンジェは切り捨てた。


 楽しかった日々を、笑い合った日々を、心の底から嬉しいと感じた日々を。


 全て、切り捨てた。


 状況が全てを繋げてしまった。


 自分達が興味本位で話しかけた事も、エヴァンからすれば計算通りの結果に過ぎなかったのだろう。


 自分達と周囲の関係に接してくれる不器用な優しさの裏で一体何を考えているのかと、最後まで気付く事が出来なかった。


 事件が起きたのもその時期から考えて疑った事もあったが、近衛騎士に調査させた事事態が間違いであったと今では思う。


 これだけの規模の事件を起こせる組織に属す存在である、俄仕込みの近衛騎士程度の調査能力だけで踏まえた結果など、疑い続けるべきであったのだ。


 エヴァンが商隊から帰ってきてからも貴族殺しの続報は上がってきていて、常にエヴァンが学院に来ている事から、更に疑いが晴れていったと思った事も間違いだろう。


 先の通り、これだけの事件を起こした組織に属する存在が、エヴァンただ一人で行動するなど、どうしてその考えに落ち着いてしまったのか。


 別働隊を使って王都の外側に目を向ける様に示したのまでは父であるビスマルクも薄々だが感付いていた。


 しかし、そこにエヴァンという自分達と同い年、否、本当に自分達と同じ年齢なのかも不明なあの少年が容疑者リストに入る事など、無意識にだが除外していた。


 エヴァンの行動の全てが自分達に対して気に掛けているという態度を見続けて、思考を誘導されているのだと思い至ると空恐ろしくなる。


 全ては今日、この為に、この状況を生み出す為に計画された恐ろしい惨劇の一幕。


 悪意と殺意と狂気を込めて書き上げた最悪のシナリオを書き上げた恐るべき執筆家。


 ―――復讐者、エヴァン・ヴァーミリオンが嗤っていた。



 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ 




 アンジェの悲痛な叫びに、ビスマルクを拷問していたエヴァンの手が止まった。

 今にもアニマがレオンを手にかけようとしているのを感情の籠もらない目で眺め一言、


アニマ(・・・)、やめて」


 と伝えると、拷問していたビスマルクの怪我をポーションで癒した。


 アニマはエヴァンの命令に従うと軽く嘲笑いレオンから手を放すと距離をとった。


 その名前を聞いたレオン、ロニが息を切らしながらも驚愕の表情を浮かべていた。


 真実に気付いたアンジェは、パトリオットとサイラスからの情報で推測していたが、エヴァンの言葉でやはりかと項垂れている。


「エヴァ君…なのね、やっぱり」

「エヴァ…なのか?

 それに…そっちは、アニマ…ちゃん?」

「…エヴァ、エヴァなの?

 そんな……うそ、でしょう?」


 三人の言葉にエヴァンは仮面を押さえながら肩を震わせていた。


 そんな様子にアニマは先にウサギの仮面を取り外した。


 レオンやサイラスは今度こそありえないものを見た。


 親友だと思っていたエヴァンの妹が、調査対象だった少女の顔が目に映ったのだから。


「ぎゃははははっ!!

 ようやっと気付いたようじゃな。

 左様、わしがアニマじゃ。

 先程は実に面白くもあり、つまらない一幕に感謝を。

 笑いを堪えるのが本当に大変じゃったわい」


 見かけとはまるでちぐはぐな、年寄り臭い口調の化け物(アニマ)がゲタゲタと嗤っていた。


「…なにいってんだか、戦闘中も笑っていたじゃないアニマは。

 まぁ、アニマの晩餐(エサ)にならなくてよかったねみんな。

 生き残るって…気付いてくれるって、僕は信じていたよ?」


 アニマに呆れながら、エヴァンはまるで友人のような態度でレオン達に声をかけて仮面をとった。


 仮面の下から現れたのは、少し前まで学院で笑い合っていた、同級生。


「本当に…本当によかったよ。

 死なれてしまったら…復讐の難易度が跳ね上がるからね。

 さすがにその場合だと、死体を惨たらしく損壊させて辱めるだけになっちゃうもんね?

 それじゃあダメだよ、ダメダメ。

 もっと僕が愉しくならないと、喜べないと意味がない」


 歪んだ笑みを浮かべていた、


「ふふ、この舞台が最高の終幕(フィナーレ)で飾れる条件は整った。

 さてと……」


 レオン達に悪意を、殺意を、憎悪を、狂気を向けた壊れた笑みで立っている彼は。


 間違いなく、レオン達の友であったエヴァン・ヴァーミリオンだったのだ。


「ぐぅっ」


 ビスマルクに再びナイフで切りつけたエヴァンは心の底から楽しんでいるのだろう。


 敬愛している父を親友だと思っていたエヴァンが何の躊躇なく傷つけているのをレオンは見ていられずに叫んだ。


「父上っ!?

 エヴァ、やめてくれっ、どうしてそこまでするんだよ!?」

「あははっ、レオン(・・・)は本当に馬鹿だね。

 決まってるじゃない、この愚王が嫌いで、憎くて、殺したくて、壊したくて仕方ないんだ。

 …大切なものを目の前で殺された事の無いレオンには、分かりそうに無いだろうから、理解出来ると思っていないから、説得には応じないよ?

 なにしろ、レオン達も復讐の対象者だからね」


 当然のようにレオンの制止を拒否し、ついでとばかりにレオン達が復讐の対象者だと宣言する。


 荒々しかった狂気こそ見えないが、エヴァンの目は明らかにこの世の物とは思えないほど濁っていた。


 嵐の前の静けさとでもいうのか、えもしれぬ不安に襲われ、不気味な静けさを表していた。


「レオン、ロニ、アンジェ、三人には本当に感謝してるんだよ?

 君達三人に近付けたおかげで、僕の任務は良い具合に捗った。

 任務の合間も程々に楽しめた。

 特にアンジェには、【星神の贈物(アーティファクト)】を見つける手伝い(・・・)までしてもらったし、本当に感謝しているんだ。

 ロニは…一々鬱陶しいと思う度殺したかったけど、まぁ最終的にはマシになったし、復讐の方法は適当にさせてもらうね。

 ああ、からかうのは面白かったよ」

「エヴァ…あなた」


 ロニがエヴァンの言葉に呆然としていた。


 最初から利用するだけの存在だったと、そしてその役割を果たしたロニたち三人に感謝の言葉と殺意を吐き出すエヴァンの異常さが仮面をつけていたあの賊と似通っていて、次第に理解が現実に追いつこうとしていたのだ。


「アンジェはよく分かったね…いや、ちょっと違うかな。

 ようやく気付いたんだね、いつ気付くのか、ハラハラしていたんだよ?」


 心配するような表情をするエヴァンにアンジェは気丈に振舞いながら口を開いた。


「状況証拠がこれだけ散りばめられていて、分からない方がおかしいでしょう?

 …一度疑って、偶然だと思ってからの私の対応がお粗末な事だけは認めるわ」


 気付く機会はいくらでもあった筈なのに、アンジェはその事に気付く事が出来なかった事に、そしてこの事態を未然に防げたかもしれなかったのにと思うと、悔しくて仕方が無かったのだろう。


「まぁ、アンジェを騙すのは簡単だったからね、アンジェみたいなタイプは、一度疑ってそれが潔白だと分かったら、無意識に警戒度を下げちゃうからね。

 その後は少々怪しくても自己完結させて僕は容疑者から外れる。

 この前も僕をこの王宮へ連れてきて幽閉塔の話しをしてくれたよね?

 その時の言葉で、【星神の贈物】がここにあるんだってすぐに分かったよ。

 アニマに調べさせていたんだけど、幽閉塔周りは使用人は近付いちゃダメだったからね、“客人”として迎え入れてくれて、態々あの塔を説明してくれて、本当に助かったんだ。

 ありがとう」


 そこまでアンジェの思考パターンを理解し、更に警戒度を下げた事で、友人として招待したエヴァンに王宮を案内しながらお茶会をして友好を深めていた事を、あからさまに馬鹿にしたような口調で感謝の言葉を口にした。


「レオンは本当に見ていて滑稽だったよ。

 レオンの為になる言葉をかけたら勝手に踊り出すし、疑うっていう言葉を知らないのかって一時期本当に疑っていたよ?

 友達扱いしてくれて本当に助かったよ、おかげでそこで腕が一本減ってる騎士の対処がやりやすくなったし、何よりこの状況になった時、一体どんな顔をするのか楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ。

 …ふふ、ははっ、あはははははっ!!

 いい顔だよレオン、君には特にお礼をしないといけないから、念入りに復讐させてもらうとするよ。

 …アニマ」

「応よ、とりあえずそこの騎士じゃな」


 エヴァンがアニマに指示をすると、アニマはサイラスがいる場所まで歩いていく。


 レオンはエヴァンがアニマになにをやらせるのかすぐに察すると、剣を杖にして立ち上がり、ゆっくりと歩いているアニマにギリギリの所で立ち塞がった。


「いかせねえっ!!」

「寝てろコゾウ、邪魔じゃ」


 アニマが軽く撫でる(・・・)とレオンが地面に叩き伏せられた。


 死んでいないのは手加減をされたからだとレオンは気付くが、それでも体に溜まったダメージが蓄積されていて、体が思うように動かないでいた。


 サイラスの前まで辿り着くと、近くに転がっていた剣を拾い構えていた。


「貴様…化け物め、よくも…殿下の思いを踏み躙ったなっ!?」

「吼えるなザコめ、余興は終わった。

 さんざ遊んでやったのじゃ、往生せい」


 サイラスが構えていた剣を目にも留まらぬ速さで弾き飛ばすと、体制を崩したサイラスをエヴァンがいる方向へと投げ飛ばした。


 体躯に見合わない異常な膂力に、アニマのどこにこれだけの力があるのか不思議で無いが、サイラスがエヴァンの目の前に放り投げられてしまった事が問題であった。


「こんにちはサイラスさん、ご機嫌は…良くないみたいだね。

 王子様と王女様、後そこの愚王と永遠のお別れをするんだけど、今の感想を聞いてもいいかな?

 パトリオットさんも控えているから、早く終わらせてね」

「きさ…ま…よくも、よくもっ!!」


 アニマが今度は片腕を無くしたパトリオットを投げ飛ばし、ワザとなのかエヴァンに暴言を吐こうとしたサイラスの背中に直撃した。


「ぐぅっ!!」

「サイラスっ!?

 エヴァン、やめろ、やめてくれ!!

 復讐するなら…直接俺にすればいいだろう、どうして、どうして、そんな回りくどい事してんだよ!?」


 立ち上がる気力すら残っていないのか、レオンがエヴァンにやめろと何度も懇願したが、復讐者(エヴァン)はまるで聞こえていないような振りをしてレオンの言葉を無視した。


 手にしたナイフをサイラスの胸に当てる。


 その鎧の先には肉と骨があり、そして人間が活動する中で最も重要な機関の一つである『心臓』があった。


「それでいいのサイラスさん?

『きさま、よくも、よくも…ぐぅ』…で?

 ずいぶんとユニークな今際の言葉だね。

 …うん、それじゃあ受付は終了しました!!

 それじゃあまずはサイラスさんから、さようなら」

「やめろおおおおおっ!!」

「やめてエヴァくんっ!!」

「やめなさいエヴァっ!!」


 エヴァンの手に持った無骨なナイフは易々とサイラスの鎧を貫き、肉を切り開き、骨を突破し、心臓に突き刺さった。


 サイラスは一瞬びくりと体が震えると、そのまま倒れ伏した。


 胸から大量に血を流し、血を吐き、どこからどう見ても致命傷である。


「さて、まずは一人目っと」


 作業を一つ終わらせたというやりきった表情をするエヴァンは、倒れているサイラスの死体を跨ぎパトリオットへと近付いた。


「ああああっ、サイラス、サイラスッ!!

 くそう、エヴァ、何でだよ、サイラスがお前に何をしたっていうんだよ!?

 何で一思いに俺を殺さねえんだっ!!」

「それじゃあ僕が愉しめないじゃないか。

 っていうか、僕がレオン達にする復讐は殺すこと(・・・・)じゃないよ?」

「…まさかエヴァ君、あなた!?」


 エヴァンの言葉の使い方に気付いたのだろう、殺すこと(・・・・)では無いとなると、一体何なのかを。


 復讐というのは極論からいえば二通りしかない。


 肉体的に復讐をするか、精神的に復讐するかのどちらである。


 そしてエヴァンが言葉の通り、殺すこと(・・・・)はないという宣言に、アンジェはエヴァンがしている事に気付いたのだ。


「アンジェはやっぱり頭がいいね。

 うん、それが正解だよきっと。

 みんなにはね、僕が七年前に受けた絶望を…大切な人に死んでもらうんだ」

「ははっ、ちなみにそこのロニとか言う小娘の親兄弟は残らず死んでおるはずじゃぞ。

 ビスト侯爵家の名代としてこの王宮に来ておる小娘以外、貴族街の別宅におる筈じゃからな。

 王都を炎上させた装置を使い、今頃屋敷は燃えカスじゃろうな」

「……え?」


 突然のアニマの告白に、ロニの理解が現実から遠のいていく。


 当然だろう、知らぬ間にロニが散々に迷惑をかけた父親が、嫌味ったらしい兄が、炎に焼かれた等とは信じ切れないだろう。


「正直ロニの大切なものに家族って言うのはあんまり入っていない気がしたんだけどね?

 だってロニのお兄さんとか僕を苛めてくるし、ロニもあのお兄さんが自分の兄だなんて信じられないって言っていたじゃない?

 お兄さんのほうについては、僕を苛めてくるから殺したんだけどね。

 正直ロニのお父さんである侯爵さんには恨みなんか全く無いけど、ロニもこの国の人間だからね、必要だったしそうさせてもらったんだ」

「………は?」


 好き勝手に毒を撒き散らすエヴァンの言葉に、ロニはもう理解が追いついていない。


 必要だから、恨みも無いのに人を殺す。


 まるで人間から懸け離れた、異常者の論理だ。


 理解が追いつかないのではなく、理解が出来ないとロニはエヴァンを見て思い出した。


 エヴァンと狩りに行った時に見たあの目は、自分の事を『どうでもいい人間』を見るような目で見られていると思っていた。


 しかし違った、間違っていた。


『どうでもいい人間』ですらない。


 毛嫌いしているのは確かだろう。


 しかし、そうではないのだ。


 エヴァンにとってロニは、ただ偶然今回の事件で『必要』だっただけ。


 好悪の感情ではなくただ『必要』か『不要』の判断をしていただけだったのだ。


 ロニがエヴァンと狩りにいった事自体がエヴァンにとっては『不要』な行為で、だからこそあのような目をしていたのだ。


 必要最低限の演技で、ロニの事を『どうでもいい人間』だと思う程度の演技で。


「う、うぅっ」


 嫌悪感がせり上がってきて、ロニは口元を押さえ込んだが塞いだ口から漏らした。


 すでにエヴァンの深層に触れていたロニまでも気付いて、あまりのおぞましさに体に不調が走ったのである。


「うん?

 意外だな、ロニってそんなに家族が大切だったんだ?

 普段はお兄さんほどじゃないにしても家族の事をろくに考えてもいないような事をしてるって情報にあったけど、実はそうじゃなかったのかな?

 それならそれで良かったよ、復讐した甲斐があるってもんだね」


 そんな心の機微にすら気付かないエヴァンはロニが涙を流し、嗚咽してる様子に家族を失った悲しみが原因なのだと勘違いした。


 結果ロニの精神に傷を残せたのなら、これはこれで復讐は成ったのだと、そう思ったのである。


「さて、レオンとアンジェにはまだ二人ほど残っているからね。

 次ははい、パトリオットさん…なんだけど、もう虫の息じゃん、つまらないな。

 アニマ、ちょっとやりすぎたんじゃない?」

「すまんのう主よ、ちと遊びが過ぎたようじゃ」


 にやりと笑ったアニマにエヴァンは溜息をつきながらパトリオットに手をかける。


「パトリオットさん、パトリオットさーん?

 生きてますか、生きてたら返事してくださいよ?」

「……」


 意識の朦朧としているパトリオットは薄目で辛うじて口を震わせる程度の反応しか示せず、エヴァンはその反応が気に入らなかったのか、パトリオットの喉を貫いた。


「パトリオットッ!?」


 アンジェが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、アニマが軽く突き飛ばしてレオンとロニの入る場所へと転がっていく。


「もうパトリオットさんったら、腕が無くなって全身を強打したくらいで情けないなもう。

 もっと最後の言葉を聞いてから殺したかったのに、殆ど半死人じゃ聞こうにも聞けないじゃないか」


 喉から大量出血したパトリオットは何の反応をすること無くそのまま息絶える事となった。


 残るはただ一人。


 アナハイム王国国王ビスマルク・ヒュッケ・ヴァン・アナハイムである。


「それじゃあ、あとは王様だね。

 やったね王様、最後のおおとりってやつだよ?

 それでは、何か言い残した事はあるのかな?」


 ナイフを喉元に突き付けたエヴァンは項垂れているビスマルクがこの短期間の拷問で常人の精神を保てていない程に傷ついていたのに、更に追い詰めようとしていた。


 死なない程度に斬りつけ、突き立て、抉っていく。


「……レオン、アンジェよ」

「ちちうえっ!!」

「おとうさまっ!!」

「へいかっ!!」


 ビスマルクは最後の力を振り絞って今際の言葉を口にした。


「これから…先、お前達に辛い道を歩ませる…事となる。

 すまない…許してくれ…うっ、ごほぁっ!!」


 血を吐いて咳き込むビスマルクに、まるで汚い物を見るような目で見るエヴァンに、レオンとアンジェが声を上げた。


「頼むエヴァ、父上を…父上を助けてくれ!!

 確かに…七年前、あの戦争の原因が父上にあったかもしれない。

 戦争が無かったら、お前の家族や、村のみんなが死ぬ事なんて無かったろう。

 だけど…だけど、七年かけて父上はこの国のみんなに償ってきたんだっ!!

 荒廃したこの国を、七年かけて立て直してきたんだよ!!

 言い訳にならないのも分かってる、無茶苦茶なのは承知だ!!

 だけど頼む、お願いだ、俺の…父上を…父上を、助けてくれ!!」

「お願いエヴァ君、償えるなら何でもするわ。

 かつてのシマック村を復興させるのもいい、汚名も晴らすわ、弔いも、全て私達でするわ。

 だからお願い…おねがいよぉ。

 私の…お父様を、助けてくださいっ!!」


 エヴァンに思いの丈をぶつけ懇願するレオンとアンジェは返答を待った。


 ビスマルクの命をその手に握っているエヴァンはじっと二人を見つめると、口元を押さえて震えていた。


 その場にいる誰もが分かるだろう。


 嗤っていたのだ。


「はは、あは、あはははっはあはっはははっ!!

 あははははっ、なに、なに、最後の最後でやっぱり感情論?

『死んで罪を償うより、生きて償って』とか、そういうの?

 そんなのでこの僕が許すと本気で思っているの?

 物語の主人公じゃあるまいに、そんなお涙頂戴(・・・・)で僕が釣れるとでも?

 あははははっ!!

 ……ダメに決まってるじゃん」


 エヴァンはビスマルクからナイフを下ろすと、つかつかとレオンの元へと歩いていくと、レオンを力任せに持ち上げた。


「ぐぅっ!!」

「七年かけて償ってきただぁっ!?

 じゃあなんだよ、僕はここで我慢しろっていうの、ここで!?

 復讐の為にこの七年を生きてきた僕に、これ以上一歩も進むなって、そういうのレオンは!?

 許してどうするんだよ、生かしてどうするんだよ!?

 謝ったからって、償ったからって、それで許せとかどれだけ傲慢なこと言っているのか、分かってるのかよ!?

 この王国を、帝国を、憎んで憎んで憎んで呪って恨んできたこの僕にっ!!

 七年前のことを、この愚王のように無かったことにして、生きろって言うのかよ!?

 どれだけ憎んでも足りないのに、どれだけ呪っても足りないのに、どれだけ恨んでも足りないのに、心が壊れて、狂った僕には復讐(こう)する事でしか自分を保てない僕に……僕には、できない、できっこないっ!!」


 放り投げたレオンをエヴァンは無視して、ビスマルクの前に立つ。


「…アンジェもさ、それだけ口が回れば女王様になっても通用するよきっと。

 普通の人間なら…壊れていない人間なら、きっと許したんだろうね。

 ―――けど」


 再びナイフがビスマルクに向けられる。


 アンジェはエヴァンを止めようと何とか言葉をかけようとした。


 しかし、出てこないのだ。


 答えが見つからないのだ。


 どんな言葉をかけても、エヴァンが止まることは無い。


 絶望の底に沈んだエヴァンに万の言葉を尽くしても届かない。


「僕はもう、復讐(これ)しかないんだ」


 ナイフが振り下ろされた。


 悲鳴が上がり、歓喜の雄叫びが王宮に響いた。





 ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲ ■ ▲





 アナハイム王国王都ベルンから遠く離れた上空に、ソレはあった。


 全身を黒く染め上げたそれは、船であった。


 母なる大地を遠く離れ、超高度にあるその船は、既存の魔法技術では造る事の出来ない超技術の塊である。


 高音を立てながら方向舵で空を泳ぐのは、【夜明けの軍団(レギオン)】が所有する飛空挺(ガンシップ)であった。


 空飛ぶ漆黒の船の甲板には一人の少年が漆黒の狼煙を眺めながら高らかに笑っていた。


「ふふ、はは、あは、あははははっ!!

 あのかお、かお、はははっ!!

 だめ、だめ、ふふ、ははははははっ!!

 ……あの僕を睨み付けた目が、本当に最高だ。

 あの調子なら、近い内にまた会えるかもね」


夜明けの軍団(レギオン)】所属序列第二位【大佐】、エヴァン・ヴァーミリオンであった。


 すでに空は日が翳り始めており、何も見えなくなろうとしているこの時間に、壊れた笑い声を上げていたのである。


「…こんなところにおったのか主よ。

 外は寒い、笑うのも良いが風邪をひいてしまうぞ?」


 甲板に上がってきたアニマが笑っているエヴァンに船室に入るように勧めたが、エヴァンはまだいると言って聞かない。


 血塗れだったメイド服も今は脱ぎ捨ていつもの服に戻っていた。


「アニマも見たでしょ、あのレオンの顔を?

 ふふ、いい顔だった、まるで七年前の僕みたいな目をしていたよ」


 愉しそうに笑うエヴァンに、アニマはやれやれといわんばかりの表情で話を聞いていた。


神々の黄昏(ラグナロク)】が終了してこの飛空挺に回収されてから、エヴァンは終始この調子なのである。


「あの悲鳴、あの目、あの憎悪、あの殺意!!

 まだまだ物足りないけど、きっとレオン達は良い復讐者(・・・・・)になる。

 僕の時は七年だったから…どうだろう、レオンやロニはどれ位で強くなるんだろうね?」

「さてのう、あの程度の力しか持っておらんのなら、先など知れておるよ」


 エヴァンがビスマルクに手を掛けたその後のことを思い出したのだろう。


 アニマの可愛らしい―――化け物だが容姿はまさに花も恥らう美少女なのだ―――表情が曇った。


『……エヴァ、絶対、絶対に見つけ出すからなっ!!

 そのときは――――――――――――――――――――ッ!!』


 飛空挺に乗り込んですぐに王宮のバルコニーから飛び出してきたレオンが恐ろしい形相でエヴァンを睨み付けながら叫んでいたのだ。


 その形相をエヴァンは思い出し笑いしていたのである。


「ふふ、あは。

 これで、僕達は同じ(・・)になったんだよレオン。

 同じ痛みを共有した同士、仲良くは…なれそうに無いなぁ」

「当たり前じゃろう、友人が自分の敬愛していた父親ブチ殺されてまた仲良く出来る道理などある訳が無いわい」


 ぼやくエヴァンをよそに冷静にアニマはあの時の状況を思い起こしていた。


 あれは根が深いと。


 エヴァンほどの力を手に入れるかはともかく、喰らい付いてくるのは間違い無いだろうと、そう確信していたのである。


 そして、ロニ・フォン・ビストと言う少女も同様にその目に火が燈ったのをアニマは見た。


 どちらも成長すれば歯応え(・・・)のある敵になるだろうと。


 それでもエヴァンは笑うのだ、愉しそうに、暗く、暗く。


「…それで、どうするんじゃ我が主よ。

 ルッケンスめも言っておったが、次の舞台は帝国じゃ。

 しかも、内戦という火薬庫を抱えた大陸東部最大の国家。

 たった数ヶ月でこの計画は終わったようじゃが、次はこうはいかんぞ?

 少し時機を見て、それから参加しても遅くは―――」

「―――じゃあ、負けている方に手を貸そうかな?

 僕は部隊を全部召集させよう。

 二ヶ月あれば、何とかそれらしい場所も作れるでしょ」


 すでに工作をさせている部隊には報告を入れていて、エヴァンが残してきていた部下もそれに了承している。


 抜かりなく、次の計画は進んでいるのだ。


 エヴァンの任務も、そして復讐も。


「……気を付けんといかんぞ主よ。

 今回のように、ルッケンスの奴めが庇ってくれる事は無い。

 しかも長期任務じゃ、いつ異常事態(イレギュラー)が起きんとも限らん」


 アニマが心配して声を掛けるが、エヴァンは笑いながらアナハイム王国を眺めている。


「……じゃあねレオン、ロニ、そしてアンジェ。

 いつかまた会おう、追いかけてくるのもいいし、待ち構えているのもいい。

 僕はずっと、ずっと待っているから…」


 太陽は沈み、月が昇る。


 エヴァン・ヴァーミリオンの、アナハイム王国における【神々の黄昏(ラグナロク)】、そして復讐は自らの書いた脚本通りに完遂したのだった。




 第一章 Wer sich zu rächen wollen 完





第一章拝読頂き、真にありがとうございました。

いつの間にか『イェーガー』の文字数超えてました、びっくりです。

さて、次章につきましては、現在プロット制作中です。

最後に少し次の舞台についてエヴァン君とアニマちゃんがおしゃべりしてましたが、次の舞台はアナハイム王国と七年前まで戦争していた『モスコ帝国』が舞台となります。

この章では辛うじて『学園(笑)』となっていましたが、次章では『戦記(?)』となる予定です。

プロット完成させ、仕事の事情を含め、10月半ばから書ければいいなと思っています。

その間に、『イェーガー』とかも済ませたりしたいので、色々込むかもしれません。

これにつきましては、明日の活動報告でまとめたいと思いますので、そちらをご覧ください。

それでは、拙作を呼んで頂いた全ての読者の皆様に、感謝を。

ありがとうございました。

ご感想、お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ